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Quest13:ダンジョンを攻略せよ【後編】



 光が収まると、マコトは広大な空間にいた。

 フェーネとリブ、ついでにユウカがいることを確認してホッと息を吐く。

 どうやら空間魔石は全員を転移させたらしい。


「ユウカ、手を放せ」

「ええ、もちろんよ」


 ユウカはマコトから離れた。


「フェーネ、持ってろ」

「りょ、了解ッス」


 フェーネは空間魔石を受け取るとポーチにしまった。


「ここは何処だ?」


 マコトは改めて周囲を見回した。

 骸王のダンジョン、その最下層に似ているが、地底湖も、神殿も存在しない。


「分かるか?」

「ちょっと待って欲しいッス」


 マコトが尋ねると、フェーネは地図を取り出し、パラパラと捲った。

 キチンと見ているようには見えないが、これほど広大な空間だ。

 地図に載っていないことはないだろう。


「……分からないッス」

「分からねーって、どういう意味だ?」

「……未探索のエリアってことッス」


 リブが尋ねると、フェーネは顔面蒼白で答えた。


「マジかよ」

「マジッス」


 獰猛な笑みを浮かべるかと思いきや、リブは口元をひくつかせただけだ。


「姐さん、どうするんスか!」

「いや、あたしのせいじゃないし」

「どう見ても姐さんのせいッスよ!」


 フェーネは涙目だ。

 まあ、誰だって自分のレベルを大きく超えるエリアに放り込まれたらこうなるだろう。


「リブ、笑わないの?」

「わ、笑えねーよ!」

「チッ、二人揃ってメンタルが弱いわね」


 ユウカは自分の責任を棚に上げ、吐き捨てた。

 こういう態度を取るせいで置いてけぼりを喰らったのにまるで反省していない。


「二人ともあたしが転移魔法を使えることを忘れてない?」


 ユウカはケープを翻し、杖を構えた。


「リュノ・ケスタ・アガタ! 無窮ならざるペリオリスよ、繋がれ繋がれ回廊の如く、我が歩く道となれ! 顕現せよ! 転移テレポーテーション!」


 ユウカが杖を突くと、魔法陣が展開した。

 だが、魔法陣は激しく点滅を繰り返すと消えてしまった。


「ど、どういうことッスか!」

「転移が失敗したみたいね。転移阻害の魔法でも掛かってるのかしら?」


 ユウカは腕を組み、首を傾げた。

 何処か他人事のような口調である。


「どうするんスか! どうするんスか!」


 フェーネは寝転び、だだっ子のように手足をばたつかせた。


「落ち着け!」

「何かアイディアでもあるんスか?」


 リブが短く叫ぶと、フェーネは体を起こした。


「……ああ」


 リブは神妙そうな面持ちで頷き、ポーチから小瓶を取り出した。

 中には琥珀色の液体が入っている。

 蓋を開けると、酒精の香りが漂う。


「いい匂いッスね」

「そうだろ。こいつはあたいのとっておきだ」

「でも、こんな所で酒なんて飲んでどうするんスか?」

「……最期に美味い酒を飲みたいだろ?」

「末期の酒じゃないッスか!」


 フェーネは再び寝転び、手足をばたつかせた。


「二人とも落ち着け」

「……兄貴」

「……マコト」


 落ち着きを取り戻したのか、フェーネとリブはマコトを見つめた。

 その時、首筋がチクッと痛んだ。

 地面が微かに揺れる。


「あ、兄貴!」

「ま、まこ、マコト!」


 フェーネとリブが背後を指差す。

 振り返ると、そこには蜘蛛がいた。

 いや、アラクネと呼ぶべきだろうか。

 ちょっと違うか? とマコトはアラクネを見上げた。

 アラクネは上半身が女、下半身が蜘蛛のバケモノだ。

 目の前にいるのは上半身はスケルトン、下半身は骨の集合体だ。

 腕は異常なほど長く、指もまた長い。

 肋骨の内側には赤い球体が収められている。


「こいつなら思いっきり殴っても大丈夫そうだな」


 マコトは飛び込み、拳を突き出した。

 轟音が鳴り響き、アラクネが吹き飛ぶ。

 十メートルほど地面を転がり、ようやく止まる。


「……結構、頑丈だな」


 アラクネを殴った手を軽く振る。


「手伝ってあげようか?」

「いや、大丈夫だろ」


 マコトは拳を構えた。

 アラクネはそこそこ強いが、スケルトン・ジェネラルには到底及ばない。


「点火、収束!」


