Quest16:ジャイアント・スケルトンを討伐せよ【前編】
※
ロックウェルを出発した翌日の夕方――唐突に森が途切れ、視界が明るくなった。
目の前に広がるのは何処までも続く麦畑だ。
風が吹き、麦の穂が揺れる。
いや、うねると言った方が的確かも知れない。
風が吹き、麦畑が波のようにうねる。
マコトの脳裏を過ぎったのは故郷――実家の近くにあった田んぼだった。
稲の穂も風が吹くたびにこうして揺れたものだった。
マコトは頬を撫でる風の心地よさに目を細めた。
まるで凍て付いていた心が解けていくようだ。
そんなことを考えていると、ユウカに二の腕を手の甲で叩かれた。
「そんなに麦畑が珍しいの?」
「いや、珍しいって訳じゃないけどよ」
何しろ、故郷は埼玉県熊谷市――住所が熊谷というだけでバスが一時間に一本通るか通らないかのど田舎だ。
地方の工場に出張した時に自分の住んでいる街が田舎としては序の口だと思い知らされたが、それはさておき、麦畑や田んぼなど珍しくもない。
「ユウカは珍しいのか?」
「……」
ユウカは答えない。
「やっぱ、二十三区外の出身なのか?」
「は!? 違うから! あたしは二十三区出身だからッ!」
「なんで、声高に二十三区出身を主張するんだよ」
二十三区出身でなければ東京都民ではないと言うのだろうか。
奥多摩だって立派な東京都なのに。
「つか、なんで、アンタはあたしを二十三区外の出身者にしたがるのよ。自分が埼玉だか、群馬だから分からない所に住んでるから仲間が欲しい訳?」
「なんで、群馬までディスってんの?」
「アンタをディスってんのよ! 焼き饅頭でも食べてなさいッ!」
「……お前、何気にご当地ネタに詳しいな」
怒りを通り越して感心してしまった。
ちなみに焼き饅頭とは、餡の入っていない饅頭に甘辛い味噌だれを塗って焼いたものである。
群馬県の郷土料理らしいのだが、熊谷市の祭でも焼き饅頭の出店が出たりする。
「実は東京出身じゃないだろ」
「だから、二十三区出身って言ってるじゃない」
ユウカはプイッと顔を背けた。
もうこの話はおしまいと言わんばかりの態度だ。
「おいおい、もうすぐ村なんだから喧嘩を止めろよ」
「そうッスよ」
「もう少し早く止めて欲しかったな」
マコトは小さくぼやいた。
まあ、自分から面倒ごとに関わろうとする人間は少ない。
そういう意味でチームメイトは普通の人間である。
「……もう着くのか」
もう少し風景を楽しみたかったな、とマコトは道の端に寄った。
道の先に壁が聳え立っていた。
近づくと徐々に詳細が明らかになる。
壁に見えたのは丸太を打ち込んで作られた高さ五メートルほどの塀だった。
一部が損傷しているものの、丸太が隣接しているため屋根と物見櫓しか見えない。
「村と言うか、要塞に見えるな」
「あそこは近隣で一番でかい村だからな」
リブは腕を組み、何度も頷きながら答える。
「やっぱり、あれくらいしないと駄目なのか?」
「ああ、いや、普通の村はもう少し塩っぱい」
「……塩っぱい」
「塀じゃなくて、柵って感じだな。格子状に木材を組み合わせるんだ。竹を使っている所もあるんだぜ」
「ふ~ん、いつか見に行きたいもんだな」
依頼のついでに見られればそれに越したことはないが、そうでないのならば生活に余裕ができてから見に行きたい。
「いや、無理してでも見に行くべきかもな」
「無理して見に行くようなもんでもねーだろ? 柵だぞ、柵」
「そうしないと一生見に行かないような気がするんだよ」
「すまねぇ、マコトの言ってることが分からねぇ」
仕事ならば尻に火が付くのでやらざるを得なくなるが、私事ならばいくらでも後回しにできるのでその内に興味を失ってしまう。
見たいと思ったら無理にでもスケジュールに組み込むべきという発想からなのだが、リブには理解してもらえなかったようだ。
隊商が動きを止め、マコトも足を止めた。
しばらくすると、塀の一部が外側にゆっくりと倒れ始めた。
よく見れば塀の周辺は堀で囲まれている。
恐らく、周囲を掘り下げることでより高くしているのだろう。
マコトの感覚からするとやり過ぎに見えるが――。
「やっぱり、これくらいやらねーと駄目なのか」
「人間が沢山いるとアンデッドが寄ってくるッスからねぇ。最低でも柵は必要ッスよ」
フェーネはしみじみと呟いた。
「そう言えば……」
「何スか?」
「ゴブリンとか、オークっていねーの?」
「森の奥に隠れ住んでいるって話は聞くッスね」
