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神の魔術師~Fall MOON and Golden FLAME~  作者: 壱ノ瀬和実
先導者

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90/125

先遣 3

 吹き荒れる風を防いだのは、番場最人の〈鋼盾(スクトゥム)〉だった。分厚く、ホームベースを縦に伸ばしたような形状のそれによって、塊だった風はハサミを入れられたように二つに分かれる。


 その後ろに縮こまるように隠れていた涼風は、あまりの寒さに小さくくしゃみをした。


 二人の魔術師は魔力を尖らせて老爺に突き進んでいる。その距離二百メートル。あって、ないようなものだ。


 和川は思った。「チートが来やがった」と。


 涼風が具現化した魔力によって、周囲には高密度の魔力という名の青白い光が浮かんだ。


「和川、退くぞ」


 いつの間にか隣に来ていた不知火は、まるで荷物でも運ぶようにややぞんざいな扱いで出海を抱えていた。所謂お姫様抱っこだ。


「おいおい待てよ。やりようによっちゃあ簡単におっさん死んじまうぞ。加減出来んのかよあの馬鹿!」和川はがなった。


「加減出来ないことも念頭に置いて行動をすると言っているんだよ。つまり」


「逃げると?」


「その通りだ」


「くっそ」と吐き捨てるように言って、和川、不知火(と抱えられた出海)は、一瞬にしてその距離を開く。


 なにやら叫んでいた出海の感情は、和川に届くような言葉にはなっていなかった。




     ***




 番場は風の勢いに押されながら、その距離をじりじりと詰めていた。風上に向かう台風中継の記者のように、それは一筋縄ではいかない。


『〈鉄球連射(ラピッド・ファイア)〉!』


 怒鳴り声のように叫んだ。盾から無数のパチンコ玉サイズの鉄球が、弾丸のように放たれる。


「無意味だ」


 老爺は、風という見えない壁でそれを弾いた。竜巻に巻き上げられた鉄球は羽毛のように散り、やがて空中で粒子のようになって消えた。


 番場は風に負けまいと踏ん張っている。


 その後ろでは、魔力という光を放つ涼風が、静かにその力を行使しようとしていた。


「涼風、いいか、ピンポン球を投げるイメージだ。絶対に力むなよ。俺も巻き添えになる」


「はい」


 涼風の茶色みがかった髪が暴れていた。老爺は風の刃から斬撃を放つように風を放り続けている。番場の盾が高音を響かせそれを弾いてはいるが、その音は段々と軽くなっていた。分厚い盾がへこんでいるのだ。徐々に徐々に、防御力が抉られている。


「もう保たねえぞ、涼風」


「はい」


 制服スカートが風で豪快にめくれる。だが涼風は、そんなことに一滴も意識の雫を落としはしない。


 そして、目を開いた。


 口を開く。喉が動く。声が零れる。



『散るその時まで――封印術〈蝉〉』



 涼風の懐から、一枚の黒い折り紙が飛び出した。それは空中で制止し、誰かの手が介入したかのように、素早く蝉の形へと折られていく。


 黒い折り紙の蝉は、強風に逆らって老爺に向かっていった。空気の流れを無視し、蝉の行く道だけがこの世界から隔絶されているような気配さえ漂わせて、小さな紙は一点を目指す。


 その姿に何より警戒したのは老爺だ。



 ――そして。


 蝉がその一生を、鳴き、飛んで終えるように、大きな鳴き声を放ったそれは、欠片となって、つまり、表の黒と裏の白とで煌めく紙吹雪となって、老爺の頭上から降り注いだ。


「なんだこれは」


 動揺が露わになった直後、警戒していた筈の老爺の躰が、崩れ落ちるように地に伏せた。


 まるで、人間が立っているために必要な骨や筋肉が突然断ち切られたように。


「な、に!?」


 老爺は力なく伏している。


 さらに、あれだけ荒れに荒れていた風が、ぴたりと止んでいた。老爺の魔術が消えていたのだ。



 ――〈蝉〉とは。



 リオウ=チェルノボグが世界を一変させようとする際に用いた魔術鉱石でさえ封印してしまう、涼風和奏の、特別な力そのものだった。


 魔術師が魔術を使用際に用いる魔力そのものを、一時的に封印してしまう力。それが涼風のみが持つ魔術であり、その一つが〈蝉〉なのだ。


 封印術〈蝉〉の効果は短く、あくまでも一時的だ。だが、己が力を加減せずに使えば、周囲にある魔力の一切が消え失せるかもしれない。それは魔術師の死だ。戦いの中では易々と使えない。球は放るよりも、操ることに苦心する。まさしくそれだった。


