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アラフォーおっさんはスローライフの夢を見るか?  作者: サイトウアユム


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Quest24:色欲を討伐せよ その8【修正版】


※


 マコト達は夕食を終え、休憩を取っていた。


 ――! ――ッ!


 周囲から聞こえる声に顔を顰める。

 嵐の前の静けさと言えばいいのだろうか。

 辛うじて暴発寸前の性欲を抑え込んでいるが、いつ限界を迎えてもおかしくない。

 そういう意味では爆発寸前の火山にたとえるべきかも知れない。


「マコト、少しはリラックスしろよ」

「気楽に言ってくれるな」


 リブがカップを傾け、マコトは溜息を吐いた。

 カップに入っているのは白湯――要するにお湯だ。


「緊張しても仕方がねーじゃん。このままの流れに沿って死ぬくらいの心構えじゃなくてどうするんだよ」

「そこまで達観できねーよ」


 負けが込みすぎて開き直ってしまったギャンブラーか、損切りできない個人投資家みたいな台詞だ。

 ギャンブルでも、投資でも、企画でも大金を突っ込みすぎると退くに退けなくなってしまうものである。

 マコトはローラに視線を向けた。

 ローラは砥石棒で短剣を研いでいる。


「そっちは?」

「……緊張しています」


 ローラは短剣を研ぐ手を休めた。


「なので、短剣を研いでいます」

「緊張しているガキがナニを弄くるのと一緒だ」

「違います!」


 リブが下ネタを披露し、ローラは声を荒らげた。


「緊張しているガキはナニを弄くるだろ?」

「し、知りませんよ、そんなこと」


 ローラは耳まで真っ赤だ。


「そうだよな?」

「俺に同意を求めるなよ」

「マコト以外の誰に同意を求めりゃいいんだよ?」

「誰にも同意を求めるな」


 チェッ、とリブはつまらなそうに舌打ちした。


「まあ、でもよ……ローラがナニを握り締めてると考えるとドキドキしねーか?」

「しねーよ」


 どちらかと言えば刃物を持った人間をからかうリブにドキドキする。


「……くっ」


 ローラは呻き、短剣を鞘に納めた。


「マコトさん、なんで敵が来てるって――」

「こいつは電波を受信できるのよ」


 フジカの質問に答えたのはユウカだ。


「サトウには聞いてないし」

「そう? 悪いことをしたわね」


 そう言いながら口元はわずかに綻んでいる。


「お前の根性はババ色だな」

「ババ色?」

「ウン――」

「失礼なことを言わないでよ!」


 ユウカはテーブルを叩き、立ち上がった。


「……残念だな」

「何がよ」


 ユウカはムッとしたような表情を浮かべながらイスに座った。


「ウンコって叫ぶと――」

「叫ばないわよ!」

「だから、残念って言ったんだよ」

「あたしは絶対にウ……アンタの思い通りにはならない」

「いきなり言いかけてるじゃねーか」

「ムカつくわ、マジでムカつくわ」


 ユウカは後半部分に力を込めて言った。


