31.愛だね
「では、今日はこの種を蒔きます」
ジョーとアルバートの手の平に、さらさらと小粒な種を分ける。
「こうして、ちょちょちょと、手で溝を作って、そこにパラパラと蒔いてくださいね」
「へえ。楽しいねえ」
「このあと水をあげるから、わたし、水を汲んで来ます」
桶を持って、小川の方に走って行く悠里を見送りながら、ジョーがポツリと言った。
「無理してるね、あの子」
その声に、アルバートが顔を上げた。
「やっぱり、そう思います?」
「ああ。子爵さまもここに来なくなっちまったし。あの後、何話したんだか……」
「サラを探してて、僕、ウリエルさんに偶然会ったんです。いつものウリエルさんらしくなくて。上の空というか……こんなこと言ったら怒られそうだけど、泣いてたのかなって、思うような」
「ああ、間違いないね。全く、何やってるんだろう」
傍から見れば一目瞭然なのに、本人だけが気付いていないなんて。
「何とか、してあげたいですよね」
「そうだねえ。あんた、サラちゃんは?」
今頃サラがいないことに気付いたのか、ジョーはキョロキョロ見渡した。
「あいつの事は、もういいです。何言っても聞かないから」
「うう。あっちもこっちも、困ったねえ」
「水、重たいかな。僕が行けば良かった」
桶を持って、よろよろと戻って来る悠里を見つけたアルバートは、慌てて駆けて行った。
それを見てジョーが、「まあ、アルバートでもいいんだけどね」とにやりと笑ったのは、誰も知らない。
「ごめん、僕が行けば良かったんだ」
悠里の手から桶を取ろうと手を伸ばす。
「あ、大丈夫ですよ。このくらい」
「ヨロヨロしてるから」
「すみません……」
桶を渡すと、悠里は手をパタパタ振った。
やはり無理をしていたのだろう。
「大丈夫?」
「はい。ありがとうございます!」
「うん……。ユーリってさ。ちょっと、何て言うか、人見知り?僕も得意な方じゃないけど。そういうとこ、あるでしょ」
「分かり易いですよね、わたしって。ウリエルさんにも、そう言われて、あっ」
咄嗟に口を噤んだ悠里に、アルバートは苦笑した。
「僕は、まだ知り合ったばかりだし、二人の関係をどうこう言える立場じゃないけど。ウリエルさん、いい人だよ?」
「……知ってます」
「でも、来なくなったでしょ。ウリエルさん」
「アルバートさんには関係ないです!」
「そうやって、意地になってるのは、どうして?」
悠里は瞠目した。
「意地?」
「そう。見てて、ハラハラする。自分でどうにかしなきゃとか、一人で頑張ろうとか。もっと肩の力を抜いてごらんよ」
「なんで、皆、他人の事なのに分かるんですか?」
「うーん。他人だからかな?特に、ユーリは分かり易いし」
「わたし、そんなに分かり易いんですね……」
菜園まで戻って来ると、ジョーがあらかた種を撒き終えていた。
そこに柄杓で水を撒いて、この日の作業は終わりだった。
「これからは、水やりと草引きが大事になりますから。一日交代でもいいですよ。」
「ああ。それ、助かるな。実はバイトが決まったから、もう少し日数入れてもらおうかな」
「あ、そうだったんですか?おめでとうございます!はい。是非そうしてくださいね」
「じゃあ、わたしも家の片付けでもしようかな。サムじいさん、コウメさまにべったりかい?」
「ああ。そうですね。コウメさまの菜園担当みたいになっちゃいましたね。おじいさん」
「ふふ。まあ、いいか。じゃあ、ユーリ。元気、お出しよ!」
豪快に笑って帰って行くジョーの背中を見送りながら、悠里が言った。
「もしかして、ジョーさんも気付いてる?」
「ん?ああ。心配してたな」
「はあ。わたし、どんだけ分かり易いんだろ〜」
コウメさまの邸に戻りながら、こんなにゆっくりアルバートと話をしたのは初めてだった。
彼は高校大学と進学したかったのを諦め、家計を助けるために働いていたと教えてくれた。
「だからね。サラには学校、ちゃんと行ってもらいたいんだけど、ひねちゃったからさ。なんとか、勉強させてやりたいんだけどなあ」
「サラちゃん。家庭教師とかは?」
「家庭教師?」
「そう。コウメさまのお邸なら、誰か教えてくれる人いそうだし。サラちゃんが嫌じゃなかったら、だけど」
「家庭教師かあ」
アルバートは考えているようだった。
そして、コウメさまのお邸が近くなった所で、不意に言った。
「サラの家庭教師、ユーリがやってくれない?」
「え?ええええ!!無理無理。絶対、無理!だって、サラちゃん、わたしのこと、嫌いだもん」
「サラが言ったの?」
「うざいって」
「ああ。あいつ、誰彼構わず、そう言うんだよなあ。気にしちゃだめだよ。あいつの言うこと」
「でも……」
あの時の「うざい」は、かなり本気だったような気がした。
「あいつに話して、その気になったら、やってもらえる?その、賃金とかは、僕のバイト代が入ってからで」
「賃金なんて、いいよ。わたしも、そんなのなしで、野菜作ってもらってるんだから。おあいこだよ。バイト代は他のことに使ってね」
「ん。じゃあ、そうさせてもらおっかな」
話が付いたところで、邸に着いた。
玄関を入ると、ウリエルがいた。
ビクッとする悠里にかまわず、アルバートが前に出る。
「ウリエルさん。今日は種を蒔きましたよ。ウリエルさんも来てくれるかと思ったのに」
ハットして顔を上げる悠里を、アルバートは無視した。
「ああ、今日は外務部の仕事があったからね。お疲れさま」
そう言って、立ち去ろうとするウリエルに、アルバートはさらに声を掛けた。
「あの。サラ、見ませんでしたか?」
「サラちゃん?いや。見てないな。菜園には行かなかったのか」
「あいつは、もう。実は、ユーリに、サラの家庭教師してもらおうかと思ってるんです」
「家庭教師?」
ウリエルが、ちらっと悠里を見た。
「ああ。それはいいね。いろいろと、やってみるといい」
その言葉は、悠里に向けられたものだったろう。
ウリエルが去ってから、アルバートがそっと呟いた。
「愛だね」と。




