十一品目
「おい」
「ん~……むにゃ」
「おい。お主起きんか」
「ぷが……もうちょっとだけ……」
「もうちょっとも何も……、もうちょっとでお前、死ぬぞ」
「むにゅ……は?」
何をバカな、と思いつつ目を開ける。そして。
――巨壁。
「うばあああああああああああああ!!!?」
手足をばたつかせて慌てて止まる。ん? 夕日……そうだ、空を飛んでる最中だったんだ。
目の前を塞ぐのは超巨大な壁……に見える塔だった。
よく見ると塔までの距離はまだあるようだったが、そのあまりの大きさにぶつかる寸前のように錯覚してしまった。
盛大に驚いたため心臓がまだ飛び跳ねている。
「あ、あっぶねえ!」
「だから居眠り飛行は危ないと言っておったのに」
「何だよ居眠り飛行って! そんなこと僕は一言も聞いてないぞっ。それにもうちょい慌てて起こせよ、なにクールに余命宣告してくれちゃってんだよっ」
「死なんでよかったのう」
「……くっ……全くだ、ありがとうございましたっ!」
塔は遥か上空までそそり立っているようだった。これほど大きいものなど見たことが無い。
こんな樹海の中に拠点を構えるとは……あの男はそうとう酔狂な人物に転生したに違いない。
あれ、と言うか人間じゃないんだっけ。
「この塔はあの男が魔法で建てたとか?」
「いや……これはそうとう昔からあるようじゃな」
幼い魔神は僕の懐から顔だけ出して、塔をじっくり観察している。
さらに近づいてみる。
なるほど。確かにこの古ぼけた感じ、苔が所々覆っていて長い歴史を感じさせる。
にしてもこの塔の中から探し出すのか……正直一生かかっても見つけ出せない気がするんだが。
「……なあ……お前、大体の位置とか分からない?」
「正確な位置まで分かるぞ」
「そうか! よかった、なら問題ないな」
結構本気で心配してた。
「高さで言えば二層目を拠点にしているようじゃな」
「へえ」
適当に二階くらいの高さを見上げる。
「案外低いとこにいるんだな。塔のてっぺんとかじゃなくて良かったよ」
「まあ奴としても高すぎては不便なだけなのじゃろう」
ふーん。意外と効率とかを気にする奴なのかもしれない。
ともあれ中に入れる場所を探さなければ。
「どこから入れるかわかるか?」
「んむむ……それは分からん。儂が感じ取れるのは生命力だけじゃからな。とりあえず低い外周に沿って調べてみたらどうじゃ」
「うえ。外周も結構距離あるなぁ……、けどそうするしかなさそうだな」
「入口を探すのは儂に任せよ。お主は飛んでいるだけでよい」
「了解。頼みます」
答えて、少女に従って外周に沿って飛び始めた。
時計回りに飛び続けること数十分。
速度としては時速六十キロくらいでとばしていた時。
視界に人影が見えた。
立ち上がってこちらを見ている。どうやら向こうもこちらを認識しているようだ。
徐々に速度を落としていき、丁度男の前で停止する。軽やかに地面に降り立つ。
男は目を見開いている。驚いているのだろうか。
「き、君……それは一体……いや、君たちは一体何者なのだ?
