魔術師 11
リオウは多くの魔術師を雇っていた。使い勝手の良い便利屋と、金さえ払えばどんなことでもするであろう貧困にあえぐ国の魔術師。
実力の有無はどうでもよかった。実力などなくても、そもそもの役割が捨て駒、そこらの見習いでも出来る簡単な仕事だ。
実力の有無はどうでもいい――つまり。
「サミュエル=ジョーンズが最も得意とする魔術が何なのか、ここまでの言動を見るに君は知らなかったんだろう。そもそも僕らをここに誘導したかった君の意図を考えれば、サミュエルを亜里沙ちゃんの誘拐、監禁の実行犯にするのはやや遠回りであることに気付く筈だからね」
リオウ=チェルノボグは、不知火が何を言っているのかが分からない。サミュエル=ジョーンズ? あんな金のない国にいる魔術師が何だと言うのか。
――姿を消し、突如現れ、死角から攻撃を加える。それはまさしく、サミュエル=ジョーンズの魔術だった。
サミュエルは小さな遊園地全体を無数の十字架で囲み、遊園地を巨大な結界で覆ってしまうことで、『本来の遊園地』と結界で作られた『遊園地に似た別空間』を分け、その二つを行き来する形で姿を隠していた。
その魔術の厄介さを体感した不知火は、大魔術廃絶部に赴く前、時間稼ぎも兼ねてその周囲に魔術媒体である赤石を配置し囲っていた。サミュエルの魔術を見ていない和川はその意図を理解出来ず、ぐちぐちと文句を垂れていたが。
とは言っても、あくまでも見よう見まね。不知火の魔術は精度がそこまででなく、本来なら誤魔化しにしかならない〈焦点外し〉と併用することで足りない知識と技術を補っていた。――そんな芸当も、並みの魔術師では不可能と言えるだろう。
「どうやら、これでもまだ白旗を振る気にはならないようだ」リオウの様子から、不知火はそう感じた。
朝陽に白髪が輝く。立ちあがった男の目は、敗戦の色をしてはいなかった。
諦めの感情は見て取れない。平和への想いの強さか――この争いへの、執着なのか。
――ならば。
真冬に似合わぬ格好の少年が、一歩、足を踏み出した。
痛みに耐え、その度立ちあがり、拳に怒りを込め続けた、一人の少年が。
「決着の時だ……白髪!」
「勝つのは俺だ……平和はこの手で掴み取る」
「その言葉、そっくりそのまま返してやる」
和川奈月は無力だ。一人では何も出来やしない。
だからこそ、隣には常に仲間がいる。
その夢を支える、最高の仲間が。
和川奈月は徹頭徹尾、その拳だけは緩めない。リオウとの激突。拳と拳がぶつかる。
最速と最速の衝突。余波は廃絶部屋上全体へと伝播した。風圧が魔術師の体に叩きつけられる。
リオウは霧状の何かを漂わせた。
それこそがリオウ=チェルノボグの魔術媒体。間近で見てはっきりと分かる。石灰だった。どこからともなく放たれた石灰は、意思を持ったかのように和川を包む。
『粉砕、激震、――〈大衝撃波〉!』
爆音。空気が叩き潰されるような轟音。
爆発の衝撃を数倍濃くしたような一撃。
地響きを超える重たい音が全身の骨を伝う。和川を最大級の衝撃が襲った。
肉体の内側の隅から隅までを蹂躙される。
和川は魔術では傷つかない。だが相応の痛みは感じる。
ただ一人にのみ向けられた圧倒的破壊力。
死にたくなる思いだった。立っていられない。傷つかなくとも、痛みで意識が飛びそうだ。
だが。それでも。
「何故だ……何故お前は倒れないんだ!」
白髪の魔術師は怒りに震える。何をしようと倒れない少年に、恐怖さえ抱いて――。
和川奈月は、口許に笑みを浮かべた。
それこそが、覚悟。
「大和おおおおおおおおおおおおおオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」
和川は、最も近くで支えてくれる魔術師の名を叫ぶ。
「やれえええええええええええええええエエエエエエエエエエエエエエエエエ!」
終末へのカウントダウンは始まった。
「――ああ」
その声は、信頼の証。
「なあ、白髪……」
痛みに耐え、痛みに耐え、痛みに耐え、魔術師、和川奈月は、真っ直ぐな瞳で、魔術師、リオウ=チェルノボグを見つめた。
