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アラフォーおっさんはスローライフの夢を見るか?  作者: サイトウアユム


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Quest24:色欲を討伐せよ その7【修正版】



 謁見の間――フトシは洞窟の奥にあるその空間をそう呼んでいた。

 照明用マジックアイテムを設置しているが、謁見の間は薄暗い。


「こんなに配下を減らしてどうする!」

「ふひぃ」


 フトシが怒鳴りつけると、子ども達はパニックに陥ったかのように逃げ惑った。

 そんな中で身じろぎ一つしない子どもがいる。

 三匹目――冒険者に生ませた子どもだった。

 他の子どもに比べて体格がよく、知能も高い。

 さらに戦闘力が高く、フトシと同じかそれ以上に魔法を使いこなす。

 子ども達を統率するリーダーのような役に就いているが、任命した訳ではない。

 戦いを繰り返す中で自然とリーダー的な役割をこなすようになったのだ。

 正直に言えばフトシはこいつが嫌いだった。

 生まれたばかりの頃は可愛く感じたものだが、頭角を現し始めた頃から嫌悪の情が募るようになった。

 こいつの才能は親であるフトシから受け継いだものだ。

 自分がスクールカーストの最底辺で苦しんでいたというのにこいつはリーダーの座に納まった。

 まるでフトシがスクールカーストの最底辺に位置していたのは努力が足りないからだと言わんばかりに。


「いいか! 女を攫ってこい! そうすればお前を許してやるッ!」

「ふひ!」


 子ども――リーダーは立ち上がり、謁見の間から出て行った。


「お前達も出て行けッ!」

「ふひぃ!」


 フトシが怒鳴ると、子ども達は慌てふためいた様子で謁見の間から出て言った。

 押し合いへし合いしながら出て行く姿から知性は感じられない。

 だが、そこが愛しい。


「また、子どもを増やさなければ」


 フトシは玉座に寄り掛かった。



 マコト達は森を進む。

 隊列は先頭はフェーネ、次にリブとローラ、ユウカとフジカ、最後尾がレイモンドとマコトだ。

 冬だからか、草はそれほど生えていない。

 だが――。


「結構、植物ってしぶといんだな」


 マコトは視線を巡らせながら呟いた。

 冬になれば樹木は葉を落とし、草は枯れるものとばかり思っていたが、想像を上回る量の緑が残っている。

 フェーネの耳がピクッと動く。


「こんなもんスよ」

「そうか」


 そういう風に言われたら頷くしかない。


「意外ですね」

「何がだよ?」

「森に入ったらすぐに襲い掛かってくると思ったのですが、敵は意外に統率が取れているようです」


 問い返すと、警戒しているのか、ローラは低く押し殺したような声で言った。


「そう言えばそうだな」


 声から推測しただけだが、人面兎は衝動に支配されている。

 いや、衝動の塊と言うべきか。


「人面兎リーダーの力だな」

「何だよ、人面兎リーダーって?」


 問い掛けてきたのはリブである。


「マッチョな人面兎がいただろ?」

「ああ、あいつな。かなり強そうだったな」


 リブは獰猛な笑みを浮かべた。


「強いヤツと戦いたいって性癖は――」

「性癖じゃなくて戦士の本能だ」

「性癖でも、本能でもどっちでもいいっての」

「よくねーよ」

「分かった。戦士の本能な」


 マコトはうんざりした気分で言った。


「人面兎リーダーの相手は俺がする」

「マコトがそんなことを言うなんて珍しいな」

「万が一にでも負けられたら困るんだよ。仲間が強姦されるなんて嫌だぜ、俺は」

