Quest17:フェーネの家族仲を取り持て【後編】
※
「教会って広いんだな」
マコトは教会の裏にある庭園に立ち、視線を巡らせた。
庭園と言っても立派なものではない。
いや、かつては立派な庭園だったのだろう。
中央にある噴水やあちこちにある像、東屋を見ればそれくらいの想像はできる。
逆に言えばかつての姿を想像するしかないほど荒れ果てているということでもある。
噴水は涸れ、像は植物の陰に隠れ、東屋は蔦に覆われている。
花壇や鉢植えもあるのだが、これは後から足されたものだろう。
「――この感じは」
実家の庭に似ている。
思い出したように手入れをするせいでちぐはぐな印象を持つようになったそんな庭園だ。
ここでフェーネの弟と出会う手筈になっている。
「兄貴~」
フェーネの情けない声が響く。
振り返ると茂みの陰から尻尾が出ていた。
頭隠して尻隠さずとはこのことだろう。
先程までのテンションは何処に行ってしまったのかと思わなくもない。
「尻尾を隠せ」
「分かったッス」
手が伸びて、尻尾を茂みの陰に引き込む。
「兄貴、大丈夫ッスかね?」
「それをこれから試すんだろ」
「それはそうッスけど、不安ッス」
貧乏揺すりでもしているのか、茂みがガサガサと揺れる。
「兄貴はどう思うッスか?」
「分かってくれりゃいいなって思ってる」
「そんな無責任なことを言わないで欲しいッス」
本当はどう思ってるんだろうな、とマコトは頭を掻いた。
フェーネの夢――借金を返して弟と暮らしたい――を聞いた時、怒りを覚えた。
夢みたいなことを言ってないで現実を見ろと。
だが、フェーネは借金を返し、人生をやり直せるだけの金を得た。
「……来たな」
茂みが大きく震え、それっきり動かなくなった。
しばらくすると、少年がマコトに歩み寄ってきた。
毛と瞳の色はブラウン。
背はマコトと同じくらい。
ローブの上からでも分かるほど華奢な体付きをしている。
吊り目がちの目は疑心に彩られている。
「……貴方が私に会いたいという人ですか?」
「ああ、マコトだ」
「レドと申します」
マコトが手を差し出すと、フェーネの弟――レドはペコリと頭を下げた。
まあ、初対面ならばこんなものだろう。
「どんな用ですか? 私は教会の仕事で忙しいのですが……」
「フェーネのことでちょっとな」
レドは目を細めた。
マコトの目的が何か探ろうとしている目だ。
「債務者は姉なので、私に返済義務はありません」
「借金のことじゃないんだ」
レドの態度から察するにスタンは色々とやっていたようだ。
訴えてやろうかとも思ったが、借金の取り立てを委託するくらいだから対策は万全だろう。
法律が弱者を守ってくれないことに憤りを覚えるが、残念ながら法律は誰の味方でもないのだ。
「では、何の用ですか?」
「俺はフェーネの冒険者仲間なんだ」
「姉の?」
レドは訝しげな視線を向けてきた。
もしかしたら、フェーネが借金のせいでソロ活動を強いられていることを知っているのかも知れない。
「俺達は一緒にダンジョンを探索して稀少な魔石を手に入れることができたんだ。信じられないなら司祭様に聞いてくれてもいい」
「……」
レドは無言だ。
無理もない。
宝くじが当たって借金を返済できたと言われたようなものだ。
そんな話を誰が信じるだろう。
「借金が返済できたことは分かりましたが、私に何の関係があるんですか?」
「……」
今度はマコトが無言になる番だった。
レドはフェーネと一緒に暮らすことを望んでいないのではないか。
そんな考えが脳裏を過ぎる。
だが、賽は投げられた。
もう後戻りすることなんてできないのだ。
「フェーネは……お前と一緒に暮らしたいって言ってる」
「そう、ですか」
レドは言葉を詰まらせながら頷き、それっきり黙り込んでしまった。
気まずい沈黙が舞い降りる。
どれくらい黙っていただろうか。
一分にも満たないはずだが、マコトにはその何倍にも感じられた。
沈黙を破ったのはレドだった。
「……姉に伝えて頂けませんか。もう私には構わないで欲しいと」
「それはどういう――」
「失礼します」
レドは勢いよく頭を下げ、踵を返した。
その時、茂みがガサガサと揺れた。
マコトは茂みを掻き分けたが、そこには誰もいなかった。
フェーネを探すべきか、いや、今はレドに真意を問い質す方が先だ。
マコトは庭園に戻り、怒りに突き動かされてレドの肩を掴んだ。
「おい、待てよ」
