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Quest22:シェリーを攻略せよ その8【修正版】



 翌日、マコトは階下から響く音で目を覚ました。

 当然ながらシェリーの姿は隣にない。

 昨夜のことを思い出して得も言われぬ罪悪感に襲われる。

 善処するといいながらかなり乱暴に扱ってしまった。

 元の世界では有り得なかったことだ。


「……若返った、せいじゃないよな」


 マコトは体を起こし、右腕を撫でさする。

 そこにはトライバル系のタトゥーのようなものが浮かんでいる。

 七悪の精霊を扱えることと無関係ではないだろうが、何なのか分かっていない。

 ローラに調べてもらうのも手かも知れない。


「少し早く起きすぎたか?」


 窓を見ると、カーテンの隙間から白々とした光が差し込んでいた。

 いつもよりずっと早く目が覚めたようだ。


「……起きるか」


 マコトはベッドから下り、少し迷った末に落ちていた下着を穿いた。

 まあ、何となくだ。

 欠伸を噛み殺しつつ、一階に向かう。


「旦那、おはようございます」

「おはよう」


 階段を半ばまで下りた所で、シェリーがこちらを見上げて言った。

 血はそれほど飛び散らなかったはずだが、モップを片手に掃除をしている。

 もしかしたら、普段と同じ行動を取ることで気分を切り替えているのかも知れない。


「起こしちまいましたか?」

「下でガタガタ音がなってればな」

「服を着てから下りてきて下さいよ。他のお客さんがいたらどうするんです?」

「今は俺しかいないだろ」


 マコトはボリボリと頭を掻いた。


「他のお客さんが入ってくるかも知れないじゃないですか」

「来ないって」


 早朝の上、扉が閉まっているのだ。

 普通の人間は入ってこない。


「もう、旦那ったら」


 シェリーは可愛らしく唇を尖らせる。

 マコトは自分の席――カウンター席の端に座り、床を掃除しているシェリーを眺める。

 昨夜のこともあってか、動きがぎこちない。


「……シェリー」

「何です?」

「痛いのか?」

「そういうことを聞かないで下さいよ」


 シェリーは掃除の手を休め、ちょっとだけムッとしたように言った。


「で、痛いのか?」

「痛いと言ったら手伝ってくれるんですか?」

「いや、興味があって聞いただけだ」


 一応、金を払っているのだから自分は客のはずだ。

 もう! とシェリーは掃除を再開する。

 マコトはモップで床を擦るシェリーを眺めながら安堵していた。

 アランの件で拗れた関係は修復され、昨夜の一件も尾を引いていないようだ。

 元の鞘に収まったのだ。

 あれだけ色々あったのに元の鞘に収まるだけってのは何だかな~という気もするが。


「……痛いですよ」

「は?」


 シェリーがポツリと呟き、マコトは思わず問い返した。

 掃除を続けているが、恥ずかしいのか、耳まで真っ赤だ。


「だから、痛いですよ。まだ旦那のが入っているような気がして……」

「胸のことを言ったつもりだったんだが?」

「そっちも痛いですよ」


 でも、と続ける。


「旦那に抱いてもらって、ようやく踏ん切りが付いたような気がします」

「そんなもんか?」

「そんなもんですよ」


 シェリーは弱々しく微笑んだ。

 そう言えば、とマコトは立ち上がり、シェリーに歩み寄った。


「手伝ってくれるんですか?」

「……いや」


 マコトは背後からシェリーを抱き締めた。

 モップが滑り落ち、乾いた音を立てる。


「だ、旦那?」

「そう言えば聞き忘れたことがあってな」

「何を、ですか?」

「シェリー、俺のものになれよ」


 耳元で囁くと、シェリーはビクッと体を震わせた。


「止して下さいよ。旦那は私みたいな女に関わっていい人じゃありませんよ」

