冒険開始
10 冒険開始
「おはようレイちゃん・・・。」
源五郎が笑顔で挨拶する。
「ダーリンっ・・・おはようっ」
すぐにレイは源五郎に向かってダッシュしていき、その勢いのまま抱き着いた。
「へえ、なんだか背が縮んだ・・・?いつもより抱き着きやすくなったね・・・。」
いつもなら飛び上がって抱き着いてもせいぜい源五郎の腰か尻にようやく腕が巻き付くのだが、今は胸のあたりに腕が絡みついている。
ううむ・・・娘が男と抱き着いている姿は・・・、あまり見たくはない・・・。
「それはねえ・・・レイちゃんが大きくなったからだよ・・、よく見てごらん・・・。」
「えっ・・・そうなの・・・?」
源五郎に言われて、レイは長くなった自分の手足をまじまじと眺める・・・。
「ほんとだ・・・、なんだか大人になったみたい・・・。」
レイは上機嫌で辺りを見回すと、カウンターわきにある大きな鏡へと駆けて行った。
あそこはクエストの申請を終えた冒険者たちが、自分の装備状態の最終チェックを行うための姿見の鏡だ。
「これが・・あたし・・・?へえ・・・、なんだか楽しい・・・。」
レイは姿見で自分の姿を右から左から、あるいは背中を向けてと・・・様々な方向から眺めまわすと、満足したのか今度はギルドの部屋の中を観察し始めた。
まあ今はほかに冒険者もいないから迷惑も掛からないだろうし、自由にさせておけばいいだろう。
それにしても、ゲームを記録させて本日終了としたら、一瞬でギルドの中に立っていたな・・・。
これは、レイを一晩中おぶったまま寝ていたという事なのか・・・?いや違うだろうな・・・、単に翌朝設定でギルド内で目覚めただけだ・・・、なにせ本体と通信ができないわけだから、現実世界での生活がないわけだ・・・。
つまり冒険者側の俺が寝ている時間・・・、つまり仕事している昼間の時間がないわけだから、終了保存したら、すぐに翌朝になって目覚めることになるというわけだろうな・・・。
1日だけ通信異常になって本体と離れたときには実体化していたから、ちゃんと夜の時間というか生活があったのだが、ちょっと違和感があるな。
まあいい・・・、やるべきことをやりましょう・・・。
「おーいレイ・・・行くぞ・・・。」
部屋の奥まで物珍しそうに色々と見て回っているレイを呼び寄せると、そのままカウンターの受付嬢のところへ歩いていく。
「おはようございます。」
以前と同じく美人の受付嬢が、挨拶してくれる。
10年たっても、まったく年を取らない・・・、ゲームのキャラクターだから当然なのだろうが・・・、やはりこれだけリアルに接することができてしまうと・・・、不思議な気持ちだ・・・。
まあ俺の方だって、本体はともかく分身のキャラクター外観は、以前とほとんど変わりはないのだろうが・・・。
「冒険者チームの登録をしたい。」
まずは、冒険者登録をしておくことが先決だ・・・、クエストの経験値はもらえなくても99999999だからいいのだが・・・、それでもGは稼ぎたい。
「はい・・・・サグル様、レイ様、源五郎様の3名のパーティですね?
リーダーはどなたがされますか?」
ギルドの受付嬢が、お決まりの手順で冒険者パーティの確認をしてくる。
「げっ・・・」
今回は源五郎にやってもらおうと、すかさず答えようとしたら・・・。
「もちろん、サグルさんでお願いします。」
「あたしもー・・・、パパがいい・・・。」
2人とも即答だ・・・ううむ・・・、恐らく源五郎たちは示し合わせていたのだろうな・・・。
それにしても女子高校生的外観の女の子からパパなんて言われると、別な意味のパパを想像されてしまうようで、ちょっと困ってしまうな・・・。
「分かりました・・・、ではサグル様がリーダーですね。
チーム名を決めることができますが、いかがなさいますか?」
「もちろん・・・、シメンズですよね?」
源五郎が、自信ありげに確認してくる。
「ああ、もちろんだ・・・。」
俺も納得で頷く。
「シメンズ・・・ですか・・・?同名のチームが以前登録されています・・・、ここ9年ほど冒険の来歴はございませんが・・・、いかがいたします?別名に変更なさいますか?」
美人の受付嬢はしつこく確認してくる。
「いや、問題ない・・・、そのチーム名を使う奴は俺たちのほかにはいないはずだから・・・。」
俺は迷わずにシメンズを再登録した。
「了解いたしました・・・。
では・・・、サグル様のレベルは・・・、AAですね。
源五郎様のレベルも・・・AAで・・・、レイ様のレベルも・・・AA???
