Quest19:ユウカをエスコートせよ【前編】
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精霊祭当日――クリスティンは執務室で書類にサインをしていた。
九割方の仕事は家令に任せているが、サインだけは自分でしなければならない。
正直、面倒臭い。
ここまで纏めてくれたのだから最後までやってくれてもいいのではないかとさえ思う。
しかし、エルウェイ伯爵領の責任者は自分なのだ。
面倒臭くてもそれが自分の仕事であるならばやるしかない。
たとえばそれが精霊祭の日であっても――。
「……ローラ」
「何でしょうか?」
クリスティンは手を休め、傍らに控えるローラに話しかけた。
書類は十枚ほど残っている。
有能な家令は緊急性の高い書類を上に置くので、緊急性の低いものが残ったということになる。
「ワシは精霊祭に行くぞ」
「駄目です」
「何故じゃ!?」
無慈悲な回答に思わず叫ぶ。
「クリス様、盗賊に襲撃されたことをお忘れになったのですか?」
「忘れてはおらん」
遺族に手紙を書き、葬式にも出向いた。
鶏ではないのだからこれだけのことを忘れられる訳がない。
ましてや死んだのは自分の部下なのだ。
「ならば、何故?」
「盗賊どもの素性が分かっておらん」
「……それは」
ローラが顔を歪める。
客人のお陰で危機を脱することはできたが、盗賊に襲撃された理由は分からずじまいだ。
生け捕りにして事情を聞き出すべきだったし、それが叶わないのならば持ち物から素性を洗うべきだった。
もっとも、それは今だから言えることだ。
あの時は部下の死と客人に遭遇したことでそれどころではなかった。
それはローラも同じだろう。
「単なる盗賊なのか、誰かに雇われたのか確かめねばならん」
「それは、そうかも知れませんが……」
異母姉――シャーロットの差し金ならば対策を練らねばならない。
「大体、あの盗賊どもは頑張りすぎじゃ」
仲間があれだけ殺されているのに撤退しなかった。
そこまでされるとシャーロットの子飼いが盗賊に扮していたのかもという気がしてくる。
「だから、クリス様が囮になると?」
「その通りじゃ。誰かの差し金であれば何らかのアクションを起こすはずじゃ」
虎穴に入らずんば虎児を得ず――つまり、そういうことだ。
「却下です」
「何故じゃ?」
「クリス様の安全を保証できません」
「リスクを冒さずにリターンを得られるものか」
「我々の実力ではハイリスク・ノーリターンになりかねません」
ローラは断固とした口調で言った。
「あの程度の盗賊ならばお主らでも倒せるのではないか?」
「確かに一騎打ちならば並の盗賊に遅れを取りませんが……」
ローラはぶるりと身を震わせた。
恐らく、盗賊に組み敷かれたことを思い出しているのだろう。
いつも勇ましいことを言っているくせに、と言うつもりはない。
最悪を想定することと現実的な脅威に晒されることは別物なのだ。
クリスティンにもそれくらいのことは分かる。
「数で上回られたら対処できません」
「地の利を活かして戦えばいいではないか」
「それができる相手であるとは限りません」
「……ぐぬ」
クリスティンは小さく呻いた。
思考の立脚点が違い過ぎることに今更ながら気付いたからだ。
ローラは悲観的に物事を考えている。
彼女にしてみればリスクを冒すという発想そのものが認めがたいのだろう。
よほどのリターンを示さない限り、ローラは囮作戦を認めないに違いない。
「さらに言えば……黒幕がいた場合、手練れを送り込んできていると思われます」
「あくまで可能性の問題じゃろ?」
「かなり高い確率だと思います」
「……うむ」
確かに一度失敗しているのだから次は手練れを送り込んでくるだろう。
まあ、クリスティンならば最初から最強のカードをぶつけるが――。
「やはり、何とかして客人を仲間に引き入れたいの。今頃、あの二人は何をしているんじゃろうな」
「マコト様はフォックステイル族の盗賊とバイソンホーン族の戦士をチームに加え、ダンジョンを攻略、護衛の仕事ではジャイアント・スケルトンを倒しています。その際に大量の魔石を手に入れたようです。また、冒険者達から実力だけではなく、人柄も高く評価されており、次の査定ではBクラス確実と噂されています」
独り言のつもりだったのだが、ローラはもの凄い勢いで食い付いてきた。
「……詳しいの?」
「クリス様の指示ですから」
はて、そんなことを言ったかの? とクリスティンは内心首を傾げた。
冒険者は根無し草のようなものだからやり過ぎなくらいで丁度いいのかも知れない。
「前向きに考えていると判断してよいか?」
「……」
ローラは無言だったが、耳まで真っ赤になっているので、かなり前向きに考えていると判断していいだろう。
考えてみればローラもいい歳だ。
このまま結婚できないのではないかという不安が働いているのかも知れない。
それはさておき――。
「……ローラ」
「何でしょうか?」
「精霊祭に行かせて下さい」
クリスティンは改めて自分の希望を口にした。
囮作戦は口実だ。
どうしても遊びに行きたかった。
