十四品目
そこは一切の明かりが無い部屋。その代わりに冥々たる暗闇に包まれている。
少し前に異世界勇者が訪れた時その部屋の燭台には火が灯っていたが、今は全て消えている。
ほぼ立方体の空間を広げるこの部屋には、男が一人、禍々しい装飾の王座のような椅子に座していた。
男は、彼の牙城であるこの部屋の、扉のすぐ外側に立つ来訪者の存在に気付いていた。
――やはりここまで来たか。
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五千年前のとある戦争のさなか、手負いの魔人が一人シェパート大樹海に逃げ込んだ。
その魔人の傷は深く、魔力は尽き果て、意識は朦朧として、しかも樹海には数多の凶暴な魔物たちが跋扈している。今にも尽き果ててしまいそうな彼は、この樹海の食物連鎖に巻き込まれ、無残に食い散らかされ、樹々の栄養となるのは誰が見ても明らかであっただろう。
しかし彼は死ななかった。猛烈な執念が彼に死ぬことを許さなかった。
当時魔王として世に君臨し、人族を恐怖のどん底に叩き落とした魔族の長としてのプライドか、或は人族の反逆によって死の淵まで追い詰められたことによる憎しみ、人族への復讐心かは彼自身今となっては分からない。
だがとにかく、彼は驚異の執念で残り僅かな彼の命を燃やしながら、何か月もの間樹海を彷徨ったのだ。向かってくる敵は片っ端から薙ぎ払い、従え、気付けば彼の下には一つの巨大な軍団が出来ていた。
歳月は流れ、とうの昔に傷の完治した彼は、来たるべき人族への逆襲に向けて、樹海で更なる兵力を蓄えていった。
更に歳月は流れ、憎き人族との決戦に足る兵力が集まったと感じたころ、彼は気付いた。
「ここ……どこ?」
それは彼にとって完全に誤算だった。
それまでこの樹海は彼にとって陣内であり、人族に見つからぬ場所で兵力を充実させていくのに絶好の隠れ家だったのだ。そのためまさか自分の隠れ家から出ることが敵わないとは夢にも思わなかったのである。
更なる歳月が流れ、いい加減樹海を彷徨い続けるのにもうんざりした部下たちは「出口が見つかったらまた声かけて下せえ」などと言って、徐々に彼の下を離れて行った。
再び一人になってしまった魔王。
もはや彼の復讐心は薄れていた。
特に当てもなく樹海を彷徨う日々。それなりに樹海内の魔物たちから尊敬されるに至っていた彼に、食料などが日々その場の魔物たちから献上されていたため、不自由は一切無かった。
そんなある日。
突然樹海が終わり、平原が開けた。
しかしそのことに感動する暇もなく、彼は驚愕した。
目の前に開けている平原も、久しぶりに目にした青い空も一切彼の意識には入ってこなかった。
否。
入り込む隙が無かった。
彼の意識は全て目の前の巨大な塔に向けられていたのだった。
――その後彼は塔の周囲を探索してから、外壁を破壊して中に入った。
一階のフロアは壁が無く、巨大な一部屋だった。遠くの壁に外壁に沿ってらせん状の階段がくっついていた。広すぎて逆に圧倒的だった。
しかし、それ以上に驚いたのは、魔王である彼ですら目にしたことのない魔物たち。
階段を目指して進むと、それらは次々と襲い掛かってきて彼の進行を妨げた。
しかし二階への階段に足をのせた途端、パッタリとおとなしくなった。
二階フロアは迷路だった。
相変わらず歩を進めれば見慣れない魔物たちが彼の前に立ちはだかった。
意外だったのは、二階で出てくる魔物たちが明らかに一階の魔物たちと比べて手強かったということだ。素早い動きに加え、魔法まで使ってきたのだ。
息の詰まるような戦闘を切り抜けていき、彼は扉を見つけた。
彼は覚悟を決めて扉を開けた。
薄暗い部屋の中にいたのは、巨大な魔物。トカゲのような体だった。当然初めて見た。
火を噴き、壁や天井を縦横無尽に走りまわるそいつを苦労の末倒すと、部屋の中央に梯子が出現した。
迷ったが、行けるところまでと思った彼はその梯子を登った。
三階フロア。
登った先は小部屋だった。
左右と正面の壁に扉がひとつずつ。
扉の向こうから物凄く強烈な気配を彼は感じた。三つのどの扉からも同様にだった。
黒々とした、毒ガスのような、圧倒的な『死』の気配。決して開けてはならぬパンドラの箱。
行けば死ぬかもしれない。そのように彼が思うには十分すぎるほどの圧力。
当時こそそんな具体的なイメージは頭に浮かばなかったが、それでもその気配の本質たる部分は見抜いていた。
それらの重圧を撥ね退け彼は扉を開けた。開けてしまった。
その後は惨劇だった。
彼は再び、いや最初よりも更に限りなく死の淵に近づいた。
気付けば片腕片足を引きちぎられ、全身ぼろぼろの満身創痍の状態にまで彼を傷つけられていた。
彼をそこまで痛めつけた『ソレ』は、魔王である彼をして、怯えさせ、恐怖させ、死を覚悟させるほどの気配を纏う、異形の『モノ』だった。
何かしらの攻撃で――それすら分からなかった――吹っ飛ばされたところが丁度入って来た扉の前でなかったら、彼はその時確実に死んでいただろう。
命からがら逃げ出せた彼は、二階フロアのトカゲがいた部屋に戻り傷の治りを待った。
魔人族は傷の治りが早い。ちぎれた腕や足も、時間の経過とともに生えてくる。それでもその時受けた傷は完治するのに数年かかったし、傷跡も残った。
その時以来彼は二階のその部屋を拠点としている。
塔の頂上にしない理由は、前述のように二階より上のフロアの魔物には歯が立たないからである。
彼は人族への復讐などとうに忘れていた。
そうして数千年の時が流れた、ある日。
一人の男の魂が彼の体を依代に転生を遂げた。
その時、彼は俺となり俺が彼となったのだった。
この状態は不思議なもので、私と彼の二重人格ではなく、私の意識が彼の性格やそれまでの記憶、環境の影響を受けている状態なのだ。
つまり、彼のゆーぎょーカードのデッキを使って俺がデュエルしている感じだ。俺自身の選択のようだが、実はかなり彼の影響を受けていて、彼の取り得ない行動を俺は決して取れないのだ。
とかく、長期に渡って数奇な人生を送って来た彼(=俺)だが、ここ数日、この数千年の間に一度も起きなかったことが連続で起きていた。
まず一人の人間にこの塔を発見されたこと。
その男は塔の周りを二日かけて歩いたりして、なにやら塔を調べているようだった。まあ当然の反応だろう。
次に異世界勇者なる者の侵入。私がこの塔の二階を陣に定めてから初めての侵入者。
この男どもは攻撃的だったのと、あと……だったから俺の新たな力で焼き尽くしてやった。
俺は、彼のあの惨劇以来、争い事は好まなくなったのだ。もはや魔王と名乗るのもおこがましい。
最後に新たな人間たちの飛来。
そいつらは最初の人間と合流すると、どうやら塔の内部に入りたいようだったので、俺は外壁に穴を開けてやった。
案の定侵入してきた来訪者たちは、怒涛の勢いで二階フロアを攻略していき、今現在この部屋のすぐ外にいる。
俺は王座の肘掛に頬杖をつくと、客人たちが入ってくるのを待つ。
扉の向こうでは何やら揉めている……のだろうか。
すると覚悟が決まったのか、ギシギシと扉が開き始めた。




