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神の魔術師~Fall MOON and Golden FLAME~  作者: 壱ノ瀬和実
先導者

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SSパッケージ 4

「なーに言ってんのか分かんないっすね」と、倉田は軽い調子で答える。


 大嶋は小さく構えを取り、緊迫の度合いは増していった。


「あなたたちが全てやったんでしょ、なんて言われてもっすよ、俺らはその『全て』ってのが分かんないんすよ、出海夕夏さん」


 出海は腰元の刀に手を置き、倉田の三白眼を睨みつける。


「現に『風裂(かぜ)』と『波断(なみ)』は盗まれました。そして、それによる被害者もいます。それを分からないだなんて言わせません。改めて伺います。刀を盗んだ目的は、一体なんですか」


 出海から鬼気迫るものが溢れ出る。そこには、先程までの華奢な女の子の弱々しさと呼べるようなものは一切ない。この『裏』の世界に相応しい、紛れもない『闇』だった。 


 倉田はニヤリと笑った。寒さの厳しい夜に、白い息が怪しく溶ける。


「まあ、追いつかれちゃったわけですからね」倉田の声音が変わった。


 出海は柄を握り、抜刀の用意をする。


「出海さんなら分かると思いますけど、今まで俺ら、チェックポイント以外では極力、魔術は使わないようにしてきたんす。追手が怖かったっすからね。だから、いち早くすべきことも全然急げなかったし、おかげで魔術使い放題の追手にも追い付かれた――でもそれって、見つかっちゃったら関係ないってことっすよね。だって、居場所がバレることに、もう怯えなくてもいいんすから」


 倉田はギグケースを大嶋に渡そうとするが、大嶋はかぶりを振り、それを拒否した。訝る倉田に、大嶋は小声で、「倉田さんが鍵ですから、私がそれを預かるわけにはいきません」と、そう言って、大嶋は一歩前に出る。


