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アラフォーおっさんはスローライフの夢を見るか?  作者: サイトウアユム


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Quest13:ダンジョンを攻略せよ【前編】


※


 幌馬車は街道を南に進む。

 モンスターに出くわすこともなく順調な旅路だ。

 マコトは視線を巡らせた。

 幌は薄汚れ、木材は古びている。

 乗客はマコト達を含めて八人、向かい合うように設置された長イスに座っている。

 対面に座っていた若い男と目が合ってしまい、慌てて顔を背ける。

 因縁を付けられたくなかったのだ。


「あの、貴方達もダンジョンに?」

「……ええ」


 男が遠慮がちに声を掛けてきたので、正面に向き直って答える。

 男は深緑のローブを身に纏い、先端の拗くれた杖を持っている。

 どうやら、ユウカと同じ魔法使いのようだ。


「今までどれくらいダンジョンに?」

「チームを組む前は一度、チームを組んでからは初めてです」

「ああ、よかった。実は私達もなんです」


 男は胸を撫で下ろした。


「チームを組んでから色々な依頼を受けてランクを上げたんですが……」

「分かります。いえ、分かると言うのは烏滸がましいですね。私達は苦労している真っ最中ですから」


 どうして、こんなトークをしなければならねーんだ? とマコトは自問しながら失礼にならないように対応する。

 冒険者はもう少しアウトロー的な存在だと思っていたのだが、そうでもないらしい。


「失礼ですが、貴方にもエルフの血が?」

「いいえ、私はただの人間です」

「そうなのですか?」


 男は意外そうに目を見開く。


「どうかしましたか?」

「いいえ、若いのにしっかりした受け答えだったものですからてっきりと私と同じハーフエルフかと」


 そう言って、男は尖った耳を露わにした。


「失礼ですが、年齢は?」

「今年で四十歳になります」


 男は照れ臭そうに笑った。

 マコトは改めて彼のチームを見る。

 座っているのは男ばかりだ。

 重厚な鎧を身に着けた戦士、革鎧に身を包んだ剣士、小柄な盗賊風の男――年齢は三十歳前後だろう。


「私は冒険者になるのが少し遅かったんですよ。まあ、そのお陰でリーダーをやらせて頂いている訳ですが……」


 男の仲間が一斉に笑う。

 馬鹿にしたような笑いではない。

 彼らの絆を感じさせるような笑いだった。


「どうしても、子どもの頃の夢を忘れられなかったんです」

「いえ、立派だと思います」


 心からそう思う。

 マコトは気力を失い、惰性で日々を過ごしていた。

 それに比べれば子どもの頃の夢を忘れなかった彼は尊敬に値する。

 自分はどんな夢を抱いていただろうか。

 少なくともスローライフを送りたいなんて夢ではなかったはずだ。

 そんなことを考えていると、幌馬車のスピードが緩やかなものに変わった。

 幌馬車が止まり、男達が立ち上がる。


「では、お互いの武運を祈って」


 男が拳を突き出してきたが、マコトは意味を理解できなかった。


「ああ、これは拳を打ち合わせるんです。握手みたいなものですね」

「……失礼しました」


 マコトは男と拳をぶつけ合った。

 かなり手加減したつもりなのだが、痛かったのか、男は顔を顰めた。

 しかし、それも一瞬のことだ。

 すぐに朗らかな笑みを浮かべた。


「……では」

「ええ、また会いましょう」


 男達が出て行き、マコトは立ち上がった。


「行くぞ」


 宣言して視線を向けると、彼女達は呆気に取られたような表情を浮かべていた。


「何だよ、その顔は」

「アンタって、まともにしゃべれたのね」

「兄貴、大人って感じで超格好よかったッス!」

「マコトって、結構インテリなんだな」

「……お前ら」


 マコトは深々と溜息を吐いた。

 三人がどんな風に自分を見ていたのか分かる台詞だが、文句を言っても仕方がない。

 モチベーションが低下するのを感じながら幌馬車から降りる。