「分かった。任せる」


 意外と言うべきか、リブは素直に従った。

 嬉しそうに見えるのは気のせいではないだろう。


「リブ殿なら互角以上に渡り合えると思うけど、マコト殿は慎重だね」

「相手の底が見えねーからな」


 レイモンドは慎重すぎると言いたいのだろう。

 だが、人面兎リーダーは衝動の塊である配下を統率しているのだ。

 統率力という点ではマコト以上だ。

 それに――。


「武器だけじゃなく、毒まで使ってやがるからな」

「ああ、それには僕も驚いたよ」

「侮っていい相手じゃない」


 人間を相手にしていると考えるべきだろう。


「そう言えばヤマダってどんなヤツなんだ?」

「あたしに聞いてるの?」


 ユウカが振り返る。

 フジカを仲間に入れたことを引き摺っているのか、実に不機嫌そうだ。


「別にお前じゃなくてもいいんだが……」

「何を聞きたいのよ?」

「人面兎……ヤマダってどんなヤツだったんだ?」


 ユウカの口調は実に挑発的だ。

 だが、ここでフジカに話を振ればますます機嫌が悪くなるに違いない。

 実に面倒臭い娘である。

 この面倒臭さに慣れる日がくればいいなと思う。


「……気持ち悪いヤツね」

「もう少し何かないのか?」

「超気持ちの悪いヤツね。女子の胸や太股ばかり見て……思い出しただけで体が痒くなるわ! ったく、気持ち悪いったら!」


 その時のことを思い出したのか、ユウカは声を荒らげた。


「フジカは?」

「あ? なんで、こいつに聞くのよ?」

「情報は多いに越したことないだろ?」


 チッ、とユウカは舌打ちした。


「仲がいい訳じゃなかったからマコトさん――」

「マコトさん?」


 やはりと言うべきか、反応したのはユウカである。


「なんで、マコトさんなのよ?」

「リーダーだし、引き抜いてくれた恩人なんだからマコトさんでいいっしょ?」

「いい子ぶってんじゃないわよ」

「いや、そこはいい子ぶらせてやれよ」


 むしろ、ユウカが見習うべきではないだろうか。


「マコトさんなんて言ってるけど、心の中じゃ小馬鹿にしてるわよ」

「ちゃんとリスペクトしてるし」

「リスペクト? アンタはラッパーか」


 ものすごい偏見だ。


「喧嘩はそこまでにしてくれ。で、どんなヤツなんだ?」

「オタクで、サトウが――」

「サトウ? サトウって言われる筋合いないんだけど」

「話が進まねーよ」


 ユウカがまたしても突っかかり、マコトはぼやいた。

 ダンジョンに置き去りにされた――殺されかけたことを思えば無理もないかなと思うのだが、ここは堪えて欲しい。


「つか、いちいち突っかからないで欲しいんだけど!」


 流石に堪えきれなくなったのか、フジカは叫んだ。


「突っかかるな? アンタ、人を殺しかけておいて何を言ってんのよ!」

「それはもう謝ったしょ!」

「謝ったからいいでしょって、脳みそ腐ってんの!?」

「腐ってないし!」

「じゃあ、なんで、あたしをダンジョンに置き去りにしたのよ!?」

「そ、それは……」


 ユウカに気圧されたのか、フジカは口籠もった。

 マコトはいつでも飛び出せるように身構える。

 ユウカが杖で殴ったらフジカは死ぬ。


「……そういう空気感だったから」

「空気? そんなもんで人を殺せるっての!?」

「別に殺すつもりじゃなくて、ちょっと懲らしめてやれって感じだったんだってば」

「ダンジョンに置き去りにされたら死ぬしかないじゃない!」

「まあ、そうだよな」

「でしょでしょ! もっと言ってやって!」


 ユウカはマコトの隣に移動し、バシバシと二の腕を叩いた。

 実に嬉しそうだ。


「別にお前の味方をした訳じゃねーんだが?」

「あたしの味方をしなさいよ!」

