1.帰還しましたが、まだまだ波乱含みです
悠里が目覚めれば、そこはフカフカのベッドの上だった。
無事に帰って来られたのだろうか。
ベッドに運んでくれたのは誰だろう。
天井の模様がコウメさまの屋敷のものとは違うような気がするけど?
目覚めたばかりのはっきりしない頭で考えた。
掛け物からゆっくり腕を出してみる。
どうやら動くし、どこも痛くない。
転移で怪我をするのは術者だけなのだろうか。
「ウリエルさんとアシュラムさんは?」
そこでようやく、そのことに思い至った。
前回も細かな傷を全身に負い、三日三晩寝込んだアシュラムだ。
今回も無事なはずはないだろう。
「もう、禁呪なんて安易に使っちゃだめなんだよ」
でも、そのおかげで、ツグミと最後の時を過ごすことができたのだけれど。
ツグミのことを思うと、胸がちくりと痛んだ。
もう二度と会うことはない祖母。
ただ一人、自分を慈しんでくれた、血のつながらない祖母だった。
「おばあちゃん、わたし頑張るから」
独り言を漏らしながら、ベッドの上に起き上る。
うん。見たことのない部屋だ。
内装も調度も、コウメさまの屋敷のものとはまったく違っていた。
重厚で装飾的な造り。あちらの世界で言えば、バロック様式といったところか。
「建築なんてわかんないけど……」
足もしっかり立つことを確認して、慎重にベッドから下りた。
少し高めのベッドで、小柄な悠里はぴょんと飛び降りなくてはならなかった。
(そっか。コウメさまサイズって、あるのかも……)
思えば、コウメさまの屋敷では身長的なことでは苦労した覚えがない。
では、ここはコウメさまの屋敷ではないということだろうか。
と、すると、王国の別の貴族に保護されたのか。
「じゃあ、もうすぐお迎えが来てくれるかな」
そんな楽観的なことを思いながら扉を開けた。
さっと明るい光が目に飛び込んできた。
眩しさに目を細めながら、扉の向こうへと歩を進める。
暖かい日の光に溢れた部屋だった。
(誰のお屋敷だろう)
部屋の真ん中に置いてある長椅子に目がいった。
ドキリとした。
顔の上に本をのせた人が横になっていたからだ。
(うわ、人いたんだ)
当たり前と言えば当たり前のことだったが、悠里は動揺した。
その人は長椅子の端から、膝から先がはみ出ている。
どれだけ長身の人なのか。
いや。長身の人はもう嫌というほど見てきたけど。
ほんとにイケメン率の高い国だなあ。
見た感じ、年の頃はウリエルたちと同じくらいのようだから話は早そうだった。
(さっさと事情を話して、コウメさまのお屋敷に連れてってもらおう)
寝ている人に申し訳ないが声をかけようと長椅子に近付いた。
「ストップ」
突然声をかけられ、ピタッと立ち止まった。驚きのあまり、心臓がバクバクいっている。
「主はお休み中だ。話なら私が聞こう」
(気配なかったんですけど)と思いながら恐る恐る振り向いた。
そこにいたのは、黒髪をきっちり後ろへ撫でつけた、いかにも硬派な印象の男性。何より印象的なのは、片目を皮の眼帯で覆っている隻眼。そして、眼帯から頬へと延びる傷跡だった。
見た目は怖そうだ。
こちらの世界ではお目にかかったことのない、威圧的な雰囲気を持つ男だった。
「お前は何者だ?」
「あ、あの、わたしは……」
「お前は突然主の部屋に潜入し、即刻捕縛されるところを、主は手ずからベッドまでお運びになられた。前代未聞だ」
やれやれと首を振る隻眼の男に、悠里は「はあ、申し訳ありません」と恐縮する。
「名は?何の目的で潜入した?」
「ユ、ユーリと申します。あの、主さんの部屋に入っちゃったのは不可抗力でして……」
「不可抗力?」
「そ、そうなんです。あの、コウメさまにお尋ねいただいたら、わたしのこと、すぐわかると思うんですが」
「コウメさま?」
「はい。コウメさまです!」
「……」
「……」
悠里と隻眼の男の視線が交錯した。
しばらくの間見つめ合っていた二人。
「ベリアル」
そこに聞いただけで胸がきゅんとするような、素敵な声が割り込んできた。
「あ、これは……お目覚めになりましたか?」
「ああ……」
むっくりと長椅子の上に起き上った人。
その人に何気なく目をやった悠里は、「あっ」と小さく声を上げた。
顔に乗せていた本を脇に置いて長椅子に座り、無造作に前髪をかき上げた彼。
アンニュイな雰囲気を醸しだすその人に、悠里は見覚えがあった。
けれど、その人は王国にはいないはずの人で……。
「え、え、え~~~!?」
「うるさい」
隻眼の男の威圧にも負けないくらいの大声で、悠里は驚きを表現したのだった。




