Quest28:群体ダンジョンを再攻略せよ その6
※
目眩から解放されると、そこは第4階層に続く縦穴だった。
チクッと首筋が痛む。
敵が近くに潜んでいるのだ。
「……油断するなよ」
マコトは周囲を見回しつつ、仲間――ユウカ、フェーネ、リブ、ローラ、フジカがいることを確認する。
「ちゃんといるわよ」
「一応、そっちも確認しておかねーとな」
「一応ね」
ユウカは溜息交じりに言った。
「よし、下りるか!」
「兄貴が油断するなって言ったばかりッスよ!」
嬉しそうに言ったリブにフェーネが叫ぶ。
「お、おう」
「確認ッス、確認」
フェーネは低い姿勢で、リブは四つん這いになって縦穴を覗き込んだ。
「私は周囲を警戒します」
「頼む」
ええ、とローラは短く返事をして油断なく視線を巡らせる。
「う~ん、ちょっとマズいッスね」
「マジぃな」
「何がマズいんだ?」
マコトも低い姿勢で縦穴を覗き込んだ。
すると、穴の底に五体のスケルトン・ウォーリアがうろついていた。
二~三体くらいで出てくることが多いので珍しいと言えば珍しい。
「何がマズいんだ?」
「弓ッスよ、弓。弓を持ってるヤツがいるんス」
「こりゃ、チームが全滅したパターンだな」
確かに一体だけ弓を持っているスケルトン・ウォーリアがいる。
「矢筒に矢があまり入ってないから大丈夫なんじゃねーか?」
「アンデッドは矢を作り出せるんスよ。基本的に一回の戦闘が終わるまで矢はなくならないと考えて欲しいッス」
「矢だけじゃねーけどな」
「なるほどな」
今更だが、アンデッドは自分で装備を作り出す能力を持っているらしい。
「で、何がマズいんだ?」
「あっちの攻撃が届くことッス」
「俺が先行するか、ユウカが魔法をぶっ放せば解決するだろ?」
「兄貴に任せきりじゃ、おいら達のレベルが上がらないッス」
「力技で行くのも芸がねーしな」
「なるほど」
どうやら、二人とも色々と考えているようだ。
マコトは縦穴から離れて立ち上がった。
「ローラ、フジカ、作戦会議だってよ」
「分かりました」
「分かったし」
マコトが親指で背後を指し示すと、ローラとフジカは姿勢を低くしてフェーネ達の下に向かった。
「楽できるんだから楽をすればいいのに」
「仲間の意欲を誉める所だろ?」
「合理的じゃないわ」
「合理的に突き抜けるばかりが能じゃないと思うけどな」
「……まあ、それもそうね」
ユウカはやや間を置いて答えた。
「つか、俺が合理的に突き抜けてたらユウカは骸王のダンジョンで死んでるぞ」
「だから、同意したんじゃない」
ユウカはムッとしたように言った。
「こ、これでも、か、感謝はしてるのよ」
恥ずかしいのか、ユウカは三角帽子を目深に被った。
「な、何か、け、結構、た、助けて、も、もらってるし、ちゃ、ちゃんと……他の皆にもか、感謝してるから」
「そんなに恥ずかしいなら感謝の言葉はいらないぞ」
「い、いつも、あ、あり、ありがとう」
ユウカは三角帽子を目深に被ったままごにょごにょと呟いた。
視線を巡らせるが、四人は気付いてないようだ。
マコトはぼりぼりと頭を掻き――。
「こっちこそ、ありがとうな」
「――ッ!」
ユウカは息を呑み、体を強張らせた。
無理もないか。自分でもびっくりするほど優しい声が出てしまったのだ。
そりゃ、ユウカだって驚く。
「兄貴」
「すぐに行く」
マコトがフェーネ達の下に移動すると、ユウカはやや遅れて付いてきた。
「作戦は立てたか?」
「フジカがここで昇天を使って足止め、その間においらが狙撃して弓を持ったスケルトン・ウォーリアを倒すッス」
