朝陽を浴びて 2
作間翔は勝利への確信に思わず笑みを浮かべた。
笑うな? そんなことは無理だ。勝利というのは、意図せずとも興奮するものだろう。それをするななんて野暮を言うな。これは勝者だけに与えられる愉悦なのだ。
この刀を得てどうするか? そんなこと、作間翔にはどうでもいいことだった。
SSパッケージという魔術結社を組織したとき、微かにあった中学生のような世界征服欲に似た壮大なものが、胸の中で膨れあがる感覚だった。
この刀はその一歩だ。
裏のルートを使って高額で売るのもいいだろう。このまま力の象徴として持ち続けるのも良いかもしれない。
用途などどうでもいいことだった。
小さな田舎の結社が大きく羽ばたくための第一歩として、悪行に走ることを選んだだけのこと。それが、この『風裂』と『波断』の盗難だった。
力を得た。手段を得た。勝利を得た。
ここからだ。ここから、『先導者』ではなく『SSパッケージ』の躍進が始まるのだ。
革命に命を燃やしたかつての若者のような勢いで、俺は全てを破壊するのだ。
そう、考えていた。
「まあ、その意気は買うけれどもね」
まだほの暗い早朝の田舎道。身を隠しながら車へ向かっていた作間の目の前に現れた老爺は、にたりと笑いながらそう言った。
「あんた、なんでこんなところに」
作間は立ち止まって訝る。
「答えねえならもう一度訊くぞ。なぜここにいる、千林高城」
千林は、袴姿に下駄を履いて、アスファルトの上をかつんと音を立てて歩いていた。
「何。金森や繁野の裏切りが露見しているなどさして問題ではないということだ。大嶋だったか。あれ一人にうちの二人がどうこうされるとも思えないが、あの二人をどうにかしたところで意味はない。何故なら、金森も繁野も、何も知らないデコイに過ぎないからだ」
「ほう。姪に対してそんな言いぐさか」
「実の子でもないのに情をかけるなど阿呆のすることだ」
作間を支配する勝利への快楽が、ゲリラ豪雨にでも見舞われたように急変する。
真冬の冷たさはそれを助長し、今にも雪が降り出しそうな空気に作間は焦りを抱いた。
「君は裏をかいたつもりなのだろうが、それでは甘いよ。若者の浅知恵が眉雪の経験を上回ることなどあり得ないのだから」
千林は手に風の刃を創り出した。
「ご苦労だったな。相沢、倉田」
作間の心臓が跳ねた。
「今、なんと言った……」
作間の中にある尊厳の柱にひびが入ったようだった。
今なんと言った千林。今お前は、なんと言ったのだ。
作間は震えながら背後を見た。
ふらついた身体の相沢は、その手に炎を握っていた。
倉田は、自身の魔術媒体であるコースターを手にしている。
「すいませんっす。作間さん」
「なんだ、なんだ……倉田、相沢、お前たちは、違うだろう……?」
ゲリラ豪雨は絶望を運ぶ。
「金森や繁野はともかく、お前たちは、結成から仲間として……」
「そうっす。ずっと、仲間っす。でも、作間さんが『先遣』と組んで刀を盗むなんて言い出すから」
「どういうことだ倉田……どういうことだ相沢!」
「そう混乱することはないよ作間」千林の声は早朝に嫌に響く。
作間の息が乱れた。千林を睨む目が鋭くなる。
「君と相沢と倉田は大学で知り合ったそうだね。だが、その時点での相沢は『先遣』の一員だった。倉田は、うちの見田の孫だ。金沢は古都なんぞと持ち上げられちゃいるが、所詮は地方の街に過ぎない。狭いものだ。ただでさえ母数の少ない魔術師同志が、なんの関わりもないなんてことの方が少ない。それくらいは考えておくべきだったなあ、え? 作間よ」
千林の放つ言葉の一つ一つが作間の脳を叩く。
「我々を騙そうとした時点で、君はもはや孤独だったのだよ。大嶋とかいうのは知らんがね。まあけしかけたのも我々な訳だが、君は、手のひらで踊らされていた滑稽な人形に過ぎないのだよ作間翔君。君は、愚かだ」