 事前に聞いていたが、そこは森の中だった。


「停留所があるのがムカつくな」


 マコトは木製の標識を見ながら呟いた。

 標識だけではなく、粗末な待合所まである。


「兄貴、こっちッス」


 フェーネが指差した方を見ると、森が途切れていた。


「案内を頼む」

「合点ッス!」


 フェーネは薄い胸を叩くと森に分け入った。

 マコトは続けて森に分け入る。

 街の近くと違い、薄暗く、空気が冷たい。


「富士の樹海みたいだな」

「行ったことがあるの?」


 マコトが呟くと、ユウカが声を掛けてきた。

 肩越しに背後を見る。

 ユウカの後ろにはポールハンマーを担いだリブがいる。

 背後からの襲撃を警戒してくれているのだ。

 気遣いのできるヤツなんだな、と素直に感心する。

 いつまでも後ろを見ている訳にはいかないので、正面を見る。


「ねーよ」

「ないんだ」

「自殺志願って訳じゃねーしな」

「それは偏見じゃない?」

「死体を探したい訳でもねーし」

「今、アンタは山梨県民に喧嘩を売ったわ」

「山梨県出身なのか?」

「東京生まれよ。アンタは?」

「……埼玉県」

「……ふ」


 再び肩越しに背後を見ると、ユウカが笑みを浮かべていた。


「どうして、笑う?」

「笑ってないわよ」

「いや、笑っただろ」

「笑ってないわよ。しつこいわね」

「しつこくねーよ」


 チッ、と舌打ちしながら前を向く。


「で、埼玉の何処出身なの? 大宮? 浦和?」

「今は合併されてさいたま市になってるよ」

「チッ、引っ掛からなかったか」


 ユウカは舌打ちをした。


「で、何処なの?」

「どうして、言わなきゃならねーんだよ」

「別に、暇だったから」

「……熊谷」

「…………」


 マコトがうんざりした気分で答えると、ユウカは黙り込んだ。


「何か言えよ」

「熊谷、熊谷……ああ、あの暑い所ね。ま、今は唯一の売りもお隣の群馬に取られちゃったけど」

「お前は熊谷市民に恨みでもあるのか」

「ここッス」


 フェーネが立ち止まった先には穴があった。

 ただの穴ではない。

 空間にあいた穴だ。

 その向こうに岩肌が見える。


「よし、行くぞ」

「ちょっと待って」


 ダンジョンに入ろうとすると、ユウカが声を上げた。


「何だよ?」

「魔法を使うから待って」


 ユウカは穴――ダンジョンの入口から離れた場所に移動し、杖を構えた。


「リュノ・ケスタ・アガタ! 無窮ならざるペリオリスよ、導け導け灯火の如く、我を導く灯火となれ! 顕現せよ! 灯火(ライト)!」


 ユウカが杖を地面に突くと、魔法陣が展開し、光を放った。

 網膜が焼け付くのではないかと思うほど強烈な光だった。


「目がスゲー痛ぇ」

「わ、悪かったわよ。けど、この魔法は必要なの」


 流石に悪いと思ったのか、ユウカは視線を逸らしながら言った。


「今の魔法が何の役に立つんだよ?」

「転移魔法の目印よ」


 ふふん、とユウカは得意げに鼻を鳴らした。


「転移魔法ッスか!?」

「マジで! 転移魔法を使えるヤツなんていたのかよ!」

「大したことないわよ」


 フェーネとリブの反応に気をよくしたのか、ユウカは得意げに小鼻をひくつかせた。

 承認欲求が満たされて嬉しいのだろう。


「お前も真面目に頑張ってたんだな」

「あたしはいつも真面目に頑張ってるわよ」


 マコトがしみじみと呟くと、ユウカはムッとしたように言った。


「あたしが転移魔法を使えるようになったお陰で――」

「交通費の節約と移動時間の短縮になるな」

「くっ、そうだけど……そうなんだけど!」


 ユウカは口籠もり、口惜しそうに地団駄を踏んだ。


「兄貴、転移魔法は本当に凄い魔法なんスよ?」

「どれくらい凄いんだよ?」

「…………どれくらい凄いんスかね?」


 マコトが問い返すと、フェーネはしばらく黙り込み、可愛らしく首を傾げた。


「ちゃんとフォローしなさいよ!」

「身近に使える人がいないから評価が難しいんスよ!」


 ユウカが声を荒らげると、フェーネは大声で言い返した。