「その後はローラが飛び降りて敵を引き付けて、背後から襲い掛かるって寸法だ」
「……いいんじゃねーか」
マコトの言葉にフェーネ達はホッと息を吐いた。
「顔が赤いけど、どうしたのみたいな?」
「うっさいわね」
「ラブ? ラブの予感みたいな?」
「張り倒すわよ、このなんちゃってビッチ」
「分かったし」
ユウカが低く押し殺したようなこえで言うが、フジカは何処か嬉しそうだ。
マゾなのだろうか。
「合図は誰がするんだ?」
「それはおいらッス」
「こんなんでも先輩だからな」
「一言余計ッス」
リブが茶化すように言うと、フェーネは顔を顰めた。
「行動開始ッス」
「では、また」
フェーネとローラが縦穴の縁に沿って移動する。
フェーネは反対側まで移動したが、ローラは途中で止まる。
いいッスよ、とフェーネがパクパクと口を動かす。
「昇天みたいな!」
フジカが錫杖を握り締めて叫ぶと、光がダンジョンと五体のスケルトン・ウォーリアを照らした。
スケルトン・ウォーリアが動きを止め――。
「狙撃ッス!」
フェーネがスリングショットで弾を放つ。
弾は弓を持っていたスケルトン・ウォーリアの側頭部に突き刺さる。
「狙撃ッス!」
「昇天!」
フェーネとフジカの声が重なる。
二回目の狙撃によってスケルトン・ウォーリアの頭蓋骨が砕け、骨の結合が解ける。
乾いた音がダンジョンに響く。
スケルトン・ウォーリアが自由を取り戻すが、どちらを攻撃するべきか迷っているのか、動きは鈍い。
その間にローラが飛び降りる。
「ハァァァァッ!」
盾を構えたまま叫ぶと、スケルトン・ウォーリア達が殺到する。
騎士のジョブスキルで敵の注意を引いたのだ。
「よっしゃ!」
リブは縦穴に飛び降りると、スケルトン・ウォーリアの背後に回った。
「オラァァァッ!」
気合の入った叫び声と共にポールハンマーでスケルトン・ウォーリアを薙ぎ払う。
骨の折れる音が響き、スケルトン・ウォーリアが壁に叩き付けられた。
「オラオラオラオラッ!」
リブはさっさと死ねとばかりに何度もポールハンマーを振り下ろした。
しばらくして距離を取る。
残心のつもりなのだろう。
粉々になったスケルトン・ウォーリアを見ると必要ないような気もするが――。
「下りてきていいぞ!」
「分かったッス!」
リブが叫び、フェーネが鎖を伝って第4階層に下りる。
さらにフジカが続く。
ユウカは鎖を手に取り、こちらに視線を向けた。
「……何よ」
「何でもねーよ」
「……」
ユウカは拗ねたように唇を尖らせ、ゆっくりと縦穴を下りていった。
長く付き合ってみると、なかなか味わい深い性格だ。
仲よくなりすぎると喧嘩になりそうなので今くらい距離感が丁度いいのかも知れない。
マコトはユウカが第4階層に辿り着いたのを確認して飛び降りた。
しばらくして軽い衝撃が伝わってくる。
「よし、隊列を組んで出発だ」
マコトは通路を指差した。
※
マコト達は隊列を組んでダンジョンを進む。
順番はいつも通り、一列目がリブとローラ、二列目がフェーネとフジカ、三列目がユウカ、最後尾がマコトだ。
「いつもと違ってユウカが大人しいし」
「あたしはいつも大人しいわよ」
「やっぱり、マコトさんと何かあったみたいな?」
ユウカの戯れ言を無視してフジカは尋ねた。
「な、何もないわよ」
「はい、嘘決定だし」
「う、嘘じゃないわよ、う、嘘じゃ」
ユウカは上擦った声で言った。
適当に誤魔化せばいいものをこれでは何かあったと言っているようなものだ。
「ラブ? ラブみたいな?」
「い、いい加減にしないとぶん殴るわよ」
