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神の魔術師~Fall MOON and Golden FLAME~  作者: 壱ノ瀬和実
掟破り

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爪痕 3

 騒動の終息から程なくして、通信札の通信機能が回復した。術者であるリオウ=チェルノボグが倒れたからだろう。


 本部への報告は松来が全て行い、何も知らなかったであろう本部は大慌てで、防衛会議から一転、対策本部が設置されたそうだが、後の祭りである。


 昼頃にもなると、本部に所属する魔術師数名がやってきて、松来や番場や、魔術鉱石の処理を担った涼風と共に事後処理に追われていた。


 事件の中心で激闘を繰り広げた和川と不知火、そして神田川についてはさすがに休ませてやろうということで、中部支部のベテラン勢が気を回してくれたのだが、何もせずに休めというのもなかなか酷な話。ひと眠りして腹が減ったと文句を垂れる和川は、神田川が買ってきた弁当を一瞬にして平らげ、あまりにも暇なのかもうひと眠り……しようとした所で、中部支部に来客があった。


 また本部からか、と嘆息しながら神田川が応対しようとすると、こちらがどうする前に扉が大きな音を立てて勢いよく開けられた。


「亜里沙!」


 涙声が部屋の中に響き、その人は、一目散に少女へ向けて走り出した。


 膝を抱えて小さく丸まった少女を、強く優しく抱きしめる。


「亜里沙……ごめん……ごめんね……」


 それは、嘉多蔵亜里沙の両親だった。母親の腕は、二度と離すまいと亜里沙の小さな体を包み込み、それを見守る父親の目は安堵で満ちていた。


「お……あさん……お父さん……」


 声を裏返しながら、亜里沙は大好きな人を呼ぶ。涙を言葉に乗せて。目から零れるものを抑えられなかった。


 幼子のように大声で泣き叫んだ。妙に落ち着いた雰囲気のその少女は、大好きな人の腕の中で、どこにでもいる、ごく普通の子供になった。


「良かったな……亜里沙ちゃん」


 和川が呟くと、不知火も静かに頷いた。寂しそうな少女の瞳しか見ていなかった二人には、感慨も一入だ。


「――遅かったじゃないか、広瀬」


「神田川さん……申し訳ありません、こんな大変な時に」


 返事をしたのは、父親だった。


「広瀬?」和川が不知火に耳打ちする。


「旧姓だよ。亜里沙ちゃんのお父さんは婿養子なんだ」


「へえ」


 どうも、神田川は憤っているようだった。事件の最中、亜里沙と最も長く同じ場所にいたのは神田川なのだ。他人事とは思えなかったのかもしれない。


 しかし、神田川は冷静さを欠かない男だ。説教の一つでもしたいような風情だが、亜里沙の表情を見て、自重した。


「……しばらくは一緒にいてやれ。寂しがっていたんだ」


 諭すような言い方だった。


 神田川にとっては後輩に当たるであろう亜里沙の父の肩を叩きながら、神田川は部屋を後にしようとする。


 しかし。


「あの」


 声を絞り出したのは、亜里沙の母、嘉多蔵麻里奈(かたくらまりな)だ。


「報告、松来くんから聞きました。その……力を使ったって」


 それは、嘉多蔵亜里沙が持つ特殊な力のことだった。


 母から受け継いだ、大量の魔力を内包し、その魔力を移譲する力。厳密には、他者の魔力を吸収する能力も備えている。


「ああ。使った。お前譲りの力だ。お前は……不本意だろうがな」


 神田川は、嘉多蔵麻里奈が自身の力を忌まわしく思っていることを知っている。無論、娘のその力をどうにか消すことは出来ないかと苦心していることも。


「その力がお前をどれだけ苦しめてきたかは、知っているつもりではいる。現に、今回の敵であるリオウ=チェルノボグはお前の力を目的にしていたらしい。お前が東京に出向いていることから、ターゲットはその娘になったようだが」


 その言葉に、嘉多蔵麻里奈の涙が悲しく落ちる。自身と娘の能力を消す為にありとあらゆる手を尽くしていた母親は、今回のようなことをこそ避けたかったのだから。


「だが、今回この子が力を使っていなければ、俺は命を失う危険性があった。笹見や番場に魔力を与え戦力の一つに数えられるようにしたのもこの子だ。リオウの計画の一つに組み込まれていたことは悲劇ではあったが、この子自身が自分で力に気付き、それを行使したことを俺は喜ぶべきだと思うが」


「ですが……」


「逃げた所でどうにもならない」


 嘉多蔵麻里奈が言い終える前に、神田川は被せるように声を張った。


「力とは生まれ持ったものだ。顔形が変えられる時代であっても、自分の内側とはそれこそ永遠に付き合って行かなければならない。それくらい、本当は自分も気付いているんじゃないのか、嘉多蔵」