 右腕から噴き出した炎が籠手を覆い、マコトは走り出した。

 アラクネもやや遅れて走り出した。

 八本脚だからか、図体の割に動きが素早い。

 マコトはアラクネまであと数歩という所で地面を強く蹴った。

 地面を滑るように移動し、擦れ違い様に手刀でアラクネの右足を薙ぎ払う。

 アラクネは全ての右足を失い、転倒する。

 転倒と言っても地面に叩き付けられ、さらに空中に投げ出されるような転倒だ。

 派手さだけで言えば自動車のクラッシュに似ている。

 アラクネは立ち上がろうとするが、無様に回転するだけだ。

 マコトは背後から接近し、両肩を握り潰した。

 そのまま腰の骨を踏み潰して、上半身と下半身を分断する。


「こんなもんか」


 マコトはアラクネの首を掴んで放り投げた。

 アラクネの上半身は地面を滑り、フェーネとリブの足下で止まった。

 アラクネの上半身は魚のように地面を跳ねている。

 マコトは頭を掻きながら近づき、頭を踏んづけた。


「よし、二人とも」

「な、なんスか?」

「お、おう」


 フェーネは忙しなく目を動かしながら、リブはビクビクしながら答えた。


「押さえておくからこいつを倒せ。弱点は球体だ」

「「え?」」

「いや、だから、お前らがトドメを刺すんだよ。簡単だろ?」

「お、おう」


 リブは先程と同じように返事をしてポールハンマーを手に取った。

 振り上げ、尖っている方を振り下ろす。

 甲高い音が響き、ポールハンマーが弾き飛ばされる。

 残念ながら球体には傷一つ付いていない。


「か、硬ぇッ!」

「まあ、レベル差があるからな。気長にやろうぜ」

「……あ、ああ」


 リブはゴクリと喉を鳴らし、ポールハンマーを振り上げた。



 干し肉を削っていると、小刀で鉛筆を削った思い出が鮮やかに甦る。

 それくらい干し肉は硬い。

 もしかしたら、人間を撲殺することも可能かも知れない。


「……塩っぱいな」

「やっぱり、血圧が気になる?」

「まあ、多少は」


 年々悪化していくコレステロール値と血圧、ついでに尿酸値。

 痛風と尿管結石の痛みは経験した者でなければ分からない。

 健康診断の結果に恐れおののき、原因が生活習慣にあると分かっていても改められないのが社会人なのだ。


「ユウカ、健康は宝だぞ。異常が表れた時点で手遅れだからな」

「……そんな真顔で言わなくても」


 心からの忠告だったのだが、ユウカはドン引きしたように言う。


「そんなことを気にしなくてもいいじゃねーか」

「……」


 マコトは無言で隣を見た。

 リブは棒状に切り分けた干し肉をガジガジと噛んでいる。

 アスリート然とした見事な体躯である。


「あたいの体に興味があるのか?」

「まあ、な」

「そ、そうか」


 リブは嬉しそうに笑う。


「どうやって、体型を維持してるんだ?」

「そっちかよ!」

「そっちだよ」


 拗ねているのか、リブは顔を背けた。


「で、どうやってるんだ?」

「特に何もしてねーよ」

「それで体型を維持できるのか」


 は~、とマコトは感嘆の息を漏らす。


「フェーネ、いつもみたいに脳筋って言わねーのか?」

「……」


 リブはやや離れた場所にいるフェーネに声を掛ける。

 彼女は結界の隅で干し肉を食べていた。

 狐ではなく、ハムスターのようだ。


「おい、フェーネ」

「……おいらは脳筋未満の役立たずッス」


 フェーネはボソボソと呟いた。

 重傷だな、とマコトは結界の外側に視線を向けた。

 そこには無数の骨が散らばっている。

 全てアラクネの骨だ。

 討伐数は二十体以上になるだろうか。

 マコトが戦闘不能に追い込み、フェーネとリブがトドメを刺した。

 ユウカの時と同じパワーレベリングだ。

 そのお陰でリブはレベル40になったが、フェーネはレベルアップが20で止まってしまったのだ。

 レベル21になるために莫大な経験値を必要とする可能性もゼロではないが、レベル上限に達したと考えるべきだろう。

 マコトは立ち上がり、フェーネの隣に座った。


「あまり気にするなよ」

「……兄貴」


 フェーネの声は可哀想なほど震えている。


「人間の成長はレベルアップだけじゃないはずだ」

「レベルアップ以外に何があるんスか?」

「技術や知識を習得するのも立派な成長だ」


 フェーネの表情が和らぐ。