「ん~、傭兵団でも滅多に見ねぇレベルだな。挟撃や奇襲はマジで最悪だからホイホイ使われても困るんだけどよ」

「ほらほら、分かってる人は分かってるじゃない」


 ユウカは鼻息も荒くマコトの腕をバシバシ叩いた。


「転移のマジックアイテムは売ってねーのか?」

「兄貴ぃ、転移のマジックアイテムは馬鹿高ッスよ」


 フェーネは泣きそうな声で言った。


「いくら何だ?」

「む~、転移系のマジックアイテムには空間魔石が必要ッスからね」

「空間魔石?」

「魔石の一種ッスよ。転移系の魔法を使うモンスターか、たま~にダンジョンで見つかるッス。ぶっちゃけ見つければ一財産ッス」


 フェーネは『たま~に』の部分に力を込めて言った。


「どれくらいの値段が付くんだ?」

「それは、えっと……」

「握り拳大の空間魔石なら100万Aでも欲しがるヤツはいるぜ」


 リブが口籠もるフェーネをフォローする。


「一財産って割に安いな」

「100万Aは一財産だっての」

「……それもそうか」


 加工の手間を考えたらそんなものかも知れない。


「ま、マコトの夢は300万Aだからな。端金に見えても仕方がねーか」

「目標は1200万Aだっての」

「お? あたいの分も追加か?」

「当たり前だろ」


 リブはニヤニヤと笑った。


「1200万Aを稼ぎ出すチームか。デケー夢だ。まあ、目的がスローライフって所がちぃとばかり頂けねーが」

「ほっとけ」


 リブは笑いながらマコトの背中を叩いた。


「さて、行くか」


 マコトは深々と溜息を吐き、ダンジョンに飛び込んだ。

 次の瞬間、悪寒が背筋を這い上がった。


「マコト、どうしたんだ?」

「久しぶりにダンジョンに入ったらな」

「はは、武者震いってヤツだな」


 リブは歯を剥き出して笑った。


「立ち止まらないでよ」

「悪ぃ」


 ユウカ、フェーネがダンジョンに入ってきた。


「じゃ、おいらが先行するッスね」

「いや、先頭は俺だ。最後尾は……リブ、頼めるか?」

「あたぼうよ」

「不意打ちを警戒してるんなら、あたしが最後尾についた方がいいんじゃない?」

「事前に察知はできねーだろ?」

「そうね。あたしはスキルを取得してないし」

「……お前な」


 マコトは小さく呻いた。

 まさか、スキルを取得していないとは思わなかった。

 だが、文句を言っても仕方がない。

 それに何だかんだと言って新しい魔法を覚えたのだ。

 ユウカはユウカなりに真面目に考えているはずだ。


「……行くか」

 マコトは一歩を踏み出した。


※


 マコト達は隊列を組み、ダンジョンを進む。

 岩肌が剥き出しになっていて、照明が必要ないほど明るい。

 構造も不死王のダンジョンと変わらない。

 少なくともマコトには二つのダンジョンの見分けが付かない。

 フェーネとはぐれたら最後だ、とそんなことを考えながら通路を進む。


「なかなか他のチームに会わねーな」

「……こんなもんスよ」


 フェーネは少し間を置いて答えた。

 多分、地図に意識を集中しているのだろう。

 確認してもよかったが、ここはダンジョンだ。

 いつ敵が現れるか分からないし、自分の力が通用するとも限らない。


「畜生、なかなかアンデッドが出てこねーな」

「……これだからバイソンホーン族は嫌なんス」


 リブがぼやくと、フェーネは吐き捨てるように言った。


「臆病なフォックステイル族らしい台詞をありがとうよ」

「脳筋より臆病な方がいいッス」

「喧嘩は止めろ」

「分かったッス」

「あたしから喧嘩を売った訳じゃねーけど、分かった」


 マコトが割って入ると、二人は渋々という感じで矛を収めた。


「リーダー役が板に付いてきたわね」

「どうかな」


 軽く肩を竦める。


「誉められたんだから素直に喜びなさいよ」

「欠片も誉められた気がしねーな」


 むしろ、馬鹿にされているような気がする。

 まあ、女子高生に馬鹿にされるのが自分の程度なのだろう。

 年齢を重ねただけじゃ大人になれないし、尊敬を得られない。

 ただ、義務ばかりが大きくなっていく。

 あとは劣等感か、とマコトは小さく溜息を吐いた。

 その時、首筋がチクッと痛んだ。


