6.傍にいたい
神殿の外へ出てみれば、春の日差しが燦々と降り注いでいた。
日本のそれよりはやはり暖かさは劣るものの、その明るさだけで気分が高揚してくる。
周囲の森も、その爛漫の光に輝いていた。
「わあ、綺麗ですね」
振り返れば、神殿の城壁もきらきらと反射し、まるでアシュラムの背後に後光が差しているかのようだった。
(アシュラムさんのほうがもっと綺麗だ)
悠里は嬉しくなって顔を綻ばせた。
光のもとにあれば彼の頑なな心も溶けるのではないか。
そんな期待が膨らんでいく。
「さあ。行きましょう」
そう言って手を引けば、アシュラムは微笑んだ。
その目にもう涙はなく、薄青色の瞳がかすかに潤んでいるだけだった。
一歩一歩神殿を離れて行く。
これが本当の意味でアシュラムと神殿の決別になればいい。
悠里はそう願ってやまなかった。
神殿に続く坂道を半ばまで下ったところで、麓の方に土煙を見た。
それは次第に悠里たちの方へと近付いて来る。
「あれ、何ですかね」
隣を見れば、アシュラムの不安そうな顔があった。
安心させるように握る手に力を込めると、悠里を見て微かに笑った。
近付くそれは、背の上に人を乗せた馬だった。
そして、その人は。
「あ、ウリエルさん……」
しばらく会わないうちにまた精悍さを増したような。
自然に鼓動が早まるのを悠里はどうすることも出来なかった。
悠里たちの目の前で馬を止めたウリエルは、さっと飛び降りると駆け寄って来た。
「無事だったのか」
汗の滲む額をグイッと袖で拭ったウリエルは、悠里とアシュラムが手を繋いでいるのに気付いてむっと眉を寄せた。
「ウリエルさん。どうして、ここに」
「アルに、ユーリが神殿に向かったと聞いたから。……なんで、二人で?」
「アシュラムさん、わたしたちと一緒に畑をしてくれるって言ってくれたから。だから、これからトーサ村に戻ろうと思って」
「アシュラムが?」
悠里の言葉にウリエルは喜ぶどころか訝しそうにしている。
「神殿はどうする」
その言葉にアシュラムは目を伏せた。
「いや。神殿などどうでもいい。あんたはユーリを日本に戻そうとしていたんじゃないのか。だから、俺は慌てて馬を走らせてきたんだ」
それなのに、なぜ、畑を手伝うという話になるのか。
「そ、それはね、ウリエルさん」
わたしが強引にと悠里が言いかけるのを制して、アシュラムが前に出た。
「やはり私はユーリの傍にいたいと、そう思っただけです」
挑むような視線を向けるアシュラムに、ウリエルははっと息を飲んだ。
アシュラムが「ユーリ」と呼んだことに、己が深い衝撃を受けていることに気付く。
未だ二人の手は繋がれたまま。
ウリエルの胸が鈍く軋んだ。
「神殿での己の役目を放棄するのか」
「私の役目が異世界から人を召喚することというなら、その役目はもう果たせているでしょう。ようやく、それに気付きました。ユーリが、私をあの空虚な場所から救ってくれた。だから、私はユーリと共にあり続ける」
「……あれだけ、さんざんこの子を振り回しておいて?」
文句を言い出したらキリがない。
ウリエルは暴走しそうな己の心を自制するのに苦労した。
気持ちを切り替えるようにかぶりを振ると、
「ユーリがそれを良しとするなら、俺には何も言うことはない。ただ、国王陛下がどう仰るかは分からないぞ」
「……陛下は許しては下さらないでしょうね。私が犯した罪も含めて。けれど、そんなことはもはや大した問題ではありません。ユーリが私の手を取ってくれた時に、私の心は決まったのですから」
「なら、やってみるがいい。手始めに陛下を説得してみろよ」。
ウリエルにしては意地悪くも思える提案だった。
「お前がユーリと畑をしたいって言う思いを陛下にきちんと申し上げるんだ。陛下を説得出来たら、誰もお前が神殿を出ることに文句を言わないだろうから」
「……陛下に」
アシュラムが少し怯んだのが伝わってきた。
(でも、きっとその方がいい)と遊里は思った。
「わたしも一緒に行くよ。アシュラムさん。わたしも、もう一度国王さまに畑の事を話そうと思っていたし」
「ユーリ」
強張った表情で悠里を見、薄青色の瞳を揺るがせるアシュラムは、恐れているというよりも己に決断を強いているように思えた。
悠里はそんなアシュラムに勇気を与えたくて、彼の美しい瞳を見つめたまま握る手に力を込める。
その二人の様子を見て、ウリエルが苦しそうに目を伏せた。
そこに恋愛感情はないと分かっていても、恋する相手が他の男と手を繋いでるだけで耐えられなかった。
いくら好きでも近づけない彼女に、こうもたやすく近付くことのできるアシュラムに嫉妬していた。
自然口調も厳しいものになる。
「ユーリはトーサに戻れ。俺がアシュラムを王都に連れて行こう」
しかし、その申し出を、アシュラムは丁重に断った。
さらに悠里までもが「ウリエルさんは忙しいし」だのなんだのと反論している。
(何なんだ。この連帯感)
唖然とするが、これ以上の言い合いも不毛だとウリエルは「そう言うなら、それでいい」と踵を返した。
「ま、待って。ウリエルさん」
「なに?」
振り返れば、二人はまだ手繋ぎ状態。
なんなんだよ。
がっくり肩を落とすウリエルに気付いているのかいないのか。
そんなウリエルに悠里は明るく声をかけた。
「三人で行きましょう」
「……」
言葉をなくすウリエルに、悠里はさもいい方法を思いついたとでも言うように目を輝かせていた。
「三人で?」
いい大人が三人で連れ立って。
しかも、会いに行くのはそのうち一人の父親だというのに。
「だって、わたしは王宮に入れるような身分じゃないし、アシュラムさんもあまり王宮には慣れてないみたいだし。でもウリエルさんは顔パスでしょう」
「顔パス、じゃあないよ」
ああ、負けたよ。
これも惚れた弱み、という奴だろうか。
正直アシュラムと二人きりにさせておくのも不安だったのだ。
それに。
こうして悠里の傍にいられるのも久方ぶりの事だった。
会えない時間に、ウリエルの想いは強くなる一方で。
考えるのは悠里のことばかり。
己の女々しさに自己嫌悪に陥りながらも、ただ一筋に彼女に恋している。
(こうして呼び止めてくれたということは、少しは落ち着いたのかも知れない)
なら、少しでもいい。
彼女の傍にいたい。
それこそが、ウリエルの正直な気持ちだった。