 安心とまでは言わないが、希望をわずかにでも感じることができた。

 そんな表情だ。

 しかし、表情はすぐに曇ってしまう。


「でも、戦闘で役に立てないッス」

「確かに正面切って戦うのは難しいな」

「……うぐ」


 フェーネは呻いた。彼女を傷付けたくないが、安易に慰めたくもない。

 もちろん、慰めが必要な時はある。

 しかし、今はその時ではない。


「グールと戦った時のことを覚えてるか?」

「お、覚えてるッス」

「お前はグールの背後に回り込んで攻撃を仕掛けたな? あの時、俺はお前が背後に回り込んでいることに気付けなかった」

「兄貴が?」

「俺だけじゃない。ユウカも気付けなかった」


 二人の人間に気付かれずに背後に回り込むなんて簡単にできることではない。


「それにミスリル合金の鏃だ」

「それがどうかしたんスか?」

「グールの背中から白煙が上がるのを見て、俺は敵の弱点を突けば火力不足を補えると思ったんだ」

「でも、グールを倒したのはおいらじゃないッス」

「そうだな。お前の言う通り、トドメを刺したのはリブだ」


 フェーネは落胆に近い表情を浮かべた。

 自分を卑下するような発言をしているが、本心は違うのだ。


「けど、お前の援護があったから勝てたんだぞ。そうだな、リブ?」

「ああ、そうだよ」


 マコトが声を掛けると、リブは素直に認めた。

 否定されたらどうしようかと内心ドキドキしていたが、空気の読める女で助かった。


「いいか? お前は勝利に貢献できるんだ」

「兄貴。分かったッス。自分にできる方法で兄貴の役に立つッス」


 フェーネは立ち上がり、ぐっと拳を握り締めた。


「今から魔石を拾ってくるッス」

「……頼む」


 あの時、拾っておけばな~、と後悔の念が湧き上がる。


「参考までに聞きたいんだが」

「何スか?」

「一個当たりどれくらいの金額になる?」


 む、とフェーネは小さく呻いた。


「1000Aくらいじゃないッスか」

「……1000A」


 金をドブに捨ててしまった。

 心が折れそうだ。

 ふと疑問が湧き上がる。


「なあ、参考までになんだが……」

「何スか?」

「最下層にいるボス的な存在を倒すとダンジョンは崩壊するよな?」

「そう言われてるッスね」

「回収しなかった魔石や討伐しなかったアンデッドはどうなるんだ?」

「……む」


 フェーネは訝しげに眉根を寄せた。


「他のダンジョンに住み着いたり、強くなって自分のダンジョンを作ったりするんじゃないッスかね? 魔石は……正直、分からないッス」

「そ、そうか」


 マコトはそう返すだけで精一杯だった。

 もし、生き延びたアンデッドが魔石を吸収してパワーアップしていたら――。

 そう考えると、得も言われぬ不安が湧き上がってくる。


「取り敢えず、ここから脱出することを考えよう」

「?」

 フェーネは不思議そうに首を傾げた。



 ふさふさした尻尾が揺れている。

 フェーネが四つん這いになり、地面におかしな所がないか確認しているのだ。

 モフモフしたいが、そんなことをしたらセクハラで訴えられてしまうだろう。


「なあ、本当に下に行く通路があるのか?」

「……それを今確かめてるんスよ」


 リブが痺れを切らしたように尋ねると、フェーネは四つん這いになったまま答えた。


「けどよ~」

「ここはフェーネに任そうぜ」


 分かった、とリブは軽く肩を竦めた。

 フェーネを集中させたくて言葉を遮ったが、リブの気持ちはよく分かる。

 マコトは周囲を見回した。

 壁を見ても、上を見ても道は見当たらない。

 要するにここは巨大な密室なのだ。

 それに気付いた時は途方に暮れたものだが、フェーネは道が隠されているに違いないと主張した。

 フェーネ曰く、ダンジョンは蟻の巣と同じらしい。

 各部屋や階層に繋がる通路を塞ぐことはできてもそれらが独立して存在することはできないそうだ。


「ったく、ダンジョンってヤツは攻略させる気がないのかしら」

「そりゃ、ないだろ」


 最下層で待ち構えるアンデッドにしてみればダンジョンの攻略は自身の死と同義だ。

 あの手この手を使って妨害してくるに決まっている。

 それだけじゃないかも知れないけどな、とマコトは心の中で付け加える。

 ふと視線を感じて隣を見ると、ユウカがこちらを見ていた。


「何だよ?」