「もしかして、マコトさんとサトウって付き合ってる?」

「除去しましょ」

「何を?」

「アンタの眼球に決まってるでしょ」


 首を傾げるフジカにユウカは真顔で言い放った。


「嫌に決まってるっしょ!」

「だったら、アンタの目が節穴じゃないって所を見せてよね」


 お前の目は節穴かではなく、除去しましょと言い出す所がユウカらしい。


「でさ、マコトさんって敵が来てるって分かるの?」

「スキルとジョブのお陰である程度は」

「超凄いじゃん!」


 フジカは瞳を輝かせて言ったが、実際は微妙な力だ。

 それでも、誉められて――。


「なに、満更でもないって顔をしてんのよ?」

「実際、そういう気分だったんだよ」


 ユウカのお陰で台無しだ。


「どれくらい来てるの?」

「四方を囲まれている」

「――ッ!」


 マコトが答えると、フジカは身構えた。


「だ、大丈夫だよね?」

「なに、ビビってんのよ」

「ビビるに決まってるっしょ!」


 ユウカが責めるような声音で言い、フジカは声を荒らげた。


「サトウは大丈夫かもだけど、私はまだ弱いんだし」


 フジカがチラチラと視線を向けてくる。

 守って欲しいと目で訴えている。


「こいつに頼っても無駄よ」

「人聞きの悪ーことを言うなよ。全力は尽くすさ」

「絶対に守ってやるって言えばいいのに予防線を張っちゃって」

「これでもアラフォーだからな」


 ユウカは顔を顰めたが、根拠もないのに絶対なんて言葉を使いたくない。

 まあ、予防線と言われればそれまでなのだが――。


「マコトさん的に勝算はどれくらい?」

「騎士団を動員すりゃ勝てるだろ」

「よかった」


 フジカは胸を撫で下ろした。


「で、ヤマダには勝てるの?」

「やってみないと分からねーな」

「そんなに強いの?」


 ユウカに答えると、今度はフジカが問い掛けてきた。


「素の状態なら間違いなく勝てる」

「強気の発言ね」


 ユウカが茶化すように言った。


「チームのバックアップがあればな」

「前言撤回」

「あとは変神後だな」

「変神?」

「七悪の精霊術士はモンスターっぽい外見に変わるんだよ。当然、ステータスも跳ね上がる」


 フジカが鸚鵡返しに言い、マコトは簡単に説明した。

 変神した強欲――キングはステータスが完ストしているマコトに匹敵するパワーを持っていた。


「えっと、マコトさんもできるの?」

「一応な。リスクがあるから変神したくねーんだよな」


 変神すれば大幅にパワーアップ――どうやって、ステータスが完ストしている状態からパワーアップしているのかよく分からないが――できるが、あまりの激痛に意識が散漫になるのだ。


「なんで?」


 フジカが不思議そうに首を傾げる。


「理解がぶっ飛ぶパワーアップなんて負けフラグだろ」

「フラグってアンタね。現実とフィクションの区別を付けなさいよ」


 突っ込んだのはユウカだ。


「負ける要素にはなっても、その逆はねーよ」

「まあ、そうね」


 ユウカはあっさりと納得した。


 ――! ――ッ!