「俺としては、だ。本当に懲らしめてやるって感覚だったのか気になるんだよ。少なくともフジカはユウカの言ってることが正しいと思ってたんだろ?」

「うん、まあ」


 フジカは曖昧に頷いた。


「普通に考えればユウカと同調するヤツが出てもおかしくないんじゃねーか?」

「そうなんだけど、和を乱してるって感じになってて」

「どういうことよ?」

「どうって、私にも分からないし」

「自分でやったことじゃない!」

「あの時はそれが正しいと思ってたって言うか……」


 フジカは再び口籠もった。


「ユウカは気付かなかったのか?」

「腫れ物扱いされてるってのは分かってたけど……」


 今度はユウカが口籠もった。


「な~んか、変なんだよな」

「何がよ?」

「ユウカが、まあ、浮いてるってのは分かった。けどよ、クラスメイトの間にそういう空気が流れてるのに気付かないのも変だし、タカヤだったか?」

「どうして、タカギ君の名前が出てくるのよ?」

「そいつは仲間と一緒に出て行ったんだろ? どうして、ユウカに声を掛けないんだ?」

「知らないわよ」


 ユウカは吐き捨てるように言った。


「多分、サトウが編入組だからだと思う」

「何よ、それ」

「仲間じゃないって言うか、私達とは違うみたいな感じ」

「は? どんだけお高く止まってんのよ、クソセレブ。つか、アンタらがセレブ風を吹かせられるのは親や親戚のお陰じゃない。アンタらが馬鹿で大学進学の実績を作れないから、あたしみたいな編入組がいるんでしょうが」

「だから、それじゃん」


 ユウカが捲し立て、フジカはうんざりとしたような表情を浮かべて言い返した。


「それじゃ分からないっての。きちんと言語化しなさいよ」

「だから、私達には私達なりの空気感があるんだって!」


 フジカはうんざりしたように言った。


「大河学園は一貫教育だからそれまでに作られた空気があんの。そりゃさ、サトウの言ってることは正しかったけど、空気に従ってくれないと――」

「そんなに空気に従って欲しかったら口で言いなさいよ!」

「だから、口で言えないから空気なんじゃん!」

 堪らずと言うか、フジカは逆切れしたかのように声を荒らげた。

「二人とも落ち着け」


 ヒートアップしてきたので、割って入る。


「取り敢えず、クラス……と言うか、学校にも問題があるってことは分かった」

「学校にもって何よ、学校にもって」

「お前にも問題があるって表現を避けたんだよ」

「あたしの何処に問題があるのよ」

「あのな、お前はフジカ達にとって異民族みてーなもんだよ」


 ユウカはフジカ達が共有している空気感――大河学園の文化を理解していないのだ。


「異民族って何よ。あたしはあたしなりに努力してたわよ」

「努力? 片腹痛いんだけど」


 フジカが鼻で笑った。


「何がおかしいのよ?」

「『その本、面白い?』って聞かれて『面白くなきゃ読まないわよ』なんて答える人間が努力してたなんてマジでウケるんだけど」

「何度もそういう質問をされるからムカついたのよ!」

「だから、そういう所じゃん!」


 ユウカとフジカは睨み合った。


「おい、猫」

「何が猫よ!」


 呼びかけると、ユウカはこちらを睨み付けてきた。


「猫を被ってたんじゃねーの?」

「被ってたわよ!」

「被ってそれなのかよ」


 マコトは溜息を吐いた。

 話しかけた相手も取っ掛かりを潰されるとは思わなかっただろう。


「ユウカが孤立していたのは分かった」

「うっさいわね。大体、貧乏な特待生とクソセレブが仲よくなれる訳ないでしょ。ブランドのバッグを買ってもらったとか、家族旅行で海外に行ったとか……思い出しただけで腹が立ってきたわ」