「アンタ、何か隠していることがあるんじゃない?」

「隠してるつーか、考えてることはあるな」


 マコトは前を向いた。

 フェーネは四つん這いで地面を進む。

 ふさふさした尻尾を掴みたい衝動に駆られるが、ぐっと堪える。


「言いなさいよ!」


 そう言って、ユウカが手の甲でマコトの腕を叩いた。


「分かったよ。俺は冒険者が通路を塞いだ可能性もあるって考えてる」

「どうしてよ?」

「そりゃ、アンデッドが強いからだよ。地道に階層を下ってきた連中なら対応できるだろうが、転移させられた低レベルの冒険者なら逃げるしかねーだろ」

「つまり、敵が追ってこないように通路を塞いだってことね」


 ユウカは拍子抜けしたと言わんばかりの表情を浮かべた。


「む!」


 フェーネの尻尾が爆発したかのように逆立った。


「何か見つけたのか?」

「地面の質感が違うッス」


 フェーネは短剣を抜くと、地面に突き立てた。

 一回目は突き刺さらなかったが、場所を変えた二回目は突き刺さった。

 短剣を引き抜き、指で刃に触れる。


「土ッスね」

「そう言えば土壁を作る魔法があったわね」


 ユウカが独り言のように呟く。


「ってことはこいつをぶち破れば最下層ってことだな」

「最下層とは決まってねーだろ」


 マコトは苦笑しながらリブに突っ込んだ。


「とにかく、土壁をぶち破ればいいんだろ?」

「これだから脳筋は困るんス」

「何だと!」


 リブが声を荒らげるが、フェーネは無視して地面に耳を付ける。


「待ち伏せはないみたいッスね」


 独り言のように言って、ポーチから水筒を取り出し、地面に水を撒く。

 さらに短剣を地面に突き刺し、土壁の境界を明らかにしていく。

 リブはと言えば満足そうに微笑んでいる。

 脳筋と言われたことよりもフェーネが立ち直ったことに喜びを感じているようだ。


「リブはいいヤツだな」

「そんなんじゃねーよ」


 恥ずかしいのか、リブはそっぽを向いた。

 荒っぽい性格だと思いがちだが、なかなかどうして気遣いができる。


「若いのに大したもんだ」

「マコトの方が若いだろ」

「こんな見てくれだが、それなりに歳はいってるんだよ」

「いくつだよ」

「三十八」


 プッー、とリブは噴き出した。


「……笑うなよ」

「悪ぃ、悪ぃ。マコトが四十路間近ならあたいは棺桶に片足を突っ込んでるよ」

「年下だと思われてるのか」

「どうみても年下だろ」

「まあ、仲間として敬意を払ってくれりゃ別にいいよ」

「もちろん、強ければ敵にだって敬意を払うさ」


 リブは軽く肩を竦めた。


「できたッス!」


 フェーネは勢いよく立ち上がった。

 足下を見ると、地面に二メートル四方の正方形が描かれていた。


「この正方形が土壁だな」


 リブはポールハンマーを振り上げ、一気に振り下ろした。

 振り下ろした箇所を中心に放射状の亀裂が入る。


「もう一丁!」


 リブが再びポールハンマーを振り下ろすと、土壁が砕け、隠されていた通路――坂道が露わになった。


「俺が先行する。ユウカ、フェーネとリブを頼む」

「微力を尽くすわ」


 そこは全力を尽くすだろ、とマコトはユウカを見つめた。

 まあ、ここで押し問答しても仕方がない。

 ユウカだって二人を死なせたいとは考えていないはずだ。

 マコトは気を取り直して足を踏み出した。

 襲撃を警戒しながら坂道を下る。


「兄貴、血の臭いがするッス」

「油断するなよ」


 さらに坂道を下り、下りきった所に男が膝を抱えて座っていた。

 幌馬車で一緒だったハーフエルフの男だ。

 深緑のローブは血で汚れ、男の顔色は蒼白を通り越して土気色になっていた。


「おい、大丈夫か?」

「……」


 マコトが声を掛けても男は反応しなかった。


「おい!」

「ひ、ヒィィィィィィッ!」


 肩を揺すると、男は悲鳴を上げ、無茶苦茶に腕を振り回した。

 パニック状態だな、とマコトは男から離れる。


「兄貴、大丈夫ッスか?」

「ああ、何ともねーよ」


 突然の凶行だったが、男の腕はマコトに触れてさえいない。

 男はしばらく腕を振り回していたが、糸が切れたように動きを止めた。


「何があった?」

「……俺達は赤いスケルトンに転移させられたんだ」


 男は前後に体を揺すった。

 時折、歯を食い縛っているのは恐怖に耐えるためだろう。


