先遣 5
出海結の儚く小さなその躰の、どこにそんなことを受け止めるだけの強さがあるのだろう、と、和川はそれを思っていた。
少女から表現されるそれはまさしく深淵であり、闇の世界に身を置いている限りは避けられないとは言いながらも、想像しがたい悲劇だったからだ。
「その時察したんです、全てを。分かるんです。ずっと一緒にいた人だから」
「なるほど。それがつまり、さっきの話に繋がる訳か。ホテルで誰かが電話をしているところを見てしまって、そこで、姉である出海夕夏は何かを知った。その何かというのが、『分所』『刀』『SSパッケージ』『先遣』『強奪』『殺してでも、奪え』だったということだね」
不知火の理解は和川を軽く凌駕する。出海結は首肯し、番場が後を継ぐ。
「そして、出海夕夏に気付いた何者かが追手を使って襲わせた。北陸までは戻ってこられたが、追手の凶刃に倒れた、と」
これまでになく低い声音で番場が言うと、出海は躊躇いを見せながらも、もう一度深く頷いた。
「夕夏ちゃんは、北陸分所と協力関係にある病院で治療を受けています。意識は不明ですが、一命はとりとめました。でも、安心は出来ません。もし夕夏ちゃんを襲った人が、夕夏ちゃんの命を奪うことに執着していたとしたら、敵は夕夏ちゃんをまた狙うかもしれない。そこで、兄とわたしとで、夕夏ちゃんを守るために、そして何より、夕夏ちゃんを襲ったのが何者かを突き止めるために、行動することにしました」
出海は目線を畳の目に向けたまま、言葉を続ける。
「分かっていたのは、夕夏ちゃんを襲ったのは、恐らく刀の盗難に絡んだ人物であるということです。夕夏ちゃんがそれを伝えてくれたから、きっとそうです。であれば、刀の捜索はイコール、夕夏ちゃんを襲った敵を見つけ出すことでもあった」
出海は、自身の乱れた毛先を触った。
「わたしは、髪を切る決意をしました。夕夏ちゃんは、髪が短かったんです。だから、わたしは腰まであった髪を自分で切って、夕夏ちゃんになりきることにしました。そうすれば、夕夏ちゃんが生きていることに焦った何者かが、きっと、瓜二つのわたしを襲ってくる。そう思ったんです。そして、盗難現場に魔力の痕跡を残していたことから、刀を盗んだ可能性が最も高い『SSパッケージ』を追って、この地へやってきた。わたしだけでは対処出来ないことも見据えて、中部支部の皆さんのお力も、借りることにして、です」
「で、その思惑は当たったってわけだ」
不知火は表情を動かさない。睨むでもなく、見守るでもなく、ただ力強い双眸で出海を見つめる。
出海は、頷いた。
「先程の襲撃者は、夕夏ちゃんが重傷を負ったことを知っていた。医師を除けば、わたしと兄しか知らない事実です」
先程の襲撃者。和装で、恰幅のいい、老爺。
「まさかあの人だとは思いませんでした」
「確か、君が言った名は――」不知火の声に、結は肩を一瞬跳ねさせた。恐怖の表れだ。
「千林高城。現『先導者』の当主で、元『先遣』の頭目です。まさか『先遣』が関わってきているとは思いませんでした。『SSパッケージ』の仕業とばかり考えていたので」
沈んだ声は当然のように浮上することを知らず、深海魚が底を這っているようだった。
民宿の一室は、まるで空気に重量があるかのように重たく、胡座をかいていることさえも苦痛に思えるほどだった。たまらず和川は足を前に投げ出し、手を後ろについて天井を見上げた。
そんな中でも声色一つ変えない不知火は、
「なるほど。豪雪の中で君がここに来られたのは、そもそも君は東京に行っていた出海夕夏ではなかったから。この町での単独行動は、僕らに出海夕夏の件を伏せたまま自由に行動したかったから、か。まあ、後者は僕がけしかけたようなものだけど」
鉄堂光泉の工房を捜索中、喫茶店で不知火が和川に語った懸念は解決されたわけだが、しかし不知火は小さく首を傾げた。
疑念は尽きない。その意思表示だった。
「分からないことはまだある。質問を続けて済まないが、そもそも何故、今回の盗難の犯人が『SSパッケージ』だと決めつけたのかだ。痕跡があったからと言うが、犯人が特定出来るほどの痕跡を残す間抜けな犯人がいるとは思えないことから、その理屈には無理があると言わざるを得ない。
そして、何故『SSパッケージ』がこの土地にやってきたことを推測出来たのかも疑問だ。いくら鉄堂光泉がここにいるからと言っても、決め打ちするには確度が低すぎるだろう。それに、あの大嶋愛生とかいう魔術師の発言も気になる。『鉄堂光泉に関しては自分たち以上に出海の方が詳しい』といった旨の発言だ。それは、やはり無関係ではないんだろう」
詰問といって然るべきそれも、出海結は覚悟していたのだろう。痙攣するような手を強く握って、出海は首を縦に沈ませた。
「その全ては、一つの答えで解決するものだと思います」
和川は首を傾げ、番場は思考を巡らせることを止めたように黙り、疲れ果てた涼風は今にも寝てしまいそうな目を擦りながら、その全ての視線は結に集中する。
「鉄堂光泉は、わたしの……わたしたちの父なのです」
次回もよろしくお願いします!