「……兄貴」

「分かってる」


 ガシャガシャという音と共に現れたのは一体のスケルトンだ。

 一応、剣と鎧で武装しているのでスケルトン・ソルジャーと呼ぶべきか。


「俺が飛び込む。リブはユウカとフェーネのガード。ユウカとフェーネは援護を頼む」


 マコトは指示をして飛び出した。

 スケルトン・ソルジャーがわずかに体を動かす。

 剣を構えようとしたのかも知れない。

 しかし、残念ながらそれ以上の行動は取れなかった。

 マコトの拳がスケルトン・ソルジャーの頭蓋骨を粉砕したからだ。

 スケルトン・ソルジャーがバラバラになり、沈黙が舞い降りる。


「……指示する必要はなかったわね」

「そうだな」


 マコトは若干の気まずさを感じながらユウカに応じる。

「役割分担を変えましょ」

「うん、まあ、そうだな」


 今のままでもモンスターは倒せるが、今後のことを考えるとフェーネとリブの強化は欠かせない。


「リブ、お前が先頭に立ってくれ」

「おう。けど、大丈夫か?」

「気配探知のスキルがあるから何とかなるだろ」

「へっ、頼もしーぜ」


 リブは歯を剥き出して笑う。

 正直、スキルがどれくらい自分に影響を及ぼしているのか分からないのだが、それを言っても仕方がない。


「よし、行くぜ!」

 隊列を入れ替えてダンジョンの探索を開始する。

 順番はリブ、フェーネ、ユウカ、マコトの順だ。

 リブはポールハンマーを担いで進む。

 一度も振り向いていないが、フェーネと一定の距離を保っている。


「もう少し歩くと分かれ道ッス」

「どっちに進む?」

「真っ直ぐッスね。横道に入ると下に行く縦穴があるッスから」

「分かった。リブ、いいな?」

「分かってんよ」


 笑っているのか、リブは肩を揺らした。

 さらに通路を進むと、横道が見えてきた。

 首筋がチクッと痛んだ。

 耳を澄ますと、ガシャガシャという音が聞こえた。

 恐らく、敵はスケルトン、数は少なく見積もって二体以上だ。


「……リブ」

「ああ、分かってるぜ。あたいに任せておけ」


 声を掛けると、リブはポールハンマーを構えた。


「ちょっと待って欲しいッス。複数の敵に一人で挑むのはマズいッス」


 フェーネは地図をポーチにしまい、リブの隣に立った。

 片膝を突き、スリングショットを構える。


「いい武器を持ってるじゃねーか」


 リブは小馬鹿にしているかのように笑う。


「けど、扱えるのか?」

「見くびらないで欲しいッス」


 ガチャガチャという音はどんどん大きくなり、ピタリと止まった。

 呼吸音だけがダンジョンの中に響き、三体のスケルトンが飛び出してきた。

 フェーネがスリングショットで金属の球体を放つ。

 金属の球体は先頭に立つスケルトンの眉間に命中、頭蓋骨を砕く。

 頭蓋骨を砕かれたスケルトンがバラバラになり、その後ろにいたスケルトンが足を取られて転倒する。


「オラァァァッ!」


 リブが立ち上がろうとしたスケルトンにポールハンマーを振り下ろす。

 頭蓋骨が砕け、破片が周囲に飛び散る。

 三体目はどうするつもりだ? とマコトはリブとフェーネを見つめる。

 三体目のスケルトンはリブの間近に迫っている。

 真っ先に動いたのはフェーネだった。

 ゴムを引き絞り、金属の球体を放つ。

 狙いが甘かったのか、金属の球体は頭蓋骨の上部に当たる。

 相手はアンデッドだ。

 痛みもなければ、反射もないはずだ。

 だが、スケルトンは一瞬だけ動きを止めた。

 どちらが脅威なのか判断しようとしたのかも知れない。


「オラァァァッ!」


 リブが肩から体当たりし、スケルトンを壁に叩き付ける。

 数本の木を折ったような音が響く。

 スケルトンの体が圧力に屈して砕けたのだ。

 しばらく動いていたが、バラバラになって地面に落ちた。

 リブは壁から離れ、息を吐いた。


「ふぅ、助かったぜ」

「チームなんだから当たり前ッス」

「そうだな。当たり前だな」


 リブは愛嬌のある笑みを浮かべ、ポールハンマーを背負った。


※


 分かれ道を真っ直ぐ進み、しばらくすると――。


 ――ッ!