 マコトがこめかみに触れたその時、レイモンドが扉を開けた。


「……マコト殿」

「出番だな」


 マコトがゆっくりと立ち上がると、ユウカ、フェーネ、リブ、ローラの四人も席を立った。

 やや遅れてフジカも立ち上がる。


「俺達はどうすればいい?」

「子守を頼むよ」

「了解」


 レイモンドが苦笑し、マコトは肩を竦めた。

 外に出ると、騎士団員達が駆け回っていた。

 だが、驚くほど静かだ。

 コウキ、タケシ、キララの三人が目の前を通り過ぎた。

 かと思いきや、タケシが足を止めた。


「……抑えて下さい」

「心配しなくても大丈夫さ」


 何故か、レイモンドは丁寧な言葉遣いだ。


「よう、黒炎は俺達の控えなんだってな」

「ああ、そう聞いてる」

「一匹も人面兎を倒してねーんだ。そりゃ、控えに回されるよな」

「そうだな」


 コウキ達が人面兎に押し切られた時の備えなのだが、それを指摘しても仕方がない。

 それにしても、どうしてマウントを取りたがるのだろう。


「頼むから足を引っ張らないでくれよ」

「善処するよ」


 タケシは舌打ちし、足を踏み出す。

 元の世界ならば萎縮してしまっただろうが、修羅場を潜り抜けた今は余裕がある。


「タケシ、何をしてるんだ!」

「すぐに行く!」


 コウキに呼ばれ、タケシは叫んだ。


「チッ、俺達の邪魔をするなよ」

「もちろん、邪魔なんてしないさ」


 チッ、とタケシは舌打ちをしてコウキの下に向かった。


「何あれ、超感じ悪いんだけど」

「感じ悪いって、アイツはああいうヤツでしょ」

「少し前までは頼りがいのあるいいヤツだったし」


 ユウカが呆れたように言うと、フジカは唇を尖らせて言った。

 拗ねているのか、不満なのか分からないが、納得していないのは確かなようだ。


「そう?」

「訳知り顔で感じ悪」

「あたしとアンタの感じ方が違うってだけでしょ? あたしから見たアイツは支配的で嫌なヤツよ」

「……」


 フジカはユウカを睨み付けたが、視線は弱々しい。

 ユウカが正しいかもと考えているのかも知れない。

 内部にいると組織の歪みが見えないものだが、素直に頷いてしまうのもどうかと思う。

 やはり、フジカは見た目がギャルっぽいだけで根っこはお嬢様なのだ。

 そんなことを考えている間にコウキ達は隊列を整えていた。

 昨夜と同じように柵を頼りに防衛戦を行うつもりなのだろう。

 一軍、二軍が前面に立ち、生産職がその後ろに控える。


「僕達は昨夜、今日と沢山の人面兎を倒している! 疲れているかも知れないけれど、もう一踏ん張りだ!」


 コウキはクラスメイトの前に立ち、声を張り上げた。

 柔らかいが、熱を感じさせる声音だ。


「やっぱり、凄いもんだな」

「何が?」


 マコトが呟くと、ユウカが話しかけてきた。


「伊達にクラスを纏めてねーなって思ったんだよ」

「感心してどうするのよ」

「俺的には大事なんだよ」


 若い頃であれば嫉妬したり、劣等感を刺激されたりしていたかも知れない。

 だが、今は素直に称賛できる。

 他人を凄いと認めたり、祝福したりするのはなかなか大変なのだ。


「さて、敵はどう出る?」


 マコトが呟いた次の瞬間、轟音が鳴り響いた。

 集落の北に火柱が上がり、空が赤く染まる。


「敵襲か!?」

「あれは友軍だよ!」


 マコトが叫ぶと、レイモンドが説明した。


「フヒィィィィィッ!」


 爆音が切っ掛けになったのだろう。

 人面兎が森から飛び出してきた。

 大軍を動員していると思ったのだが、数は昨夜と同じくらいだ。

 恐らく、集落を包囲しているせいで手薄になっているのだ。

 今更ながら違和感を覚えた。

 包囲するのではなく、戦力を一カ所に集中するべきだと思ったのだ。

 マコトにさえ分かっていることが人面兎リーダーに分からないはずがない。

