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神の魔術師~Fall MOON and Golden FLAME~  作者: 壱ノ瀬和実
掟破り

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魔術師 6

 リオウは、茫然とした。唖然とした。理解が追い付かなかった。


 視界が歪む。鼓膜が音を拒絶する。リオウは、まるで自分という人間が消えていくような感覚に襲われていた。


 不知火が構える通信札から聞こえる声は、優しげな涼風和奏の声は、こう言って、リオウ=チェルノボグが費やした時間や、抱いた感情、行動、存在、魔術師として生きて来たこれまでの一切合財を、たった一言、この一言で終わらせたのだ。



『――魔術鉱石の封印、無事終わりました』



 時間が止まった。リオウの実感としてはそうだった。


 まず現状が呑み込めていないのだ。〈掟破り(ルール)〉が発動されていない、目の前の光景が嘘のようなのだ。


 リオウの理解を待たずして、その言葉は問答無用に脳天を衝いた。


 ――魔術鉱石の封印。


 そんなことが可能なのか? そう聞かれたら、ほとんどの魔術師が不可能だと声を揃えるだろう。


 ただ、日本魔術協会の魔術師は、愚問だと吐き捨てこう答える。


 可能だよ。涼風和奏なら、と。


「鳩が豆鉄砲を食らっても、もっと可愛げのある顔をするだろうね」


 不知火の言葉も、リオウには言葉として届いていないだろう。


「特別はあるんだよリオウ=チェルノボグ。残念ながら、日本魔術協会中部支部は、魔術界きっての化け物集団だと自嘲気味に言ってしまいたくなるような、可笑しな組織なんだ。

 どうだい。もう時間稼ぎ云々は関係ないが、事の顛末は教えておいてあげようか?」



     ***



 魔術鉱石を追って敵魔術師の居場所を掴んだ後、駅の休憩所にて、通信札ではなく携帯を使って、松来との連絡を取っていた。通信札に施された面倒としか思えない詳細な設定から見るに、敵に傍受されている可能性もあると考えたからだ。


 これまでの経緯から、敵、リオウ=チェルノボグの思惑については察しが付いていた。おかげで、何もしないよりはいくらかマシな対策が取れる。


 まず、リオウ=チェルノボグの魔術師としての実力は、和川と不知火の力を足しても足りない程の差があるということを忘れてはいけない。つまり、勝とうとして勝てる相手ではないのだ。ならばどうするか。リオウを倒す意外の方法以外でこのテロを止めなければならない。


 幸い、敵は和川と不知火を呼び寄せるかのように、尻尾を掴ませようと自らの尾をちらつかせていて、サミュエルに届いた依頼書からも、翌朝までは猶予があると推測出来た。


 つまり、それまでにその他の要因をなんとかすることが出来れば、リオウ=チェルノボグの撃破は二の次でいいことになる。


 その他――すなわち、テロに最も関係しているであろうもの、魔術鉱石。それさえ無効化出来るなら、この儀式場は意味を成さなくなる筈だ。


 そして、それが出来る人間が、日本魔術協会中部支部、廃絶部には、一人だけいる。


 涼風和奏。大魔術廃絶部に所属する魔術師だ。


 東京で行われている、地方の魔術師の多くが集まって日本の防衛についてのあれこれを議論する防衛会議に出向いていて、涼風は中部支部圏内には不在なのだが、彼女は重度の都会嫌いだった。なので毎年必ず初日で帰ってくる。そこに唯一の希望があった。


 彼女は魔術鉱石を封印出来る特殊な力を持っており、涼風が魔術鉱石の一つを封印してしまえば、今回の事件は片付く。


 まず不知火は、その為の時間稼ぎを松来に提案した。


 涼風和奏はこれまた重度の方向音痴で、真っ直ぐ家に帰ることも出来ない。つまりどうしても時間が掛かる。ならば、それまでの時間は不知火達が稼がねばならない。様々な要素から推察したことを長々と話すでもよし、方法はいくらでもあった。敵は和川達を待っている様子……ならば、あえて到着を遅らせるというのも手だ。


 あとは、涼風を少しでも早く神田川や嘉多蔵亜里沙のいるところまで誘導すること。前述通り涼風は方向音痴なので、ここばかりは通信札の位置情報を得て、松来が一々指示を送ることになる。傍受される心配はあるが、そこは気付かせないようにするしかない。