 声が頭の中に響き、首筋がチクッと痛んだ。


「……気を付けろよ」

「おう、ヤバい気配がバシバシするぜ」

「血の臭いがするッスね」

「アンタ達、よく分かるわね」


 ユウカは呆れたような口調で言った。


「隊列はどうするの?」

「俺が――」

「ちょっと待ってくれよ」


 リブがマコトの言葉を遮った。


「何だよ?」

「ここはあたいに任せてくれ」

「危ねーぞ」


 知り合ったばかりとは言え、仲間を死なせたくない。

 心からの忠告だったが、リブは獰猛な笑みを浮かべた。


「おいおい、リスクを避けて強くなれるかよ」

「リスクを避けてもレベルは上がるだろ」

「兄貴、止めた方がいいッスよ。バイソンホーン族はこういう生き物なんス」


 フェーネはそんなことを言いながらスリングショットを構える。


「お前も影響されたのか?」

「違うッスよ」

「だったら、どうして?」

「それは……スよ」


 フェーネは恥ずかしそうに頬を赤らめながら言った。

 残念ながら全てを聞き取ることはできなかったが、彼女にも戦う理由があるようだ。


「チームのリーダーとして――」

「まあまあ、いいじゃない」


 認める訳にはいかないと言おうとした所でユウカに遮られた。


「骨は拾ってあげるから死ぬ気でいきなさい!」

「死ぬつもりはねーよ!」

「死なないッスよ!」


 リブとフェーネは駆け出した。

 マコトとユウカも後に続く。

 視界が開ける。

 そこはかなり広めの空間だった。

 マコトは濃密な血の臭いに顔を顰めた。

 発生源は空間の中央だ。

 そこでは何かが人間を貪っていた。


「グールだ!」


 リブが叫ぶと、何か――グールは食事を中断し、ゆらりと立ち上がった。

 そして、こちらに向き直る。


「ゴォォォォォォッ!」


 グールが雄叫びを上げると、空気がビリビリと震えた。

 気の弱い者ならばそれだけで気圧されてしまうだろう。


「ここで会ったが百年目、ぶち殺してやる!」

「オォォォォォッ!」


 リブが駆け出すと、グールも呼応するかのように駆け出した。

 瞬く間に両者の距離が詰まる。


「オラッ!」


 リブがポールハンマーを振り下ろす。

 ポールハンマーがグールの肩を殴打し、顔を顰めたくなるような打撃音が響く。

 しかし、グールは構わずに飛び掛かり、鋭い鉤爪の生えた腕を突き出した。

 掴まれれば逃れるのは困難だ。

 リブはバックステップで爪を躱し、ポールハンマーを横に薙ぐ。

 武器の先端部分――それも尖っている方がグールの脇腹に突き刺さった。


「ぐ、ルォォォォォッ!」


 苦痛によるものか、それとも闘志を奮い立たせているのか、グールは叫び、無茶苦茶に腕を振り回した。

 グールが腕を振るたびに濁った風切り音が響き、浅い傷がリブの肌に刻まれる。

 防戦に追い込まれているようにも見えるが、彼女の表情には余裕がある。


「ぐ、ゴォォォォォォッ!」


 グールが仰け反り、叫び声を上げた。

 フェーネがスリングショットで背中に鏃を撃ち込んだのだ。

 スゲーな、とマコトは呟いた。

 打ち損じてもリブに当たらないように射線が重ならないようにしていたこともそうだが、称賛すべきは気配を消す技術だ。

 観戦していたマコトにさえ気付かれない内にグールの背後に回り込んでいたのだ。


「ぐ、オオッ!」


 グールの背中から白煙が上がった。


「進化するつもりか?」

「そんな風には見えないわよ」


 自問したつもりだったのだが、ユウカが答える。