 目的があるのだろうか。

 だとすればそれは――。

 今は目の前のことに集中すべきだ、とマコトは頭を振った。

 考え事をしている間に人面兎は柵に迫っていた。

 粗末な槍を手に、股間を膨らませながら迫る。

 口角に泡を浮かべながら迫る姿は狂気を感じさせる。

 それが群れで襲い掛かってくるのだ。


「魔法使い!」

「捕縛陣(バインド)!」

「捕縛陣!」

「捕縛陣!」


 コウキの命令に従い、三人が魔法を放つ。

 光る帯が先頭にいた人面兎の足を絡め取った。

 人面兎が転倒し、後続がそれに巻き込まれる。


「撃て!」

「魔弾(ブリット)!」

「魔弾!」

「魔弾!」

「聖光弾(ホーリー・ブリット)」


 三人の魔法使いとキララが魔法を放つ。

 魔弾が人面兎の頭を陥没させ、聖光弾が昏倒させる。

 魔弾に比べ、聖光弾は威力が低いようだ。


「聖光弾はアンデッドに対して威力を発揮するんだけどね」

「どれくらいの威力なんだ?」

「鈍器で思いっきり殴られたくらいの威力だよ」

「十分な威力だろ」


 僧侶系のジョブが使うにしてはえげつない威力だ。


「フヒィィィィィッ!」


 仲間が死んだにもかかわらず、人面兎は戦意が旺盛だった。

 怯むどころか、押し寄せてくる。


「ふ、ふひぃぃ!」


 捕縛陣に捕らわれていた個体、素早く立ち上がれなかった個体が踏み潰される。

 その時の悲鳴は哀れみを誘うが、同情してはいられない。

 ヤツらは敵なのだ。

 下手に同情すれば自分の仲間がやられてしまう。


「魔法使い!」

「捕縛陣!」

「捕縛陣!」

「捕縛陣!」


 魔法使いが再び魔法を放ち、光の帯が人面兎の足に絡み付く。

 同じ光景が繰り返されるが、人面兎は怯まない。

 仲間を踏み潰し、柵に押し寄せる。


「ふひッ!」

「ふひッ!」


 先頭にいた人面兎の姿が消える。

 いや、落とし穴に落ちたのだ。

 どうやら、生産職の連中は柵を直しただけではなく、落とし穴まで作っていたようだ。


「フヒィィィィィッ!」

「ふひ、ふひぃぃぃッ!」


 やはりと言うべきか、人面兎は怯まない。

 仲間を踏み潰し、前へ前へと突き進む。

 三方から轟音が鳴り響く。

 どうやら、他の騎士団も人面兎と交戦中のようだ。


「フヒィィィィィッ!」


 とうとう執念が実り、人面兎は柵に取り付いた。


「突くんだ!」

「はっ!」


 一軍と二軍――と言っても一軍はコウキとタケシだけだが――が槍を突き出した。


「昨夜と同じ展開になりそうだな」

「分かるのかい?」

「まあ、何となく」


 多少の工夫はしているが、双方とも昨夜と同じ戦い方をしているのだ。

 結果だって昨夜と同じになるだろう。


※


 謁見の間に子ども達の声が響く。


「ふひふひ」

「ふひひ」


 わずかばかりの子どもを守備兵として残しておいたのだ。


「何だ!」


 フトシが振り返ると、リーダーが謁見の間に入ってきた。


「何をしている!」


 フトシはリーダーを怒鳴りつけた。

 こいつは仕事を放り出したのだ。


「すぐに集落に向かえ!」

「ふひ!」


 リーダーが返事をしたので、フトシは踵を返した。

 次の瞬間、義足に衝撃が走った。

 リーダーが斧で叩いてきたのだ。


「な、何をする!」

「ふひ!」


 振り返って手の平を突き出すが、リーダーは斧で義足を打ち据えた。

 拙い技量で作られた義足が歪み、フトシは仰向けに倒れた。


「お前達! 僕を助けろ!」

「ふひ♪ ふひひ♪」


 謁見の間を覗き込んでいた子どもに声をかけるが、囃し立てるように手を叩くだけだった。


「イサ・ザサ・オム。無窮ならざる――あいッ!」


 太股を浅く斬られ、フトシは呪文を中断した。


「ふひ♪」

