5.単身のりこんでみました!
コツン。
石畳の床に靴音が響き、悠里はびくっとして足を止めた。
神殿は相変わらず閑散としていた。
ここにいる神官たちは一体どこにいるのだろう。
そんなことを思いながら、悠里は一歩一歩廊下を進み、アシュラムと初めて会ったあの祭壇のある広間へとやって来た。
そこにはひとつ白い影。
アシュラムの白い法衣が揺れていた。
祭壇に向かい何かの祈りを捧げているのか、悠里には気付かない。
その背中に遠慮気味に声を掛けた。
「アシュラムさん」
ぴくりと微かに揺れた肩。
けれど彼は祈りを止めず、振り返りもしなかった。
広間の空気はひんやりしているのに、悠里の額には冷や汗が滲む。
来て良かったのだろうか。
途端に不安になってきた。
彼に言いたい言葉をいろいろ考えて来ていたのに、もうすっかり真っ白だ。
「アシュラムさん。あの、わたし、あなたと話したいと思って……」
もう一度勇気を出して声を掛けてみた。
それでもアシュラムは聞こえないふりをする。
もう、なんなのよ!
悠里は深呼吸した。
そっちがその気なら、こっちから行ってやる。
大きく息を吐き出して、悠里はずんずん祭壇へと近付いて行った。
その足音も聞こえているはずなのに、アシュラムは一心に前を見続ける。
それほどまでに頑なに無視するのは、やはり怒っているからなのか。
昨夜の様子を思い出すと、恐怖で手の先が震えてくるようだった。
胸がドキドキする。
アシュラムを右手に見、それから前に回り込んだ。
「アシュラムさん!」
ばっちり目があった。
彼は瞠目し、さっと顔を赤らめた。
「お話ししましょう。アシュラムさん!」
至近距離で大声を出す悠里に、呆気に取られるアシュラム。
微妙な空気が二人を包んだ。
ちっとも思考の戻ってこないアシュラムが心配になり、悠里は彼の目の前でひらひらと手を振ってみた。
そこでようやくアシュラムの瞳に力が戻った。
「すいません。いらっしゃったことは分かっていたのですが、祈りの間は少しお待ちいただこうと思っていたのです」
そして、そう言い訳めいたことを口にした。
「ご、ごめんなさい。わたし、我慢が足りなくて」
「いえ。私の方こそ、わざわざご足労いただいてしまい……」
そうして笑い合う二人は、まるで出会ったばかりのあの頃に戻ったように穏やかだった。
どうして、こんな優しい雰囲気のままでいられなかったのか。
そればかりを思うけれど、今となってはどうしようもない。
悠里は寂しさを覚えながら、アシュラムに次にかけるべき言葉を探していた。
するとアシュラムが静かに祭壇から離れ、脇にある小机から一冊の文献を取り上げた。
「ここに、姫をお返しする方法が記されています」
「……」
悠里はこくりと喉を鳴らした。
ついに来た。
ここで間違えてはいけない。
今までたくさん間違ってきたけれど、ここでは一切の間違いはあってはいけないんだ。
悠里はぐっとおなかに力を入れ、アシュラムを見た。
「わたしは、まだ帰れません」
アシュラムの眼がすっと細められた。
それに怯まないで、悠里は言葉を続ける。
「トーサ村に畑を作り始めたところなんです。やっと土作りが終わって、少ししたら種を植えようと思っています。だから、今帰るわけにはいかない。せめて、野菜がちゃんとできるのを見届けてから帰りたい。そう思っているんです」
「その間、私はまた待たなければならない。あなたがこの神殿を訪れるのを」
先ほどまでの声音とは違う冷たい声。
そして、一歩悠里に近づいた。
思わず、後ずさってしまう悠里。
「私が怖いですか?」
「いいえ」
ふるふるとかぶりを振る悠里に、アシュラムは冷笑を浮かべた。
「怖いのでしょう。人の持ちえぬ力を持つ私が」
「いいえ。怖くありません。だって、アシュラムさんはアシュラムさんだから」
「なら、なぜ私の元から去ってしまったのです」
「それは……あの頃のわたしはアシュラムさんの気持ちを受け止めるだけの余裕がなかったから」
「……」
「アシュラムさんの事を分かりたいのに、でもそれは結局わたしの思い込みで、まったく違う方を見ていたんです。でも、今なら、わたし言えます」
「え?」
悠里はものすごい勢いでアシュラムの元に走り寄った。
そして彼の手を取ると、こう言った。
「一緒に畑やりましょう!」
久々の更新です。
へこたれないでがんばります。