声が上擦っているせいか、いつもの迫力がない。
「むふ、鬼の目にも涙。ユウカの心にも恋心みたいな」
「……アンタ」
「待て」
ユウカが低く押し殺したような声で言い、マコトは背後から杖を掴んだ。
「何よ?」
「いくらムカついてるからって杖で殴るのは止めろ。つか、俺も、お前も羆以上の破壊力を出せるからな。死ぬぞ、マジで」
「殺す訳ないでしょ!」
ユウカは声を荒らげ、マコトの手を振り解いた。
「フジカも死にたくなければ気を付けろ。せめて、強くなるまで堪えろ」
「そ、それだと私がやられっぱなしみたいな?」
「いつも守ってやれる訳じゃねーんだから。この世界はマジで弱肉強食だからな」
「い、嫌な世界だし」
ひぃ、とフジカは背中を丸めた。
「あたしは殺人鬼じゃないわよ。大体、人を殺したらステータスが赤くなるじゃない」
「問題ねーだろ」
「何処がよ?」
「俺達くらい強けりゃ文句を言えるヤツなんていなさそうだしな。世界征服は無理かも知れねーが、暴力で国を支配するくらいはできるんじゃねーかな」
「ま、マコトさん、ユウカを悪の道に誘うのは止めて欲しいし」
フジカがおずおずと言った。
「言われてみればそうよね」
「ユウカ、悪堕ちしちゃ駄目だし!」
「別に悪堕ちするつもりはないわよ」
ユウカはムッとしたような口調で言った。
「でも、この世界だと圧倒的に強い個人が国を滅ぼせるのよね」
ふふふ、とユウカは笑った。
「で、いつ世界征服に乗り出すの?」
「乗り出さねーよ」
「何でよ?」
「…………まあ、気分の問題だな」
元の世界ならいざ知らず、この世界に恨みはない。
「シェリーに迷惑を掛けたくないしな」
「女が理由って」
「ほら、ユウカ! これが愛みたいな!」
「気分って言ってたじゃない」
ユウカは呆れたように言った。
「そろそろ、分かれ道ッスよ」
しばらく進むと、道が二手に分かれていた。
首筋がチクッと痛む。
目を細めると、通路の奥から人影が近づいてきた。
ゾンビ、のように見える。
「数は?」
「四体ッス! あと、分かれ道からも敵が近づいてくるッス! ああ! 人間が追われているような感じッス!」
「どうするッ?」
「先に通路の奥にいるゾンビを倒す! その後、反転して迎え撃つ! 行くぞ!」
マコトが叫ぶと、仲間達は一斉に走り始めたが――。
「ちょ、みんな速すぎるし!」
すぐにフジカが遅れ始め、あっと言う間に最下位――と言ってもその後ろにはマコトがいるが――に転落した。
一番レベルが低いこともあるだろうが、恐らく僧侶のジョブはステータス補正が殆どないのだろう。
「作戦変更! 俺がフジカを抱えて先行する!」
マコトはスピードを上げてフジカを追い抜く。
そのまま反転して低い姿勢を取った直後、軽い衝撃が伝わってきた。
フジカがぶつかってきたのだ。
「おぐッ!」
「悪ぃ」
マコトはフジカを担ぎ上げ、再び反転して地面を蹴る。
風が耳元を通り過ぎていく。
「ギャァァァァッ! こ、怖いし! 怖いしッ!」
「これでも、セーブしてるんだけどな」
ユウカ、フェーネ、ローラ、リブを抜き去り、ゾンビに迫る。
「オァァァァァッ!」
「オォォォォォォ!」
「お、オァァァッ!」
「アァァァァァッ!」
こちらに気付いたのか、ゾンビ達が一斉に雄叫びを上げ、走り出した。
久しぶりに出現するフレッシュなゾンビだ。
「走るゾンビがいるってことは他にも強い敵がいるってことだな」
「指標生物みたいだし」
「言い得て妙だな」
マコトは苦笑しながら横目で分かれ道を確認する。