「ふひひ♪」


 子ども達は囃し立てるように手を叩く。


「待て! どうして、こんなことをするんだ!? 僕はお前の親だぞ!」

「ふひ、ふひ、ふひッ!」


 リーダーは癇癪を起こしたように叫んだ。

 股間が膨らんでいる。

 それでリーダーが女を求めていると分かった。


「女か? 女が欲しいならくれてやる! へたっているが、お前にくれてやろう!」

「フヒィィィィィッ!」


 リーダーが斧を振り回し、フトシは両手で顔を庇った。

 右手に熱が生じる。


「ぼ、僕の手がぁぁぁッ!」


 フトシは叫んだ。

 右手が半ばからなくなり、ビュッ、ビュッと血が噴き出している。


「ああ、なんでこんなことをするんだよ~! 僕はお前の親じゃないか~!」

「ふひふひ!」

「何を言ってるのか分からないんだよ! ちゃんと日本語をしゃべれよ!」

「フヒィィィィィッ!」


 リーダーが斧を突き出した。

 フトシは避けようとしたが、斧が下腹部を深々と斬り裂いた。


「ひ、ひぃぃぃぃッ! 血が、血がぁぁぁぁッ!」

「フヒィィィィィッ!」


 リーダーは何度も斧を振るった。

 全身が血に染まり、視界が狭まっていく。


「……あ」


 フトシは小さく声を上げた。

 視界が二重になっていたのだ。

 一つは肉眼、もう一つはそれとわずかにズレている。

 視界が徐々に乖離していき、やがて肉眼の方が消えた。

 幽体離脱という単語が脳裏を過ぎる。


「ふひひ!」


 リーダーが口を開け、フトシの意識は――。


※


 マコトが殴りつけると、人面兎の頭はごっそりと抉れた。


「ふ、ふひ」


 人面兎はよろめき、地面に頽れた。

 その拍子に脳みそが零れ落ちる。

 数匹の人面兎が脇を擦り抜け――。


「任せて欲しいッス!」


 フェーネがスリングショットで鏃を放ち、直撃を受けた人面兎は前のめりに倒れた。

 だが、全てを倒せた訳ではない。


「オラァァァッ!」

「盾撃(シールド・バッシュ)!」


 リブがポールハンマーで人面兎を薙ぎ払い、ローラが盾で弾き飛ばす。


「昨夜と同じ展開になるんじゃなかったの?」

「似たような展開だろ!」


 ユウカに言い返し、コウキ達が対処できなかった人面兎に蹴りを入れる。

 爪先が腹部に突き刺さり、人面兎は血反吐を撒き散らす。

 マコトは足を引き、柵――コウキ達を見つめた。

 柵は大きく傾き、人面兎が次々と柵を乗り越えてきている。


「圧力が弱まってきた! もう少しだけ頑張ってくれ!」


 コウキが槍を振るいながらクラスメイトを鼓舞する。


「オォォォォォォォッ!」


 タケシが雄叫びを上げ、人面兎の動きを止める。


「盾撃!」


 盾ごと突っ込み、斧を振り回す。

 昨夜は槍を使っていたが、武器を替えたようだ。

 重量のある斧で次々と人面兎の頭をかち割っていく。


「ふひひ!」

「ふひひ!」

「こ、こいつら!」


 自由を取り戻した人面兎が掴み掛かり、タケシを呑み込む。

 助けてやるべきかな、とマコトは拳を軽く握り締める。

 漆黒の炎ならばタケシにダメージを与えずに人面兎のみを倒せるはずだ。

 だが――。


「盾撃!」


 タケシは盾撃で加速し、纏わり付いていた人面兎を振り払う。

 建物に激突したのはご愛敬と言うべきか。


「掛かってこい!」


 タケシは叫び、人面兎に突っ込んで行く。

 まるで重機か、戦車だ。

 人面兎は必死の抵抗を試みるが、次々と押し潰されていく。


「ハッ、ハーッ!」


 血に塗れながら獰猛な笑みを浮かべる姿は狂戦士のようだ。

 調子に乗りすぎじゃないかと思うが、勢いは大事だ。

 人面兎リーダーが出てくる前にケリを付けたいんだがな、とマコトは拳で、蹴りでコウキ達が討ち漏らした人面兎を倒していく。


 ――! ――ッ!


