魔術師 12
和川奈月はガス欠だった。
一日中街を駆け、リオウとの激突を繰り返し、そして巨大な魔力の塊を纏った拳を振った。
人間が進化の過程で二本の足で立つ道を進んだことすら疑問に感じるほどの脱力感。
仰向けになって早朝の空を見上げることが精一杯でありながら、しかし不思議と、気分は悪くなかった。
「なんというのか」
和川の方へと、不知火が歩み寄る。多くの傷を負いながらも、まるで無傷で戦場をくぐりぬけた様な雰囲気すら漂わせながら、不知火は言葉と共に髪を揺らす。
「結局最後に加減をしちゃうところが、まあ君らしいというか、まだまだ甘いよね、ホント」
「うるせえ」
ようやく、心の中にある緊迫感が拭えた気がした。余力はなくとも余裕はある。二人の口から零れる言葉からも、深刻さは残ってはいなかった。
「おいおいお二人さん。結局俺ら必要なくない? お前ら二人で十分だったくさくない?」
やや不貞腐れた番場が寄ってきて、倒れ込む和川の頬を指で突いた。やめて番場さん、と言っても、止めてくれる先輩ではなかった。
「すげえ熱かったぞ不知火ぃ。俺らごと殺す気だったろ」
「何言ってるんですか。番場さんたちの所にはいかないようコントロールしましたから」
「番場さんの言う通りですよ。寝る間を惜しんで来てあげたのに燃やされそうになるし、散々です」笹見も文句を垂れる。
「いや、お前タクシーの中で一時間寝たろ。炎からもお前、自分のことだけ水で守ってたし」
「中学生の睡眠時間が一時間で済むと思ってらっしゃるなら見識を疑います。あと、番場さんには盾があったでしょ。しかもそのあとちゃっかり水の防御に入って来たし」
「水に入るのは善意で許せよ。ついでに、大人になったら寝てなくても働かなきゃいけない時があるの。そんな頃になったら、一時間の睡眠のありがたみが分かるさ」
「番場さんそれブラック企業ですよ。おやめになられては」
「おう、お前もそこに絶賛所属中だアホ」
「笹見も番場さんも相変わらずで、なんというか、安心しますよ」和川は小さく笑った。
防御用の水をかぶったおかげで全身ずぶ濡れの番場と笹見の会話は、普段通りの見慣れた光景で、実に普通極まりない。それは日常への帰還を意味しているようで、和川にも不知火にも妙に心地良かった。
疲労に喘ぐ体に鞭を打つように、さて、と不知火は呟いて、
「まだまだお仕事は終わっていないよ。とりあえず、彼、リオウ=チェルノボグを死なせい処置くらいはしないとね。彼も闇とはいえ、犠牲が出ないならその方がいいとか、どうせ君は言い出すだろうし」
「へっ。さすが大和、分かってんじゃん」
内容のヘビーさは別にして、不知火の口調は軽い。激戦の後というのは、案外こういうものなのかもしれない。しかし軽さの中に、僅かばかりの憂いも帯びている。
戦いは終わった。青い空に白い雲が浮かび、吐く息は一層白くなっていた。
そして、長かった夜は、本当の意味で、夜明けを迎えたのだ。
ようやく。ようやく。
次回から五話ほど終章的なものをお送りして、それ以降は、新しい物語に入っていきます。
終章の後は少しだけお時間頂くかもしれませんが、お付き合いをよろしくお願いします。