二人の女性がスケルトン・ウォーリアに追われている。
「オァァァァァッ!」
「お、オァァァッ!」
「オォォォォォォ!」
「アァァァァァッ!」
ゾンビが雄叫びを上げながら掴み掛かってきた。
マコトは華麗に躱し、ゾンビの背後に移動する。
「フジカ!」
「昇天みたいな!」
錫杖から光が放たれ、四体のゾンビは糸が切れたように頽れた。
仲間達はかなり遅れて分かれ道を横切り、反転して隊列を組み直す。
一列目はリブとローラ、二列目にユウカとフェーネだ。
「フェーネ、敵の数はッ?」
「ガチャガチャなってて分からないッス!」
敵の数も確認しておけばよかったと思うが、今更だ。
「敵の数は三体以上で想定しろ!」
「あたッ!」
静かに下ろしたつもりだったが、フジカは尻餅をついた。
しばらくして二人の女性、いや、少女が飛び出してきた。
一人は剣士、もう一人は狩人だろうか。
「こっちだ!」
マコトが叫ぶと、二人はこちらを見た。
躊躇うような素振りを見せた後、こちらに走り出す。
次の瞬間、スケルトン・ウォーリアが飛び出してきた。
数は五体、弓を持っている個体はいない。
勢い余って壁に激突し、押し合いへし合いしながら立ち上がる。
少女達はリブとローラの脇を擦り抜け、限界に達したのか、倒れ込んだ。
スケルトン・ウォーリアがガチガチと歯を打ち鳴らしながら迫る。
「引き付けろ!」
「わ、分かったし!」
フジカが錫杖を構えるが、やや腰が引けている。
スケルトン・ウォーリアが5メートルほどの距離に迫り――。
「今だ!」
「昇天!」
錫杖が光を放ち、スケルトン・ウォーリアの動きを封じる。
「行くぜ!」
「はい!」
リブとローラが動きを止めたスケルトン・ウォーリアに突っ込んで行く。
「狙撃ッス!」
フェーネがスリングショットでミスリル合金製の弾を放つ。
弾が直撃し、二列目にいたスケルトン・ウォーリアの頭蓋骨に亀裂が走る。
スケルトン・ウォーリアがわずかに動き――。
「オラァァァッ!」
「盾撃ッ!」
リブの蹴りとローラの盾撃がスケルトン・ウォーリアを吹き飛ばす。
スケルトン・ウォーリアは他の個体を巻き込んで倒れる。
すぐに立ち上がろうとするが、互いが邪魔になって立ち上がれない。
「オラオラオラッ!」
「ハッ!」
リブがポールハンマーを、ローラが剣を振り下ろす。
骨の砕ける音が響く。
しばらくしてリブとローラはスケルトン・ウォーリア――と言うか、骨から離れた。
骨はぴくりとも動かない。
どうやら、倒せたようだ。
少女達は呆気に取られたようにリブとローラを見ている。
マコトは二人に歩み寄り、話しかけた。
「大丈夫か?」
「ええ、ありがとう」
「……ありがとうございます」
少女剣士はハキハキと、少女狩人はぼそぼそと礼を言い、立ち上がった。
マコトは改めて少女達を見つめた。
少女剣士はブラウンの髪を少年のように短くしている。
目鼻立ちは整っているが、美人という感じではない。
愛嬌があると評すべきだろうか。
体の線は細く、前衛を務めるには頼りない。
防具が革製の胸当てと籠手、ブーツのせいか余計に頼りなく感じる。
少女狩人は相棒よりもさらに小柄だが、胸は大きめだ。
髪はやや長めだ。
将来は美人になるかも知れないが、今は陰キャという風情だ。
防具は革製の胸当てとアームガード、ブーツだ。
「俺は黒炎のリーダー、マコトだ」
「あたしはメアリ、こっちは相棒のアン。売り出し中の冒険者よ」
少女剣士――メアリは親指で少女狩人――アンを指差しながら言った。
マコトは内心首を傾げる。
自画自賛のようで恥ずかしいが、黒炎の活躍はシェリーが知っているほどだ。
