17.レストランでお食事です(2)
「ここだ」
辿り着いた店は、こじんまりとしてはいたが小洒落ていて、女子が好きそうな雰囲気の店だった。
レストランというよりは、カフェのような趣である。
「ここでいいか?」
「うん。ウリエルさんにお任せです」
「ん。なら入ろう」
カランとドアベルを鳴らして入ると、すぐに悠里と同い年くらいの女の子が応対してくれた。
「ご予約のお客さまでないと、少しお待ち頂くことになりますが」
席はほとんど埋まっていて、その大部分が予約客らしい。
どうやら相当の人気店のようだった。
「参ったな。予約しておけば良かったな」
「失敗した」と呟くウリエルに、悠里は「他のとこでもいいですよ」と言って、案内係の女の子に断ろうとした時だった。
「相席でよければ、私の席にどうぞ」
振り返れば、一見しただけで貴族の夫人とわかる上品な女性が立っていた。
「あ、あの、でも……」
「困った時はお互いさまですわ。今は祝賀祭が近くて人も多いから、きっとどこの店もいっぱいですよ。私たちは二人で四人席を使っていますもの。勿体無いですわよ」
「ランカジャーさま。本当に宜しいのですか?」
「ええ。見たところ、そちらも貴族でらっしゃるようですし、問題はございませんでしょう。あなた。すぐに席を用意してあげて」
「ウリエルさん……」
「せっかくのご厚意だ。相席させて頂こうか」
「主人にも紹介しますわ。どうぞ、こちらへ」
ランカジャーさまと呼ばれた女性に付いて行くと、少し奥まった所にある、他の客からは死角になる席に、もう一人、男性が座っていた。
ランカジャーさまのご主人にしては、随分若い。
年の差カップルだった。
「旦那さま。こちらの方達ですわ」
ランカジャーさまは、その男性に膝を折って会釈した。
「こちらはマイオール公爵さまです。私は公爵さまにお仕えする、ランカジャー男爵の妻の、マチルダと申します」
(あ、なんだ)と悠里は思った。
主人というから、てっきり夫婦かと思ったが、お仕えするご主人さまという意味での『主人』に紹介すると、ランカジャー男爵夫人は言ったのだ。
(年の差カップルだと思っちゃったよ……)
「閣下。相席をお許し下さりありがとうございます。私はディント王国のロンドベル子爵ウリエルと申します。こちらはユーリと。お見知り置きください」
「まあ。では、大公殿下のご嫡男でいらっしゃいましたか。存じ上げなかったとは言え、失礼を致しました」
優雅に頭を下げるランカジャー男爵夫人に、ウリエルは「とんでもない」とかぶりを振った。
「私の方こそ、まさか公爵さまのお席とも知らず、気安く相席をお願いしてしまいました。お許し下さい」
「まあ。それはよろしいのよ。公爵さまが、あなた方をここへと仰ったのですから」
この会話の間に席の用意が終わり、ウリエルと悠里はひとまず席に落ち着いた。
ウリエルとランカジャー男爵夫人が話している間も、マイオール公爵は鷹揚に果実酒の入ったグラスを口に運んでいて、特に悠里たちを気にしている様子はなかった。
けれど相席を提案してくれたのは公爵だという。
「ディント王国の子爵さまがこちらにおいでなのは、やはり祝賀式典に出席されるためですの?」
お近付きの印にと乾杯を済ませた後、ランカジャー夫人がそう尋ねた。
「ああ、いえ。国からの使節は別の者が……。我々は私用でリュール王国に行くところでして。旅慣れない彼女の為に、山脈を迂回する予定なのです」
「まあ、そうでしたの」
「はい。ですが、偶然にも、祝賀の華やかな雰囲気に触れることが出来て、彼女も喜んでおりますよ」
「まあ。ほほほ。子爵さまはユーリさまにぞっこんでいらっしゃるのね」
悠里は思わず口に含んだ水を吹き出しそうになった。
(ぞっこんて、久しぶりに聞いたよ!)
ウリエルも心なし苦笑している。
「公爵さまは祝賀行事の関係でこちらへ?」
黙々と目の前の皿の上の料理を片付けていた公爵に水を向けてみたが、やはり答えたのはランカジャー夫人だった。
「これはここだけの秘密にして下さいましね。公爵さまは、今夜チェサートの行政府で開かれる舞踏会に出席するのがお嫌で抜け出してしまわれましたの」
「「え!?」」
悠里とウリエルの驚きの声が重なった直後、「男爵夫人」と初めて公爵が声を発した。
「初対面の者に言わなくていいだろう?」
「あら。初対面の方だからこそ言えることもございますわ。まして、お二人は長くチェサートに留まるご様子でもありませんし。他言などなされませんでしょ?」
「ええ。もちろんです」
「公爵さまは現在お宿で熱を出されていることになっていますのよ。ほほほ。若い方は本当に舞踏会というものがお嫌いですものね」
マイオール公爵は結局そのまま口を閉じてしまい、自分の食事に専念することにしたようだった。
ランカジャー夫人はいかにもおしゃべり好きの中年女性という感じで、この公爵さまが相手では、さぞかし喋り足りないだろうと思われた。
だからか、ウリエルを相手に喋り捲っている。
それに、ウリエルも嫌な顔一つせずに付き合っているから、さすがの外交官といったところだろうか。
悠里はその会話に入ることが出来ず、公爵と同じように黙々と料理を口に運んでいた。
肉をナイフで切りながら、そっと公爵を盗み見る。
甘いマスク。という表現がぴったりの美形だった。
ウリエルのような爽やかさはなくて、むしろ冷たい感じを受けるが、それでも人目を引き付ける魅力があった。
少し茶色味のかった金髪を短く切り揃え、瞳は碧。
金髪碧眼の美丈夫だ。
(はあ。目の保養だわ〜)
うっとり見つめていると、ふと公爵が視線を上げ、悠里を見た。
「ひえっ」
思わず声を上げると、ウリエルが「どうした?」と顔を向けた。
ランカジャー夫人も面白そうに目を細めながら悠里を見ている。
「い、いえ。何でもありません。すみません」
まさか「公爵さまを見つめてました」とも言えずに頭を下げると、公爵がくっと笑うのが聞こえた。
「え?」
顔を上げた悠里を、公爵は見ている。
「私を見ていただろう?穴のあくほど」
そう言って、公爵は意地悪そうに微笑んだ。
「公爵さまを?どうして?」
詰問口調のウリエルに、愛想笑いを浮かべながら、「たまたまですよ」と言い訳をした。
「君の恋人は少し気が多いのかな。気を付けた方がいい」
公爵は親切ぶって言うと、果実酒を一気に飲み干して立ち上がった。
「そろそろ行こうか。男爵夫人」
「あら。私、まだウリエルさまとお話ししていたいですわ」
「なら、好きにしなさい。私は先に帰っている」
「まあ、せっかちなのは相変わらずですわね。こうと決めたら、絶対そうするところはお小さい時からずっと同じ」
ランカジャー夫人はブツブツ言いながら席を立った。
「では、ウリエルさま。ユーリさま。また何処かでお会い出来るといいですわね」
「ええ。本当に。思いがけず楽しい時間をありがとうございました」
「こちらこそですわ。でも本当に、私、夫がいなければ、ウリエルさまに猛アタックしていたと思いますわよ。ユーリさまはお幸せね。こんなに素敵な方が恋人でらして」
そう言い置いて、ランカジャー夫人は公爵の後を追って店を出て行った。