「実際に見たってヤツは知らねぇけど」
どうやら、二人ともゴブリンとオークを見たことがないようだ。
ファンタジー作品では有名な悪役だと思うのだが。
「なんでだ?」
「なんでって、アンデッドがいるからッスよ」
フェーネはどうしてそんなことを聞くのか分からないという表情を浮かべている。
「そんなに簡単に駆逐されちまうもんなのか?」
「おいらに聞かれても分からないッス」
「部族の伝承じゃゴブリンは最弱のモンスターって話だからな」
フェーネが助けを求めるように視線を向けると、リブがその後を引き継いだ。
「やっぱり、最弱のモンスターなのか」
「徒党を組んで人間を襲ったり、人間の娘を攫って……そ、その、孕ませたり、そういうモンスターだったらしい」
リブは途中で恥ずかしそうに言い淀んだ。
「……人間を孕ませられるのか」
「どうして、そこに反応してるのよ」
「反応してねーよ」
マコトはユウカに言い返した。
「続けていいか?」
「ああ、頼む」
「ゴブリンってのはイナゴにも喩えられるんだ。要は略奪種族ってことだな。自分達じゃろくすっぽ道具も作れねぇ、おまけに仲間同士で足を引っ張り合うからなかなか群れを大きくすることもできねぇときてる」
この世界のゴブリンはマコトのイメージに合致している。
「アンデッドみたいに生き物を手当たり次第ぶっ殺すモンスターが現れたらこんな生き物滅びて当然だろ」
「……そうだな」
未練を残して死ねばアンデッドになり、アンデッドに殺されても同じ運命を辿る。
繁殖スピードは並じゃない。
「オークはもう少しまともだったらしいが、群れ単位の生活が仇になったらしくてな」
「バイソンホーン族は大丈夫だったのか?」
「なんで、あたいの部族の話になるんだよ?」
「部族なんだろ?」
「あたいの部族は孤立してる訳じゃねーよ。他の部族とも上手くやってるし、ヴェリス王国との繋がりだってある」
「……なるほど」
要は結束力の弱いゴブリンや群れ単位で行動するオークはアンデッドに抗しきれなかったということだろう。
「どうして、他のモンスターは滅んでないんだ?」
「逃げ足が速いのとアンデッドの判断力が弱いのが原因じゃないッスかね。ほら、森の中ではモンスターを見かけなかったじゃないッスか」
「……言われてみれば」
森の中で見かけたモンスターと言えば剣鹿と魔羆くらいだ。
「アンデッドは獲物を追い掛けている途中で別の獲物を見つけるとそっちに行っちゃうんス」
「アホな子か」
マコトはあっちに行ったり、こっちに行ったりを繰り返しているスケルトンの姿を思い浮かべて小さく噴き出した。
「でも、グールはかなり素早かったぜ」
「グールみたいなアンデッドはほいほい出現しないッスよ」
すでに二度も相まみえているのだが、ダンジョンにはアンデッドの成長を促す地形効果でもあるのだろうか。
隊商が動き出したので、マコトも前に進む。
跳ね橋を越えると、そこは村の中だ。
村の中央には井戸があり、井戸を取り囲む形で茅葺きの家が建っている。
「今度こそ中世って感じだな」
「窓ガラス窓ガラス」
ユウカがペシペシとマコトの二の腕を叩いてきた。
確かに家々の窓にはガラスが使われている。
幌馬車が井戸の近くに留まると、冒険者達はその場に座り込んだり、酒場――ジョッキの看板が軒先に吊されている――に駆け込んだりした。
「これでようやく半分ね」
「家に帰るまでが――」
「分かってるわよ!」
アンタは学校の先生か、とユウカは呟き、これみよがしに溜息を吐いた。
「これからどうすりゃいいんだ?」
「出発は明日の朝だからそれまでは待機だな」
「何処で寝るんだ?」
「村人と交渉して納屋を借りるか、井戸の周りか、酒場の床で雑魚寝だ」
「雑魚寝以外の選択肢はないの?」
「ねーな」
リブが否定すると、ユウカはまたもや溜息を吐いた。
「おいらが交渉してくるッス!」
「待て」
「ギャヒィィィィィッ!」
マコトが尻尾を掴むと、フェーネは色気のない悲鳴を上げた。
「わ、悪ぃ」
「いきなり尻尾を掴まないで欲しいッス」
マコトが手を放すと、フェーネは涙目でお尻――尻尾を押さえた。
「尻尾は敏感だったりするのか?」
「人間だって髪を引っ張られたら痛いッスよね? つまり、そういうことッス」
「いきなり引っ張って悪かった」
マコトは改めて頭を下げた。
「ちょっと驚いただけッスから。触る時は事前に言って欲しいッス」
「尻尾ならあたいも生えてるぜ」
