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SSパッケージ 5

 和川奈月は特殊な体質だった。


神の守護者(ガーディアン)』と呼ばれるそれは、魔術攻撃による身体的ダメージを一切受けず、本来ならば魔術そのものの一切を無に帰すだけの力がある。


 和川の『神の魔術師(ガーディアン)』は未完成。不知火はそう評していた。


 本来なら無効化されるはずの魔術的補助が和川には有効で、その体質によって和川にもたらされた効果らしい効果といえば、魔術によって傷を負わないという点だけだろうか。しかし痛みは伴うので、万能とは言い難い。


 それでも、常人をはるかに凌ぐ魔術耐性と、魔術を見破ることに関しては不知火も称賛する。


 闇に紛れた敵は、目には映らない。それは和川とて例外ではない。


「でも見えんだよ。見えねえけど、そこにいるのは分かってんだぜ!」


 和川は身のこなしも軽やかに町を駆ける。街灯もまばらな田舎町に、和川の髪色こそ紛れそうだった。


(くそっ……なんであいつ俺に着いて来られるんだ)


 と、事情を知らない倉田は困惑した。


 肩に掛けられたギターケースが重たい。ギグケースなのでそうでもないのだが、ここまでの疲労と中身の重たさが相まって、地味に体力を削る。


 しかしここで敵、すなわち和川と相対する訳にもいかない。逃げて逃げて、あと一ヶ所まで来たチェックポイントへ向かわなくてはならない。倉田に課せられた使命は、戦闘の果てに勝利をもぎ取ることではないのだ。


 倉田は走りながら、懐からコースターを取り出した。三枚の正方形のコースターを足下に無造作に置き、魔力と詠唱を残して再び走る。


 数十メートル後ろを走る男に罠を仕掛けたのだ。言ってみればそれは地雷なのだが、ピンポイントで踏まなければ発動しない、などという原始的なものではない。周囲数メートルに足を踏み入れさえすれば三つの罠が誘爆を起こし、除去も不可能な凶器になる。つまり、警戒さえされなければ回避不能に近い罠だった。


「くたばれ」倉田は小さく悪意を零す。


 それは目視する必要もないほどの爆音を伴った。


 倉田の背後で、三つの地雷が感覚も空かずにおそろしく凄惨な音を生んだ。


 倉田は速度を緩めた。爆風が田畑を焼き尽くさんとする中に、一人の少年が倒れているだろうと思い、安心を得たからだ。


「確認する暇もねえわな」倉田は構うことなく前へ進む。





 最後のチェックポイントは、灯り一つない、平凡な空き地だった。


 空き地は、膝まで草が生い茂り、目立つものと言えば放置された小型の重機くらいだ。倉田は適当な場所に立ち、地面に注ぐように魔力を込める。


 達成感のない瞬間ではあったが、ようやく一仕事終えたと一息ついた。


 これで、倉田正己の鍵としての役目は大方果たされたも同然。と言いたいところだが、鍵は使ってこそ意味を成すもので、まさしく、倉田正己という鍵は、宝箱を開ける為のものに他ならないのだ。


「終わったっすよ……あー疲れた」


 と呟いた、その時だった。


 その言葉は、何もこの男に伝える為に放った言葉ではないのだが、返答という形で倉田に届けられた。


「何が終わったって? 俺にも教えてくれよ」


 倉田は、ぎょっと目を見開いた。空き地へと足を進めるその男の姿に、倉田は驚愕を隠しきれない。


 背後で爆音と共に散った筈の黒髪の男が、無傷のままそこに立っていた。


 三つも地雷を受けて無傷はあり得るだろうか。いいや、あり得ないと断言できる。防御魔術でも掛けていたのか。だとしてもあれだけの爆発だ。いくらなんでもかすり傷くらいあるべきだろう。


 だが、それすらもない。


「あんた、何者っすか」倉田は平静を装う。演技力のなさにため息が出そうになった。


「そんなのはどうでもいい。そのケースの中にあるんだろ? 刀返せよ、作間」


「俺は作間さんじゃねえっすよ?」


「え、マジで? ま、まあでも『SSパッケージ』とやらではあるんだろ? ならいいや。返せ、刀」


「嫌っす」


「盗んだもん返すのが嫌とか、幼稚園児でもそんなこと言わねえぞ」


「盗ったもんを易々返すんなら端から泥棒なんざしねえっすよ」


「なるほど一理ある」


「なっ、納得するんすか」


 言いながら、先に動いたのは倉田だった。


 作務衣のようなズボンのポケットから五角形のコースターを出す。


 倉田の魔力が踊るように可視化された。


『得てして後手は悪手なり――〈先手(せんて)万手(まんて)〉』


 フリスビーを投げるような仕草でコースターが放たれる。


 コースターはスピードに乗る。和川に近付くにつれ、手のひらには収まらない大きさへ変わっていき、頭上で制止した。


 和川が見上げると、直後にコースターからは幕のようなものが垂れ下がった。


 それは簡易試着室のようになって和川の姿を隠す。


「なんだこりゃ」

「捕らえたっすよ」


 倉田が発動した魔術、〈先手は万手〉は、先手のみ有効の捕縛用魔術だった。魔術攻撃による損傷を受けない和川にとっても有効な点は、この魔術が攻撃用ではないことを意味していた。