「お前を抱えて上に行ってやる」

「旦那、それは強欲ってもんですよ」


 ハッ、とマコトは笑った。


「返事は?」

「い、痛いですよ、旦那!」


 力を込めると、シェリーは悲鳴じみた声を上げた。


「お前が悪いんだぜ?」

「私の何処が悪い――ッ!」

「誘ってくるからさ」

「あれは……一回だけのつもりで」

「酷いことをするって言ったのによ。いちいち反応が色っぽすぎて我慢できねーっての」


 嫌がるんならもっと嫌がれと言いたい。

 今だって痛みを訴えているくせに頬を上気させているのだ。

 こ、この女、さ、誘っていやがるんだな。

 そ、そうなんだな。

 罪深い女なのだ、シェリーは。


「なあ、シェリー?」

「こんな朝っぱらから堪忍して下さい」

「シェリー、いいだろ?」

「ここじゃ嫌です」

「分かった。奥に行こうぜ」


 シェリーはホッと息を吐く。

 マコトはカウンターの裏手に行き、そこで立ち止まった。


「壁に手を突け」

「奥に行けばベッドがありますよ」


 もう! とシェリーは言いながら壁に手を突いた。


「やけに素直だな」

「一度抱かれるのも、二度抱かれるのも一緒ですよ」


 早く済ませて下さいと言わんばかりの口調に――恐らく、シェリーはそんなことを意識していないだろうが――カチンときた。


「さっきの答えは?」

「……旦那の足を引っ張りたくないんですよ」

「分かった」

「旦那?」

「体に聞くことにするよ」

「か、堪忍して下さい」

「体に聞く」


 マコトは薄く笑った。



 昼――マコト、ユウカ、フェーネ、リブ、ローラの五人は『黄金の羊』亭でテーブルを囲んでいた。

 ちなみにシェリーはカウンター裏で仕事中だ。


「ほら、あたしの言った通りじゃない。100A寄越しなさい」

「賭けは成立してなかっただろ」


 チッ、とユウカは舌打ちをした。

 舌打ちをしたいのはこっちだ。

 ユウカにはシェリーと関係を持った件を伝えていない。

 にもかかわらず、知っているということは――。


「リブ、どんな説明をしたんだよ?」

「マコトがシェリーとセッ――」


 ガタッ! とカウンターの奥から音が聞こえてきた。

 シェリーが物を落としたのだろう。

 それにしても耳がいい。


「おい! もっとぼかせよ!」

「いや、本当のことだろ?」

「いやいや、本当のことだからぼかすんだろ!」

「文化の違いじゃね?」

「文化かよ! お前が俺の立場だったらどうするんだ!?」

「ぶっ殺すぞッ!」

「それは俺の台詞だッ!」


 リブが顔を真っ赤にして叫び、マコトは叫び返した。


「フェーネ、お前が付いていながら……どうしたんだよ?」

「尻尾がムズムズするッス」


 フェーネがふさふさ尻尾を掻きながら答える。


「ノミかシラミが湧いてるんじゃねーの?」

「ゲッ!」


 リブがニヤニヤ笑いながら言うと、ユウカがバッと身を退いた。


「し、失礼ッスね! 毎日、石鹸を付けて洗ってるッスよ!」

「あたいにうつすなよ!」

「だから、いないッス! 兄貴、いないッスよね!」

「確認するからちょっと待て」


 フェーネが尻尾を突き出してきたので、マコトは毛を掻き分けて確認する。

 シラミは映画でしか見たことがないが、問題はなさそうだ。


「虫はいないし、皮膚病でもねーな。一応、病院に行っておけ」

「病院ッスか」

「念のためにな」

「分かったッス」


 フェーネは渋々という感じで頷き、自分の席に戻った。

 その間も尻尾を掻いている。


「ところで、ローラは大丈夫なの?」

「何がですか?」


 ローラはユウカに問い返した。


「マコトのことに決まってるでしょ」

「最初は驚きましたが、妾を囲ったくらいで目くじらを立てるつもりはありません」


 マコト、とユウカは目配せしてきた。