「千林……」
「相沢、倉田。捕らえろ」
「千林ィ!」
作間の叫びと抵抗は、相沢の炎の縄によって封じられた。本調子とまではいかなくとも、冷静さを欠いた作間を抑えるのには充分だった。
倉田は魔術を用い、作間の足の力を一時的に奪い、相沢をフォローする。
作間は膝を突き、腹を切ればすぐにでも介錯されそうな風体でうなだれた。
「何故だ相沢……お前とはずっと一緒にやって来たじゃないか」
「俺は千林さんには逆らえない。お前に『SSパッケージ』結成を誘われたとき、無理を言って『先遣』をやめた。その借りを返せと言われればそうせざるを得ないし、そうでなくても、師匠を二度も裏切ることはできない。それが友達を裏切ることになろうとも、だ」
作間は歯噛みする。歯が削れるほどの力だった。
「倉田ァ!!」
がなった声に、倉田は一瞬びくついた。が、倉田は肩を揺らしながら言葉を絞り出す。
「ほんとは、千林さんの目を盗んでこのまま逃げられればそれでいいと思ってたっす。でも、見つかったら終わりなんすよ、作間さん。あなたを慕っていたのは本当だ。あなたのために行動したのも本当っす。この瞬間まで、俺は確実に、あなたの従順な部下だった」
「仲間ではなかったと、そう言いたいのか倉田……」
倉田は涙をこぼした。頷きは、しなかった。
「そうか……ふふっ、ふはは、はははははあははは! 三日天下も五分で終われば天下に非ず。俺はこの程度の存在か」
自嘲気味に呟く作間の言葉に、相沢の魔術が僅かに緩む。
「千林にここを伝えたのはどっちだ」
「俺だ」相沢が答える。「細かい位置の情報は倉田から聞いた」
倉田は慌てた様子で、
「俺、相沢さんが『先遣』と繋がってるって知らなくて、それで」
「もういい。喋るな倉田。もう、いい」
地面を見つめる作間はもはや拳も握らない。
吐き出す声にも覇気はなく、ただひたすら、敗者の姿を見せるのみだった。
「相沢、刀はどうした」
千林が問うと、相沢はふらつきながら、
「作間が魔術を掛け、見えないようにしています」
「解かせろ」
「は」
相沢は自身の魔術媒体であるライターに火を灯す。
「作間。魔術を解け。でなければ、当主はお前を殺すだろう。お前のためだ。早くしろ」
耳許で囁いた。それは、せめてもの情だったのだろう。
「ああ。分かったよ」
諦めの境地を思わせるその言葉に、倉田は際限なく涙を流していた。
相沢は作間を縛る縄をさらに緩めた。「解け」
作間は、僅かに動く右手で自分の膝を指差した。
『〈かくれんぼは終わりだ〉』
日が昇るまで武具を隠すことのできる魔術を解除したことで、二振りの華美な刀が姿を現した。
一つは、鞘と鍔と柄が淡い水色で、荒れる竜巻のようなデザインがされている。
一つは、鞘と鍔と柄が群青色で、激しく打ち付ける白波が描かれている。
「なんと美しい。幾度この姿を思い描いたか」
千林の感嘆が悪声にのって作間の耳に入り込む。
――汚らわしい。作間は、口の中でそう言った。
千林は一歩ずつ作間に近付いて、皺だらけの顔面をよりくしゃくしゃに潰して言う。
「相沢、縛れ」
「は」
作間の身体は再び炎の縄で縛られる。瞬間苦悶を漏らした作間に、倉田は小声で謝罪し続けていた。
一歩。一歩。一歩。
足音が鳴る。千林が近付く音。からり、からり。
作間は首を落としたまま口角を上げた。
「こんなところで、俺は終わるのか……」
もはや嗤うことしかできなかった。
目の前に鎮座した二振りの刀が奪われる瞬間を徒に待つことだけが、今の作間翔にできる唯一のことだったのだ。
これはもはや、敗北以外の何物でもなかった。
次回もよろしくお願いします。