「……申し訳ありません」
「何故じゃ?」
「我々にはクリス様を守る力がありません」
そうか、とクリスティンは溜息を吐いた。
※
夕方――マコトは『黄金の羊』亭のカウンター席に座り、レモン水を飲んでいた。
チラリと階段の方を見るが、ユウカはまだ下りてこない。
フェーネとリブは昼前に出掛けたというのに見事なヒッキーぶりだ。
このまま本格的に引き籠もってしまうのではないかと不安になるが、気になるのはユウカだけではない。
フェーネとリブのことも気になる。
特にリブだ。
せめて、何処で飲み会をやるか聞いておくべきだったかも知れない。
「リブのヤツ、無事に戻ってこれるかな?」
「子どもじゃないんだから大丈夫ですよ」
マコトが小さく呟くと、シェリーは皿を洗う手を休めて言った。
いつもより嬉しそうにしているのは飾り付けのお陰ではない。
祭ということもあってか、今日はチラホラと客が来ていたからだ。
一時間に一人か、二人だが、それでも客は客だ。
「昼前から酒を飲むってどうなんだ?」
「傭兵や冒険者なら普通ですよ、普通」
「馴染めそうにねーな」
マコトは自分のことを棚に上げてぼやく。
元の世界では休日に昼間から飲んだくれることも珍しくなかった。
尿酸値や血圧を気にしても生活習慣を改めようとしなかったが、この世界に召喚されてから酒を飲みたいという気持ちが希薄になった。
「旦那、始まりましたよ」
シェリーが照明を消すと、店内が薄闇に包まれた。
「ほら、見て下さい」
マコトは無邪気に笑うシェリーに促されて壁の飾りを見る。
すると、そこには赤、青、黄、緑の光が浮かんでいた。
「精霊様、いつもありがとうございます」
シェリーは胸の前で手を組み、感謝の言葉を口にした。
光――精霊は点滅を繰り返しながら宙を漂っている。
「へ~、綺麗なもんだな」
「そうでしょう」
シェリーは満足そうに微笑み、階段を見上げた。
釣られて階段を見ると、ユウカが下りてくる所だった。
「……着替えたりしないんだな」
「どうして、着替えなきゃいけないのよ」
ユウカはムッとしたように言い、カウンター席に座った。
身に着けているのは白いセーラー服と黒いケープ、三角形の帽子だ。
「はい、どうぞ」
「ありがと」
ユウカはシェリーからカップを受け取り、一気に呷った。
プハーーーッ! とおっさんぽく息を吐き、カップをカウンターに置く。
「……マコト」
「何だよ?」
「あたしがおめかしすると思ってたんなら残念ね。あたしはイベントのためにおめかしするような分かり易い女じゃないわ」
ギャルゲーのヒロインかっての、とユウカは吐き捨てた。
「いや、それは色々とおかしい」
デートする時は身嗜みに気を遣うものだ。
デートじゃなくても夏祭りに浴衣を着ていくことはあるだろう。
比較対象がギャルゲー一択なのも変だ。
漫画でも、アニメでも、ドラマでも、映画でもイベントの時はおめかしする。
「色々とおかしいが、自分をヒロインという所が一番おかしい」
「あたしはヒロインでしょ?」
「いやいや、現実とフィクションを一緒にするなよ。仮にフィクションでもお前はヒロイン枠じゃねーから」
「黒髪なのに?」
ユウカは分かってない様子で髪を掻き上げた。
「黒髪でもメインヒロインにはなれねーよ。人気投票最下位でニッチなファンがいるかいないかのポジションだよ」
「なんでよ?」
「性格が悪ぃから」
メインヒロインは清楚な女の子と相場が決まっているのだ。
ギャルゲーなら特にそうだ。
どうして、お金を出して性格の悪いヒロインを落とさなければならないのか。
美少女ゲームの特定ジャンルならメインヒロインを張れるかも知れないが。
「こんな性格で悪かったわね!」
「そう思ってるんなら少しは取り繕えよ!」
「嫌よ!」
「なんでだ!?」
「猫を被っても無駄だったからに決まってるじゃない」
「駄目な方に悟りを開きやがった」
マコトは深々と溜息を吐いた。
「はいはい、二人とも喧嘩をしないで。精霊祭を楽しんで下さい」
「仕方がねぇ、行くか」
「手を握ってきたら刺すわよ」
スリルのあるイベントになりそうだ。
「行くぞ?」
「ちょ、置いてかないでよ」
マコトが歩き出すと、ユウカは慌てた様子で追い掛けてきた。
「お?」
外に出て、感嘆の声を上げる。
普段は暗闇に包まれた道が四種の色に彩られていた。
飾り付けこそされているものの、屋台はない。
「へ~、蛍みたいね」
「……蛍か」
「なんで、深刻そうな声を出してるのよ?」
「いや、まあ、蛍は綺麗なんだが……」
「綺麗なんだが?」
「あれって、虫なんだよな」
小学校の頃はカブトムシやクワガタを学校に持ってくるヤツはヒーローだった。
マコトも頑張って捕まえたものだが、いつの頃からか気持ち悪いと思うようになった。
「ユウカは蛍を見たことがあるのか?」
「あたしは二十三区出身よ。ある訳ないじゃない。アンタはあるの?」
「ああ、地元で見たことがある」
ふ~ん、とユウカは相槌を打った。
その瞳に宿るのは憐れみだろうか。
「……ど田舎なのね」
「そりゃ、田舎だけどよ」
マコトは拳を握り締めた。