「蜘蛛が出てきて、俺達はここに逃げ込んだんだ。そして、下の階層で神殿を見た」

「どうやら、この壁の向こうが最下層で間違いないみたいだな」

「止めろ!」


 土壁に歩み寄る。

 すると、男は立ち上がり、マコトと土壁の間に割り込んだ。


「このダンジョンを攻略しねーと外に出られねーぞ」

「君は、お前はアレを見ていないからそんなことが言えるんだ!」

「アレ?」


 フェーネが可愛らしく首を傾げる。


「……さそりだ。この壁の向こうには蠍がいるんだ」

「そんなこと言われてもな」


 マコトは頭を掻いた。

 結局の所、土壁をぶち破ってボスを倒さなければ外に出られないことに変わりはない。


「せめて、応援を待つんだ! ここにいれば誰かがやってくるかも知れない!」

「それは難しいだろうな」

「どうしてだ!」

「俺達が赤いスケルトンを倒しちまったからな」

「なん、だと?」

「だから、俺達が赤いスケルトンを倒しちまったんだ」

「お、おおお――ッ!」


 男は絶望感に彩られた声を上げ、その場にへたり込んだ。


「この先も俺が先行する。十メートルくらい距離を置いて付いてきてくれ」

「ま、アンタが囮になるのが一番よね」


 ユウカが軽く息を吐く。


「蠍が出た時の対応だが……基本的には俺がメインで戦うから援護を頼む」


 作戦としては大雑把過ぎるが、リブが口惜しそうにしている他は問題ないようだ。


「リブ?」

「分かってるって。口惜しいけど、あたいじゃ殺されるのがオチだ」

「悪ぃな」

「謝ることじゃねーよ。弱ぇあたいが悪いんだ」


 そうか、とマコトは頷き、土壁と向かい合った。

 土壁に蹴りを入れる。

 前蹴りではなく、横蹴りだ。

 ハリウッド俳優ばりの横蹴りを放てればよかったのだが、体が硬いせいで脚が高く上がらなかった。

 それでも、蹴りは見事に土壁を破壊した。

 いくつもの大きなパーツに別れ、地面に落下する。

 土壁の向こうにあったのは砂に覆われた広大な空間だ。

 遥か前方には黒曜石で造られたような神殿が聳え立っていた。

 マコトは土壁の残骸を乗り越え、最下層に踏み出した。

 油断なく視線を巡らせながら神殿に向かう。

 三分の一ほど進み、足を止める。

 土壁の破片が落ちていたのだ。

 何が気になったのか自分でも分からない。

 マコトは土壁の破片を拾い上げ、裏返した。

 そこには無数の筋が走っていた。

 線は傷と枯れ葉色の二種類あった。


「……もしかして」


 思わず呟いたその時、首筋に痛みが走った。


「マコト!」

「分かってる!」


 リブが鋭く叫び、マコトは強く地面を蹴った。

 次の瞬間、巨大な蠍が降ってきた。

 地面が大きく揺れ、砂が舞い上がる。

 マコトは蠍を見上げた。

 人の上半身を持っている上、全身が骨で構築されているので、蠍ではない。

 命名するとすればパピルサグだろうか。

 身の丈は三メートル、頭から尻尾の先端までならその四倍になるだろう。

 腕は全体のバランスを崩すほど大きく、手は鋏になっている。

 尾の先端は円錐状になっていて、紫色の毒液らしきものが滴っている。


点火イグニッション収束コンバージェンス!」


 マコトは漆黒の炎で右腕を覆い、拳を構えた。

 パピルサグがガチガチと歯を打ち合わせながら鋏を振り下ろした。

 地面を蹴って躱し、懐に飛び込んで右拳を繰り出す。

 カンッ! という甲高い音が響き、拳が弾かれる。

 魔法か、スキルで防御したのだろう。

 ダンジョンの最下層を守るだけあると讃えるべきか、ボスだけあって漆黒の炎への対抗手段を持っているようだ。

 物質化すれば、とマコトは一瞬だけ右腕を見る。

 即座に物質化を無意識のダストシュートに投げ捨てる。

 物質化すれば攻撃力が飛躍的に向上するが、激痛で集中力が削がれる。

 敵の能力を把握するまでは控えるべきだろう。

 パピルサグが鋏を振り下ろす。

 横に躱すと、もう一方の鋏が振り下ろされる。

 カンッ! という甲高い音が響く。

 フェーネの援護射撃だ。

 残念ながらダメージは与えられなかったようだ。

 しかし、パピルサグは一瞬だけ動きを止めた。

 攻撃が何処から放たれたのか探っているのかも知れない。

 マコトはその隙を突き、懐に飛び込んで拳を繰り出した。

 甲高い音が響く。

 パピルサグが鋏の腹で拳を受け止めたのだ。