「どうだ。成功したか?」番場は言いながら、盾を下げて老爺を見る。


「あい」力の抜けた声と共に、涼風はかぶりを振った。「でも、持って数時間」


「〈蝉〉にしては長いじゃないか」


「コントロールに気を使いました。周囲への被害は限りなくゼロに、効果は最大に」


「成長したな涼風。よくやった!」


「今日のうちは使い物になりませんよ」


「一球入魂ご苦労。そんだけの力だってことだ、誇っていい。あとは俺が始末を――」


 と調子に乗った番場の頭上を、砲弾のようなものが通った。巨大な魔力の塊だ。


 二つ。それは、人の形をしていた。


 全身に悪寒がはしる。番場は盾を構えた。地面にへたり込んだ涼風を庇うように立つ。


 気付けば、老爺の前に二人の若い男女が立っていた。


 長身で、黒髪のセミロングの方が男だ。髪を一つに結い右肩から流しているのは女。二人共に、着込み過ぎているほど厚着をしていた。


「金森、当主を頼む」


「分かった」金森と呼ばれた女は老爺を軽々と背負った。魔術的な補助があるのだろう。「大丈夫ですか、当主」


 老爺は絶え絶えの息と声音で、


「一度退く。急げ」


「「はい」」男女が口を揃える。


 だが。


「逃がすと思ってんのかよ!」


 番場は盾から鉄球を放つ。百、二百。弾丸のようなそれは刹那に男女を襲うが、


『〈鋼盾(スクトゥム)〉』


 黒髪セミロングの男が盾を生み出した。番場と、同じ魔術だ。


「くっそ! お前もその手の奴か!」


『〈鉄球連射(ラピッド・ファイア)〉』


 男は魔術を発動した。〈鉄球連射(ラピッド・ファイア)〉――鉄球の乱射が番場を襲う。


 番場は盾で鉄球を防ぐ。鉄と鉄とがぶつかって、鼓膜を破らんとする高音がギインギインと辺りに伝播するように広がった。


 涼風は「あー」と言いながら両手で耳を塞ぐ。


 鉄球が盾に当たる。そうでないものは頭上や左右を猛スピードで通過した。


『〈鋼盾(スクトゥム)〉!』番場は叫んだ。


 魔術を重ねたことで、へこんでいた盾に厚みが戻る。全身を覆ってやっとだった盾が、万が一にも鉄球が躰を掠めないよう、縦横三メートルの正方形になって番場と涼風を守る。


 数秒と経たずに、金属音が止んだ。


 敵からの攻撃が止まったのだ。


 盾を小さくし、恐る恐る覗いてみれば、当然のように二人の若者と老爺の姿がない。


「逃げられたか」舌打ちをしながら、番場は吐き捨てた。


「あー。耳がキンキンします」涼風は両手で耳をぽんぽんと叩いた。


「叩くのはやめとけ。余計におかしくなるぞ」


「あぁー」


 真冬の冷たさがあるべき姿になって世界に戻ってきた。


 番場はようやく、自分の息が白くなっていることに気付いた。刺刺しい空気が一転、平和な町が急激に辺りに舞い戻る。半分の月による明かりが照らす道路と空き地が嫌に不気味だ。仮初の平和であることを、番場も涼風も知っている。そして、彼らも。


「逃げられたんですか、番場さん」


 その声は不知火のものだった。どこから現れたのか、急に眼前に現れた金髪に、番場は少し驚いた。


「見てたのかよ」


「いえ、さすがに涼風がどこまでやるか未知数でしたから、少々避難を」


 そう言う不知火の後ろについていた和川は、迷わず涼風の元に駆け寄った。


「成功したのか? 凄いじゃないか」


「あ、和川くん。ごめんなさい。たぶんうち、もう使い物にならない」


「なーに言ってんだ。まだこっからだぜ」


 和川は微笑み、涼風も微笑を返す。


 そんな様子を見つつ、しかし番場は大きな白息を吐いて、不知火に問う。


「何事かと思ってとりあえず手出ししたけど、あのじいさん、敵で良かったんだよな?」


 不知火は抱えていた出海を地面に下ろし、出海を拘束していた魔術を解いた。それは、味方のみに有効の捕縛術で、冷静さを失っていない魔術師ならば手順を踏んで簡単に解くことの出来る簡易的なものだった。つまり、それだけ出海は我を失っていたのだ。


 不知火は「ふう」と息を吐き、


「おそらく敵、としか、現状では言えません。つまり断定は出来ないんですよ。何せ事情を知っているのはこの、出海夕夏だけですから」


 番場も視線を落とす。出海は膝をついて肩を落とし、まるで神に赦しを請う少女のようにその場で空を見上げていた。月を見ているのだろうか。


 小さな手は刀を握りしめたまま、出海は怒りを心中にとどめておけなくなったのか、苦しみに喘ぐような痛ましい声で、


「あの人が、あの人が……絶対に、赦さない」


 締め付けられた喉が必死に叫ぶように、周囲で小さく響いた。


「千林……高城(こうじょう)……!」


次回もよろしくお願いします!

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