 見れば何かがグールの背中から地面に滴っている。

 ユウカが手で口元を覆う。


「……臭っ」

「肉が腐ってるのか?」

「多分ね」

「そう言えば鏃はミスリル合金製だったな」


 独りごちる。

 ミスリルが破邪の力を持つという設定の小説を読んだことがある。

 ミスリルに破邪の力があるのならばグールの肉が腐ったことにも頷ける。


「……弱点を突く方向で育てるのもありだな」

「何のことよ?」

「フェーネのことだよ」


 マコトは訝しげに眉根を寄せるユウカに答える。

 フェーネは体が小さく、前衛としては不適格だ。

 後衛としても頼りないが、弱点を突けるように装備を整えてやれば火力不足を補えるのではないだろうか。


「は~、色々と考えてるのね」

「一応、リーダーだからな」


 これからのことを考えれば人材を育成しなければならない。


「ゴォォォォォッ!」


 2本目の鏃が突き刺さり、グールは再び叫び声を上げた。

 白煙がもうもうと背中から立ち上り、滴り落ちる肉の量が目に見えて増える。

 グールはフェーネに向かおうとするが、リブによって阻まれる。


「つれねーな。最後まで付き合ってくれよ」

「グゴォォォォ!」


 グール雄叫びを上げて掴み掛かる。

 リブはポールハンマーを突き出して鉤爪を防ぐ。

 一体、どれほどの力で対抗しているのか体が膨れ上がったように見える。


「ゴォォォォッ!」


 ガチッという音が断続的に響く。

 グールがリブに噛み付こうとしているのだ。

 噛み付かれればそれだけで致命傷だ。

 しかし、攻撃を予測していたのか、リブはグールをいなし、足払いを仕掛けた。

 大きく体勢を崩していたグールは無様に転倒した。


「オリャァァァァッ!」


 リブはこの隙を逃すまいとポールハンマーを振り下ろした。

 尖っている部分がグールの後頭部を貫き、地面を叩く。

 グールは小刻みに痙攣を繰り返していたが、やがて動かなくなった。


「……お?」


 リブが軽く目を見開く。

 理由はすぐに分かった。

 傷がみるみる癒えていく。

 レベルが上がったのだ。


「レベルが上がったぜ!」

「……レベル15ね」


 リブが拳を突き上げると、ユウカは目を細めながら言った。

 そのままグールから鏃を引き抜くフェーネに視線を向ける。


「……レベル6」

「なかなかレベルって上がらないもんなんだな」

「おいらは正面切って戦えるタイプじゃないッスから」


 フェーネは水筒の水で鏃に付いた汚れを洗い落としながら言った。

 何とも寂しそうな姿だった。


「フェーネ、安心しろ。俺がお前を立派に育ててやる」

「……兄貴」


 フェーネが潤んだ瞳でマコトを見上げる。


「そう言えば死体は?」

「……あ」


 ユウカに指摘されて死体を見る。

 すると、死体が起き上がろうとしていた。

 ゾンビになってしまったのだ。

 マコトは小さく溜息を吐いた。

 ゾンビは乗合馬車に乗っていた盗賊風の男だった。


「どうするの?」

「……倒すしかねーだろ。点火(イグニッション)、炎弾(ファイア・ブリット)」


 炎弾を無造作に放ると、ゾンビは数秒で塵と化した。


「むぅ、おかしいッスね」

「ああ、そうだな」


 リブがフェーネに同意する。


「何がおかしいんだ?」

「あれだけ装備が整ってたのにグールにやられたことがッスよ。それに足跡も一人分しかないッス」


 つまり、盗賊風の男は何らかの理由で仲間とはぐれたのだ。

 その時、チクッと首筋が痛んだ。

 慌てて周囲を見回す。