 声が聞こえ、首筋がチクッと痛んだ。


「フヒィィィィィッ!」


 雄叫びが響き渡り、マコトは声のした方を見る。

 すると、そこには人面兎リーダーの姿があった。

 気のせいか、昨夜よりも大きく見える。

 手には刃が円形になった斧を持っている。


「おい!」

「お前は手を出すな!」


 マコトが声を掛けると、タケシは血走った目でこちらを見た。


「……分かった」


 軽く肩を竦める。

 取り敢えず、言質は取った。

 もちろん、いざとなれば助けるつもりだが、これでコウキ達が勝てないと知りながら人面兎リーダーと戦わせたという批判を避けられるだろう。

 まあ、言質なんて上司の胸三寸で反故にされてしまうものだが、予防線を張っておけば同情してくれる人は同情してくれる。


「ふひ、ふひ、フヒィィィィィッ!」


 人面兎リーダーは易々と柵を跳び越え、集落の内側に着地した。


「皆、下がるんだ! 僕達が相手をする!」

「フヒィィィィィッ!」


 コウキが叫ぶと、人面兎リーダーは再び雄叫びを上げた。

 すると、人面兎達が一斉に退いた。


「ふひ! ふひ! ふひ!」

「フヒィィィィィッ!」


 人面兎が地面を踏み鳴らし、人面兎リーダーが雄叫びを上げる。

 儀式めいた光景だ。

 コウキは槍を捨てて剣を構え、タケシは盾を構えて人面兎リーダーに近づいていく。

 その背後ではキララが杖を構え、いつでも援護できる態勢を整えている。


「行くぞ!」

「応ッ!」


 叫んだのはコウキだったが、先に突っ込んだのはタケシだった。


「フヒィィィィィッ!」

「――ッ!」


 人面兎リーダーが斧を振り下ろし、タケシは盾で受け止める。

 火花が散り、あまりの衝撃にタケシは押し戻される。


「剣気解放(オーラ・ブレード)!」

「フヒィィィィィッ!!」


 コウキの剣が白い光に、人面兎リーダーの斧が黒い光に包まれる。


「オオオオッ!」

「フヒィィッ!」


 コウキと人面兎リーダーがぶつかり合い、白と黒の光が両者の間で弾ける。

 均衡は一瞬、ズル、ズルとコウキは押し返される。


「ペリオリスよ! 彼の者に邪悪を討ち滅ぼす力をお与え下さい! 祝聖刃(ホーリー・ウェポン)!」


 キララの魔法によってコウキの剣が輝いた。


「盾撃!」


 タケシが盾ごと突っ込み、人面兎リーダーが吹っ飛ぶ。

 いや、自分から跳んだのだ。


「一気に押し込むぞ!」

「応ッ!」


 コウキとタケシは一気に距離を詰め、剣を、斧を振るう。

 見事なコンビネーションだ。

 人面兎リーダーは巧みに斧を操って攻撃を捌く。

 だが、時間が経つにつれて攻撃を捌き損ねることが多くなっていく。


「盾撃!」

「フヒィィィィィッ!」


 タケシが盾撃を繰り出すと同時に人面兎リーダーは地面を蹴った。

 逃げたのではない。

 その逆だ。

 人面兎リーダーはタケシに体当たりを仕掛けたのだ。

 金属と肉体のぶつかり合う鈍い音が響く。

 軍配は――。


「ガッ!」


 軍配は人面兎リーダーに上がった。

 タケシは吹き飛ばされ、背中から建物に叩き付けられた。

 鼻から血を流し、ピクリとも動かない。


「タケシさん! ペリオリスよ! 癒やしの奇跡を! 治癒(ヒール)!」


 キララの杖が光を放ち、タケシの体が柔らかな光に包まれる。


「フヒィィィィィッ!」

「くっ!」


 人面兎リーダーが斧を振り下ろし、コウキは剣を掲げて受け止める。

 辛うじて受け止めたものの、ジリ、ジリと押し込まれていく。


「フヒィィィィィッ!」

「ガッ!」


 人面兎リーダーの体が沈んだ次の瞬間、コウキは吹き飛ばされていた。

 盾こそ構えていないが、挙動は盾撃そのものだ。


「フヒィィィィィッ!」

「ふひ! ふひ! ふひ!」


 人面兎リーダーが斧を掲げて雄叫びを上げると、人面兎達は地面を踏み鳴らした。


「ひ、ひぃッ!」


 戦士職の少年が槍を落とす。