 ユウカが蹴りを入れると、大木が激しく揺れた。


「いや、お前もさ。話を膨らませようぜ」

「そりゃ、あたしだって最初は話を膨らませようと思ったわよ。けど、無理! 英語の教科書みたいな会話になってストレスが溜まって無理!」

「いやいや、そこを頑張るんだって」

「どうやって?」

「質問に答えるだけじゃなくて、こっちからも質問をするんだよ」

「あたしはクラスの連中に興味ないし」

「そういう所だよ!」


 マコトは叫んだ。


「よくそんなのでイジメられなかったな」

「イジメられたに決まってるでしょ。けど、あたしは平気よ。むしろ、そんなことしかできない連中が哀れでならないわ」

「スゲーな」


 ユウカの協調性のなさにうんざりさせられることも多いが、孤立を恐れない図太さには感心させられる。


「止まるッス!」


 フェーネが声を張り上げ、マコト達は立ち止まった。


「何かあったのか?」

「調べてる最中ッス」


 リブの問い掛けにフェーネは地面に跪きながら答える。


「ポールハンマーでそこを突いて欲しいッス」

「分かった」


 リブはポールハンマーの先端で手前から奥に向かって地面を突く。

 わずかに上半身が傾き、地面が陥没した。

 落とし穴である。


「パンジステークかよ」


 マコトは穴を覗き込んで吐き捨てた。

 穴の底には先端の尖った杭が何本も突き刺さっている。


「パンジステークって何よ?」

「ベトナム戦争でゲリラが使ったトラップのことだよ」

「落とし穴って言えばいいじゃない」

「分かるヤツには分かるんだよ」


 ユウカは呆れたように言ったが、分かるか分からないかで世代が分かる。


「ウンコを塗ってたら完璧だったな」

「なんで、そんなものを塗るのよ」

「感染症を引き起こすために決まってるだろ」


 ウンコという単語に顔を顰めるユウカに答える。


「水が湧き出る水筒マジックアイテムや治癒魔法が存在する世界で何処まで有効か分からねーけど」

「いや、こういう罠は効果的だぜ」

「そうッスね」


 リブの言葉にフェーネが同意する。


「人面兎は知能が高いみたいだね」


 レイモンドは穴を覗き、肩を竦めた。


「情報共有はしておいてくれよ」

「おや、敵に塩を送るのかい?」

「俺は敵だと思ってねーよ」


 敵とはコウキ達のことだ。

 ルークにへりくだったり、フジカを引き抜いたりしたせいで敵意を向けられているが、少なくともマコトは敵だと思っていない。


「分かった。連絡しておくよ」


 レイモンドは耳に触れ、何事かを呟く。

 何をしているのかと訝しんでいたらローラが口を開いた。


「通信魔法です」

「やっぱり、そういう魔法があるんだな。ローラは――」

「私は魔法の才能がないので」

「そうか」


 くっ、とローラが呻く。


「通信用のマジックアイテムはないのか?」

「あるッスよ」

「買っておけばよかったな」


 どんなマジックアイテムがあるのか確かめておくべきだった。


「そう言われると思って……」


 フェーネはポーチから缶バッジのようなものを取り出した。


「ケチったな」

「ケチとは何スか、ケチとは!」


 リブがニヤニヤ笑いながら言い、フェーネはピンと尻尾を立てた。


「どういうマジックアイテムなんだ?」

「何処にいるのか分かるってだけのアイテムだよ」


 やはり、リブはニヤニヤ笑いながら答える。


「場所はどうやって把握するんだ?」

「付属のタブレットで一括管理ッス」


 そう言って、フェーネはポーチからタブレットを取り出した。

 宿で使っているそれと違ってスマホサイズだ。


「まあ、方向と距離しか分からないんスけどね」

「十分だろ」

「そうッスよね! 流石、兄貴ッス! マジックアイテムの価値を分かってらっしゃるッス! 今から皆に渡すッスよ!」


 フェーネは嬉しそうに尻尾を振りながら缶バッジ――いや、マジックアイテムをマコト達に手渡す。



 夕方、マコト達は集落に戻った。

 人面兎を見つけることはできなかったが、まず負傷者を出さずに探索を終えられたことを喜ぶべきだろう。


「じゃあ、僕はルーク団長の所に戻るよ」

「お疲れ、これからも頼むぜ」

「こっちも頼むよ」


 レイモンドは爽やかな笑みを浮かべ、教会のある集落中央に向かった。


「俺達も休もうぜ」

「あ~、マジで疲れたわ」

「おいらはまだまだ余裕ッス」

「あたいは不完全燃焼だ」

