40:千葉
特に何のアクシデントもなく、二日かけて僕らは千葉のJUCG拠点に到着した。
使える車は千葉拠点のものと合わせても8台しか無いため往復でかなりの燃料を消費してしまった。
ここは東京と隣接しているわりにアンデッドが少なく、拠点といっても普通の住宅街であった。
どうやら一日に数回、集会を行い見回りなどの結果を報告しているようだった。
「どうも、こちら千葉県の責任者の浅間と申します」
「どうも………」
浅間は薄い髪で細い身体だが、鍛えられているのが分かる。
「渡部です。これから暫く協力しあいましょう」
渡部が頭を下げると浅間も深々と頭を下げた。
僕らは空き家に案内され、班ごとに生活することになるようだった。贅沢は言えないが、僕らが案内された一軒家は少し狭くて埃臭かった。
これからここで生活する。当然だがまったく実感が湧かなかった。
晋平は畳の上に寝転がった。
「なんか、あの洋館の日から時間が過ぎるのが早く感じるなぁ……」
少しの間沈黙が続いたが、すぐに武子が晋平を無理やり立たせた。
「まずは掃除だ。晋平、お前は便所をやってこい」
「は?お前に指図される筋合いねーんだけど!」
すぐに喧嘩を始める変わらない2人に、少しだけ笑えた。同時に、なぜか胸が痛んだ。
なぜ僕は、笑えているんだろう。
そんなことを考えていると、玄関が開く鈍い音がした。
「遼くん、どこいくの」
「道や地形の確認です」
それだけ言って出て行った。遼も相変わらず何も変わらないな、と思った。
ウイルス追跡チームはあの日以来活動を一時休止、遼は今再び仮だが僕らの班員ということになっている。
「あっ軌琉!いきなり窓割ってんじゃねえ!」
隣の家から隼人の大きな声が響いてきた。どうやらあっちはあっちで大変らしい。
そうだな、遼のような視察ではないが、少し散歩に行くのも悪くない。僕はそう思い立ち、喧嘩する2人を放っておいて玄関を出た。
まったく知らない道を歩きながら僕は、不思議なことになんだか懐かしい気持ちになった。
ノスタルジックっていうのかな。そういえば子供の頃は散歩が好きだった。
少しだけ積もった雪が太陽の眩しい光に照らされ光って、綺麗だった。屋根が崩壊した民家がなんだか秘密基地みたいに見えた。
買い物帰り、母さんと一緒に手を繋いで歩いたっけ。自然と表情が緩むとともに、また胸が痛んだ。
青く晴れ渡った頭上の空と対照的に、向こうの空には厚い雲がかかっている。
これからまた、僕は何かを失うのだろうか。
千葉拠点の中心となっているのは小学校の校舎で、浅間を含む現地の幾つかの班はそこで暮らしている。
「私たちもご厚意に応えるだけの働きはしたいのですが、何せ武器が少ない…」
現在、その校舎の校長室に渡部と浅間はいる。校長室は代表である浅間の部屋で、仕事も生活もそこで行われている。
「いえいえ、東京の方々に働いてもらおうだなんて、そんな…本来ならこちらからお迎えにあがるところをはるばるお越し頂いたのですし」
「燃料の提供と…食料まで分け与えて頂いているのですから、ただ休むだけとは言いませんよ。何かできることがあれば」
浅間はしばし考え込むように顎をさする。
「そうですね…東京は精鋭揃いと聞きますし、うちの隊員への指導をお願いしましょうか」
渡部は申し訳なさそうな顔で頷いた。
「我々も一刻も早く体制を整え、東京へ戻れるようにします。それまでは、他にも協力できることがあればなんでも言ってください」
空が曇り始めて、僕はひとまず拠点に戻ることにした。
班の家に戻る前に、小学校近くの空き地の隅に設置されたプレハブ小屋に立ち寄る。
カーテンの無い窓は汚れていて中の様子はあまり伺えない。アルミ製のドアが鈍い音で開く。
「修也?」
