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アラフォーおっさんはスローライフの夢を見るか?  作者: サイトウアユム


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Quest29:アンデッドの群れを撃退せよ その3



「さて、まずは小手調べじゃ」

「お手柔らかに頼むぜ」


 マコトは軽口を叩きながらも意識を集中する。

 葛葉――七悪のアンデッドは未知の敵だ。

 どんな能力を持っているのか分からない。

 そういう意味では葛葉がこちらを舐めているのはありがたい。

 舐めているふりをしているだけかも知れないが、こちらは全力で戦うだけだ。

 九本の尾が身悶えするように伸びる。


「行くぞ?」


 言うが早いか、九本の尾が時間差で襲い掛かってきた。

 狙いはマコトだ。

 どうやら、ユウカのことは眼中にないらしい。

 好都合だ。葛葉一人に集中できる。

 マコトは葛葉に向かって走る。

 一直線にではなく、弧を描くようにだ。

 立ち向かうにしても、攻撃を躱すにしても前後に移動するのは悪手だ。

 背後から轟音が響く。

 恐らく、尾が石畳を砕いたのだろう。

 だが、確認している暇はない。

 何しろ、尾は残り八本もあるのだ。

 断続的に轟音が響き、視界の隅に何かが飛び込んでくる。

 多分、葛葉の尾だ。

 尾ということにして足首を捻り、方向転換する。

 急激な負荷に足首が悲鳴を上げるが、何とか直角に曲がる。

 尾が真横を通り過ぎ、二の腕に熱が生じる。

 避けきったつもりだったが、掠めていたようだ。

 みみっちいと思われてもコートを返してもらうべきだったと今更のように後悔する。

 いや、コートを着ていたとしても攻撃は防げなかっただろう。

 葛葉の尾はアダマンタイト合金の鎖帷子を破壊したのだから。


「ほぅ、避けるか」


 葛葉は感心したように言ったが、次の尾が迫っていた。

 避けることを想定して尾を操っていたのだろう。


点火イグニッション!」


 右腕に炎を纏い、尾を払い除ける。

 尾に触れた瞬間、炎は消え、火花が飛び散る。

 尾がグラインダーのように籠手を削っているのだ。

 一見、もふもふしているが、アダマンタイト合金を削るとは。


収そコンバー……物質化マテリアライズ!」


 右腕から漆黒の炎が噴き出し、物質化する。

 その代償は激痛――だが、耐えきれないほどではない。


「ぐぎッ!」

「ほぅほぅ、これも凌ぐか。これならどうじゃ?」


 葛葉がにんまりと笑い、悪寒が背筋を這い上がった。

 横に跳んだ次の瞬間、地面から尾が飛び出した。


「悪手じゃ」


 葛葉が溜息を吐くように呟き、横殴りの衝撃がマコトを吹き飛ばした。

 尾による攻撃だ。

 地面に叩き付けられ、立ち上がろうとする。

 だが、葛葉の攻撃の方が速い。

 九本の尾がマコトに襲い掛かり――。


追尾弾ホーミング・ブリット!」


 ユウカの魔法が九本の尾を弾いた。

 マコトは立ち上がり、葛葉と距離を取った。


「……無粋なヤツじゃの」


 葛葉はムッとしたように眉根を寄せた。


「サンキュー、助かった」

「尾はあたしが何とかするけど、それ以外は期待しないで」

「もう少し何とかならねーか?」

「無理」


 ユウカは言葉少なに言った。


「そこを何とか」

「早口の世界チャンピオンじゃないんだから今みたいなスピードで動かれたら無理よ。ったくフジカが羨ましいわ」