 敵にどんな策略があろうが、魔術鉱石さえ封じてしまえば問題は解決。この策には不知火の推測が全て的中していなければならない、という前提はあるものの、無策に比べればどれだけ立ち回りやすいか。


 言ってしまえば、今回の大魔術廃絶部の考えは一つ。


 いかに涼風和に魔術鉱石封印の時間を与えるか。


 その一点のみだったのだ。



     ***



「まあ、これで一安心だよ。万事解決。時間稼ぎも出来たし、魔術鉱石の封印は涼風が滞りなくやってくれた。一つ不満を言うなら、和川奈月が使えなかったことかな。まあ使わなかったのは僕なんだけど。戦わずに時間を稼げ、なんて、見るからに不器用な和川には無理だろう」


「だから俺には内緒で……でもお前、俺が羨ましいとか何とか言ってただろ」


「方便だ。それくらい気付きなよ」


『あのぉ~。うちはこれからどうしたらいいですかね?』


「ああ、すまない。君はそこで亜里沙ちゃんの護衛を。大魔術については解決したけど、まだ敵が潜んでいるかもしれないからね」


『了解です。亜里沙ちゃんは守って見せますよ。三人で、ね』


 不知火は嘆息した。


「ったく、松来さんから聞いたのか……まあ、君ならそうすると思ったよ。だから松来さんには伝えすぎないよう言ったんだけど」


『恐縮です。松来さんを責めないでくださいね』


 そう言って、涼風は通信を切った。


「と、いうことだ。まあ今更言うつもりもないんだけど、リオウ=チェルノボグ、もうおしまいだよ。最も警戒すべき『敵』について、君は下調べを怠った。その驕りが敗因だ。和川奈月のその力を、涼風和のその能力を、君は全てを調べておくべきだった。そうしていれば、自ずとこう言う答えを導き出した筈じゃないかな。テロなんてくだらないことはやめておこう、とね」


 和川奈月の『神の守護者(ガーディアン)』を。


 涼風和の『魔術鉱石を封印してしまう特殊な能力』を。


 リオウ=チェルノボグは、敵対する魔術師の数が少ないという理由と、通信手段の制限が掛けやすいという点で、防衛会議当日をテロの決行日に選んだ。それは間違っていなかっただろう。だが、敵が少なければそれでいいかと訊かれれば、そうだと言いきれはしない。


 だが、魔術師リオウは、そもそもにおいてレベルの違う魔術師なのだ。肩を並べるものはそう多くない。ましてや、極東アジアの小さな島国に、自分の計画の阻害をする人間がいるとは思えない。驕りと言えばそうだが、事実として間違ってはいない。


 しかしリオウは、用心深い男だ。あちこちに保険は掛けていた。


 もしもの事態に対応することは、当然考えていた。



 自分の実力でねじ伏せられるものはねじ伏せる。



 それこそが、最大の保険でもあった。


「――は、は、」


 リオウは、息を乱した。まるで今の今まで息が止まっていたようだった。


 そして、


「は、は、ははは、はははははははははは!」


 和川は一気に警戒の体勢をとった。不知火は背筋を伸ばしたまま、しかし腰元の袋の中身を手にした。


 立ち尽くしたリオウ=チェルノボグの姿が、今までにない邪悪さに覆われた瞬間だった。


「終わり……か」


 リオウは、すっかり夜の明けた空に向かって、そう呟いた。


 靄が掛かったような町はやはり静かで、この場には人間が一人としていないのではないかと思わせる程で、だからこそ、この邪悪は際立ち異彩を放つ。


 そこには、平和を口にしていた魔術師の姿は、もうどこにもなかった。


 簡単なことだったのだ。


 積み上げて来たものの全てが瓦解し、理性が壊れたリオウにとって、今、最善を選ぶ冷静さはない。


 だからこそ、本能のままに。


 感情さえも放り捨て、自分自身が為すべきと感じたそのままを行動に移そうじゃないか。


 そしてリオウが、リオウの崩壊した本能が選択した道は――



「ぶっ壊す」



 白髪の魔術師の全てが崩れ去ったのは何故だ。目の前の魔術師だ。


 原因は壊す。


 壊して――どうなるかはわからない。


 暴走した感情が、両刃の剣となって魔術師へ襲いかかった。


 静かな世界で、暴力が渦巻く刹那が、幾度となく繰り返された。


リオウの暴走が始まる!次回もよろしくお願いします。

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