「オラァァァッ!」


 リブがポールハンマーを振り下ろすが、甲高い音と共に弾かれる。

 パピルサグは尾を振ったが、マコトに集中しているからか、リブに当たらなかった。

 とは言え、尾が地面を打つたびに砂が二メートル近く舞い上がっていることを考えれば油断などできようはずがない。

 マコトは再び右拳を突き出した。

 パピルサグは今度も鋏の腹で拳を受け、もう一方の鋏を振り上げた。


「リュノ・ケスタ・アガタ! 無窮ならざるペリオリスよ、縛れ縛れ縄の如く、我が敵を縛める縄となれ! 顕現せよ、捕縛陣バインド


 ユウカの魔法が完成し、光の帯が振り下ろされようとしている鋏に絡み付いた。

 パピルサグは光の帯を振り解こうとした。

 しかし、光の帯はパピルサグを拘束し続けている。

 レベル72は伊達じゃないのだ。


「はっ!」


 マコトは思いっきり拳をパピルサグの鋏に叩き込んだ。

 甲高い音が響き、鋏に亀裂が走った。


「もう一回!」


 拳を振り上げた次の瞬間、マコトは吹き飛ばされていた。

 パピルサグが拘束された状態で回転し、尾で殴りつけてきたのだ。

 マコトは砂を巻き上げながら転がり、勢いを利用して立ち上がった。

 丁度、パピルサグを拘束していた光の帯が弾けて消える。


「兄貴! リブが巻き込まれたッス!」

「何だと!?」


 フェーネの声が何処からともなく聞こえ、マコトはパピルサグの後ろを見た。

 そこではリブが地面に倒れていた。


「こっちはあたしが何とかするわ!」


 ユウカはリブの傍らに跪き、水薬ポーションを掛けた。

 だが、よほど大きなダメージを受けたのか、リブはピクリとも動かない。

 まさか、と最悪の想像が脳裏を掠める。


「……いや」


 マコトは頭を振った。

 ユウカが何とかすると言ったのだ。

 ここは彼女にリブを任せて戦いに集中すべきだ。

 正面に向き直るが、パピルサグは動きを止めていた。

 嫌な予感がする。

 次の瞬間、パピルサグは口から光を放った。


「こいつもかよ!」


 マコトは地面を蹴った。

 光は着弾と同時に大量の砂を巻き上げ、ゆっくりとこちらに近づいてくる。


「掃射まで!」


 横に、横にと走り続け、光が不意に止まる。

 当たり前と言えば当たり前だが、無制限に光を放つことはできないようだ。

 立ち止まり、振り返る。

 すると、視界は舞い上がった砂で閉ざされていた。

 甲高い音が断続的に響く。

 多分、フェーネが援護射撃をしているのだろう。


「ユウカ! そっちは大丈夫か!?」

「こっちは大丈夫よ! リブも意識を取り戻したわ!」


 砂の向こうからユウカの声が響く。


「フェーネ! そっちは大丈夫か!?」

「大丈夫ッス!」


 マコトは胸を撫で下ろした。

 状況は改善されていないが、仲間の無事が分かっただけでもめっけものだ。


「チッ、視界が利かねぇ」


 拳を構えたまま視線を巡らせるが、パピルサグの姿は見えない。

 それでも、相手がこちらの様子を窺っていることは分かる。

 砂埃に影が浮かんだ。

 身構え、目を見開く。

 影の正体は人間――乗合馬車に乗っていた重厚な鎧を着た男だ。

 しかも、飛んできたのだ。

 パピルサグが投げたに違いないが、そのインパクトはあまりにも大きい。

 半身になって躱すと、砂埃のカーテンに影が浮かんだ。

 次に飛んできたのは革鎧を着た男だった。

 どう考えても罠だな、とマコトは飛んできた男を手で払い除ける。

 男は地面に落ち、ピクリとも動かない。


「……何を考えてるんだ」


 歩いている時に死体はなかった。

 ということはパピルサグは死体を埋めて隠していたのだろう。

 砂埃に影が浮かぶ。

 パピルサグだ。

 姿を現すと同時に鋏を振り下ろしてきた。

 マコトは交互に振り下ろされる鋏を躱し、足を踏み出した。

 次の瞬間、視界が翳り、尾が振り下ろされた。

 マコトは何とかその場に踏み止まる。

 濁った風切り音と共に尾が地面に突き刺さり、刺激臭が漂い始める。


「毒か!」


 マコトが刺激臭の正体に気付いて跳び退ると、パピルサグは砂の向こうに消えた。

 慌てて後を追うが、そこにパピルサグの姿はない。


「……ステータスが高けりゃ何とかなるってもんでもねーな」


 肉体能力で劣っていれば戦術で補う。

