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中部支部近くのビルにて

 魔術師、江成宗吾(えなりそうご)。日本魔術協会中部支部近くのビル、その屋上にて。


 若手の中ではそれなりに実力者、という中途半端な評価の中で生きて来た彼の目の前には、初体験の世界があった。


 中央から広がる儀式場は、屋上の大部分を占めていて、足の踏み場もないという程ではないが、居場所は限られていた。


 魔術鉱石は貴重なものだ。そうそう目に出来るものではない。触れるわけにもいかず、かといって他にどうにか出来る訳もなく、溢れ出る膨大な魔力をせめて垂れ流さないよう、ビルの周囲に結界を張ることしか出来なかった。が、それも完璧ではない。それどころか、大音量のパンクロックを薄壁一枚で聞こえないようにすることなど不可能なように、降り注ぐ雨を通勤かばん一つで防ぐことが不可能なように、つまりは無意味だった。


 そもそも、魔術鉱石という特別なアイテムに関しては、江成は素人なのだ。専門家は別にいて、東京で重要な会議中。敵さんも今日という日を狙っていたのかもしれないが、いい迷惑である。


 番場(ばんば)から色々と報告を聞いて待機していた所、今しがた松来からの待機命令と、手負いの番場の元へ笹見(ささみ)を向かわせるよう、お仕事を頂戴したのだが。


「おーい。聞いたか笹見ちゃん。番場さんの所行けってよ」

「え、嫌です」


 しかしそれを一蹴するように即座に冷酷に断りやがったのは、江成宗吾の後輩で、女子中学生、笹見みづきだ。実に気だるそうに屋上の端に座る笹見みづきは、今この国に起きている事態を一切把握しようとしていなかった。ひたすら我関せずを貫くように携帯をいじっている。肩までしかない髪は年相応に(つや)やかで、冬の冷風に靡く様も柔らかだった。セーラー服の上に長いセーターを羽織ってはいるが、やはりこの寒さは簡単には防げない。それはスカートを穿いているからであって、手で太ももをさする仕草をした所でどうにかなるものではないのだ。身長は同世代の平均より低く、長身の江成が近くにいると親子のようだった。


 予断を許さない現状に、しかし江成の声は軽い。重苦しい空気に自分が落ちてしまわないよう、あえて明るく振舞っている。


「結構大変なことになってるって気付いてるか笹見ちゃん。いい加減にしないと怒るよ?」

「怒ってもいいよ。江成さん怖くないもんっ」


 目線も寄越さず、笹見は携帯をいじる。


「そうだな。笹見ちゃん可愛いから強く怒れないんだよな、おれ」

「口説いてるんですか? 気持ち悪いですよ」


 江成の方を見ることはないのに、表情には嫌悪感を滲ませて辛辣に言葉を吐きだす。江成も人の子、普通に傷ついた。


「そ、そんな気はさらさらないけどね」と言いながら、江成宗吾は真っ白なため息を相当深く吐き、頭をポリポリと掻きながら、「ま、まあ、このまま何もしないようだと……ほら、言いつけるしかなくなっちゃうんだよなぁって思う訳でさ」


 その一言に、


「……え?」


 笹見の表情が死んだ。

 曇ったというのではなく、感情が死を選んだかのような無だった。


 続ける江成の言葉で、笹見には苦悶が浮かぶ。


「いいのかな? 小木曽(おぎそ)さんに、今日のことぜーんぶ話しちゃっても。明日帰ってきたら、真っ先に報告しちゃっても、いいのかな?」

「……え? ……え?」


 これは脅迫である。


 ただ一人、笹見みづきにのみ有効な超限定的脅迫。その効果は抜群で、今の今までまで携帯をいじっていた手は通信札を握り、わざとらしく背筋を伸ばした。


「じゃあ江成さんいってきます」


 笹見は下手くそな作り笑顔を江成に向けた。隠しきれない恐怖を冷や汗という形で見せる。たどたどしい挙動で、自身の魔術媒体である魚の形をした醤油さしを数個握った。「へへへ」と作り笑顔はそのままに、ぶつぶつと詠唱をして、笹見はビルから飛び降りた。


「おいっ!」焦った江成は慌ててビルのへりから下を見た。


 地方都市の灯りの中、上空から少女が落ちてこようものなら悲鳴が幾つも飛び交いそうなものだが、ビルとビルの間の薄暗い所に着地したおかげか、騒ぎにはならず。


「はあー、なんだ。着地の瞬間に水が体を守るように魔術使ったのか。まあ別にいいけどさ……説明してから降りてくれよ頼むから……先輩ビビっちゃうだろ」


 江成は再び大きく息を吐きながら、へたり込むように屋上のアスファルトに臀部を付けた。


 夜空を見上げて、江成宗吾は気だるそうに愚痴を零す。


「さて、どうしたもんかな。こんな結界じゃあどうにもならないし、何も出来ることないし、でも放ってもおけないし……はーあ……いつもならもう帰ってきてもいい頃だろうに。なにやってんだか、あの茶髪ちゃんは」


 愚痴をこぼす以外に何も出来ないのが現状だった。


「また道に迷ったんだろうなぁ。どうせ一人で勝手に帰って来るんだろうし」


 テロリストへの怒りなどとうに通り越して、今は一人の魔術師に矛先を向けていた。


 ……にしても。


「ケツ冷てっ」


第四章が終わったわけではありません。

が、次回は、笹見ちゃんが少しだけ頑張ります。

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