冒険者が知らないのはおかしいような気がする。
とは言え、それを指摘する訳にもいかない。
「なら同業者だな。今後ともよろしく」
「……ええ」
マコトが手を差し出すと、メアリはやや間を置いて握り返してきた。
「二人は何処に泊まってるんスか?」
「『名もなき英雄』亭って所よ」
その食堂兼宿屋はフェーネが仲間になる前に使っていた所だ。
「ああ、駆け出しッスね」
「う、そりゃ、駆け出しだけど」
フェーネの言葉にメアリは小さく呻いた。
「別のチームに荷物持ちとして参加させてもらったものの、そのチームが全滅したって所ッスかね」
「よ、よく分かるわね」
「お決まりのパターンッスよ、お決まりの」
メアリが呻くように言うと、フェーネは得意げに慎ましい胸を張った。
「他のチームに遭遇する確率はそう高くないから大抵は死ぬんスけどね。いや、二人とも運がいいッスよ」
「まあ、大抵はそうだよな」
自分が魔羆に殺されかけた時のことを思い出しているのか、リブは天井を見上げつつフェーネに同意した。
「で、次に二人はこういうッス。地上まで送って」
「う~、そうだけど」
メアリは唸るように言った。
フェーネの方が幼く見えるので、ちょっと複雑な心境なのだろう。
実力主義の世界とは言え、簡単に割り切れるものではないのだ。
「どうするんスか?」
「どうって、見捨てられねーだろ」
自分達が一杯一杯ならともかく、二人の面倒を見るのはちょっとした手間の範疇だ。
ちょっとした手間を惜しんで死なれては寝覚めが悪い。
「あの、できれば仲間の遺品を取りに行きたいんだけど?」
「図々しいわね、こいつら」
「ユウカ、情けは人のためならずみたいな」
「どうせ、死体から装備をかっぱぐつもりよ」
「……ユウカ・フィルター」
フジカは呻くように言った。
「う~、そうだけど」
「ちょっと、それは人としてどうかみたいな!」
「だって、お金がないし」
フジカが叫ぶと、メアリは拗ねたように唇を尖らせた。
「駆け出しッスからね。死体から装備をもらうのは全然ありッスよ」
「それはどうかと思います」
「貧すれば鈍す、衣食足りて礼節を知るッス」
フェーネは開き直ったかのように言った。
開き直るのはどうかと思うが、骸王のダンジョンでゾンビから装備を奪った身としては何も言えない。
「分かった。付き合うよ」
「いいの?」
「放っておく訳にもいかねーからな」
「……メアリ」
今まで黙っていたアンがメアリの手首を掴んだ。
「……正直に話すべきだと思います」
「う、分かってるわよ」
メアリは気まずそうに呻いた。
「……実はグールがいて」
「ま、問題ねーだろ」
「お、グールならあたいの出番だな」
リブが嬉しそうに笑う。
「フェーネ、ローラ、フジカの三人に任せたいんだけどな」
「チェッ、分かったよ」
リブは面白くなさそうに唇を尖らせた。
「ちょ、ちょっと待って! グールはすごく強いのよッ?」
「……並の冒険者では勝てないと思います」
メアリが慌てふためいたように言い、アンが呻くように続ける。
「アンタが仲間の遺品を持ち帰りたいって言ったんでしょうが」
「それは、持ち帰れたらいいなくらいのつもりで」
「大丈夫よ。これでも、あたし達は並の冒険者なんか目じゃないくらい強いから」
ユウカは誇らしげに胸を張った。
「じゃ、さっさと片付けて探索を再開するか」
マコトは分かれ道に向かって歩き出した。
※
おぞましい咀嚼音がダンジョンに響き渡る。
空気は悪臭を孕み、気のせいか熱を帯びているように感じる。
