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神の魔術師~Fall MOON and Golden FLAME~  作者: 壱ノ瀬和実
掟破り

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25/125

その先には 3

 一直線に目的地に向かうのかと思いきや、どうやらそうではないらしい。


 和川奈月は不知火オーディン大和と共にひとっ走り。無論、魔術を用いてなので、全力疾走ではないが人並みの速度はゆうに超えていた。


 目的地ははっきりとしている。不知火はその場所を魔術の力で明確に見ていたし、和川はその不知火の話を聞いた。


 だが、辿り着いたのは、話に出ていた場所から少し離れた場所だった。


「これはどういうことだ」


 目的地周辺、大型スポーツ用品店の駐車場にて。和川はイラつき気味に不知火に訊いた、というよりは、若干キレていた。


「君には説明が必要かい? わざわざ?」


 人を小馬鹿にした態度で、不知火は和川を見下すように笑う。


「必要に決まってんだろうが。急がねえとならないってのに、さっきからあちこち走りまわるだけで何もしてねえじゃねえか!」


「ん、君には何もしてないように見えるのか。知識と集中力が足りないようだ。まあ、そうだね。サミュエル=ジョーンズに学んだ、という表現にとどめておこうかな」


「はあ?」


「無意味に動く程僕は馬鹿じゃない。それくらいは分かってほしいな」


「それくらいは分かってるけどさ」


「そうかい。高評価に感謝しておこう。じゃあ、信じて着いてきたまえ。必要なことだと言えば納得するんだろう?」


 和川は悪態をつきながらも「ああ」と肯定する。知識では不知火には敵わない。和川にはそう答えるしかないのだ。


「ところで、あと少し走るけれど、体力は大丈夫かい?」


「問題なし! ってか今日俺何もしてないしな。有り余ってる」


「そうだね。でもここからはそうはいかない。夜明けまでに全てが片付けばいいけど、そう簡単にことは運ばないだろうしね」


「その一言は聞きたくなかった」


「すまない。だが覚悟はしておいてくれよ。何せ敵は、大物魔術師なんだから」


 目的地は目の前だった。歩いて数分も掛からないだろう。だが、


「じゃあ、あと数か所回ろうか。準備にはもっと時間を使いたいんだ」


「え、まだ行くの? すぐそこじゃねえかよ」


「サミュエルはまだまだこんなもんじゃなかったよ」


「だからその言葉の意味が分かんないだって!」


 教えてくれよとせがむが、不知火は軽くあしらうだけだ。理由はいくつかあるのだろう。単純に、


(言ったって理解するのに時間が掛かるだろう……面倒なんだよ、さすがに)


 と思っているだけの可能性もあるだあろうが。


 和川奈月の頭は決して残念ではない。ただ少々、説明に労力がいるだけなのだ。


 今そんな時間も体力もあるだろうか。よしんばあったとしても、和川一人の為に浪費したくなどない。不知火は、なにより効率を重視しただけなのだ。



     ***



 ビルの一階、空きテナント。魔術鉱石から漏れ出た大量かつ未知の魔力を受けた神田川英明(かんだがわえいめい)は、苦しみのあまり、悶える声を押さえるのさえ困難だった。


「どこか痛いの?」


 優しい声は、魔術師サミュエル=ジョーンズによる誘拐、略取の被害者となっていた少女、嘉多蔵亜里沙(かたくらありさ)だ。普段活発な少女は、真冬といえどショートパンツ。冬の夜の、突き刺すような鋭い寒さに凍えていた。


 しかし、少女はそれでも、神田川に優しさを向ける。


「何か出来ることある?」


 神田川は冷や汗をかきながら、亜里沙の言葉を受けて、視線を送る。


「大丈夫だ……すまんな、こんな所に、閉じ込めるようにしてしまって。寒いだろうに」


 苦しさが声に現れる。


 亜里沙はかぶりを振った。


「私はいい。寒くない」


 結界によって守られたこのテナントはお世辞にも広いとは言えない。それでも、店舗として貸し出されるだけのスペースはある。だが、中央に横たわる神田川の側を亜里沙は離れなかった。不安なのだ。一人の少女には、夜があまりにもおそろしいものに思えてならない。


 少女は、一人の魔術師と心を通わせた。それは少女の勘違いだったのかもしれないが、しかし亜里沙はサミュエル=ジョーンズを信じるに足る人物だと判断した。


 サミュエルは戦闘によって命の危険にさらされた。もちろん、サミュエルは自身をさらった犯人だ。そうなることも仕方ないということは、小学生の亜里沙でも理解は出来る。


 だが、素直に受け入れられるかといえば、やはりそれは難しかった。


 人の苦しむ姿は心をズキズキと痛めつけてくる。思い出すだけでも、自然と涙がこぼれた。一滴、二滴、床に落ちる。


 胸が痛い。目を背けてしまいたい。でもそれが、亜里沙には出来ない。


 息を乱す神田川を見て、亜里沙は涙を拭った。


「私には何も出来ないんだ」


 そう呟いて、また頬を伝う涙を今度は拭うことなく、ゆっくりと目を閉じる。


 亜里沙は小さな手を神田川の胸にかざした。何が出来るわけでもない。だが、目の前に倒れているのがたとえ自身を危険に陥れたサミュエル=ジョーンズであっても、少女は同じことをしただろう。