 人面兎達が地面を踏み鳴らしているにもかかわらず、その音は殊更大きく響いた。


「う、う――」

「次は俺が相手だな」


 悲鳴が上がるよりも早く、マコトは胸の前で拳を打ち鳴らし、人面兎を指差した。


「ふひ! ふひ! ふひ!」

「フヒィィィィィッ!」


 人面兎達が囃し立てるように地面を踏み鳴らし、人面兎リーダーは雄叫びを上げた。

 儀式めいた光景と言ったが、これはまさしく儀式なのだ。

 だから、人面兎リーダーは逃げない。

 逃げる訳にはいかない。


「点火(イグニッション)!」

「フヒィィィィィッ!」


 マコトの右腕を包む炎が激しく燃え上がり、人面兎リーダーの斧から立ち上る黒い光が呼応するかのように激しさを増す。

 言葉は通じないが、人面兎リーダーが決闘に応じたと分かった。


「掛かってこいよ」

「フヒィィィィィッ!」


 マコトが手招きすると、人面兎リーダーは斧を振りかぶり、突っ込んできた。

 踏み込みながら右拳を突き出す。

 わずかな抵抗の後、拳が突き抜ける。


「……」


 即座に振り返り、拳を構える。

 人面兎リーダーは斧を振り下ろした姿勢で動きを止めていた。

 頭が半分なくなっているが、よほどバランスが取れているのか、倒れない、


「マコトの勝ちだ!」

「流石、兄貴ッス!」


 リブとフェーネが歓声を上げるが、嫌な予感がした。


「マコト様!」

「分かっている!」


 マコトはローラに叫び返した。

 人面兎リーダーがゆっくりと体を起こし、こちらに向き直った。

 欠けた部分から脳みそが零れ落ちる。

 死んでいるはず。

 そのはずだ。

 にもかかわらず――。


「ふ、フヒィィィィィッ!」


 人面兎は雄叫びを上げて突進してきた。


「は――ッ!」


 速いと言い切る前に人面兎リーダーは距離を詰め、斧を一閃させた。

 籠手で斧を受け止める。

 流石、アダマンタイト合金製と言うべきか、籠手は壊れなかった。

 だが、衝撃を防ぐことはできなかった。


「チッ!」


 舌打ちしつつ、前蹴りを放つ。

 人面兎リーダーは地面に二本の筋を残して吹き飛ぶ。


「痛ぇ!」


 顔を顰めながら腕を振る。

 斧を受け止めた腕が痺れている。


「フヒィィィィィッ!」


 人面兎リーダーが仰け反り、雄叫びを上げる。

 すると、魔法陣が地面に展開し、その中心から棒が伸びる。

 それは円形の刃を持つ斧だった。


「フヒィィィィィッ!」


 人面兎リーダーは二本の斧を構え、地面を蹴った。

 全身から黒い光が湯気のように立ち上る。


「ふひ! ふひッ! フヒィィィィィッ!」


 人面兎リーダーは正気を失ったかのように斧を振り回した。

 マコトは斜め後ろに下がりながら斧を躱す。

 嵐のような連撃だが、無駄な動きが多い。

 ここだ! とマコトは動きが鈍った瞬間を見計らい、人面兎リーダーの懐に飛び込み、右拳を繰り出す。

 湯気のように立ち上る黒い光のせいか、突き抜けなかったが、骨が砕け、内臓の潰れる感触が伝わってくる。

 マコトは人面兎リーダーの腋を潜り抜けるようにして背後に移動、さらに距離を取る。


「やったか?」

「駄目! それは駄目な台詞!」

「チッ、これもフラグかよ」


 ユウカが叫び、マコトは舌打ちをした。


「……ふひ」


 人面兎リーダーが笑い声を漏らし、マコトに向き直った。

 欠けた部分が泡立ち、顔を形成する。

 ただし、それは人面兎リーダーのそれではない。

 人間の顔だ。


「ふひ、ふひひ、酷いな、酷いな。なんで、ぶつんだよ」

「ぶつって……せめて殴るって言えよ」

「あ~、酷い。なんで、なんで、暴力を振るうんだよ」


 あ~、あ゛~、と人面兎リーダーは前後に体を揺すった。

 情緒不安定な人みたいだ。


「……や、ヤマダ」


 フジカが呆然と呟く。

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