「戦わずに済んでよかったじゃないですか」

「……」


 ユウカ、フェーネ、リブ、ローラの四人は余裕がありそうだが、フジカは今一つ元気がない。

 マコトは歩調を落とし、フジカの隣に移動する。


「どうだった?」

「全然問題ないし」


 そう言っているものの、口調は弱々しい。


「フジカって、レベルいくつだ?」

「私は――」

「そいつはレベル12よ」


 フジカの言葉をユウカは遮って言った。


「……レベル12か」

「足手纏いにならないように頑張るから!」

「そういうことじゃねーから」


 マコトは苦笑した。


「悪いな。状況把握が大事だってのは分かっているつもりだったんだが……」

「アンタって、いつもそうよね」

「いつもじゃねーよ」


 一応、言い返しておく。


「レベル差を考慮してなかった。本当に済まなかった」

「でも、私が悪いんだし」

「いや、状況把握はリーダーの仕事だ」

「……」


 やや力を込めて言うと、フジカは黙り込んでしまった。


「フェーネ、明日はもうちょいペースを落として行くぞ」

「了解ッス」


 フェーネは勢いよく手を挙げた。


「お前らってレベル差が激しいのか?」

「うん、まあ、私は僧侶だからレベルが上がりにくいし、二軍だから」

「一軍はあの三人か」


 うん、とフジカは小さく頷いた。


「……最前線に立ってるのはコウキ君達だから仕方がないんだけど」

「そうか」


 恐らく、コウキ達はそうやって空気感を作り出しているのだろう。

 率先して負担を引き受けていれば発言力が増す。

 さらにレベル差が大きくなればなるほど文句を言いづらくなる。

 気が付いた頃には三人の支配下に置かれているという寸法だ。


「言い忘れてたんだが、俺達のチームは利益を等分してる」

「それって山分けってこと?」

「そういうことだ。今回の依頼は前金で500万A、成功報酬で500万Aって感じなんだが――」

「前金は返さないからね」


 ユウカが割って入り、マコトは溜息を吐いた。


「成功報酬を等分って感じだな。異論のあるヤ――」

「反対反対反対だから!」


 またしてもユウカが割って入ってきた。


「多数決にする。ユウカ以外は賛成でいいか?」

「そういう決まりッスからね」

「あたいも異論はねーよ」

「私もありません」

「……チッ」


 フェーネ、リブ、ローラの三人が賛成し、ユウカは舌打ちをした。

 話が纏まったと思ったのだが――。


「ちょっと待って!」

「問題があるのか?」

「問題大ありっしょ! そういうルールかも知れないけど、ぽっと出の新人に渡していい額じゃないって!」

「報酬の件で揉めたくねーんだけどな」

「なんで、あたしを見るのよ?」


 マコトが視線を向けると、ユウカはムッとしたような表情を浮かべた。

 どうやら、自覚がないらしい。


「とにかく、私は当座の資金があればいいから」

「ほら、本人が言ってるわよ」


 ユウカは勝ち誇った笑みを浮かべ、マコトの二の腕を叩いた。


「相場が分からねーんだよな」

「1万Aあれば当座の資金としては十分じゃねーの?」

「私はそれで」


 リブの提案にフジカは頷いた。


「契約金1万A、装備の購入資金は別でどうだ?」

「あたしは出さないわよ」

「俺が出すよ」

「でも、そこまでしてもらう訳には……」


 フジカは申し訳なさそうな表情を浮かべ、マコトは苦笑した。

 優等生っぽいユウカよりギャルっぽいフジカの方がまともなのだ。

 苦笑の一つも漏れるというものだ。

 まあ、そんなことを言えばユウカは噛み付いてくるだろうが。


「甘えられる部分は甘えておいた方がいいッスよ」

「……でも」

「ぶっちゃけ、レベル差があるから装備を充実させないとしんどいッス」

「……分かった」


 フジカは言い募ろうとしたが、フェーネの言葉に渋々という感じで頷いた。


「そんなに警戒するなって、マコトは奥手だからよ。金を払ったから一発やらせろなんて話にゃならねーよ」

「別にそういう訳じゃないし」


 リブが愛嬌のある笑みを浮かべ肩を叩くと、フジカは視線をさまよわせた。

 そういう風に思われていることにショックを受けつつ、人面兎に壊された柵を見る。

 柵の修繕は終わっているようだが、その近くにはユウカのクラスメイトがいた。

 戦闘職で構築された一軍と二軍は人面兎の探索に出ているので、生産職――強いて言えば三軍の連中だ。


 ――!