リブは後ろを向き、尻尾を動かした。
まあ、残念ながらパレオが動いているようにしか見えないが。
「二人っきりの時に触らせてやるよ」
「バイソンホーン族の尻尾は筋張ってるッス。触るならフォックステイル、フォックステイル族ッス」
「あたいはきちんと尻尾のケアをしてるぞ! 痩せ狐と一緒にするなよッ!」
二人はギャーギャーと言い争いを始めた。
「なんで、喧嘩になるんだよ」
「アンタのせいでしょ」
「だから、なんで?」
「ラノベの主人公を気取ってるつもり?」
ユウカは不快そうに顔を顰めた。
ペッと唾でも吐きそうな感じだ。
「いや、まあ、俺だってそこまで朴念仁じゃない」
「どうだか」
どうしろと言うのだろう。
「二人ともそこまでにしろ」
仕方がなく声を掛けると、フェーネとリブは黙って従った。
「……フェーネ」
「もふもふが一番ッスよね」
「それはいいから」
「いいんスか、そうッスか」
フェーネは力なく頭と尻尾を垂れる。
その姿に罪悪感を刺激されつつポーチから魔石を取り出して渡す。
「魔石ッスか?」
「スケルトン・ウォーリアを倒した時に拾っておいたんだ。ただで泊めてくれるようなヤツはいないと思うからこれを使ってくれ」
フェーネに差額を誤魔化される可能性はあるが、そうなっても手間賃ということで納得できる。
「じゃ、俺は用があるから」
「分かったッス。屋根のある所で休めるように頑張るッス」
おーッ! とフェーネは拳を掲げた。
※
マコトは井戸の近くに座っている少女の所に向かった。
若草色のローブを身に纏ったおっとりとした感じの少女だ。
尖った耳がピンッと横に伸びているのでエルフだろう。
「あ~、ちょっと聞いていいか?」
「はい、何ですか?」
「昨日、精霊術を使ってたよな?」
「ええ、私は精霊術士ですから」
えへん、と少女は胸を張った。
「えっと、座っていいか?」
「ええ、どうぞどうぞ」
マコトは少女の言葉に甘えてその場に膝を突いた。
「俺も精霊術士なんだ」
「ええ、知っています。初めて七悪の使い手を見たのでびっくりしてしまいました」
少女は自分の胸に手を当て、はにかむような笑みを浮かべた。
「精霊を使う時に呼びかけてたけど……」
「精霊術士は精霊さんに呼びかけて魔法を使うんです。こう眉間の辺りに集中して呼びかけるとピリピリします」
少女は眉間を指差し、眉根を寄せた。
すると、赤く輝く粒子が忽然と姿を現し、彼女を中心に渦を巻き始めた。
ピリピリすると言うことは電波でも飛ばしているのだろうか。
「精霊さん、ありがとう」
少女が礼を言うと、赤く輝く粒子は拡散し、空気に溶けるように消えた。
魔羆の魔法に少し似ている。
「精霊術士ってのは誰でもそうなのか?」
「ええ、精霊さんに呼びかけて、言い方は悪いんですけど、調教するみたいにちょっとずつやれることを増やしていくんです。私はまだまだですけど、里長くらいになると呼ぶだけで色々なことをしてくれるようになります」
う~ん、とマコトは唸った。
参考にならない。
そもそも、精霊とは何だろう。
常に術士の周囲を漂っているのか。
それともネットワークのようなものがあって経験を共有しているのか。
プログラムのようなものかも分からない。
「七悪について知っていることは?」
「……七悪ですか?」
少女は訝しげに眉根を寄せた。
まあ、自分で使っている精霊のことを教えてくれと言っているのだから無理もない。
「七悪は暴食、色欲、強欲、憤怒、怠惰、傲慢、嫉妬……人間の感情と欲を司る精霊のことを言います」
「……七つの大罪」
「?」
マコトが呟くと、少女は不思議そうに首を傾げた。
七つの大罪とは、キリスト教において人間を罪に導くとされる感情と欲のことだ。
「七悪ってのはどういう精霊なんだ?」
「ああ、貴方は客人なんですね」
少女はようやく合点がいったとばかりに頷いた。
「よく分かるな」
「七悪について知らないと言われたら誰だってそう思いますよ」
「そうなのか」
どうやら、七悪の伝承はこの世界において知っていなければおかしいくらいメジャーなもののようだ。
ちゃんと情報収集をしておけばよかったな、とマコトは頭を掻いた。
「七悪ってネーミングがスゲー不安なんだけど、害はないのか?」
「そうですね。七悪の伝承は不吉なものが多いんですけど――」
「どんな伝承なんだ?」
「たとえば禍狂いの狼、国盗りの盗賊、百万の子を従えたゴブリン王、九つの尾を持つ狐、神に挑み続ける戦鬼の話が有名ですね」