「何だよ?」

「この女、アンタの嫁になったつもりでいるわよ?」

「わざわざ口にするなよ」


 黙っていればスルーできたかも知れないのにユウカの他人を地雷原に叩き込もうとするスタイルはどうにかならないだろうか。


「ん?」


 ふと視線を感じて振り返ると、シェリーが扉の陰からこちらを見ていた。

 私みたいな女に関わっちゃいけませんと言っていたのは建前だったようだ。


「つか、ローラって騎士って言うか貴族なんでしょ? マコトじゃ釣り合いが取れないんじゃないの?」

「頼むから黙――」

「サーベラス家は貴族として格が高い方ではありませんし、マコト様はすでに騎士ですから」

「そう言えば名誉騎士になってたわね」

「それって実体がないものなんじゃねーの?」

「クリス様から腕章を預かってきました」


 ローラはマコトを無視してポーチから腕章を取り出した。

 黒い生地に刺繍が施されている。

 炎と籠手をモチーフにした意匠だ。


「あたし達の分はないの?」

「これはマコト様の紋章ですから」


 どうぞ、とローラが腕章を差し出す。

 名誉騎士になると約束してしまった以上、受け取るしかあるまい。

 マコトは腕章を受け取ったその時――。


「ロジャース商会です!」


 威勢のいい掛け声が店内に響き渡った。

 入口を見ると、風呂敷を背負った男が立っていた。


「チーム・黒炎のマコト様は?」

「俺です」


 マコトが手を上げると、男はこちらに近づいてきた。


「以前、お約束したコートとケープをお持ちしました」

「あれからメンバーが増えたんだが?」

「存じております」


 男は営業スマイルを浮かべて言った。


「……どうやって」

「商人は情報収集を怠らないものです」

「そういうもんか?」

「そういうものです」


 男は大きく頷いた。

 マコトは内勤営業だったが、言われてみればデキる営業マンは積極的に情報を収集したり、セミナーに参加して人脈を広げていた。


「テーブルの上に包みを置かせて頂いてよろしいですか?」

「どうぞ」

「……では」


 男はテーブルに風呂敷を置き、結び目を解いた。

 一番上にあったのは背中に炎の刺繍が施されたコートだ。

 隅の方にロジャース商会と刺繍されている。

 マコト達を広告塔にするつもりらしい。


「こちらはマコト様に」

「俺はもうもらってるぞ?」

「あれは刺繍が施されておりませんでしたので」

「もらっておけば?」

「そうは言うけどな」


 マコトはユウカに言い返した。

 無料で物をもらうと相手の要求を断りにくくなる。

 確か、返報性の原理と言ったはずだ。


「ほら、ここにロジャース商会って刺繍されてるでしょ? あたし達はロジャース商会の宣伝を担当してあげるんだから遠慮することないわよ。そうよね?」


 ユウカが目配せすると、男の目尻が一瞬だけ引き攣った。

 単に図々しいだけかも知れないが、限られた局面で驚くほど頼りになる女子高生だ。


「その通りでございます」


 男は営業スマイルを浮かべながらコートをマコト、フェーネ、リブ、ローラに、ケープをユウカの前に置いた。


「では、私はこれで……」

「これなんだけど、破れたら無料で直してくれるのよね? 何せ、あたし達はロジャース商会の宣伝を担当するんだから」

「もちろんでございます」


 男はユウカの問いに頷き、『黄金の羊』亭から出て行った。

 マコトは咳払いをし、居住まいを正した。


「明日も群体レギオンダンジョンの探索とローラのレベルアップでいいか?」

「いいわよ」

「問題ないッス」

「それでいいぜ」

「……明日も頑張ってレベルを上げます」


 レベル30まで上げたら依頼かな、とマコトはぼんやりと考えた。

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