 真っ当な考え方だ。

 それでも、卑怯に感じてしまうのはアンデッド相手だからだろう。


「さて、どうする?」


 マコトは舌で唇を湿らせる。


「ユウカ!」

「何よ!」

「ありがとよ!」


 マコトは声がした反対側に走った。

 視界が利かない状況は不利だ。

 ユウカ達からパピルサグを引き離しつつ、視界を確保するべきだろう。

 視界が開ける。

 砂埃から脱出できたのだ。

 だが、次の瞬間、やや前方に光が突き刺さった。

 砂が舞い上がり、視界が閉ざされる。


「さて、どうするか?」

「な、なんスか? は、放す――ギャァァァァァッ!」


 叫び声が響き、フェーネが飛んできた。

 マコトは空中で抱き留める。


「大丈夫か?」

「し、死ぬかと思ったッス!」


 よほど怖かったのだろう。

 フェーネはマコトの胸の中でガクガクと震えている。


「よく無事だったな」

「は、挟まれて、な、投げられただけッスから」

「なんで、殺さなかったんだ?」

「言っていいことと悪いことがあるッスよ!」


 自問したつもりだったのだが、フェーネは涙目で叫んだ。

 首筋がチクッと痛み――。


「兄貴、後ろッス!」


 フェーネが叫び、マコトは身を翻した。

 鋏が脇腹を掠めて通り過ぎる。

 じんじんと痛むがそれだけなので大したケガではないだろう。


「クソッ、コートが駄目になった!」

「また来るッスよ!」


 パピルサグが姿を現し、鋏を振り回す。

 反撃されないと確信しているかのような大振りの攻撃だ。

 マコトは足捌きのみで攻撃を躱す。


「ああ、なるほどな」

「ど、どういうことッスか?」

「つまり、枷としてフェーネを使ったってことだ」

「兄貴、何でもするから見捨てないで欲しいッス! おいらは弟を養わなきゃならないんス!」


 フェーネは涙目で懇願した。

 ギュッとコートを握り締めているのは見捨てられるかもと思う程度に不信感があるからだろう。


「フェーネ、神殿の方角は分かるか?」

「多分、あっちッス!」

「よし、舌を噛むなよ」


 マコトはパピルサグの攻撃を大きく跳び退って躱し、フェーネが指差した方に向かって走り出した。

 砂埃を突破。

 フェーネの方向感覚は確かで遥か前方に神殿が見えた。


「兄貴ッ!」


 フェーネが叫び、マコトはわずかに横に逸れる。

 次の瞬間、光が地面に突き刺さり、砂が舞い上がる。


「追ってきてるッス!」

「それが狙いだ!」


 マコトは必死に足を動かすが、フェーネを抱えているせいでスピードが出ない。

 光が次々と地面に突き刺さり、砂が舞い上がる。


「敵は付いてきてるか!?」

「つ、付いてきてるッス!」


 ガチ、ガチという音が背後――真後ろから聞こえる。

 神殿が間近に迫り、マコトは地面を強く、強く蹴った。

 反動で砂埃が舞い上がり、視界を閉ざす。

 だが、それも一瞬のことだ。

 マコトは砂埃を突破し、神殿の屋根に迫る。


「フェーネ!」

「何スか!?」

「根性だぞ!」

「嫌な予感がするッス! 嫌な予感がするッス!」

「オラァァァッ!」

「やっぱり、おいらの予感は正しかったッス~~~~~~~ッ!」


 マコトは渾身の力でフェーネを投げる。

 すると、フェーネはドップラー効果を残しながら神殿の屋根に向かって飛んでいった。

 フェーネを投げたせいで軌道が変わり、神殿の屋根に飛び移るには高さが足りない。


「よい、しょっと!」


 マコトは神殿の天井付近にあるレリーフを掴み、反転する。

 パピルサグが砂埃の中から姿を現し、視線が交錯した。

 レリーフを蹴り、パピルサグに向かって跳んだ。

 パピルサグは顔を上げ、鋏を突き出そうとする。


「ユウカ!」

「リュノ・ケスタ・アガタ! 無窮ならざるペリオリスよ、縛れ縛れ縄の如く、我が敵を縛める縄となれ! 顕現せよ、捕縛陣!」


 光の帯がパピルサグの全身に絡み付き、動きを完全に封じる。


物質化マテリアライズ!」


 右腕から噴き出した炎が物質化、籠手を禍々しい形状に変える。

 思考を千々に乱すほど強烈な痛みが襲い掛かってくる。

 パピルサグが口を開く。

 あの光を放つつもりなのだ。

 口の中で光の玉が生まれる。

 一体、どれほどの威力を秘めているのか。

 光の玉が輝きを増す。

 その時だ。


「オラァァァッ!


