先遣 7
涼風和奏――魔力の大量消費により気絶するように就寝。
番場最人――連日の激務に若さの残り香が尽き、爆睡。
一番眠って体力の回復に努めるべきはきっと出海結なのだろうということは、和川も不知火も理解していた。
例の老爺が襲撃してきてからというもの、表情に一切の覇気が感じられない。今にも屋上から飛び降りそうな気配まで漂わせているのだから、憂うのは当然だ。
構っていられないというのが正直なところだが、構ってやりたいというのも本音だった。
一分一秒でも早く解決することこそが唯一の救いであることを信じる他に、今を乗り切る術がないことを言い聞かせ、和川らは事態の理解と推測に終始した。
「分からないことはまだいくつもある。謎が多すぎるんだこの事件は」
不知火は壁にもたれかかって座った姿勢を、やや前傾に変えて言葉を続けた。
「鉄堂光泉が君たち兄妹に『SSパッケージに気をつけろ』というメッセージを送って来たのならば、何故、君の姉である出海夕夏を襲ったのは元『先遣』の頭目なんだ。確か、千林高城と言ったか。確かに今は合併し『先導者』となっているが、ならば忠告はこうあるべきだ。『先導者に気をつけろ』、とね」
下唇を噛む出海に変わって、和川がそれに答える。
「そりゃ、あれだろ。手を組んだんだろ。最初は『SSパッケージ』だけだったが、合併したから『先遣』も仲間に加わった、みたいな」
「いや、それはないね。『SSパッケージ』の魔術師、大嶋愛生の発言がそれを否定する。彼女の、『追っている相手は私ではない』という発言。それは、刀の盗難と出海夕夏の襲撃犯はイコールではない、という解釈も出来るじゃないか。つまり、刀の盗難は作間が、襲撃は千林が。だが、こういう趣旨の発言もある。『作間は何も知らない』と」
和川は口をぽかんと開いて、瞬きを繰り返した。
「ど、どういうことだ」
「頭である作間が知らないということは、刀を盗む目的は『SSパッケージ』が、『先遣』は襲撃。作間の思惑とは別の動きがあったと捉えるべきだと、僕は思うね」
「確かに、夕夏ちゃんが電話で聞いたのは、『SSパッケージ』と『先遣』。『先導者』ではありませんでした。ということは、その魔術結社は一つになっていながら、一つにはなっていなかったのかも知れません。それぞれがそれぞれの思惑で動いている。おそらくは、『SSパッケージ』は盗難のために合併。『先遣』はまた別の目的で」
出海が言うと、不知火は首肯し、しかし言葉では否定も臭わせた。
「いいや、でも本当に、思惑は別なんだろうか。確か出海夕夏が残したメッセージにはこうもあったはずだ。『殺してでも奪え』。それは、千林が誰かにそう指示をしたということだろう。誰にそんな指示をした? 殺しを命じてまで欲しいものはなんだ? きっと欲しいものは刀であり、その指示は仲間にしたんだ。だが、千林がそれを言った段階では既に刀は『SSパッケージ』が持ち出していた。ならば、千林は『SSパッケージ』から、ひいては、作間翔から刀を奪えと指示したことになる。ということは、考えられることはこうだ」
不知火は、平坦な声に、内側の怒りのようなものを静かに滲ませていた。
「漁夫の利を得ようとしているのは誰か、という点」
「漁夫の利」
和川が繰り返して、不知火は目を向けて小さく頷いた。
「もし僕が、『風裂』と『波断』を喉から手が出るほど欲しているなら、自分で盗りに行ったりはしない。それは明らかな罪だからだ。ならば、誰かをけしかけて盗りに行かせ、それが刀として一定の力を取り戻す時、つまり打ち直された段階で、それを奪って、実行犯を殺める。そしてこう報告するんだ。――僕は悪を裁いた。だが刀は、盗人の手によって葬られた、とね」
出海の眉が中心に寄った。紫色の座布団に正座する彼女は、刀を握ったまま不知火の言葉に対して声を震わせた。
「罪を負わず、刀を手に入れる。千林高城が、それを企んでいたとしたら」
出海のその言葉に察しがついたのは、またも不知火だった。出海の戦慄いた姿に、何も思わないはずもない。
「きっと、作間という悪に対して、千林は正義の側に立っていなければならないんだ。刀を手に入れたいからね。だからどうしても、その計画を知った人物は消さなければならなかった。そう、その計画を事前に知ってしまった出海夕夏は、消さなければならなかったんだ」
出海結の姉である、出海夕夏を襲撃した犯人。千林高城の狙いと、その目的がそうであるなら。
「じゃあ、夕夏ちゃんはそんなことで、あんな目に」
ぎりり、と鳴った刀の柄は、出海の握った天羽々斬の悲鳴のように、室内で響いた。
「あくまでも憶測だ。だが、どちらにせよ赦していい話しじゃあない。千林が出海夕夏を襲ったことは確かなようだから、彼を止めることは必定だね」