 ユウカはぼやくように言った。

 確かに呪文なしで魔法を使えるのは魅力だ。

 特にハイスピードでやり合う時は。


「妾を……無視するでない!」


 葛葉が苛立ったように叫び、尾が襲い掛かってくる。

 やはり、狙いはマコトだ。

 マコトは地面を蹴り、葛葉に向かって加速する。

 今度は一直線――最短距離で突き進む。


「スピード勝負のつもりか?」

「そんなつもりは――」

再詠唱リピート!」


 ユウカの声が響き、光が九本の尾に直撃する。

 ダメージを受けたようには見えないが、衝撃で動きが止まった。

 強く地面を蹴り、一気に距離を詰める。

 葛葉は小さく息を吐き、扇子を一閃した。

 刹那、漆黒の炎が噴き上がった。


「くッ!」


 マコトは呻き、右腕を一閃させた。

 炎の壁が上下に分かれ、九本の尾が押し寄せる。


再詠唱リピート!」


 ユウカの魔法――追尾弾が尾を一瞬だけ押し留める。

 マコトは真横に跳び、尾が地面に突き刺さる。

 石畳が砕け、その破片が散弾のように飛び散る。

 スキルのお陰か、痛みはそれほどでもない。


「妾の炎をくれてやろう」


 葛葉は人差し指を上に向け、漆黒の火を灯す。

 演技がかった仕草で息を吹きかけると、火はマコトに向かって飛ぶ。


「炎弾!」


 右腕から炎が噴き出し、炎弾を形成する。

 葛葉の火はマッチのようにちっぽけだ。

 だというのに、いや、だからこそ、嫌な予感が拭えなかった。

 だが、いつまでもこうしている訳にはいかない。

 マコトは葛葉の火に炎弾を投げつけた。

 炎弾は一直線に突き進み、葛葉の火を呑み込んだかのように見えた。

 葛葉の火は炎弾の中にあって揺らめいていた。

 マコトの炎よりもさらに黒い火。

 これに比べたらマコトの炎など薄墨のようなものだ。

 葛葉の火が揺らぎ、マコトの炎が呑み込まれる。

 さらに火が加速する。


「くッ!」


 マコトは跳び退るが、火はスピードを上げながら追ってきた。


再えリピ――」

「させぬよ」


 葛葉は一瞥することさえせずにユウカに向かって尾を放つ。

 ユウカは避けようとするが、為す術もなく吹き飛ばされた。


「ユウカ!」


 マコトは反射的にユウカに視線を向け――。


「馬鹿じゃのぅ。そんな余裕なかろうに」


 葛葉が呟いた次の瞬間、漆黒の炎がマコトの視界を塗り潰した。



 フェーネ達は川沿いの道を進む。

 川沿いにもかかわらず悪臭が漂っておらず、洗練された街並みが広がっている。

 流石、領主の屋敷があるエリアと言うべきか。

 どの屋敷も高い塀に囲まれている。

 そのせいか、路地裏にさえあった死体がここにはなかった。


「敵がいないッスね」

「だからって油断するなよ」

「分かってるッス」


 リブに指摘され、フェーネは気を引き締めた。

 死体が転がっていないからと言って敵がいないと決まった訳ではないのだ。


「今更だけど、スゲー屋敷だよな」

「舌の根も乾かない内に雑談とか止めて欲しいッス」


 気を引き締めるのか、緩めるのかどちらかにして欲しい。

 とは言え、スゲー屋敷という言葉には同意する。


「結構、田舎な印象があったんだけど、金を持ってるヤツは何処にでもいるんだな」

「そうッスね」


 マコトの仲間にならなければ足を踏み入れることはなかっただろう。

 リブやローラとも知り合えなかったはずだ。


「そういやローラは何処に住んでるんだ?」

「以前はクリス様の護衛を務めていたので住み込みのような形でしたが、今はこのエリアの外れにある家に住んでます」