「お前の平和を望む気持ちは本物なんだろう。それくらい俺でもわかる。分かるけどよ、でも違うんだよ。お前はやり方を間違えた。絶対に赦せねえ。けどよ、俺思うんだけどさ、お前はやり直せる、そんな気がするんだ。悪だけど、悪じゃない気がするから。自分の過ちを悔んで、自分の魂を見つめ直せ。安心しろ。その為に俺たちは、ここでお前を、全力で、ぶっ倒す!」
「くっそがああああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!」
絶叫。いや、咆哮に近かった。
リオウはさらに拳を振りかざす。
――和川の周りには、無数の石が撒かれていた。
赤石。不知火オーディン大和の魔術媒体。
「大和おおおおおおおおおおおおおおおおおオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」
その声が起爆剤になったかのように、赤石は紅の光を放つ。
『罪を洗い、罪を清め、罪を浄化させる聖なる炎よ。その身を悪魔に捧げし者に灼熱の裁きを!』
辺りの灯りが一層強いものへと変わっていく。
『〈炎上処刑台〉!』
全身を突き破るかのような炎が、辺りを支配した。
灼熱の炎が屋上を覆う。爆炎が天へと昇った。
その姿は十字架。炎熱の処刑台が、白髪の魔術師の躰を焼き尽くしていく。
「ぐっあアアあああアあああアアアあああああああああああああアアアアアアアッッッ!」
最強クラスの魔術〈炎上処刑台〉が異国の魔術師を襲う。
皮膚が焼ける。肉体は焦げる。体内の水分全てが蒸発するような感覚が脳内を埋め尽くす。
それは、リオウ=チェルノボグも、そして、和川奈月も、同じだった。
白髪の魔術師リオウ=チェルノボグは、炎の中で、一人の少年を見た。
黒髪に、白いシャツに、黒いズボンに、そして折れない心の、少年を見た。
『神の守護者』という名の特殊な躰を持った少年は、炎の中にあってその存在を保ち続けていた。その特殊な体質は、不思議と纏った衣服にまで及んでいる。
白髪の魔術師が叫んだように、和川も同様に苦しいのだ。だが、和川奈月は耐える。この国を守る為に、人々を守る為に。白髪の魔術師とは違う覚悟の形を持っている。
和川自身、自分は闇に生きる存在であることは知っている。だが、決して悪にまで成り下がろうとは思わない。別段否定しているわけではない。そういう正義の形があるのも分かる。でも、それは自分のスタイルではない。
全てを守って見せるという、至極単純なことを全うすればいい。自分が思う正義の形で。
犠牲を出さないという、自分なりの正義で。
「行くぞ、白髪」
拳を握る。
灼熱地獄の炎の中で、跫音もなく、敵魔術師へ向かって。
「くそァァァァああああああああああああああああああアアアアアアアアアアアアッッ!!」
白髪の魔術師の叫びなど、もはや耳には届かない。
『――この手に輝きを、今我は、神の力の一端を振るう――』
白髪の魔術師の目前に迫った和川は、心の底から叫ぶ。
「歯、食いしばれよっ!!」
力一杯に握りしめた拳が、青白い光を纏う。
灼熱を斬り裂いて、空気を叩き割るような音を立てる拳を振りかざし、自身の全力を、白髪の魔術師の顔面へ叩きこむ――。
『神罰執行――〈神雷〉!』
空気が真っ二つに裂けた。そう感じさせる音が、周囲数百キロにまで響き渡った。
夜の開けた世界に、朝色の空に、青白い雷が閃光となって一筋の光の道を奔らせ、朝靄に包まれた世界に風穴を開けるが如く轟いた。
炸裂した光の中、白髪の魔術師は宙を舞い、ほとんど空気が残っていなかった肺から漏れた僅かな息に混じり、大量の血を吐きだした。
数秒の滞空時間を経て、屋上からさらに十数メートル下のコンクリートの地面に、リオウは墜ちる。
息は、屋上からは確認出来ない。少なくとも、まともな状態で済んでいる筈がない、ということは確かだ。
こうして世界は終焉を免れ、日本を襲った魔術テロは、終結を迎えた。
和川奈月。不知火オーディン大和。二人の、若き魔術師の正義によって――。
決着……!