で、あったとしても――不知火はそう継いだ。
「もう一つ大きな謎は大嶋愛生という魔術師。彼女は何者だ。作間の側にいながら、作間以上に出海家を知る彼女は、あまりにも不気味だ」
「『先遣』のスパイとか?」
「それはどうだろう。だったら、彼女は意味深な発言を僕らに残す必要があっただろうか。作間を悪に仕立て、正義の側に立ちたい千林。なのに、『悪は作間だけではない』ということを教えているも同然のそれを、千林が望むと思うかい?」
「じゃあ何なんだよ」
「それが分からないから謎なんだ。『SSパッケージ』『先遣』共に不利になる情報を流している彼女は、一体何なんだろうか」
不知火が鼻息を荒く苦悩の中に入り込む。和川はそれを見て、「知るかよそんなもん」と言った。二人は行動と知能である。横並びに歩くのではなく、前と後ろを交互に歩く。今は、不知火が前を行っていた。頭で考える時間だ。
しかし。
「それ、大して意味なくないか?」
自分は馬鹿ではない、と自負する和川は、一石を無責任に投じる。
「今重要なのは大嶋一人じゃない。ようは、作間を悪に仕立てたい千林をどう止めるか。このまま刀を我が物にしたい作間をどうするか。そんで、その二人をどう裁くかだ。そうだろ?」
「いや、まあ、そうだが」
「な? 出海?」
結はぴくんっと跳ねて、「え、ええ」
「だったら、俺はまず、刀を取り返すことから考えるべきだと思う。そうすれば、勝手に千林も目の前に来る。それでいいんだろ?」
「だが不確定要素を一つでも潰しておくことは作戦の成功を左右する。大嶋愛生の不気味さは解決しておいて然るべきで」
「それを考えて夜が明けるんじゃあ意味がない。そうだろ?」
「しかし――」
当惑を見せる不知火と、前進を希望する和川とを、一枚の紙切れから放たれる淡い光が遮った。
通信札だ。
それは、出海結のものだった。
デニムから通信札を取り出し、その瞬間、結は首を上げた。
「――お父さんからです」
結の一言に緊張が走る。
結は目を閉じ、手の中の通信札に力を込める。
コンサート前の静寂のように静かな室内に、結の息が零れる。
「あと、三時間。――駄目です。それだけしか感じません。きっと父自身が結界の中にいるからでしょう。おそらくは、魔力をここまで届けて精一杯だった。もしくは、何者かに通信を阻害されているか」
「まじかよ」
「いや、だがこれで充分だね」不知火は身を乗り出す。「その文言をそのまま受け取るのならば、あと三時間で刀は打ち終わり、『SSパッケージ』はここを発つだろう、ということになる。二振りもの刀をこんな短時間で打てるものなのか、僕には判断がつかないが」
結は首を振る。
「一般の日本刀のように数ヶ月掛かるなんてことはありません。術具ですから。ようは、本来その刀にあるはずの魔力を注ぎ込むことを打ち直すと言うわけで、それさえ成されれば、二振りの刀はかつての姿を取り戻す。全ては刀鍛冶の腕に左右されるということです。つまり」
「鉄堂光泉ともあろう人ならば、すぐにでも、か」
結は首肯する。
「父は、夜通しでもする人ですから」
時刻は午前三時半。太陽が昇るにはまだ三時間強ある。深夜の民宿には、白く染まった吐息と寝息だけがあった。
「じゃあ、一眠りするか」
和川の提案だった。
結は訝しげに和川を見るが、不知火はと言えば、大きくため息を吐いて小さく笑った。
「まあ、ここまで来たらそれもありかもしれないね。僕らも連日徹夜じゃあ躰が持たない。一休みして、万全で挑もうか。それに、出海も眠った方が良い。今の君じゃあ、正直に言って戦力にならない。この部屋には結界を張っておいたから、安心して良い」
「でも」
「二時間後にはここを出る。その間物思いに耽るか、英気を養うか、どちらが有益かを考えて動くしかないだろう。僕は、和川の提案に乗って後者だ。新しい情報のない今、三時間足らずで作戦らしい作戦なんて立てられないだろうし、立てたところで僕らが倒れては意味がない」
不知火は壁にもたれかかって目を閉じる。
「そうそう、寝ておけ。まあ上手くは言えないけど、こういう時にはなんとかなるもんだよ。俺は、この世界は、救いの一切もないほど腐ってるなんて思わないんだ。だって、出海夕夏も、出海結が見つけたおかげで一命を取り留めたんだろ。ほら、世の中、以外と奇跡って起きるんだよ。奇跡を起こそうと、必死な奴には」
「だから眠れと」
「そ。必死になるには眠らなきゃ」
和川は畳の上に仰向けで転がって、天井を真っ直ぐ見つめて欠伸をかく。
「んじゃ、悠長なことを言いながら、決戦は三時間後だ。うん、充分な時間だよ、戦うためには」
次回は六月二十二日更新を予定しています。
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