 倉田の目的は一つ。逃亡。いや、目標に向かう以上は前進と表現するべきか。


 戦闘は二の次。目的は敵をどうこうすることではない。『SSパッケージ』の一員として、一連の行動を完結まで運ぶことだ。


 鍵である倉田には、無駄に時間を費やす暇などない。


「行くっすよ」


 そう口にした瞬間、完全な夜になった町に真っ赤な光が灯った。


 ――灼熱。それは〈先手は万手〉を焼き尽くす炎。


 倉田のものではない。


 驚愕の色を隠しながら、倉田は首をぐるりと回し周囲を見渡す。


 随分遠くに、火の球が見えた。


「さっきの金髪のか? どこから魔術撃ったんだよ飛距離半端ねえ」


 その距離、千と数百メートルはあるだろうか。だが、不知火の炎は試着室のように和川を覆う布を正確に、かつ一瞬にして焼き尽くしていく。


「仲間の命はどうでもいいのかあの金髪!」


 倉田は引いていた。じゃれる子供をひっぱたく母親でも見ているような気分だった。


「にしてもあっちいな!」和川は炎の中から叫んだ。


「おいおい……、化け物かよ」倉田は思わず口走った。


 燃えカスとなった〈先手は万手〉。


 不自然な形で消えていく魔力の炎。そしてそこには、まるで無傷の男が一人。衣服に焦げ跡一つない、和川奈月がいた。


「まじかよ」


 そう呟く倉田には、戦闘に興じる気は全くない。だが、易々と逃げられる状態ではないことを、とうとう倉田は自覚した。


 作戦開始の瞬間からある種の覚悟は決まっていたが、追手がここまで異質であるとは思ってもいなかった。闘争が容易でないなら仕方がない。戦闘が不可避である以上、戦うしかないのだ。


 倉田は歯ぎしりをしながらポケットのコースターを手に取る。今度は星型だ。


 敵を倒すことに特化した魔術は、倉田の手の中にもある。


 ――だが。


「あんまりなめんなよ」


 和川の鮮明な一言が、鼓膜を叩いて脳内を掻き乱す。


 もはや狼狽する時間すらなかった。


 倉田は目を見開く。視界の中に拳が入った。


 和川だ。和川の拳が、倉田の頬を抉るようにクリーンヒットした。


 刹那だった。鈍い音が骨の内側で響く。倉田の意識が世界を認識し始めた時には躰は地面を転がっていて、肩に掛けられていたはずのギグケースはガチャガチャと音を立てながら放り投げられていた。


 重たい一撃は、魔術の補助を受けたものだろう。立とうと思ってすぐさま立てるような痛みではなかった。「ぅがっ」と、倉田は声すらまともに出せなかった。


「よし、あれが刀だよな」


 その一言と共に、和川はギグケースに近付いて行く。



     ***



 例え手負いの和川であっても、そこらの魔術結社の下っ端に負けるような情けない男ではなかったということだ。


 和川が捕縛されたことが、通信札から聞こえた敵の『〈先手は万手〉』という声から推測出来た時には多少焦りはしたが、そこをアシストするのが自分の役目と弁えている不知火は、冷静にそれを燃やし尽くした。


 近接戦闘に特化した和川は、倉田とかいう男を無事撃破したようだ。転がったギグケースを拾おうとしているのが、この距離まで来られれば認識は出来る。


 ほっと一息。だが、そうなる為には、まだここは魔術の臭いがし過ぎていた。


 和川の背後に迫る陰に、不知火はいち早く気付いたのだ。


「和川!」魔術よりも声の方が早く届く。不知火は叫んだ。


 まるで世界が止まったように、その光景は不知火の視界にはっきりと映る。脳が全てを理解するようだった。


 ピンときた。というのは、きっとこういう感覚なのだろう。


 あれは作間翔だ。魔術結社『先導者(ヴァンガード)』の一員にして、『SSパッケージ』のトップ。


 一秒にも満たない一瞬よりも短い僅かな時間に、作間翔が和川奈月に襲いかかる。


 その両手には刀があった。


 遠目からでも分かる。刀身から柄まで、傷があることが。


風裂(かぜ)』と『波断(なみ)』、二刀で一つの刀。


 ――誰の目にも明らかだった。


か、刀が……!

次回もよろしくお願いします。

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