「そこは外れじゃないッス」


 ローラはこともなげに言ったが、そこは準一等地とも言うべき場所だ。


「やっぱり、騎士は儲かるんスね」

「どう、でしょう」


 ローラは口籠もった。


「儲からないんスか?」

「世間的に見ればそれなりのお給金をもらっていたとは思いますが……」

「人生の代価には見合わないみたいな?」

「いえ、私は騎士の仕事に誇りを持っています」


 ローラは胸を張って言った。


「……誇りッスか」

「仕事に誇りとか何様ッスかとか言い出すなよ」

「言わないッスよ」


 フェーネはムッとして言い返した。

 黒炎の一員であることに誇りを持っているし、チームに貢献している自負がある。

 自分の誇りがローラのそれと同じか分からないが、貶してはいけないことは分かる。


「……ただ」

「ただ?」


 ローラが呟き、フジカが可愛らしく首を傾げた。


「沢山お金がある今の状況もそれはそれで悪くないと思っているので、少し複雑です。自分が汚れてしまったような気がします」

「ローラさんは潔癖みたいな」

「そうッスか?」


 フェーネは首を傾げた。

 見ている限り、そんな複雑な感情を抱いているようには見えないのだが――。


「黙っておけよ」

「分かったッス」

「地味に傷付きます」


 ローラは呻くように言った。

 しばらく無言で進むと、クリスティンの屋敷が見えてきた。

 門の前には鎧を纏った二人の騎士が立っていた。


「……よかった」


 ローラはホッと息を吐いた。

 もうクリスティンは雇い主ではないが、精神的な繋がりまでは断たれていないようだ。

 さらに近づくと、こちらに気付いたのか、二人の騎士は剣に手を伸ばした。


「止まれ!」

「私です! ローラ・サーベラスです!」

「なんだ、ローラか」


 安心したのか、騎士は剣から手を離した。


「アンデッドが城壁の内側に侵入したと聞き、馳せ参じました」

「そうか」


 騎士は静かに頷いた。

 声には感心しているかのような響きがある。


「状況はどうなっていますか?」


 ローラが尋ねると、二人の騎士は顔を見合わせた。

 いくら顔見知りと言っても今は部外者だ。

 情報を伝えていいのか、判断に迷ったのだろう。


「先程までアンデッドが塀を乗り越えようとしていたが、今はいない」

「いない?」


 ローラが鸚鵡返しに呟くと、騎士は訝しげに眉根を寄せた。

 どうやら、不信感を与えてしまったようだ。


「おいら達は極力戦闘を避けてきたんス」

「そういうことか。ならば分からないのも無理はない。アンデッドは突然、消えてしまったんだ」

「消えた?」


 声を上げたのはリブだ。


「こう、目の前で、空気に溶けるように消えてしまったんだ」

「マコトさんとユウカのお陰みたいな?」

「関係はあると思うけどよ。そんなことができる相手と戦ってるのかよ」


 リブは口惜しそうに顔を顰めた。


「……おいら達はおいら達の仕事をするッス」

「クリス様にお目通りの許可を」

「ああ、すぐに確認する」


 ローラの言葉に騎士は頷いた。



「……こんなものか」


 葛葉は溜息混じりに呟き、ゆっくりと近づいてきた。

 だが、その途中で立ち止まる。


「死んだふりはいかんぞ?」

「……」


 マコトは答えない。


「よもや、死んだふりをすれば妾が見逃すと思っているのではあるまいな? 念のために言うておくが、妾はそれほど慈悲深くないぞ? いや、お主が七悪でなければ慈悲を与えるのも吝かではないが……聞いておるか?」