 普段の彼女を見れば、ませた少女に見えるかもしれない。生意気に感じられる瞬間もきっとあるのだろう。だが嘉多蔵亜里沙という少女は、他人(ひと)の為に涙を流せる、優しい心の持ち主なのだ。


「助けてあげられなくてごめんね」


 サミュエルへの言葉だった。神田川への言葉だった。無力な自分への言葉だった。


 少女は手をかざす。冷たい夜に、しかしその手は温かい。

 小さく、柔らかく、そしてやさしい、無垢な心がそこにはあった。



 ――心を、その目で見ろ――



 サミュエルが最後に残したという、亜里沙への言葉だ。

 意味は、亜里沙にはまだよく分からなかった。


 ――亜里沙は寂しかった。ずっと。ずっと。


 少女には両親がいる。だが、そばにはいなかった。


 祖父は、日本魔術協会の理事。父も魔術師。母は医者だった。


 単身東京で働く父には、もう一年近く会っていない。一緒に住んでいる筈の母は、「仕事」が口癖の、忙しない毎日を送っていた。最後に会ったのは三日前だ。


 一人、一軒家のリビングで膝を抱える日々。小学生の、八歳の女の子にとって、それが平気なものになるには少しばかり寂しさが過ぎた。


 私はいらない子なんだ――そう思ったことが一体何度あっただろう。


 嘉多蔵亜里沙の日常は孤独と共にあった。だからこそ、サミュエル=ジョーンズとの歪んだ交流さえも、少女にとってかけがえないのない、孤独を忘れられる時間になっていたのだ。


 遊園地に軟禁状態だった時、亜里沙は、「果たして家族は自分を助けてくれるだろうか」と幾度か考えた。だが少女の中に、家族が必死に自分を探す姿は見えなかった。案の定、見つけてくれたのは見知らぬ魔術師だ。母でも父でもなかった。


 ――心をその目で見ろ――


 どういう意味だったのだろう。

 反芻するが、やはり分からなかった。


 自分には何が見えるのだろう。サミュエル=ジョーンズは、自分に何を見たのだろう。


 嘉多蔵亜里沙はまだまだ子供だ。どこか大人びていても、大人ではない。


 一人のリビングは寒かった。二人きりの遊園地は、温かかった。


 寂しいよ。

 会いたいよ。

 お父さん。

 お母さん。


 一人ぼっちな自分を迎えに来てほしい。


 やさしい心は涙を流し続ける。

 等身大の心は叫び続ける。


 誰かを想うやさしい心の持ち主は、それでもやはり、一人の少女なのだ。


 強くて、弱くて、たくましくて、涙もろい、女の子。


 だからこそ、わがままも言う。涙も流す。笑う。拗ねる。怒る。悲しむ。


 やさしい少女は、その無垢な心で、大切なものを見ようとする。大切なものを、見せてほしいと願う。


 まだ何も分からない、ちっぽけな存在だけれど。


 嘉多蔵亜里沙は、どんな大人の、どんな着飾ったやさしさよりも温かな、本当のやさしさを眼差しに込めて、その瞳を開く。


 ――ねえ、おじさん。心ってなんだろう。目には見えないよ。どうしたら見えるんだろう。触れれば分かるかな。触れられれば分かるのかな。私は見たいんだよ。大切な人の、本当の心。やさしい心は、ちゃんと、見えるのかな。



     ○



 神田川は温かな何かを感じた。


 悲鳴を上げ続ける体から、苦しみが遠ざかっていく感覚があった。胸の痛みが和らぐ。息苦しさが溶けていく。重たい体が軽くなる。


 息を大きく吸って、ゆっくりと細く吐いた。まだ脈は荒いが、それでも、幾分か楽だ。


 神田川は、隣で眠る少女を見つめた。


 嘉多蔵亜里沙は、自分に体を預けるように眠っていた。真冬の寒さにあって、少女の体は柔らかな温かさで包まれている。


 それは不思議な感覚だった。人の温かさだけでは説明できない、安らぎにも似たこの感覚はなんなのだろう。神田川は考えてみるが、頭がまだ冴えないのか、靄が掛かったように意識がはっきりしない。


 体はまだ起こせそうもないが、深呼吸で胸が痛むことはない。


 まだ事件の収束は見えないだろう。進展もないかもしれない。気にかかることがあるせいか、頭だけはまだズキズキと痛む。


 さて、今の自分には何が出来るだろうか。動けなくたって出来ることはあるだろう。そう考えてみれば、何もなくたって何かしら浮かんで来るものだ。


 ベテランと呼ばれるにはまだ早いが、若手が増えて来た今、神田川英明ももはやその域だ。


 そんな人間が、こんな所でただ傍観者のままいて良いものか。周りは良いというかもしれない。しかし神田川はそういう無責任が嫌いだ。他人には強制しないが、自分自身が楽をすることが気に食わない。


 神田川英明、齢四十二。


 残った魔力が尽きるまでは、諦める気など毛頭ない。


 ――毛根は既に……だが。


一方その頃、笹見みづきは……次回、「笹見みづきは奮闘する」

笹見ちゃんを書いている時が一番楽しいかも知れません……。

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