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十品目

 大空なう。


 僕は、いや僕と小さな魔神はかれこれもう三日ほど空を飛び続けている。

 会話もそこそこ。


 「……おい」

 「なんじゃ」

 「本当にこっちであってんだよな?」

 「そうじゃ」

 「……全く見えてこないんだが」

 「結界が張られておるからな」

 「……」


 ……だからそれが本当なのか知りたいのだが。


 そのまましばらく飛んでいると、

 今度は少女の方から話しかけてきた。


 「おい」

 「何だ?」

 「腹が減った、飯にするぞ」

 「……わかったよ」


 纏った衣を空に敷くと、魔法の絨毯のようにふわふわと浮く。

 袋に詰めて持って来た食料をその上に広げる。この世界で揃えたものだ。

 適当にパンをつかんで僕と彼女は食べ始めた。



 ――事の始まりは三日前。

 まず、泣きじゃくって暴走するバ神様を彼の姉であるこの少女がなだめてどうにか事なきを得た。

 その後三人で互いの事情を話し合ってみた所、

 なんとこの少女もある男に杖を奪われて力を失ったと言うのだ。

 しかしこの姉は弟よりもスペックが高く、杖が無くても多少の魔力は残っていたらしい。

 彼女はその魔力を使い果たしてバ神の所へ転移してきたという訳だ。

 どうしてか理由は聞くまでも無かった。

 彼女もまた、僕と同じく自分の敵の居場所をバ神に探してもらいに来たのだ。

 ところが驚きの事実、なんとバ神も彼女同様悪い男に衣を剥ぎ取られたというではないか。全く世の中には恐ろしい人間がいたものである。

 ま、僕なんですけど。

 殺気を感じた僕はすかさず五体投地。衣を返上。

 情けをかけてもらった僕も彼女のついでにサーチしてもらったのだった。

 その後共通の敵を得た僕と少女は同盟を組み、

 魔族には使えないため僕はもう一度衣を借りることを許されて彼女と一緒に転生して来たという次第だった。



 ぼんやりと、しばらく無言で食べ続けていると、

 ふと魔神っ娘が唸っているのに気付く。


 「うーむ……やはり、か」

 「どうした?」


 と、口を動かしながら尋ねる。


 「いやな、我々が追っている男なのじゃが……どうやら超強くなっとるみたいなのじゃ」

 「……は? どうゆうこと?」

 「どうやら奴は魔人としてこの地に転生したようじゃ。他の者の体を奪うかたちでな」


 あー、あれね。

 僕の記憶が蘇る、というほど昔でもない。つい最近まで僕もそうだった。

 けどあれはあんまり面白くなかった。依代のそれまでの環境とか人格とかの影響を受けるからだ。


 「ふーん。でもさ、こっちにだってこの衣があるじゃん? 神の力だよ、これ。すっげー魔法とかバンバン撃てるんじゃないの?」

 「可能ではある。じゃがお主が使ったところで大して力は出せんわい。転生転移に加えてせいぜい飛行能力と身体強化が付与される程度じゃろうな」

 「え! まじで!?」

 「あたりまえじゃろう。どれ程強力な武器を持った所で使用者がゾウリムシでは扱いきれまいて」

 「唐突に毒舌をぶっこむな! その台詞はあくまで一例として受け取っておく。但し二度目は無いぞ」


 使えないのかー。残念。


 「つーかさ、相手がどんだけ強いとか分かるのか?」

 「まあな。これは儂個人の能力じゃからな、杖は関係ない。身体操作とかもそれじゃ。」

 「ふーん、バ神のあれか……じゃあ結界張ってあって塔が見えるのも?」

 「そうじゃ。おそらく今日中には着くじゃろう」


 そうか、あと少し……なのか?

 今は朝。着くのは夜って可能性もあるのか。

 まあそれはいいとして。

 それよりも実際にどうやって男から奪い返すかが問題だ。

 という訳でそのへんを聞いてみたところ、


 「ノリで」

 「ノリで!?」

 「うむ、ノリじゃ」


 そっか~、ノリか~。

 僕の知らない間にコミュニケーションの形態はここまで進化してたんだね~。

 挨拶もノリ。

 学校もノリ。

 会議もノリで。

 朝ごはんだってもちろん海苔。


 「……ってそんな訳あるかあああああああああああああああ!!」


 はっ!? 思わずノリ突っ込みをしてしまった。

 なんかすっごいハズカシイ。


 見ると、少女がひっくり返っている。

 しばらく足をバタつかせた後、ヒョイと起き上るとすごい剣幕で怒鳴りつけてきた。


 「いきなり大声を出す奴があるかっ!! 落ちるとこじゃったわこのうつけっ! たこっ! ボケなすびっ!」

 「う……す、すいません」


 こうも真っ直ぐ悪口言われると傷つくな……。


 怒鳴られること数分。

 いいたい事を言って彼女がすっきりしたところで、会話を再開。


 「えーっと……つまり無計画ってことでいいんだよな?」

 「だからノリじゃ」

 「はいはい分かったよ、ノリね」


 どうやら彼女は作戦名「ノリ」、ということで貫き通すつもりらしい。

 しかし僕としては無計画のままあの殺人者と向かい合うつもりは毛頭無い。

 何かいい方法はないか。首を限界まで捻って考える。


 戦闘になったらまずいよな……こっちの戦力は僕と女の子だけだし。剣と魔法と魔物の存在するこの世界で超強いって評価されることがどれ程のことかくらいさすがの僕でも想像できる。……となるとトレード? でも杖とあのカードと同じ位の価値を持つものなんて僕は持ってないぞ。少なくとも僕の命はあのカードより安い。

 殺された時のことを思い出し、少しゾッとする。

 他の方法としては――正面から頼んでみる、騙し取る、盗む――この三つくらいだろう。

 カードと杖さえ掴めば後は転移して逃げられる。

 ただ相手がそれらを身に着けている場合、奪い盗るのは困難だろう。僕はシーフじゃない。なんとか武装解除させられないものか……


 と、目の前にはジャムを塗ったパンを頬張っている少女。

 その時。

 天啓を受けた。


 「そうか……そうだ……これだ……!」


 間違いない、これならいける……かも。

 しかしこれには一つ確認しておかなければならないことがある。


 不思議そうに魔神っ娘が尋ねてくる。


 「どうしたのじゃ?」

 「ん? ああ。……なあ、一つ聞きたいんだが、お前って身体操作で肌の色とかって変えられんの?」

 「ふむ? ……まあ可能じゃが……なぜじゃ?」

 「それで人の肌色に変えられる?」

 「まあの。じゃがどうして……」

 「それならいいんだ。ありがとう」


 彼女は相変わらず不思議そうな顔でこちらを見ている。

 まあ作戦の詳細は道中で教えてやろう。


 「さて、出発しますか」

 「んむ」


 最後のパンを飲み込んで彼女は頷いた。

 彼女が僕の着ている学ランの懐に潜り込んだら、

 袋を背負い、その上から広げた衣を体に巻き付けていく。

 真ん中が膨らんで手の生えたミノムシのような格好になってしまうが、衣の着方が分からないのだから仕方ないと諦める。


 空中でそれらの作業をこなすと、少女が顔を出して空の先を指さす。


 「あっちじゃ」

 「リョーカイ」


 言って、その方向に再び飛び始めた。

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