「あなたが相手になると?」


「ええ。丁度いいでしょう。女同士、互いに手心を加える必要もないでしょうから」


 大嶋は白のダウンジャケットのポケットから、何かを取り出した。


 夜の中、出海の目には、それは幼児用知育玩具、有り体に言えば、ブロックに見えた。


「行きます」


 大嶋の魔力が溢れだした。ボブカットの茶色い髪が強風に揺れるように舞い、周囲にて熱が泳いだ。


『残虐、故に繊細であれ――〈砕球(バースト)〉』


 囁くような声は、尖った攻撃性を隠すような丸みを帯びていた。


 数個のブロックが投げられる。それらは宙に浮き、一瞬にして弾け、透明な球体となって漂った。


 その数、十五。


 シャボン玉のようでありながら、大きさは人の身体を覆うほどだ。


「こんなもの……」涼風は、長い刀身を鞘から抜こうとした。


 だが、それは思わぬ所から必要性を失う。


『〈烈火(インフェルノ)〉』


 その声が響いた瞬間橙色が周囲を走り、熱を爆発的に広げながら、ゆらゆら揺れる炎が球体を包み爆ぜた。


 圧倒的魔力だ。初見の出海からするとその威力たるや凄まじく、敵の脅威が赤子のように思える程だった。


 目の前で金色の髪が靡く。それは、魔術師、不知火オーディン大和の息吹だった。


 不知火は出海の前に立ち、一瞥して手で制する。


「刀は出さない方がいい。あれは〈砕球(バースト)〉。触れれば爆発する」


 不知火の静かな声にはそれ以上の凄味があった。


「ともあれ単独行動ご苦労さま。説明は後で聞くとして、今は眼前の敵を屠るとしようか」


 不知火の声は夕暮れ時のものとは明らかに違っている。自身への仲間意識というものが一切ないように、出海には思えた。


 爆風が巻き上がる。炎は弾けて、熱だけがちりちりと空気を焼いた。


「増援かよ……しかも見覚えがねえっすね。北陸分所の人らじゃないってことっすか」ギターのギグケースを抱えた倉田が呟く。「大嶋、やれるか」


「やります。倉田さんはお先にどうぞ。あと一ヶ所ですので、そこまでは粘ります」


「よし、頼んだ」


 倉田は金髪の男に向かって丸型コースターのようなものを翳す。


 不知火は、それがその男の魔術媒体であることを見抜く。易々と魔術は使わせない。


『〈(クリムゾン)〉』


 不知火が口にした魔術。それは、発動の速さに重点を置いた炎だった。


 コースターを貫くように炎の一閃が放たれる。


 だがその炎は、目標を穿つことなく阻まれた。〈烈火(インフェルノ)〉から難を逃れた僅かばかりの浮遊球体が、大嶋の操作によって壁となり、炎を瞬間的な爆発に変えてしまう。


「よくやった大嶋!」倉田が叫ぶ。


 丸いコースターが闇にて光る。


『得てしてカラスは蔓延るものなり――〈闇夜に(からす)、雪に(さぎ)〉』


 詠唱と共に、夜に紛れる一人の男。蛸が岩場に張り付き色を変え隠れるように、魔術師の姿は闇に消えていく。魔術に発動に躊躇いのなくなった魔術師は姿を晦まし、その場からの逃亡を謀る。


 だが、不知火はそこまで不用意ではない。


「和川奈月、奴は任せた」大声でもないのに、どこからともなく返事があった。


「わ、和川さん?」


「ああ。こう姿を隠そうとする奴を目聡く見つけるのは彼の専売特許さ……いや、過言だな。得意技程度に止めておこう」


 和川奈月の姿が、出海の視界を掠めた。


「隠れていたんですか?」


「単に遅かっただけとも言うが、待たせていたことは確かだ。彼はどうも疲れているようで、今日は使い物になりそうもないんだ。戦力不足の今、労働を拒否する権利はないから、当然休ませはしないが」不知火は呆れ気味に言った。


 偶然にも到着に後れをとった和川は、新たな役目にその足を向けた。


 この場は、不知火オーディン大和、出海夕夏、大嶋愛生の三人が支配する。


「無駄ですよ。追っても」大嶋は小声で、表情一つ変えずに言う。


「何故そう言える。君の仲間にそこまでの強大さは感じなかったが?」


「いえ。そういうことではありません。倉田さんは、私からみてもそこまで強いとは思えませんし、あなた方にとってみればなんの障害にもなり得ないでしょう」


 仲間に対してなんて辛辣な評価を下す女だ、と不知火は思うが、しかし、先程の〈砕球(バースト)〉を見るに、詭弁でも強弁でもないことは明白だった。


「じゃあ、どういう意味で言ったんだい」


「倉田さんだけならば、なんの障害にもならない。そういうことですよ」


 不知火は目を見開いた。


「彼と君との二人一組で動いていた訳ではないということか」


「二人一組ですよ。一組かどうかということです」


「刀の護衛か」


「さあ。無知では推測も立てられないでしょうから、その点に関しては、もしかしたら出海さんの方がよくご存じかと思いますよ。鉄堂光泉に関しては私たち以上にご存じでしょうから」


 その一言が出海に突き刺さる。


「どうしてそれを――」出海には明らかな動揺があった。不知火は眉を寄せる。


「安心してください。周知されているわけではありませんので。作間さんも、恐らくは知り得ませんよ。あと言いますと、あなたが本当に追っている相手というのは、少なくとも私ではありません。ここで私に時間を取られるよりは、もっと有意義な時間の使い方があると存じます」