 リブが背後からポールハンマーで殴りつけた。

 レベル差のせいか、その一撃は決定打にはならない。

 だが、その攻撃は無駄ではない。

 少なくとも頭の角度を変えることには成功した。

 パピルサグの口から光が放たれ、砂がドロリと溶ける。

 パピルサグが再びこちらを見る。

 しかし――。


「俺達の勝ちだ!」


 マコトは右手でパピルサグの頭を掴み、そのまま力を込めた。

 あるかないかの抵抗の後、パピルサグの頭はその中にあった魔石ごと砕けた。


「解除!」


 地面に着地すると同時に叫ぶ。

 右腕を覆っていた装甲が砕け、空気に溶けるように消える。

 マコトは大きく息を吐き、パピルサグを見る。

 頭部を失ったパピルサグはバラバラになって頽れた。


「マコト!」


 リブが興奮した面持ちで駆け寄ってきた。


「リブ、助かったよ」

「礼を言われるほどのことじゃねーよ。立てるか?」


 マコトはリブの手を借り、立ち上がった。

 ピシッという音が響き、空間に亀裂が走った。


「どうなってるんだ?」

「ダンジョンが崩壊するんだ」


 不安そうに周囲を見回すリブに説明する。

 その間にもダンジョンの崩壊は進む。

 亀裂が広がり、空間が剥がれ落ちる。


「……トラブルはあったが」


 マコトは魔石を拾い、ポーチに入れた。

 金になると分かれば捨て置く訳にはいかない。


「ダンジョン攻略完了だな」


 しばらくして視界は闇に閉ざされた。



 ハッと顔を上げると、そこは森の中だった。

 どれくらい時間が経ったのか、月が中天に差し掛かっている。

 骸王のダンジョンを攻略した時は気絶してしまったが、今回は意識が瞬間的に途切れただけのようだ。


「おい、リブ」

「う、うぉッ!」


 隣にいたリブに声を掛ける。

 すると、彼女はバランスを崩して尻餅をついた。


「ここは外か?」

「そうみたいだな」


 視線を巡らすと、ユウカとフェーネの姿が見えた。

 ハーフエルフもだ。


「ユウカ、フェーネ、こっちに来い」

「暗くて何も見えないんだけど」

「兄貴! 投げるなんてあんまりッスよ!」


 ユウカは不安げに周囲を見回しているが、フェーネは泣きべそを掻きながら抱きついてきた。


「リュノ・ケスタ・アガタ! 無窮ならざるペリオリスよ、照らせ照らせ光明の如く、我を照らす光となれ! 顕現せよ、光明ライティング!」


 ユウカは苛立ったように呪文を詠唱する。

 呪文が完成すると、魔法陣が展開され、握り拳大の光球が真上に浮かび上がった。


「おい、大丈夫か?」

「こ、ここは?」


 声を掛けると、男はガバッと立ち上がった。


「見ての通り、外だ」

「そうか、ダンジョンを攻略したのか」


 男は低く押し殺したような声で言った。

 そこに込められた感情の正体は分からないが、少なくともポジティブなものではない。


「……そうか、ダンジョンを攻略したのか。俺達は十年掛けてもダンジョン一つ攻略できなかったのに。クソッ、夢なんて見るんじゃなかった」


 男は吐き捨てるように言って、ふらふらと歩き始めた。


「危ないぞ」

「放っておいてくれ」


 男は乗合馬車の停留所に向かう。


「大丈夫ッスかね?」

「ま、大丈夫だろ」

「兄貴、口調が白々しいッスよ」

「そうか?」

「そうッスよ」


 それにしても、とフェーネは続ける。


「これからどうするんスかね?」

「俺達には関係のない話だ」


 たとえば男が助かるために仲間を見捨てて土壁で通路を塞いでいたとしても――マコト達には関係のない話である。

 マコトは天を仰ぎ、溜息を吐いた。

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