15.旅の馬車で二人きりです
窓の外の景色は代わり映えなく、ただ過ぎて行くだけだ。
何の面白みもない筈なのに、悠里は一心に眺めていた。
この辺りも神殿の周りと同じだった。
荒地に家が点在している。
時折ある草地には家畜が放牧してあったけれど、それも大規模な牧場というのではなく、家庭で賄う分を得られるくらいの規模のものだった。
「もうすぐ国境だ」
「あ、そうなんですか」
ウリエルは大判の地図を取り出して、悠里の前に広げた。
「リュール王国に入る前に、このチェサート国に入る。ここはセントフォール帝国の属国だ」
「セントフォール帝国?」
「ああ。この際だから、この大陸の国について話しておこうか。この世界には2つの大陸があるとされているんだが、もう一つの大陸の詳細は分かっていない。海を隔てた遠い場所にあるらしいんだけど、大昔にその大陸からやって来たという人が話したという伝承でしか伝わっていないんだ。だから、もう一つの大陸については説明を省くよ。
ディントやリュールがある、この大陸は、広範囲をセントフォール帝国の領土で占められている。帝国は徐々に勢力を伸ばしていて、多くの国が侵略されたけど、チェサート国は血を流すことなく帝国の属国になった。
リュールは鉄という交渉カードで今の所なんとか帝国に見逃してもらってるみたいだけれど、この先どうなるかは分からない。
現皇帝は、自分の代で、この大陸はの覇者になりたいみたいだから」
ウリエルの話は、この世界に来て初めて聞くことで、悠里は動揺した。
「だったら、鍬なんて仕入れてる場合じゃないんじゃ?」
「チェサートが属国になってからは、ここ数年、帝国の侵略行為は止まっている。いつ起こるか分からないことに怯えてるのも癪だし、それに、ディントにはいざとなれば魔法がある。というのが、国の上層部の考えみたいだよ」
「……暢気ですね」
「うん。暢気と言えば、暢気かな」
地図を見れば、ディントが大陸の中でも、とても小さい国だということが分かる。
それに比べて、帝国の広さは大陸のほぼ全てが領土だった。
「ディントは、ほんとに魔法頼みなんですね」
「情けないことだがな」
ウリエルは少し自嘲した笑みを浮かべた。
「……帝国に負けない国にしないといけませんよね」
強い決意を込めた悠里の言葉に、ウリエルは目を見張った。
「ユーリ。何か変わったな」
「え?どこがですか?」
「つい最近まで、もっと自信なさそうな感じだったのに、今は、そうでもないみたいだ」
「それは、ウリエルさんのおかげですってば」
「俺の?」
「はい。つい後ろを向きそうになっても、ウリエルさんが前に引っ張ってくれるから」
「そうかな」
「はい。ウリエルさんが一緒にいてくれるから、わたし、頑張れるんです」
「そうか」
「はい。ウリエルさんが大丈夫だって言ってくれるから、わたしでも出来るのかなって思えるんですよ」
それはウリエルに対する全幅の信頼だった。
「そこまで信用されたら、俺はもう身動きが取れないな」
「どういうことですか?」
「やっぱり、お前にとって、俺は兄貴みたいなものなのかな?」
そう訊かれ、悠里は躊躇いながらも頷いた。
「……ウリエルさんが何となく嫌がるから言わないようにしてたけど、やっぱりそうだと思います。実の兄よりも優しくて、完璧な兄貴って感じですよね」
ふふとはにかむ悠里を、ウリエルは複雑な思いで見ながら、気付かれないように深い溜め息をついた。
切なさに支配されそうになるのを何とかこらえ、そして。
「俺は、ユーリを妹とは思えないよ」
そう言って、ウリエルは悠里を見つめた。
真っ直ぐで、揺らぐことのない瞳。
ウリエルが何かを心の中で決断した時の瞳だった。
その視線をまともに受けて、悠里は思わず俯いてしまった。
「で、ですよね。わたしみたいな出来の悪い妹、嫌ですよね」
また卑屈になってしまうのをどうすることも出来ず、悠里はウリエルを見ることが出来ない。
「そういうことではないんだ。俺は……」
言い掛けて、ウリエルは口をつぐんだ。
『お前を一人の女としてしか見れない』
そう言おうとして、言ってしまう直前に、時期尚早だと気付いたのだ。
旅はまだ始まったばかり。
ここで告白めいたことをやらかして、後の旅程を気まずいものにしたくはなかった。
(ユーリには時間が必要なんだ)
今は目の前のことだけで精一杯だろうから。
余計なことで煩わせたくはない。
ウリエルはだから、溢れ出しそうになった言葉を飲み込んだ。
自分の気持ちは決まっているのだから。
悠里の方に、恋にも目を向ける余裕が出来るまで待てばいい。
(待って待って、待ち兼ねた挙句に、ユーリが他の奴を選んだら、俺どうなるか分からないけどな)
相手の奴を一発殴るだけで済めばいいけど。
ウリエルが少々物騒なことを考えている間に、どうやら馬車は、チェサート国との国境にある関所に着いたようだった。