 刀が、カタカタと軽く高い音を連続して響かせる。


 出海は手を震わせていた。柄を握り締める力が弱まったように手はほどかれ、頬の汗は計り知れない恐怖を含んだように重たく落ちる。


「どこまで知っているんですか」


 心臓の搏動がバクンバクンと脳天を衝く。出海の心は大きく揺さぶられた。


「あなた以上かは別にして、作間さんよりは」



 大嶋はさらに幼児玩具であるブロックを放った。魔術媒体は魔力に呼応し黄色に輝く。


『残虐、故に輝かしくあれ――〈輝球(ライティング)〉』


 ぽつぽつと、黄色い電球のようなものが浮かぶ。数は、もはや数えきれない。


「先程と同じです。触れれば爆発しますので、そのおつもりで」長身をくねらせながら、大嶋は小さく手を振る。「じゃあ、さようなら」


 大嶋は闇に消えるようにその場からいなくなった。


 出海は「待って」と叫ぶが、意味などあるはずもなく。


「得体が知れない奴だね。だが、今は和川を追おう。万全の和川ならいざ知らず、今の和川は複数を相手に出来るだけの魔力はない」


 不知火は赤石を撒き、


『蝋燭に火を灯せ――〈火ノ(ひのつぶて)〉』


 赤石の一粒一粒が小さな火に変わる。それらは糸に操られるように、不規則な動きでありながらも確かな目的地に向かっていく。そして、黄色い球体に寄り添った。


 確実に、〈火ノ(ひのつぶて)〉が無数の球体に触れた。


 不知火と出海は自身に防御魔術を張る。


 直後、球体が塵のような輝きと共に爆ぜた。小さな爆発が連続する。爆竹が間を置かず弾けるように、球体は拍手喝采を思わせる激しさで爆音を連続させる。


 静寂の町を、荒々しい空気が壊していく。


 火花の中、硝煙の香りがしない今がやたら不自然に思える。現況を奇妙がりながら、不知火は出海の肩に手を置く。


「君に赤石を仕込んでおいた。他の魔力と邂逅した時に反応するようにしておいたんだ。済まない。手放しで信じられるとは思えなかったんでね」


「……いえ、理解できます」


「そうかい。詳しくは後で。和川を追おう。現状を簡潔に説明してくれ」


「……はい」


 二人は身体に簡単な魔術を行使し、速力を上げ走り出した。


 しかし二人は、姿を消した倉田を目で追うことが出来ない。


 不知火は和川に通信札で連絡を取る。


「今すぐ通信を寄こせ。そして切るな。君の位置情報を元に僕らも追う」一方通行の通信だった。

 通信札には、発信者の位置情報を着信者に伝える特徴がある。それを利用して、逃走者ではなく追跡者の方を追うことにしたのだ。


 程なくして和川からの通信が来た。和川も事情はなんとなく察したので、余計な言葉は送ってこなかった。


「そう離れてはいないな」と不知火は呟き、続けて、「では、今必要な情報は教えてもらおうかな」と、酷く冷たい目線で言い放った。


 気も弱そうに、小さな声で「はい」と言って、出海は柄をぎゅっと握る。


「敵は、『先導者(ヴァンガード)』、とりわけ『SSパッケージ』の魔術師。男の方は倉田正己(くらたまさみ)。女は大嶋愛生(おおしまあい)です。おそらくですが、倉田の方が持っていたギターケースの中に、『風裂(かぜ)』と『波断(なみ)』がある、と考えるのが普通なのですが、わたしは、それはないかもしれないと思っています」


「何故だい」


「倉田さんは鍵、と、大嶋愛生さんが言ってました。今の『風裂(かぜ)』と『波断(なみ)』は魔力の発動に反応します。そして、鍵と成り得るには魔力を使うことが条件。しかし、そのような反応は今のところ見られません」


 不知火は嘆息した。


「話が何段も飛んだ気はするね」


 出海は申し訳なさそうに「すみません」と言った。


「まあ、君に根拠があるならいい。どうも君は今回の事件について、僕らが思っていた以上に詳しいようだからね。後でじっくり聞かせてもらうさ。じっくりとね」


次回もよろしくお願いします!

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