 葛葉は捲し立てるように言い、小さく息を吐いた。

 そこに含まれている感情は落胆だろうか。


「下手に近づいて反撃されるのも嫌じゃからな」


 葛葉は九本の尾を伸ばした。

 うねうねと動きながら伸びていく様はミミズなどの管状生物を連想させる。


「さ――」

捕縛陣バインド!」


 葛葉が言い切るよりも早くユウカの声が響いた。

 地面から伸びた光の帯が尾ごと葛葉を拘束する。

 ハイスピードで動いている時は追尾弾以外での援護ができない。

 逆に普通に動いている時は援護ができるのだ。


「そっちも死んだふりか!」


 マコトは跳ね起き、強く地面を蹴った。

 爆発的な加速を得て、葛葉に肉薄する。


「……ふ」


 葛葉がわずかに力を込めただけで光の帯が千切れる。

 だが、もう遅い。

 マコトが右拳を繰り出した瞬間、葛葉の姿が視界から消えた。

 視線を巡らせるが、何処にも見えない。


「死んだふりをするような悪い子にはおしおきじゃ」


 愉悦に彩られた声が聞こえ――気が付くと、マコトは地面に叩き付けられていた。


「……あ、ガッ」


 何とかして起き上がろうとするが、体の芯まで痺れている。


「おうおう、なかなか頑丈じゃな」

「な、何を――」

「これで殴っただけじゃ」


 葛葉は畳んだ扇子で肩を叩いた。


「なに、お主も同じことをしとるじゃろ?」


 そう言って、右腕――漆黒の炎で作った装甲を見つめる。


「まあ、込めた力は桁違いじゃがな」

「どれだけ強いんだよ」

「自分の非力さを嘆いている暇はないぞ」


 衝撃が体を貫き、気が付くとマコトは宙を舞っていた。

 体を捻って下を見ると、九本の尾が迫っていた。

 断続的に衝撃が体を貫き、教会を見下ろす高さにまで運ばれる。

 衝撃が止み、慣性によって緩やかな上昇を続ける。

 葛葉は月を背にマコトを待ち受けていた。


「歯を食い縛るんじゃぞ?」

「――ッ!」


 葛葉が扇子を振り下ろし、先程とは比べものにならない衝撃がマコトを襲った。

 意識が途切れ、衝撃で再び意識を取り戻す。


「ガハッ!」


 仰け反り、血を吐き出す。


「恐ろしく、頑丈じゃな」


 葛葉は地面に降り立ち、扇子で肩を叩いた。

 その態度に怒りが込み上げる。

 マコトは歯を食い縛り、震える脚で立ち上がった。


「ユウカ、大丈夫か?」

「お腹が痛くて死にそうなんだけど」


 背後から聞こえたユウカの声に少しだけ安心する。

 まだまだ元気そうだ。


「まだ、やる気か?」

「……ああ」


 葛葉が意外そうに目を見開く。

 泣きを入れて済むのなら泣きを入れたいが、無駄だろう。


「マコト、変神は駄目だからね」

「分かってるよ」

「切り札があるのなら切っておくべきだと思うんじゃがな」

「こっちにも事情があるんだよ」


 勝ち目があるのならば変神するが、今はすべきではない。

 こっちは相手の手札が何なのか分かっていないのだから。

 マコトは血生臭い息を吐き、腰を落とした。

 渾身の力を込めて地面を蹴る。

 一瞬で間合いを詰め、右拳を繰り出す。

 右拳が葛葉の腹に触れた。

 そう思った瞬間、葛葉の姿が消えた。


「ほれ、お返しじゃ」


 九本の尾がそれぞれ意思を持っているかのように襲い掛かってきた。

 四方どころか、上下からもだ。

 視界は赤く、鼻は血の臭いしか伝えてこない。

 ふと洗車機の姿が脳裏を過ぎった。

 なるほど、似ていなくはない。


「追尾弾!」


 ユウカの声が響き、葛葉が後方に大きく跳躍する。

 もちろん、それで追尾弾を振り切ることはできない。

 葛葉は追尾弾を尾で叩き落とした。

 そして――。


「……止めじゃ」


 唐突に宣言した。


「どういう風の吹き回しだ?」

「起きたばかりでお主らを相手にするのは骨が折れるのでな」


 ふわり、と葛葉が浮かび上がる。


「妾は遺跡にいる」

「できれば二度と会いたくねーんだが」

「そうはいくまいよ。妾は死者、お主らは生者じゃ」

「殺し合う運命ってか?」

「そういうことじゃ」


 葛葉は鷹揚に頷き、天高く舞い上がった。

 マコトは完全に姿が見えなくなるのを見届け、その場にへたり込んだ。

 右腕の装甲が炎に戻って消える。

 元の籠手は削れて半分ほどしか残っていない。


「……負けたか」


 マコトは深々と溜息を吐いた。

 不思議と口惜しさはなかった。

 それよりも生き延びた安堵感の方が強い。


「マコト、生きてる?」

「一応な」


 駆け寄ってきたユウカに答える。

 ユウカはポーチから水薬ポーションを取り出し、マコトに振りかけた。

 水薬が淡い光を放ち、痛みが少しだけ和らぐ。

 さらにもう一本水薬を取り出して振りかける。


「俺のことはいいから自分で使えよ」