「放して下さい」
「いいから話を聞けよ!」
頭に血が上り、力任せに自分に向き直らせる。
すると、レドは今にも泣き出しそうな表情を浮かべていた。
それで怒りが冷めてしまった。
「なあ、よければちゃんと話してくれないか?」
「……」
マコトは優しくレドを噴水に誘導し、その縁に座らせた。
「頼むよ。俺はお前らのことをちゃんとしてやりたいんだ」
「……もう姉に、迷惑を掛けたく、なかったんです」
レドは言葉を詰まらせながら言った。
マコトは彼の言葉を聞いて、頭をぶん殴られたような衝撃を覚えた。
「いや、フェーネは迷惑だなんて思ってねーよ。借金を返してお前と一緒に暮らすのが……元の生活を取り戻すのが夢だって言ってたんだぞ」
「私は、私のために姉の人生を使わせたくないんです」
マコトは唇を噛み締めた。
この違いは何なのだろう。
どうして、自分達はこんな風になれなかったのだろう。
しかし、そんなことを考えている余裕はない。
「じゃあ、お前はフェーネのことを嫌ってないんだな?」
「たった二人の姉弟なんですよ? 嫌える訳ないじゃないですか」
マコトは胸を撫で下ろした。
憎み合っていないのであればやり直せる。
二人はやり直せるのだ。
「俺がお前の気持ちを伝える。お前はフェーネを嫌ってないんだって、将来のことを考えて離れて暮らす決意をしたんだって伝えるよ」
だから、とマコトは続ける。
「お前は精霊祭でフェーネに気持ちを伝えてくれ。誤解がないように言葉を選んで自分の気持ちを伝えるんだ」
「どうして、そこまでしてくれるんですか?」
「……それは」
マコトは口籠もった。
レドにしてみれば当然の疑問だろう。
身内ならいざ知らず、赤の他人なのだ。
「それは……俺がリーダーだからだ」
マコトは立ち上がり、走り出した。
※
マコトが荒々しくウェスタンドアを開けると、驚いたのか、シェリーは掃除の手を止めた。
「ただいま。フェーネは?」
「帰ってきて、すぐ上に行っちまいましたよ」
ホッと息を吐く。
もし、ここにいなければ何処に行ったのか分からず、街中を駆け回る羽目になっていた。
マコトは階段を駆け上がり、103号室の扉を叩いた。
だが、返事はない。意を決してドアノブに手を伸ばす。
壊したら弁償だな、とそんなことを考えながらドアノブを捻ると、あっさりと扉が開いた。
部屋に入り、視線を巡らせる。
ベッドと言うか、毛布が不自然に膨らんでいた。
どうやら、毛布に包まっているらしい。
マコトは扉を閉めると、ベッドにどっかりと腰を下ろした。
「……弟さんと話してきたよ」
ビクッと毛布が震える。
「弟さんはさ、お前の人生を自分のために使わせたくないって言ってたよ」
「……兄貴、おいらは間違ってたんスかね?」
フェーネは震える声で問い掛けてきた。
「間違ってねーよ」
「じゃあ、なんで!」
フェーネはガバッと身を起こし、真っ赤に充血した目で見つめてきた。
「おいらは頑張ったんスよ。痛い目にも沢山あったし、辛い目にもあったし……やり直すために頑張ったんスよ」
「お前の弟……レドはちゃんとお前を見てたんだ。ちゃんと見てたから負担になりたくないって思ったんだ」
「分からないッス。家族は一緒にいてこそ家族じゃないッスか。そこを否定されたら何のために頑張ってきたか分からないッス」
フェーネの目から大粒の涙が零れ落ちた。
身も世もなく泣く様は無様で、だからこそ胸を打った。
「あのな、フェーネ。弟さんには弟さんなりの考えがあるんだ」
「だから、おいらの気持ちは無視されていいんスか?」
「違う。違うんだ」
フェーネの気持ちも、レドの考えも尊重されるべきだと思う。
どちらも正しいのだ。
どちらが間違っているということはないのだ。
「話し合おう。話し合って自分達にとって一番の答えを見つけるんだ」
「……兄貴」
フェーネはマコトに抱きついてきた。
「……おいら、おいら」
「分かる。分かるよ。気持ちはよ~く分かる。誰もお前の気持ちを全否定なんてしてないんだ」
マコトは優しくフェーネを抱き返した。
フェーネの努力が報われればいい。
二人の望みが叶えばいいと思う。
その一方でどす黒い感情が渦巻いていた。
今にして思えばマコトは嫉妬していたのだ。
同じような境遇にありながら健やかさを失わない彼女に嫉妬していた。
自分が兄に求めた理想を体現する彼女が憎かった。
マコトは唇を噛み締め、フェーネを撫で続けた。





