魔術師 7
「もう温存は考えるな」
不知火は和川にそう告げて、直後に戦闘は始まった。
和川奈月の戦闘スタイルは、魔術の力で身体能力を極限まで高めるもの。それは肉体に大きな負担を掛けるもので、それは和川だからこそ出来るものだとも言えるが、リスクがある以上無理は出来ず、これまではセーブせざるをえなかった。
だが、この戦いこそが今回の戦いの全てを終結させる戦いだ。ここでの敗北は、結局のところ全ての敗北に繋がってしまう。
時間稼ぎはもう必要ない。ならば、ここからが全力だった。
拳と拳が正面からぶつかった。
和川の最速は更新され、その速度から来る拳の威力も、また極限まで高められていた。
――そして、それはリオウも同じだ。
異常とも呼べる速さだった。和川の最速がお遊びに感じられる程。常人離れしていた。
二人の魔術師の衝突は続いた。絡みあう拳は、骨のぶつかる音を鈍く響かせる。
「平和ボケした猿が……真の平和を何故邪魔する!」
憤懣したリオウの声は、和川の鼓膜を責め立てるように震わせる。
衝突は二人の魔術師の最接近を意味していた。
「一般人の命をゴミみたいに扱う奴が平和を語んじゃねえ!」
「犠牲なき平和などない……何故それが分からないんだと訊いている!」
リオウは腕で薙ぎ、和川は屋上の端まで弾き飛ばされた。
だが和川は転がることなく態勢を整え、屋上の縁を蹴った。
リオウは魔術で攻撃を試みる。だが、対リオウは和川だけが行っている訳ではない。
不知火の魔術。真っ赤な炎がリオウの全身を包む。
しかし一瞬の隙にもなりはしない。
リオウは魔術で炎を弾き、コンマ何秒と要さずに〈衝撃〉を放つ。
二十五連発――一秒も掛かっていなかった。
魔術で生み出された、空気を叩く鈍器のような衝撃。和川に十八撃、不知火に二撃、そして大魔術廃絶部の建物自体に五撃、圧倒的な力をその場に打ちつけた。
和川、不知火の躰は、玩具のように投げ飛ばされた。不知火は全身に防御魔術を施していたが、本気のリオウには意味を成さなず、大量の血を吐き出した。
和川は魔術では傷つかない。しかし、十八連打を受けた躰には相応の痛みがはしる。
「かんっけい、ねえええんだ、ちくしょうがよおお!」
転がりながらもすぐさま立ち上がる。痛みを越えて和川は走る。白髪を揺らす敵へ向かって。
そして不知火は炎を放つ。時間稼ぎの間に溜めこんだ魔力を、一気に解放させた。
屋上の床スラブ一面を一瞬にして焦がす灼熱の炎は、モーゼが海を割ったように、和川の進む道だけを器用に開けていた。
和川の最速が刹那、燃え盛る炎の中心のリオウに拳を放つ。
――和川奈月は、リオウ=チェルノボグのことがどうしても赦せなかった。
和川には魔術師としてのポリシーがある、それこそが、目の前の魔術師を憎むべき敵たらしめているのかもしれない。
魔術を知らない人達が住む世界が『表』であり『光』であるならば、魔術とは『裏』であり『闇』なのだろう。『裏』は『表』の為にあり、『闇』は『光』を輝かせる為にある。
魔術師とはそうでなければならない。和川奈月には、確固たる信念があった。
決して『闇』が『光』を脅かしてはならない。『裏』が『表』を壊してはいけない。
魔術は人々を守る為に使うべきであって、傷付ける為にあるのではない。
だから和川は、リオウ=チェルノボグを赦すことが出来ないのだ。
どんなに掲げた大義がご立派だろうが、そのプロセスは誉められたものではない。それは、魔術師として最も選んではいけない道なのだから。
和川奈月は平和を愛している。そしてこの平和は永劫のものでなければならないとも思う。戦争は嫌いだ。なにも、武器さえ持たなければ戦争にはならないなどというお花畑に成り下がった訳ではない。
さりとて、禁じられた大魔術などという災厄が世界を争いの渦に巻き込む可能性があるのなら、その力が人々に死以上の苦しみを与えるなら、なくさねばならない。
だからこそ彼は、大魔術廃絶部という部署の設立を発案した。
大人たちは馬鹿にした。大人たちは、和川の言葉を軽くあしらった。
それでも和川は退かなかった。
平和の為に、笑顔の為に、彼は出来ることならなんだってする。
傷つくこともいとわない。恥辱を衆目に晒そうと構わない。
それでも彼は、絶対にしないことがある。
拳を握り、リオウへと向かって行く和川は叫ぶ。その想いを。その覚悟を。
絶対に――
「諦めてたまるかああああああああああああああああああああああああああっ!」
和川の信念がリオウに立ち向かう!
次回もよろしくお願いします。