 フェーネの背後の空間が陽炎のように揺らぐ。


「フェーネ! 後ろだ!」

「へ?」


 マコトが地面を蹴ると同時にスケルトンが姿を現す。

 赤いスケルトンだ。

 肋骨の内側には握り拳大の球体がある。

 球体の内側では赤い筋のようなものが鼓動するように動いている。


「クソッ!」


 フェーネに覆い被さった次の瞬間、衝撃が背中を襲った。

 裏拳を放つが、赤いスケルトンの姿はない。


「ユウカ!」

「消えたわ! 多分、転移よ!」

「うおっ!」


 リブが仰け反り、その場に跪いた。

 背後に立っていたのは赤いスケルトンだ。

 手には長剣が握られている。

 マコトが飛び出そうとすると、赤いスケルトンは空気に溶けるように消えた。


「……赤いスケルトンのせいか」

「空間転移できるようなアンデッドがこんな所に出るなんて聞いたことがないッス!」

「クソッ、ぶち殺してやる」


 フェーネが悲鳴じみた声を上げ、リブが立ち上がる。


「リブ、伏せてろ!」

「……くっ」


 マコトが叫ぶと、リブは渋々という感じで従った。


「敵が現れたら何処にいるか指示してくれ」


 マコトはフェーネから離れ、棒立ちになる。


「兄貴、危ないッス!」

「俺が一番安全なんだよ」


 レベル100、ステータスは255、おまけに物理耐性のスキルまである。

 どう考えても自分が適役だ。

 問題はステータスとスキルがどのくらい役に立つのか分からないことだ。

 意識を集中しろ、と自分に言い聞かせる。

 首筋がチクッと痛み、フェーネが叫んだ。


「後ろッス!」

「ありがとよ!」


 攻撃を避けることなど考えずに振り返り、拳を繰り出す。

 肩に鈍い衝撃が走る。

 赤いスケルトンが振り下ろした剣を受け止めたせいだ。

 赤いスケルトンの姿が薄くなる。


「ああっ!」


 フェーネが悲鳴を上げる。

 相打ち覚悟で挑み、敗北した。

 そう見えたのだろう。

 だが――。


「……俺の勝ちだ」


 マコトは笑みを浮かべ、腕を引いた。

 手の中には握り拳大の球体がある。

 半透明になっていた赤いスケルトンは元の姿を取り戻し、バラバラになった。


「兄貴ィィィッ!」

「マコトォォォォツ!」


 フェーネとリブは立ち上がり、抱きついてきた。

 マコトの勝利を喜んでくれているはずだが、押し合いへし合いをしているように見えるのは気のせいだろうか。


「空間魔石! 100万A!」


 よっしゃーーーっ! とユウカだけが別の喜び方をしていた。


「そうか。そう言えば高いんだったな」

「そうッス! 一攫千金ッス!」

「マコトの目標金額にゃ届かねーけどな」


 仮にこれが100万Aで売れても目標金額まで1100万Aも残っている。

 マコトは空間魔石を見下ろし、目を細めた。


「どうしたんスか?」

「光ってねーか?」


 その間にも光は強くなっている。


「捨てるぞ!」

「駄目ぇぇぇぇぇッ!」


 ユウカが絶叫し、マコトの腕にしがみついた。


「放せ!」

「駄目だから! 絶対に捨てちゃ駄目!」

「何処に転移するのか分からねーんだぞ!」

「あたしがいれば何処に転移しても出られるでしょ!」

「別々に飛ばされるかも知れねーだろ!」

「それでも、駄目!」


 マコトは振り解こうとしたが、ユウカは信じられない力を発揮してしがみついてきた。

 そして、空間魔石が眩い光を放った。

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