あの・・・、このまま冒険を継続なされますか?」
受付嬢は少し慌てた様子を見せながら、カウンターの向こう側で、恐らく表示されているであろう俺たちの経験値データを何度も見直しているようだ。
まあそうだよな・・・、データ上はこれ以上レベルが上がらないMAXなのだものな・・・、そんなやつらが、新人の冒険者として登録に来たのだから、そりゃあ驚くわな・・・。
「ああ・・・俺たちは10年ぶりにこの地に戻ってきた。
だから、これから冒険を開始するつもりだ・・・、経験値が異常に高いのは・・・それだけ強力な魔物たちを相手にしなければならない事情があるからさ。」
受付嬢には、ある程度事情を説明しておいてやろう・・・、ギルドであれば俺たち冒険者たちの敵であるはずはないのだからな。
「了解いたしました・・・確かに昨今・・凶悪な魔物たちが出現するようになり、異常に高いレベルのクエストが発生してきております。
あなたたちのような冒険者を待っていたわけですね・・・。」
受付嬢も、何とか納得したようで笑みを見せる。
ううむ・・・凶悪な魔物出現による、異常に高いレベルのクエストか・・・、探してみましょう。
カウンターを後にして、そのまま部屋中央の柱に向かいクエストを検索する。
しかしクエスト票であふれんばかりのはずの柱には、何も見当たらない・・・必死に4面ぐるりと回り上下も併せて探し回ってようやく柱の一番上の方に、きらきらと輝く札を見つけた・・・、白銀色に輝くそれは・・・クエストレベルTA・・・。
なんだこりゃ・・・と思いながら手に取ってみてみると、東の森に生息する特級魔物退治と書かれていた。
よっしゃあ・・・昨日倒した魔物たちをまた倒せばいいわけだろ?
全く問題はない・・・、プラチナ板のクエスト票を手にもって受付嬢のところへと急ぐ。
「シメンズの方たちですね。
リーダーの変更はございませんか?」
受付嬢がいつもの受け答えを返してくる。
「ぷぷっ・・・なあにこの人・・・、たった今あたしたちが冒険者チームをつくったばかりで覚えているはずなのに・・、もうリーダーの変更をするかどうか聞いてくるなんて、ちょっとおかしいんじゃないの?」
すぐにレイの奴が、お決まりの文句に反応してしまう。
「こらっレイ・・・これは、お店に入った時に、いらっしゃいませと・・・、お帰りの際には何も買わなくてもありがとうございましたって・・、お店の人はいつも言うだろ?
あれと同じに、あいさつ代わりの決まり文句で外せないんだ。
だから笑ったりしないで、元気よく、はいそうですって返事をすればいいんだよ、いいね?」
すぐにレイをたしなめる・・・こういうことは人前でもすぐに教えておかなければいけない・・・、まあ、周りにレイの友達がいないときに限るのだが・・。
「悪かったね・・・、まだ冒険を始めたばかりだから・・・。」
すぐに受付嬢にも謝っておく。
「では・・・東の森に生息する、特級魔物退治のクエスト・・・、頑張ってきてください。」
ところが受付嬢は、レイの言葉も気にしてないばかりか、俺が謝ったこともしっかり無視する・・・。
ゲームキャラなので、決められた受け答えしかできないのだろう・・・、凄い美人なだけになんか悲しい・・・。
「いよいよクエストに向かうわけよね・・・、うーん・・・わくわく・・・。
それにしても・・・、パパはどうしてそんなに立派なヨロイを着ているの?
それに・・・、剣も持っているわよね?
あたしなんか、この杖一本しか持っていなくて、後はこの女子高の制服を着ているだけだっていうのに・・・。
どうしてパパだけ・・・・、一人だけお金をたくさんもらったの?ずるいわよ・・・。」
ギルドの外に出たとたん、レイが目に涙を貯めながら訴えてくる・・・、人前では我慢していたのだろう。
確かに、武器らしいものは杖だけのレイに対して、俺の場合は銅の剣に鋼鉄の鎧を装備している。
何か不正があったと思われても仕方がない・・・。
「ああこれは・・昨日ここに到着したときに、これからクエストで遭遇するであろう魔物たちに襲われたから、戦って何とか倒すことができた。
その時にこの鋼鉄の鎧が出てきたというわけだ・・・、前にも話しただろ?
