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脅かされる平和

 とある日、シュウは山で見慣れない人物を目撃した。

 その人物はそこそこ年を感じさせる男性だったが、しっかりとした体格で山歩きに不慣れさを感じさせなかった。

 まれに山には珍しい山菜や果物を採りに来る人間もいるのでその類かと、気にしないようにする。

 ただ、山に入るにはいささか身綺麗な格好で違和感を感じる。貴族に雇われて来たのかもしれない。そう思い、シュウは相手に気づかれないように、その場を後にした。


 シュウが立ち去った後、体格のよい男もいつの間にか居なくなっていた。

 辺りには風で揺らぐ木々の葉の音だけが聞こえていた。






 ◇◇






 家に戻ってからシュウはアルティミシアの部屋に赴く。それから彼女に山で見た人物の事を何となく伝えていた。

 普段ならば山で人を見かけてもアルティミシアには言わないのだが、何故か今回だけは伝えたくなった。

 胸のあたりがモヤモヤするのだ。それは警報のように自身の身の内に引っかかってしまうような。


 シュウの話を聞いた彼女は、一瞬だけ目を細めると「そう」と呟いたきり無言で窓の外を見つめる。


「シア? どうしたの?」


 無言で窓の外を見つめる彼女を怪訝に思いシュウが声をかけると、アルティミシアは彼の方へと向き直った。


「ねえシュウ、その人の服には何かエンブレムのような物が縫い付けてはなかった?」


 アルティミシアの言葉にシュウは瞼を閉じて、先程見た男性の服装を思い出す。

 すると、深い紺色のマントを背中に羽織っていた印象が強く思い出される。そう、身綺麗だと思ったのは、そのマントが要因だ。服自体は薄い紺色でマントに合わせて綺麗だと思った位である。


 そこまで思い出して溜息を吐きたくなる。印象に残っているのはせいぜいそれだけなのだ。

 アルティミシアに謝ろうとして、ふとマントに縫いつけられていた刺繍を思い出した。

 不思議な模様のそれは、貴族の家柄を示す紋章のようだったのではないかと。


 この世界の貴族や王族は、各々の家柄を示すシュウの居た世界で言うところの、家紋のような物を持っている。それは門であったり、馬車であったり様々な所に飾られており、家格が一目で分かるようになっているのだ。


 山で見た人物のマントにも同様にそれらしい物があったではないか。慌ててその事をアルティミシアに伝えると、彼女は険しい表情でシュウを見つめた。その表情にシュウは嫌な汗が流れる。


「シュウ、今日は決して外に出ては駄目よ。それから、部屋は雨戸を閉めておいて」

「え? う、うん」


 それだけ言うと、部屋を追い出される。一抹の不安を抱きながらシュウは適当に食事を済ませると、自分の部屋へと引き上げるのだった。






 ◇◇






 カタカタという音にシュウは目を覚ました。部屋に戻ってからやる事もなく寝台に寝転がっていたら、いつの間にか眠ってしまっていたようだ。

 のそのそと起き上がり窓の外を見ると、すっかり暗闇に染まっている。


 アルティミシアに雨戸を閉めておくように言われていたのを思い出し、急いで窓を開けて雨戸に手を掛ける。そのまま閉めようとした所で、シュウの手が止まる。


「何か眩しい?」


 空は暗闇なのに、どこか明るい。辺りを見渡すと、それは直ぐに分かった。

 湖だ。


 湖から白っぽい光が放たれているのだ。


 そちらを見ると、湖の水面に何やら不思議な文様が浮かび上がっている。幾何学的なそれは湖の中心部に浮かんでおり、神秘的な光景だった。


 そして、その幾何学文様の中心部にはアルティミシアが立っていた。


「シア!?」


 思わず窓から身を乗り出してじっくりと見つめる。後姿しか確認できないが、あれはどう見てもアルティミシアだ。


 アルティミシアは湖の文様の上で緩く着ていた衣服を脱ぐ。すると、銀の髪だけでは隠しきれない美しい裸身が露となった。

 その後姿にシュウは視線を動かせない。初めて見る愛しい女性の素肌に見惚れてしまうのだ。


 それから直ぐ、アルティミシアの背中には湖の文様と同じような文様が浮かび上がっていた。

 それが湖と連動するように一際大きく光輝くと、静かにそれは消えていった。


 ゆっくりと辺りが夜の闇に飲み込まれていく内に、シュウは我に返ると慌てて雨戸を閉め、寝台の上掛けの中に体を潜りこませた。

 心臓が早鐘を打っている。今見た光景に警報を鳴らしている。


「あれは……何なんだ」


 知ってはいけない。だが、薄々気づいていたのではないか。彼女の正体を。


 知らない。自分は何も見てはいない。


 そう頭で反芻しながらも、以前教えてもらった魔女の話を思い出していた。





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