 声が聞こえ、こめかみを押さえる。


「また、電波?」

「電波じゃねーよ」


 うんざりしたような表情を浮かべるユウカに言い返す。

 リブがマコトの肩に腕を回す。


「近いのか?」

「近くはねーが、昨夜よりも多い。ついでに昨夜より冷静な感じだ」

「昨夜のは斥候だったのかも知れねーな」

「だな」


 リブの言葉に頷く。

 毒を使い、罠を設置するような相手だ。

 威力偵察くらいするだろう。


「ルーク団長に――」

「帰ったぞ!」


 ローラがマコトに問い掛けようとしたその時、タケシの声が響き渡った。

 溜息を吐いて振り返ると、コウキ達がこちらに向かってきた。

 コウキ、タケシ、キララの三人は無傷だが、他の六人は負傷しているようだ。

 戦士職と思しき少年は仲間の肩を借りて歩いている。

 恐らく、落とし穴に落ちたのだろう。

 穴が空き、血で染まったズボンが痛々しい。

 無視してくれればと思ったのだが、タケシはマコトに近づいてきた。


「よう、黒炎だったか? 俺達は十匹倒したぜ」

「そうか、凄いな。俺達は戦果がなかったよ」

「はっ、あれだけ大見得を切って一匹も倒せなかったのか」


 タケシは鼻で笑った。


「おい、あたいらの――」

「いいさ」


 マコトは詰め寄ろうとしたリブを手で制した。

 競っていれば口惜しいと感じたのかも知れないが、マコト達――黒炎の目的はクリスティンに強い部下がいると知らしめることだ。

 人面兎を倒せなかったからと悔しがる必要はない。

 まあ、ムカつくにはムカつくが――。


「おい、フジカ。謝れば戻ってきてもいいぜ」

「……」


 フジカは無言でマコトの陰に隠れた。


「はっ、よく懐いてるな。まあ、守って――」

「止すんだ」


 タケシの言葉をコウキが遮る。


「コウキ、こいつは裏切り者だぜ」

「彼女の選択なんだ。僕達が口にする問題じゃない」


 フジカの問題はコウキ達の問題でもあるのだが――。


「アヤネさん、タケシはこう言ってるけど、いつ戻ってもいいからね」

「アヤネさん、待ってます」

「……チッ」


 コウキとキララはそう言い残し、タケシは舌打ちをして去って行った。

 他の六人がその後に続く。

 コウキ達が十分離れた所でローラが近づいてきた。

 近くにいる人面兎をどうするのか確認するつもりなのだろう。


「マコト様?」

「ルーク殿に知らせておこう」

「いいのですか?」

「俺達の仕事は被害を拡大させることじゃない」


 黒炎の目的はクリスティンに強い部下がいると知らしめることだ。


「それに、人が死んだら後味が悪いからな」

「マコト様らしいですね」


 ローラはクスクスと笑った。


「俺とローラは教会に寄ってから戻る」

「了解ッス。食事の準備は任せて欲しいッス」

「私も手伝うし」


 マコトはフェーネの頭を撫で、教会に向かった。



 教会で用件を済ませて家に戻ると、フェーネとフジカが料理をしていた。

 フジカはナイフでジャガイモっぽい野菜の皮を危なげなく剥いていく。


「うんうん、その調子ッスよ。なかなか筋がいいッスね」

「まあ、それなりに練習はしてたし」


 フェーネに誉められ、フジカは照れ臭そうに言った。

 二人はいい関係を築けているようだ。


「……それに比べて」


 マコトはテーブルに視線を向けた。

 ユウカとリブは何をするでもなく座っている。


「文句があるなら言いなさいよ!」

「あたいは戦うしか能のない女だからな」


 ユウカは突っかかってきたが、リブは開き直っているようだ。


「まあ、いいけどよ」

「マコト様は女性が料理をできた方がいいと考えているのですか?」

「できないよりはできた方がいいだろ」

「……練習します」


 そんな遣り取りをローラとしながら空いている席に座る。

 すると、リブが身を乗り出してきた。

 戦いを期待してか、口元には獰猛な笑みが浮かんでいる。


「で、どうだったんだ?」

「情報共有はできたと思う。あとは相手次第だ」

「頼りないわねぇ」

「そう言うなって。指示に従うって約束しちまったし、ごちゃごちゃ言っても相手の面子を潰しちまうだろ」


 それに指揮系統を混乱させるのはマズい。


「アンタって、他人に従うのに抵抗がないのね」

「時と場合によるけどな」


 判断ミスばかりしているのならまだしも、ルークは失敗をしていないし、融通も利かせてくれる。

 悪い上司ではない。


「つか、いちいち突っかかってたら話が進まねーし、敵ばかり作っちまうだろ?」

「誰のことよ」

「一般論だよ、一般論」


 マコトは上司や先輩に従うことに抵抗がないのだが、これが社会人経験の差だろうか。


 ――! ――ッ!


 近づいてきてるな、とマコトはこめかみに触れた。

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