「マコト、自分がどんな姿になってるか分かってないでしょ?」

「鏡がねーからな。念のために聞くが、どんな感じだ?」

「死体役でスプラッター映画に出演できるわよ」

「……気分が悪くなってきた」


 改めて自分の体を見てみると、全身が血でぐっしょりと濡れていた。

 左腕の籠手、左右の脚甲はなくなり、服も、鎖帷子もぼろぼろになっている。


「ユウカは大丈夫か?」

「杖が折れたけど、それ以外は……マコトに比べれば軽傷ね。物理耐性を取っておいてマジでよかったわ」


 ユウカは神妙な面持ちで言い、すぐに顔を顰めた。


「人生に一度あるかないかの気紛れで正義の味方をやったのに負けるなんて格好悪いったらありゃしないわ」

「まあ、そんなもんだろ」


 所詮は気分でやった正義の味方だ。

 これで危機的状況下で新たな力に覚醒したら真面目に正義の味方をやっている連中が怒るに違いない。


「これからどうするつもり?」

「逃げる訳にもいかねーしな」


 アンデッドである葛葉にとって、この街は料理の並んだテーブルのようなものだ。

 遅いか、早いかの違いはあっても必ず戻ってくる。

 戦うしか道はない。


「もう少し楽がしたかったわ」

「俺もだよ」


 目的であるスローライフから遠ざかっているような気がする。


「それで、勝てるの?」

「何とかなるんじゃねーかな」

「手も足も出なかったじゃない」


 ユウカは溜息混じりに言った。


「そこまで絶望的な差はないと思うんだがな」

「そう?」

「ああ、あいつは俺達が切り札を持っていることに警戒してたみたいだからな」

「単に用心深いだけじゃないの?」

「絶望的な実力差があるなら警戒なんてしねーだろ?」

「まあ、そうね」


 ユウカは頷いた。


「念のために聞くけど、変神するつもり?」

「まあ、そうだな」

「歯切れが悪いわね」

「今までのパターンからして葛葉も変神するだろ」

「そう、よね」


 マジで最悪、とユウカは吐き捨てるように言った。


「そこまでは変神を温存してぇ」

「じゃあ、どうやって戦うのよ?」

「そりゃ、数の力に頼るんだよ」

「数、か」


 ユウカは小さく呟いた。


「あとは……」

「まだ、あるの?」

「安心しろ、これで最後だ」


 マコトは軽く咳払いをした。


「今回の戦いを踏まえて対策を練る」

「……」


 ユウカは微妙な表情を浮かべた。


「ちょっとだけ期待してたんだけど、すごく当たり前の発想ね」

「すごいアイディアなんてぽんぽん出せねーよ」


 どんだけ期待してるんだ、とマコトは苦笑した。


「…………変神しなかったのは対策を練るため?」

「そこまで具体的に考えてた訳じゃねーけど、相手の能力を把握できてないのに切り札を使ったらマズいと思ったんだよ」

「それで殺されたら目も当てられないんだけど?」

「結果オーライだろ」

「そうね」


 ユウカは小さく溜息を吐いた。


「マコトってポジティブよね」

「借金を返済してた頃に比べりゃマシだ」

「こっちの方がマシなの?」

「当たり前だろ」


 借金は返すしかなかったが、葛葉との戦いでは色々な手が打てるのだ。

 絶望するのは打つ手がなくなってからだ。


「次は勝つぞ」

「当たり前でしょ」


 ユウカはマコトの言葉に頷いた。



 葛葉が地面に舞い降りると、周囲の風景が歪み、光の道と言うべきものを形成した。

 光の道を降下し、やがて爪先が地面に触れる。

 そう認識した瞬間、光の道は消え去った。

 そこ――ダンジョンの最下層にあるのは葛葉を奉っていた遺跡だ。

 奉られていた時の記憶は朧気だ。

 にもかかわらず、東国にいた頃の出来事は鮮明に思い出せる。

 葛葉を殺すために差し向けられた軍勢。

 彼らの殺気に満ちた眼差しを思い出すと得も言われぬ快感が背筋を這い上がる。


「ああ、なるほど」


 葛葉は独りごちる。

 目を覚まし、アンデッドになったと知った時、全くショックを受けなかった。

 それがアンデッドだと言われればそんな気もするが、葛葉は違うと思った。

 生きている頃から自分は世界の敵だったのだ。

 生前も、死後も世界の敵であり続けるだけの話だ。

 葛葉は足を踏み出し、膝を屈した。

 腹を押さえる。

 痛みはないが、不快感がある。

 同輩――マコトの攻撃を受けた箇所だ。


「まあ、当然じゃな」


 攻撃を受ければダメージを負う。

 それだけの話だ。

 誤算があるとすればマコトの強さを見誤っていたことだろう。

 葛葉は立ち上がり、歩き出した。

 しばらくして足を止める。

 足下に倒れているのは狐族――こちらではフォックステイル族と言うらしいが――の少年だ。


「……お前様」


 葛葉は跪き、少年に呼びかけた。

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