明かりの無い室内には机とパイプ椅子、埃だらけの床に布団が敷かれているのみだった。
ここが修也に与えられた場所だ。
「……透か」
布団の上で横になっていた修也は僕の声を聞いて体を起こす。
「いいよ寝てて。体つらいでしょ?」
「いや、案外平気なもんだ」
修也は、今河班とは離れてここで暮らすことになる。この狭くて埃臭いプレハブ小屋で。
「なあ透、お前なんで俺がこんな隔離されてんのかわかってるんだよな?何を普通に入ってきてるんだよ」
わかっている。修也はウイルスに感染している。今こうしている今も、蝕まれている。そしてそれは当然、他人へ感染する可能性もある。
「………」
ウイルスに感染したものはアンデッドになる。例外など無い。修也もいつかは自我を失い死を貪るだけの人ならざるものになってしまう。
本来ならこうして隊員の一人でいれるはずがない。あの日、考えたくもないが…処分されてもおかしくはなかった。それがこうして生活する場所を与えられているのは修也の正義感とJUCGへの貢献度が認められたからだろう。少なくとも渡部には。
ここ千葉拠点周辺にはまだまだ空き家やアパートがある。本当は修也ももっと良い場所に住めるはずだった。こんな狭い小屋にいるのは、実際のところ、いつか来る時の処理が楽だからだ。
感染者を受け入れてほしいなんて我儘を通して貰っているんだ。流石に贅沢は言えない。
「渡部さんは…俺について何か言ってたか?」
「え?」
「当人の前では言いにくいことってあるだろ」
「…いや……僕は何も聞いてない」
それは本当だ。渡部さんは修也の具体的な今後について何も言及しなかった。そもそも多忙で今となってはゆっくり話ができる時間は無かった。
「大丈夫だよ修也…何も心配しなくていい」
修也は俯き、深い溜息をつく。
「別に俺は自分の心配なんかしてねえよ。なるようになるだけだ」
その言葉に強がりは感じなかった。それなのになぜか、胸がざわつく。
言いようのない不安が背筋を撫でる。自分の行く先を受け入れているだけではない、得体の知れない覚悟が混じったような声に感じた。
「俺が心配なのは透、お前の方だよ」
「僕?」
修也は布団の上に座ったまま僕を見上げる。
「お前、暫くは戦うなよ」
「え?」
「今のお前がまともに刀を振れるわけがない。上の空なんだよ。こうして今話してても」
「………」
黙り込んでしまう。最近は確かに、頭の中に一枚フィルターを通したような感覚だ。会話や、物事を理解するのに一拍遅れる。それは薄々感じていた。
あの日、あの時、あの炎の中で…煙を吸いすぎた後遺症でもあるのだろうか。
修也の言うことはもっともかもしれない。
「千葉はアンデッドの出現もそう多くは無いから…僕の仕事は少ないと思うよ」
「…そうかよ」
「でもそれはそれで…そういうわけにもいかないんだ。じっとしていられないんだよ。じっとしているとなんか…胸が痛んでさ。息がうまく吸えなくなるんだ」
「………」
僕は修也から目をそらす。
「透、お前……」
「でもそれが必要な気もしてる。その痛みは、なんというか…手放しちゃいけない気がするんだ」
そう言いながら、また胸が痛む。心臓が嫌な鼓動を打つ。
「最近目まぐるしくいろんなことが変わっていくでしょ?僕は何も確証が持てないんだ。自分のことさえ、よくわからないんだよ」
「………」
「修也は、変わらずにそこにいてほしいんだよ……」
言いながら全身に力が籠る。そうしていないと立っていられなくなりそうだ。体が震えだす。
「なあ、透」
修也の顔を見ることができない。
「お前もわかってるはずだろ……」
僕は途端にいたたまれなくなり、修也に背を向ける。
「ごめん……」
そしてドアを開け、震える足で修也のいる小屋を後にした。