どうやってここに……」
うーん。どう返事をすればいいのだろう。
異世界人と魔神様が悪人を成敗しに飛んで来ました、とは言えない。さすがにそれは突拍子もないだろう。
と、懐から声が発せられる。
「旅人じゃ」
先に言われた。まあ無難だよな、ゲームとか漫画の中じゃあよく見られる受け答えだ。
ちなみに魔神様はすでに肌の色を変えていて、パッと見人間の少女と見分けがつかなくなっている。
と言うかこの人こそどうしてこんな場所にいるんだろう。
この森は一般人の立ち入りが法律で禁じられてる、って話を旅支度を整えた村のおばちゃんから聞いたのだが。
男は、心底おどろ驚いた顔つきで僕らを見て、
「旅……だと。君らはここがどれほど危険な場所だか分かっているのか? 屈強な兵士ですら簡単に命を落とす森なのだぞ。
私だってここまでたどり着けたのは奇跡だったんだ。それをこんな子供が二人で――」
そこで男はハッと何かに気付いたように、
「……そうか、君たちは冒険者だな。
頭のねじが外れた連中だとは思っていたが、こんな子供までそうだとは……」
年相応にその言葉にムッとして、言い返す。
「いきなり失礼だな。大体あんたこそどこの誰でどうしてこんな所にいるんだ」
「む……ああ、すまん悪かった。若いながらも大した腕を持っているものだ、と褒め言葉として受け取ってくれ。」
名乗るのが遅れたな、と言って男はゆっくり立ち上がると、直立し、右手を胸の心臓の位置に当てて名乗った。
「私はダルシアン王国王子専属近衛騎士団団員、
ゴールド・R・リーバーである」
精悍な顔立ちによく響く声で、とても様になっている気がする。まあ本物だから当然だが。
騎士様は真剣な顔で続ける。
「傷一つ無くこの森を抜けて来た貴殿らの実力を見込んでぜひ、ご助力を願いたい」
その言葉に僕と魔神は上と下から顔を見合せた。
===
それから三人で話し合う事約三十分。あたりはすっかり夜の帳が下りている。
僕らと騎士様は互いの情報を話し合って、僕らが彼を故国まで護衛することを条件に彼にも協力してもらうことにした。
もちろん細かい事情――僕らが異世界人と魔神だということなどは伏せておいたが。
しかし一つだけ、あの男からカードと杖を奪い返して即離脱、という方法をとれないのが問題だがそれ以上に王子を護衛する騎士団員が手伝ってくれるというのだから期待できる。
また、彼の情報はとても役立った。
塔の外壁に入口が無かったことや、ドラゴンが毎日塔に出入りしていること。その度に塔の外壁を破壊していること。すぐ修復すること。
「つまり、僕たちも壁をぶっ壊せばいいんだな」
自信満々に言ってみたところ、他の二人の反応が思った以上に芳しくない。
「それが出来たら苦労は無いのだが」
「馬鹿じゃろお主」
……くっ、こいつら……。ていうかいつまで僕の服の中に潜ってんだこのガキ。
「ぼ……僕はその方法を考えようってことを言いたいんだいっ」
負けじと言い返すが、
何言ってんだこの馬鹿は、といった顔で懐の少女から言葉が返ってくる。
「塔に入るのなんて簡単じゃ」
「え!? マジで」
「むろんじゃ。ただ危険が伴うがのう」
嫌な予感がする。……はっ、ま、まさかこの女……、僕に全速力で壁に飛んで突っ込めとかいう気では……。
「ドラゴンじゃ」
「へ?」
間抜けな声を出してしまう。
「聞くところによるとドラゴンが毎日壁を壊しているようではないか」
「なるほど」と手を打って騎士様。
「つまりドラゴンが壁を壊して出て行った後にその穴から塔に侵入する、と言うわけですな」
「その通りじゃ」
ああ。なーる。そういうことね、分かった分かった。
「ってちょっと待て。それってドラゴンにばれないの? ばれたらヤバいでしょ」
「だから危険が伴うと言ったのじゃ。それ以外に方法が見当たらないのじゃから仕方が無かろう」
「ですな」
と、騎士様は頷いている。
自分でも全く勝てる気がしない、と言っていた割にはあっさり認めている。度胸あるなあ。
しばらく悩んだが、いい方法が思い浮かばなかったため渋々賛成することに。
「ドラゴンが壁を壊して出ていくのはいつも夜明けとほぼ同時です。さあ、急いで移動しましょう」
「え? 移動」
「はい。ここから半日ほど反時計回りに進んでいったところを壊すので」
「遠っ! どんだけ離れてんだよ」
「あまり近づきたい存在ではないのです。あのドラゴンのブレスは遥か彼方まで焼き払いますから。見つかったら逃げきれないでしょう」
「へ、へー……そんなヤバいんだ」
超怖いんだけど。やっぱり他の方法考えた方がいいんじゃないか。
「では行くかの」
僕の懐を特等席にしているガキが何か言っている。
「では、よろしく頼みます」
言うと騎士様が僕の腰に腕を回す。
うっ……正直男にしがみ付かれるのはやだな。キチゲイを思い出す。
まあ騎士様も好きでしがみ付いてる訳ではなし、おあいこという事で気を取り直す。
ふわり、と三人の体が宙に浮く。
「おお」と感嘆の声が騎士様の口から漏れる。
「見事な魔法の腕ですな」
「いや、まあ、ね。」
言葉を濁す。
衣の力と言わないことで、万が一の事態を防ぐ。
この衣があれば誰でも空を飛べると知って、騎士様が豹変して奪おうとしてこないとは限らないからだ。
そう考えて、自分の薄汚れた打算に気が滅入る。
思わずため息が漏れそうになるが、それを飲み込んで、僕は出発した。
一日あいて謝罪謝罪。




