10.花火を見て、何もかもリセットしよう
「ウリエルさん、遅いね」
「ああ。ちょっと様子を見てこようか」
「わたしも行く」
「大丈夫?」
「いっぱい食べたから」
温泉に入ってくるというツグミと別れ、悠里とアシュラムは旅館の外へ出た。
すっかり夜の帳が下りたというのに、海岸にはたくさんの人が集まっていた。
「何かあるのかなあ」
その時、ドーンと音を立てて花火が上がった。
「わあ!」
「え、何これ?」
花火初体験のアシュラムは悠里にしがみついた。
「ははは。アシュラムさん大丈夫。綺麗だから見ようよ」
ああ、花火なんて何年振りだろう。
夜空に大輪の花を咲かせる花火をうっとりと見上げていると、「あ、あれ、ウリエルじゃない?」とアシュラムが指を差した。
「あ、ほんとだ」
傍らには、詩織の姿。
やっぱり二人は一緒にいたんだ。
「やけに親しそうだな」
そこに須江田もやって来たのが遠目に見えた。
「あれ、これって修羅場ってやつ?」
アシュラムが言いきる前に、須江田の拳がウリエルに飛んだ。
けれど、鍛えまくっているウリエルに当たるはずもなく、須江田の拳は空を切った。
「行こう」
アシュラムが悠里の手を取って歩き出した。
だんだん三人に近付いて行く。
それにつれて、須江田の怒鳴り声とウリエルの冷静な声、そして詩織の叫び声がよく聞こえるようになってきた。
「詩織から離れろよ!」
「周りの人が祭りを楽しんでいるのだから」
「うるせえ!人の女に手を出しやがって!」
「須江田くんのバカ!空気読んでよ」
アシュラムが呆れたように息をつくのが聞こえた。
「ウリエルが悪い」
「え、どうして?」
「その気がないのに、人の彼女と一緒にいる方が悪いでしょ?」
「そ、そっか」
悠里とアシュラムに最初に気付いたのは詩織だった。
キッとこちらを睨む詩織に、条件反射のように身がすくむ。
「笑いにきたの?」
「違うよ。ウリエルさんが遅いから、探しにきたの」
「本当に、どこまでも目障りな子ね」
「だから、俺は温泉なんて嫌だったんだ!」
須江田は頭を抱えて座り込んでしまった。
「わたしはもう、あんたとは別れたいんだって言ってるでしょ」
「……」
(須江田くんに言ったんだ)
これは、いよいよ修羅場だ。
「なんでだよ。俺とその外国人を比べるなよ。違うのなんて当たり前じゃないか」
「もう好きじゃなくなったって言ってんの。というよりも、元から好きじゃなかったと思うよ」
悪女か!
その場にいた誰もが、そう思った。
「酷過ぎる……」
「だから、今から荷物まとめて帰ってもいいからさ。さようなら」
「バカにすんなよ!」
須江田が飛び上がり、詩織めがけて飛びかかって来た。
「女性に暴力はいけないな」
その須江田の腕を掴み、難なくあしらうウリエル。
「だから、そこで手を出さなきゃいいのに」
アシュラムはまた溜め息。
悠里はただはらはらして、成り行きを見守るしかできないでいた。
いつしか花火は終了していた。
詩織と須江田が言い合いを続け、ウリエルが何とか場を収めようと奮闘している最中、アシュラムが悠里の手を強く握った。
「アシュラムさん?」
見上げれば、彼は淡い光に包まれていた。
「うそ……」
「うそじゃないみたいだよ」
「ウ、ウリエルさん!」
まさか、このタイミングで転移魔法が発動!?
さすがのウリエルも慌てたのか、悠里に駆け寄り手を握る。
「本当にいきなりだな」
「苦情は受け付けないよ」
月光のような淡い光に包まれる三人を、それまでギャンギャン言い争っていた詩織と須江田が呆然と見ていた。
「な、なんなのよ。それ」
「今生の別れというのかな、こういうの」
そう言って、アシュラムは肩をすくめた。
月光がいっそう強くなる。
「あんた、本当にむかつく」
悠里を睨みながら、詩織がそう呟いたような気がした。
「詩織!?」
光の向こうの、須江田の絶叫を聞いた。
意識が光に包まれる。
また気を失いそうになったところで、何かが体当たりしてきた。
「あんただけ、いい思い、させないんだから」
抗う間もなく、悠里たちは月光と共に姿を消した……。
「詩織~!」と叫ぶ須江田の声がどこまでも追いかけてくるのを怖ろしく感じながら……。