クエストで魔物を倒したときに、お店で買うよりも上等なアイテムが出現して助かったって・・・。
銅の剣は支度金の100Gで、武器屋で買ったものだ・・。」
とりあえず、鋼鉄の鎧と銅の剣の入手経路を説明しておく。
「ふうん・・・、でも、どうしてあたしの分はないの?」
レイが鋭い目つきで睨みつけてくる。
「それは・・・レイが寝ていたからで・・・、恐らくレイが起きていて一緒に戦ってさえいれば、レイのためのアイテムも出てきたはずだ。
それでも・・・それでもだぞ・・・、レイはまだ子供だし冒険初心者だから堪忍してくださいってパパが何とかお願いして・・・、今回だけ特別にレイのためのアイテムをもらっておいた・・・上級の魔導書だ・・・、回復系の魔法の呪文が書かれている。
光系の攻撃魔法も載っているから、使ってみるといい・・、多分、回復系の魔法にも経験値を配分しているはずだろ?」
恐らくこういう場面に出くわすだろうと予想はできていたので、偶然ではあるが俺に対して出現した魔導書をレイにあげるつもりでいた・・・・、そうしなければ恐らく泣き出して、当分の間機嫌が悪くなる。
学びの館で冒険者登録するまでは冒険者の袋をもらえなかったから手で持っていたのだが、東の森へ行くときも少しでも呪文を覚えようと歩きながら読んだりしていたのが功を奏した。
一度冒険者の袋に入れてしまえば所有者が俺という事になり、このゲームはおねだり禁止だったはずだから、俺のアイテムをレイに渡すことはできなかっただろう。
このまま手渡しできれば、レイの方が上級魔導書とやらを持っているのにふさわしいはずだから、レイのものとして扱われると踏んで、その後もずっと袋に入れず持っていたのだ。
これでとり合えず納得するはずだ・・・、恐らくレイは妻と同じく攻撃系の魔法使いを目指しているだろう。
それでも源五郎がアドバイスしていたから、何割かは回復系の魔法技術に経験値を振っているはずだからな。
「うーん・・・、どうだったかな・・・???」
上級魔導書を受け取ったレイが宙を見上げながら、ちょっと困った顔をする。
「ああっ、大丈夫です大丈夫です・・・、ちゃあんと、攻撃系の魔法技術に経験値の8割を配分して、回復系の魔法技術に経験値の2割を配分してあります。
ちなみに僕も、弓矢の技術が8割で、攻撃系の魔法技術に2割配分しています。」
なぜか源五郎がレイに代わって説明してくる・・、どうしてこいつの方が詳しいのだ?
さらに聞こうともしていない、源五郎の経験値の配分まで披露するとは・・・、何か怪しい・・・。
俺がこっちの世界へアクセスしたあとに、何があったのだろうか・・・?
まあいい・・・、いつまでもギルドの前に立ったままでいても何も始まらない。
「じゃあ行くぞ・・・。」
東の森に向けて出発だ・・・、今日はレイをおぶっていないので、ずいぶんと楽だ・・・。
「レイ・・・歩きながらでいいから、さっき渡した上級魔導書を読んで、使えそうな魔法の呪文をいくつか覚えておいてくれ。
攻撃系の魔法と回復系の魔法・・・、たしかスリだったかサワだったかいう呪文で、パーティ全体の回復もできたりしたはずだ。
上級っていうくらいだから、もっと効果のある呪文もたくさん載っているだろう。
支度金をすべて武器に使ってしまい、薬草も毒消し草も買えないから、万一の時には呪文で回復させるしかない。」
レイには、上級魔導書を熟読してもらうよう命じる。
なにせ、昨日戦いのときに斜め読みして、それから歩きながら少し読もうとしたのだが、頭に入ってこなかった。
普通なら宿についてから寝る前にでもゆっくりと読み返すところなのだが、なにせ保存終了したら次の瞬間朝になっていたくらいで、その間シャワーを浴びた記憶も歯を磨いた記憶も寝た記憶も何もない。
体力は回復しているからいいとしているが、こんな生活だけ続けていたら、本来の休息時間が全くないので、精神的に参ってしまうかもしれない。
「ええー・・・、歩きながら何かしていちゃいけないのよ・・・。
歩きスマホとか、ゲームとか・・・、そっちに気を取られて人にぶつかってしまったり、電柱にぶつかってしまうから、絶対にしてはいけませんって、学校でいつも言われているもの。
スマホにイアホンつけて音楽を聞くことだって、周りの音が聞こえなくなるからやめなさいって言われているんだからね・・・。」
ところが優等生の娘は、俺の指示をあっさりと拒否する。