広い空間の中央にグールはいた。
獣のように四つん這いになり、犠牲者の臓腑に顔を埋めている。
「行きますよ」
「了解ッス」
「ちょ、ちょっと気分が悪いみたいな」
「どんだけ神経が細いのよ」
ユウカは口元を押さえるフジカを小馬鹿にするように言ったが、血の気が引いている。
「……グル」
声に気付いたのか、グールは食事を中断し、ゆっくりとこちらを向いた。
口元は液体で汚れている。
血だけではないだろう。
まあ、正体が分かったからと言ってどうなるものでもないが。
「ご、ゴォォォォォォォッ!」
グールは立ち上がり、雄叫びを上げた。
「行きます!」
ローラは宣言すると盾を構えて突っ込んでいった。
グールもまたローラに突っ込んでいく。
「衝撃反転、盾……」
盾が淡い光を放ち、ローラの体が大きく傾く。
このまま転倒するのではないかという傾きだ。
だが――。
「撃ッ!」
ローラの体が一気に跳ね上がる。
まるで陸上のクラウチングスタートだ。
甲高い音が響き、グールが吹っ飛んだ。
二つのスキルを合わせて、より強力な突進技を編み出したということか。
ローラは盾を構えつつグールと距離を詰める。
「ゴォォォォォッ!」
グールは雄叫びを上げ、腕を振り下ろした。
ローラは盾で攻撃をいなし、バランスを崩したグールを斬りつける。
防御に比重を置いているせいか、ダメージは少ないようだ。
とは言え、残念がる必要はない。
ローラの役割は盾だ。
敵を釘付けにし、後衛を守るのが仕事だ。
「ゴォ、ゴォォォォッ!」
グールが無茶苦茶に腕を振り回すが、ローラは巧みに盾を操って攻撃をいなす。
そこに――。
「狙撃ッス!」
「グォォォォッ!」
グールの背中から白煙が立ち上る。
フェーネが背後から攻撃したのだ。
「い、いつの間に?」
フジカは慌てふためいた様子で周囲を見回した。
「ほら、アンタも参戦しなさいよ」
「はわわ!」
「はわわじゃないわよ!」
フジカは錫杖を抱きかかえたままうろうろと動き回る。
多分、ローラとグールが動き回っているせいで射線を確保できないのだろう。
「マジで役立たずね」
「通路とは勝手が違うからな」
今回のように広い空間では射線の確保が難しい。
「……お前ってすごいヤツだったんだな」
「藪から棒に何よ?」
「いや、お前って魔法をポンポン当てるだろ」
「ま、まあ、かなり練習してるし」
ユウカは照れ臭そうに頬を掻いた。
「魔法使いのジョブには照準補正が備わってるのかもな」
「素直にあたしの努力を褒め称えなさいよ」
ユウカはムッとしたように言った。
どうやら、いつもの調子を取り戻してきたようだ。
「ほら! 昇天昇天!」
「わ、分かったみたいな!」
ユウカが叫び、フジカは立ち止まって錫杖を構えた。
「た、昇天みたいな!」
錫杖が光を放った直後――。
「グガァァァァッ!」
グールが悲鳴を上げ、全身から白煙が立ち上った。
皮膚に火膨れのようなものが生じ、爆ぜて体液が溢れ出る。
まるで皮膚が沸騰したかのようだ。
破けた皮膚は垂れ下がり、グールは見るも無惨な姿となっていた。
うッ、とフジカは口元を押さえたが、何とか持ち堪える。
「狙撃ッス!」
フェーネがスリングショットで鏃を放つ。
太股から白煙が上がり、グールが膝を屈した。
「はッ!」
もちろん、ローラはその隙を見逃さず、剣を振り下ろした。
皮一枚を残してグールの首が落ちる。
ローラが剣を振り、グールは白煙を上げて溶け出した。
※
「こんなもんか」
マコトは横に並べた四人分の遺体を見下ろした。
損傷が激しい上、臭いもひどい。
