先遣 4
場所を移そうと提案したのは不知火だったが、夜もそれなりに深まった田舎で、暖を取ることの出来る店は既に数件と開いていない。
結果として屯することになったのは、住宅街の中にある小さな民宿だった。
営業している老夫婦に半ば無理を言って一部屋を取り、和川、不知火、涼風、番場、そして出海の五名が、十畳ほどの和室でやや窮屈に円を描いていた。
「さて。まずはどこから訊くべきか」
ここでも場をまとめるのは不知火だった。年長者である番場はと言えば、まとめ役を早々に投げ出しているために、もはや役職に異論さえ唱えない。
「訊きたいことは山ほどある。まずは、君がこの事件にどう関わっていたのか。何故君はこの事件に関わったのか。事件に関してどこまで知っているのか――からかな」
保冷剤のように単調な冷たさで発せられた不知火の問いに、出海は下唇を噛んで、答えなかった。
答えずに出海は、畳みに手をついて、深く頭を下げたのだ。
「ごめんなさい。ごめんなさい」と、声を詰まらせながら。
「おいおい、土下座かよ」出海の隣で、番場は冷やかすように言ったが、「頭上げろ。そんなの簡単にするもんじゃねえ。女なら特にだ。似合わねえよ」
背中を軽く叩いて、出海の顔を上げさせた。出海のその表情は、生気を根こそぎ失ったかのようで、酷く痩せこけてしまったかのような印象を和川らに与えた。
「最初に、話しておくべきでした」
出海は弱々しい声でそう言った。
「けれど、どこに敵がいるか分からない状況では、わたしが帯びた使命も目的も、軽々に言うべきではないと判断しました。ですが、今となってはそれが間違いでした」
不知火は首を小さく傾げて、
「どういうことだ」
低い声音が和室に響く。い草の香り漂う室内に、非日常が充満した。
数秒の沈黙が生まれると、重たい空気が居心地の悪さを助長させた。出海の言葉が継がれたのは、一分後という、永遠にも似た時間経過の後であった。
「ことの発端は、日本魔術協会の本部で行われていた、防衛会議の二日目でした。防衛会議は各地方の支部から魔術師を派遣します。例に漏れず、北陸分所からも、数名の魔術師が出向いていました。その中に、出海夕夏の名前もあった」
寒空の下での喧騒と焦燥が嘘のように、暖房の効き始めた室内は静かな時間が流れていたように、和川は感じていた。出海にとっては、おそらくそうではないのだが。
「出海夕夏は、協会本部から離れたホテルに宿泊し、二日目の朝を迎えました。そこで偶然にも、中部支部で起こったことを知ったのです」
「リオウ=チェルノボグの件かい?」
不知火の問いに、出海はかぶりを振った。
「いいえ。わたしがそれを知ったのは、少し後のことです。その話が本部の外まで出て来るまでには、多少時間が掛かったようですから。それに、その件は北陸分所も関知していませんでした。何せ、刀が盗まれていましたので」
「なるほど。北陸分所がてんやわんやだったのは、そのせいか」
不知火は納得しても、和川は納得しない。いや、理解しない。そんな和川に向かって「君はそれでいいんだ」と不知火が言ったのは、心を読んだのだろうか。
出海は、膝の上に載せた拳を何度も握っていた。
「滞在していたホテルには、一人の男がいました。それが誰だったのか、その時点では分かりません。ですがその人は、電話でとある計画を話していたのです。わたしが聞いたのは、これだけ――『分所』『刀』『SSパッケージ』『先遣』『強奪』『殺してでも、奪え』」
最後の言葉に悪寒が奔る。和川の背筋がやや伸びた。
「殺してでも奪え、と言うことは、『風裂』と『波断』のことかな」
不知火が訊ねた。
「おそらくはそうです。それだけを聞いて、何か切迫した事態が北陸分所で起こったことを察知します。『先遣』『SSパッケージ』と聞けば真っ先に、この二つの結社が何故性急に合併したのか、という、我々の謎とも直結するからでしょう。何かがある。そしてそれは、急いで行動を起こさなければ何かが起きる、との確信へと向かっていきます」
出海は脇に置かれた刀を見つめた。
「それをどうにかしなければならない。そう感じたのでしょう。メールを打って、東京を発ちます。そのメールと言うのが、『正午。連絡。即、帰郷す』。これは、わたしたちの決めごとを記したものでした。正午までに連絡がなかったら、それは送り主に何かがあったと言うことだと思え、と。普段は通信札で行うそれが、今回はそうではなかった」
リオウ=チェルノボグ。奴が通信札を、中部支部と外とで繋がらないようにしていたからだろう、と和川は察する。
「そしてそのメールの後、出海夕夏は北陸分所に向かった。交通網が天候により遮断されていたことと、何物かからの追っ手があったために、出海夕夏は東京から金沢までを徒歩で移動したと思われます。けれど」
「徒歩って……」と呟いた番場の声は誰も拾わない。
「出海夕夏は、北陸分所に辿り着くことが出来なかった」
「え、どうしてですか?」
涼風がようやく口を開くと、出海はその目を潤ませ、それが頬を伝う前に、上を向いて手の甲で拭った。
出海の呼吸が震えていた。
「出海夕夏は、何者かによって、斬られたのです」
和川の躰は、一瞬にして強張った。つま先の血の気さえも一気に引く感覚だった。
「お、おい、どういうことだよ」
「重傷でした。見つけるのが何分か遅れていたら、確実に、出海夕夏は、夕夏ちゃんは、助からなかった――」
「ま、待ってくれ! 割と序盤から理解出来てない。だってそれ、お前だろ? 出海夕夏って、今ここにいるお前のことだろ?」
出海は――出海夕夏と名乗っていた少女は、頭を横に振った。三往復して、息を呑んだ。
首を傾いでいるのは和川一人ではない。不知火だけは何故か目を閉じたまま微動だにしないが、和川を含む他三名は互いを見合って、頭上に疑問符を浮かべていた。
出海は小さく頭を下げてから――、
「わたしの本当の名前は、出海結。夕夏ちゃんはわたしの、双子の姉なんです」
次回もよろしくお願いします!




