30.若さゆえの過ち
次の日も快晴。
畑仕事にはうってつけの日和だった。
皆それぞれ動き易い服装で集まったのは、コウメさまの菜園ではなく、王都の郊外にあるロンドベル子爵領。
元は大公領であった土地を、ウリエルが子爵位を受ける際に分与された場所だった。
そこへなら、コウメさまの邸から馬車ですぐだった。
そうして、集った精鋭たち。
「あれ、一人足りないんじゃないかい?」
徒歩でここまで来てくれた、ジョーさんが言った。
「あ、サムさん。今日はコウメさまの菜園を手伝うって言って、ここには……」
「なんだい、それは。まあ、いいか。おじいさんには水やり、頑張ってもらおう」
「そうですね」
皆で笑いあうと、悠里は鍬を配り始めた。
「まずは、これを使って、土を耕していきます。あまり力み過ぎず、振り上げると疲れちゃうから、地面からあまり離し過ぎないようにするといいですよ」
自分でも持つと、悠里は実演し始めた。
祖母から教えて貰った鍬の使い方。
それを人に教える日が来るなんて、思ってもみなかった。
「畝を作る時には、こう鍬の先に土を乗っけて、土を寄せて行くって感じですかね。この時も、力入れずに、ささっと、ささっと」
「どうして、畝を作るんだい?」
「あ、それは、野菜により水分を取らせて上げるためと、根を張りやすくしてあげるためです」
「へえ、なるほどねえ」
説明している間に、アルバートはすでに土を耕し始めているし、サラは髪を弄びながら、あらぬ方を見ている。
本当に性格の違う兄妹だったが、ここまで来ているのを見ると、妹の方も一応参加するつもりはあるのだろうか。
「あ、じゃあ、ジョーさんとサラちゃんも耕してみましょうか」
「はいよ。任せておくれ」
返事もいいが、さすがの胆力で、ジョーさんはすごい勢いで土を耕して行く。
「す、すごい……」
これは期待できると胸を弾ませながらサラを見ると、彼女はまだ地面に座り、今度は土をいじっていた。
「サラちゃん?」
「あたしの事は気にしなくていいからさ~、あんたもやればいいじゃん」
「でも、出来れば、皆一緒に」
「あんた、うざいって言われるでしょ?」
「え?」
「いるんだよねえ。自分はいい子ですって、必死でアピールする奴って」
サラの言葉が胸に突き刺さり、そして、記憶が呼び覚まされた。
教室で漏れ聞こえてきた、同じような陰口。
それに自分は何度傷付き、心を閉ざしたのか。
きゅっと唇を噛むと、悠里は身を翻して走った。
サラから離れた場所まで来ると、鍬を土に突き刺した。
言い返すことの出来ない自分への苛立ちを、そこにぶつけるように。
一心不乱に鍬を振るう。
嫌な気持ちを追い出すように。
それが、思春期からの悠里のやり方だった。
そんな悠里を、サラは冷ややかな目で見ていた。
ある程度土地が耕されると、昼近くになっていた。
朝から外務部に出勤していたウリエルが、ピクニックバスケットを二つ抱えてやって来た。
「そろそろ休もう。随分進んだね」
「ええ。けっこう、いい汗掻きましたよ」
黙々と働いていたアルバートが座り込んだ。
「お茶を淹れて飲むといい」
「はい。ありがとうございます」
「それじゃ、わたしがしてあげよう」
ジョーさんが手際よくお茶を淹れ、お弁当を並べて行くのを、アルバートも手伝う。
「妹は?」
「あいつはやる気なしですから、放っといてください。いつの間にか、どっかに行ってしまったし」
「まあね。両親なくしたばかりじゃ、何かと思うこともあるでしょうよ。感じ易い年頃だからねえ」
「感じ易い子が、あそこにもいるな。ちょっと行って来ます」
ウリエルは、まだ耕す手を止めそうにない悠里の方に足を向けた。
「子爵さまは苦労性だね。あんたと同じで」
「僕と?」
「おや。自覚がないかい?」
「……妹を守るのは、僕の役目だから」
「だからさ。一生妹の面倒を見ることなんて出来やしないだろう。どこかで突き放すこともしなくちゃ、本当にあの子の為にはならないと思うけどねえ」
「……でも、まだ、早いですよ。ちゃんと、あいつが一人で生きて行けるようになるまでは」
「まあね。それが人情ってもんだろうさ。だったら、ここじゃない、他の所に働き口を探してやったらどうだい?」
「……あいつはまだ、14なんです。働き口なんて、早々見つからないでしょう」
「そうやって、あんたが、あの子の道を閉ざしてる。そう、考えたことはないかい?」
「え?」
「何でもやらせてみればいいんだよ。若いんだからね。まだまだ何でも出来るさ。勉強だって、仕事だって」
「……ちょっと、探して来ます」
アルバートは立ち上がると、サラが行ったと思われる方に歩いて行った。
「優し過ぎるねえ。最近の男の子は」
そう言って、ジョーは肩をすくめた。
「ユーリ」
声を掛けた途端、ピタリと動きが止まった。
「昼にしよう。弁当、持って来たよ」
「もう少し。あそこまでしてから」
「皆、待ってるよ」
「いいから、放っておいて!!」
言ってから、はっとして、ウリエルを見た。
「あ……」
溢れる感情を押し殺すように、伏せられる薄青色の瞳。
「ああ、そうだったな。ごめん……」
踵を返すウリエルを呼び止めることなど出来ず、悠里は立てた鍬の柄に、額を押し付けた。
「わたしは、ただ一生懸命やってるだけじゃない……」
今朝早く、ディントを発ったマリュエルの言葉を思い出す。
「あんまり一人で抱え込むなよ」
それなのに、手を伸ばしてくれるウリエルの事さえ拒むなんて。
「わたしって、ほんと、だめだなあ」
ちょっとでも変わりたいなら。
今、動くべきだ。
悠里は柄から額を離すと、耕したばかりの畑を横切り、ジョーの前に座ろうとしているウリエルの手を取った。
「ユ、ユーリ!?」
何も言わず、ずんずん歩いて行く悠里に、ウリエルは引きずられるように付いて行った。
そんな二人を見送ったジョーは、「若いっていいわねえ」と大きなパンにかぶりついた。