「フジカ、頼む」
「何みたいな?」
「お祈りに決まってるでしょ。アンタが祈らないとゾンビになっちゃうわよ」
「分かったし」
フジカは遺体の傍らに跪き、手を組んだ。
「ペリオリス様、この人達を迎えてあげて下さい」
「超テキトーね」
フジカが十字を切ると、淡い光が遺体を包んだ。
確かめる方法はないが、これでペリオリスの御許に召されたはずだ。
「あとは二人を地上に送るだけだな」
マコトはメアリとアンを見つめた。
メアリは小さな盾を装備し、アンは腰から鉈を提げている。
どちらも遺品だ。
残念ながらその他の装備はサイズが合わなかった。
なお、貨幣は回収済みだ。
「……ありがとうございます。メアリ」
アンはぺこりと頭を下げ、メアリの腕を叩いた。
「あ、ありがとう。そ、その、地上に戻ったらお礼を……」
「別にいいよ」
「え?」
メアリが驚いたように目を見開く。
「お礼が欲しくて助けた訳じゃねーし」
「そう、よかった」
「……メアリ」
胸を撫で下ろすメアリの二の腕をアンが手の甲で叩いた。
「よかったって何がだよ?」
「あの、その、えへへ、体を要求されると思って」
メアリは照れ臭そうに頭を掻いた。
「しねーよ、そんなこと。つか、冒険者ってのはそういうもんなのか?」
「ん~、まあ、兄貴みたいに無償で助けてくれる人は稀少ッスね」
「請求することはねーけど、助けたら貸しってことにはしておくぜ」
「そうか」
フェーネとリブの言葉に溜息を吐く。
「じゃあ、一応、貸しってことで」
「うん、いつ返せるか分からないけど」
「……はい」
メアリとアンは小さく溜息を吐いた。
「結構、生活が厳しいのか?」
「うん、まあ、売り出し中って言っても冒険者になったばかりだし」
「……依頼を受けようにも弱いので」
二人はまたもや溜息を吐いた。
マコト達はすぐに金を稼げるようになったが、冒険者とはこんなものなのだろう。
「俺は『黄金の羊』亭って所にいるからさ。何かあったら――」
「ちょっとマコト!」
ユウカがマコトの二の腕をバシバシと叩いた。
「何だよ?」
「お人好しにも限度ってもんがあるでしょ、限度ってもんが」
「そうなんだが、今は余裕があるからな」
マコトは頭を掻いた。
「お金を貸しちゃ駄目よ?」
「戻ってこないものと思って貸すから大丈夫だ」
「そういう問題じゃないでしょ」
「俺的にはそういう問題なんだけどな」
父親の件で懲りているからこその発言なのだが、ユウカには伝わらないようだ。
「ま、困ったことがあったら『黄金の羊』亭に来てくれ」
「う、うん、ありがとう」
「……ありがとうございます」
メアリは前髪を弄りつつ、アンは深々と頭を下げて言った。
「ユウカ、頼む」
「分かったわよ。はい、こっちに来て」
ユウカは杖を肩に担ぎ、少し離れた場所に移動する。
メアリとアンはきょろきょろしている。
「ユウカは転移が使えるから安心してくれ。転移先は街でいいか?」
「え? 転移?」
「……お伽噺で聞いた魔法を見られるなんて」
二人は興奮した面持ちで移動する。
「気分を楽にね?」
「は、はい!」
「……お願いします」
ユウカは杖を構え、呪文を唱え始めた。
「リュノ・ケスタ・アガタ! 無窮ならざるペリオリスよ、繋がれ繋がれ回廊の如く、我が歩く道となれ! 顕現せよ! 転移!」
杖が光を放ち、周囲の風景が歪んだ。
次の瞬間、二人の姿は掻き消えていた。
「ざっと、こんなもんよ」
ユウカは杖を担ぎ、胸を張った。
「お疲れさん。じゃ、行くか」
「ええ、分かったわ」
ユウカは上機嫌で頷いた。