 神田川は冷静な男で、だからこそ言い方が刺刺しく感じられることもある。胸に秘めておこうとした言葉が、つい零れてしまっていた。


「でも、今回みたいに何か危ないことに巻き込まれるかも知れない。だからその危険性は捨てきれないんです。なくせるならその方がいい……だから、私は……」


「――そんなこと、ないよ」


 涙をあふれさせながら、麻里奈は、娘の目をおそるおそる見た。


 母に映った娘の姿。その潤んだ瞳には、確かな強さが、あるように見えた。


「私、頑張るよ。だって、だって……誰かが苦しいのは、私も苦しい。それなのに、見てるだけで何も出来ないなんて、私はイヤ。それに……」


 亜里沙は躊躇いを見せながらも、母の目を、しっかりと見て、その想いを言葉に変える。


「この力のせいで、お母さんとお父さんと一緒にいられないのが……一番イヤ」


 父は、ただ静かに雫を落とす。母は、心を締めつけられる思いで、両手を胸元で握りしめた。


 それは、嘉多蔵亜里沙が、今までずっと、言えなくても言えなかった想いだった。


「ずっと、寂しかった。なんでお父さんが家にいないのかも分かんないし、お母さんはずっと仕事だって言って一緒にいてくれないし。でも、今日初めて分かったの。この不思議な力のせいで、お父さんもお母さんもいないんだって。この力をなくす為にお母さんは頑張ってくれてたんだって……嬉しかった。だって、私なんていらない子なんだって思ってたから」


「そんな……」


「だから、もういいよ。私は別に、この力をどうにかして欲しいなんて思わないから」


「でもそれじゃあ――」


「私はお母さんと一緒にいることの方が大事なの」


 これまで抑え続けてきた、少女の本音だった。


 今日までの嘉多蔵亜里沙は、感情の機微さえも押し殺し、孤独の中で生きて来た。心の叫びを声にすることもなく、良い子でい続けた。


 父は顔を伏せた。母は、瞬きも忘れて涙を流し、何度も何度も「ごめん」と繰り返しながら、強く強く亜里沙を抱きしめた。


 自身がどんな存在であろうが、亜里沙にとって何より大切なものは、何一つとして変わらない。


 大好きな人と過ごす時間に勝るものが、この世界にある筈がないのだ。


 そして少女は、サミュエル=ジョーンズとの出会いにより一つのことに気付かされる。


 どんな犠牲を払ってでも守りたいものが大人にはあるということ。サミュエルは家族の平和の為に、罪を犯すという愚行にはしったが、そこには彼なりの正義があった。


 きっと、亜里沙の両親にも、守りたいものがあったのだろう。


 その為に、本来ならば最も大切にすべき「時間」を犠牲にして両親は戦っていたのだ。愛する娘の平和の為、その特異な能力を消し去ることに命を掛けた。


「――もう、頑張らないで」


 懸命に、やっと絞りだした言葉だった。


 自分の力は、今日のような不幸を幾度も招くのかもしれない。だが、この力で助けることが出来る存在もあることを、亜里沙は知った。だったらそれでいいのだ。楽観視とも言えるだろうが、少女には、それでよかった。


 これから何が起こるかなんて、どう考えたって分かりようもないし、少女には考えようもない。子供は子供らしく我が儘を言うべきなのだ。


 ずっと、一緒にいたい――そう口にすることが、亜里沙にとってどれだけの覚悟だったか。


 涙が零れおちる。


 その一滴(ひとしずく)に、どれだけもの想いを乗せて。


 親子の心が繋がった瞬間だった。






 親子三人を部屋に残し、エントランスのような空間で、和川はグレーのソファに座って、天井を見上げた。


「こういうのって、不幸中の幸いって言うのか?」


「うち的には、雨降って地固まる、の方がしっくりきます」


「両親に会えない寂しさがあったから、サミュエルにも心を許した、ってことかな」


 いや、と神田川がソファに座りながら答える。


「そういう面はあっただろうが、そもそもあの子は賢い子だ。サミュエルが根っからの悪ではないと、どこかで感じたんだろう」


 サミュエルが残した言葉――心を見ろ――とは、サミュエルの心に気付くことが出来たそのやさしい目ならば、きっと両親の想いを知ることも出来る……そういう意味だったのかもしれない。


「まあ、あの子のことを想って黙っている方がいい、と思ったあいつらが一番悪い」


「あいつらって、両親?」


「ああ。どれだけ強い想いでも、言葉にしなければ伝わらないこともある。嘉多蔵嬢が一緒にいたいと思う気持ちもそうだ。何でもかんでも察することが出来る程、神様は人間を万能に作ってなどいない」


「……まあ、その想いというのは一応、形にはなってますけどね」


 不知火がそう言うと、神田川は、「あれで伝わると思っているのが問題なんだ」と言った。またも意味が分からないのは和川一人だ。


「どういうことだ?」


「昨日、僕らが最初に行った場所を覚えているかい?」


「滝公園」


「その前だよ」


「それは……確か病院だ。掃除しに行った」


「そう。あの病院の院長、その人こそ、亜里沙ちゃんの母親、嘉多蔵麻里奈さんなのさ」


「――え!? マジで!?」


 神田川も首肯する。


「名前……嘉多蔵医院……とかじゃなかったけど」


「医師の名前をつける病院ばかりな訳がないだろう。病院名は『アーデルハイトクリニック』。アーデルハイトというのはドイツ語で『高貴』を意味し、女性名の『アリサ』の由来になった言葉だという説がある」


「娘の名前をつけていた、ってことかよ」


「随分と伝わり辛いメッセージだけどね」という不知火の一言に、神田川も天井を見上げ、ふっと目を閉じた。


「ああ……不器用な後輩だったからな。もうすぐクリスマスだ。そんな日くらいは、親子揃って、正面から向き合って欲しいものだが」


親子の再会!

次回もよろしくお願いします。

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