「……どれも碌でもなさそうなんだが」
マコトは半眼で呻いた。
「そんなに心配しなくても大丈夫ですよ。悪と呼ばれていますけど、要は過度の欲望や感情は身を滅ぼすという意味なんです」
「司祭様もそう言ってたけど、どうも自信がねーな」
マコトはボリボリと頭を掻いた。
特にあの司祭様の信頼は何処から湧いているのだろうとさえ思う。
「ふふ、七悪は誰の心にも宿っているものです。全否定は人間性の否定に繋がってしまいますよ?」
「そうなのか?」
「ええ、欲望も、感情も否定されるべきではありません」
「まあ、そう言われてみれば……」
我ながら単純なもので、そこまで言われるとそうかなという気がする。
「他にはありませんか?」
「ん~、あとは精霊術を使うときは精霊に呼びかけているって言ってたけど、俺は呼びかけてないんだ。これはどうしてだ?」
「魔法や精霊は外なる力ですが、貴方の使う精霊は内なる力だからです。自分で自分の力を使うのに力を貸して下さいと頼むのは変でしょう?」
「……なるほど」
マコトは自分の手を見下ろした。
「ってことは全人類じゃなくて、俺の欲望や感情を司っているのか」
「ええ、そういうことです」
少女は満足そうに頷いた。
「他人の感情を刺激したり操ったりすることはできるのか? たとえば――」
「性欲でしょうか?」
少女は蠱惑的な笑みを浮かべて言った。
「いやいや、違うから」
「冗談ですよ、冗談」
「他人を苛々させたりとかそんな感じ」
「う~ん、嫉妬を煽ったり、性欲を昂ぶらせたりという話は聞きますが……」
少女は腕を組み、難しそうに唸った。
「自覚なしに使える力ではないと思いますよ」
「そうか」
マコトは小さく溜息を吐いた。
ユウカの性格が自分のせいならば直してやろうと思ったのだが、あれが素らしい。
「ありがとうございました」
「いえいえ、若輩の身ですが、お役に立ててよかったです」
マコトが頭を下げると、少女も軽く頭を下げた。
立ち上がり、踵を返す。
お婆ちゃ~んという声が後ろから聞こえてきたが、あえて無視する。
仲間の所に戻ろうとした矢先――。
「もし、そこの方?」
「何ですか?」
老人に呼び止められ、足を止める。
頭の天辺までつるりと禿げ上がった老人である。
仕立てのよさそうな服を着ている。
「水薬をお持ちでしたら譲って頂けないでしょうか?」
「何に使うんですか?」
質問に質問で返すのは失礼かと思ったが、二本しか持っていない水薬をはいそうですかと渡す訳にはいかない。
「……実は負傷された騎士団の方がおりまして」
「どうして、ケガを?」
「何でも王都に帰還する途中で強力なアンデッドに襲われたそうでして、ケガがひどく村で療養されていたのです」
老人はハンカチで汗を拭いながら答えた。
「この規模の村なら水薬くらいあるんじゃないですか?」
「騎士団の方がいらした夜から巨大なアンデッドがこの村に襲うようになったのです」
「そう言えば塀が壊れていたような気が?」
村を取り囲む塀が一部壊れていたような記憶がある。
「巨大なアンデッドに破壊されたのです。教会の方に清めて頂いていたので、何とか追い払えましたが、村の男衆も無傷という訳にはいかず……」
「つまり、傷が治ったらいなくなってしまう騎士に水薬を使いたくないと?」
「……その通りです」
老人は呻くように言った。
非常時のために水薬を取っておきたいという気持ちはよく分かる。
「強力なアンデッドってよく出るのか?」
「そんなアンデッドが出る土地ならば開拓などできようはずがありません」
「まあ、確かに」
「私は骸王のダンジョンが攻略されたことと関係があるのではないかと思っているのですが……」
うぐ、とマコトは呻いた。
ふと脳裏を過ぎるのはダンジョンに放置してきた無数の魔石である。
もし、あの魔石を生き残ったアンデッドが吸収してパワーアップしていたとしたら。
そんな不安が湧き上がる。
マコトはポーチから水薬の瓶を取り出し、老人に差し出した。
「おお、ありがとうございます」
「一本500Aで買ったので、500A下さい。もし、お金がなければ小麦粉一袋で構いません」
「ああ、いえいえ、村は困窮している訳ではありませんので、金で払いますとも」
「明日まで村にいるので明日までにお願いします」
「ありがとうございます」
老人は水薬を受け取ると家――村で一番大きな家だ――に走って行った。





