第六話 The End of Most Longest Day〈長い日の終わりに〉
2022年6月16日(木)
PM 09:20
東京都世田谷区玉川田園調布
永崎邸・1階応接室
side 永崎裕哉
「……そう言う事か。気の毒だったな、瑠衣ちゃん」
瑠衣が父さんに事の顛末を説明した後、父さんは沈痛な面持ちで瑠衣に言った。
「……まあ、今日、明日はこの家でゆっくりしていってくれ」
「……はい。ありがとうございます」
瑠衣の元気は未だ戻ってはいなかった。
説明している間も感情の籠らない声で、質問には生返事。
だが、それも仕方がないだろう。
尊敬する父親と全幅の信頼を置いていた兄が一度に死んでしまったのだから。
それに、自衛隊の戦死者(公的には殉職者)や市民の死者が多数出ているこの状況で遺族年金や保険金がまともに下りるかも怪しく、最悪の場合貯金をやりくりして生活するしかなくなってしまう。そうなれば恐らく固定資産税の問題から今の家は手放さなければならず、小さなマンションやアパートでの一人暮らしという状況になりかねない。
今の瑠衣には、柱がないのだ。
信頼を置ける人間も、尊敬していた人間も、もうこの世界に存在しないのだから。
瑠衣の母親が死んだときは父という柱と、兄という梁が支えていた。
しかし、今のアイツは、壁だけで立っているのだ。
柱も梁も無く、ただ壁というハリボテがあるだけ。
少しでも押してやれば崩れてしまう。
そして、崩れれば。
アイツは確実に死を選ぶだろう。
自分の生に意味など無いと考えてしまうだろう。守りたかったものが、先に逝ってしまった。
「裕哉、少し部屋に戻っていろ」
考えている途中、父さんから声が掛けられた。
「瑠衣ちゃんと重要な話をするからな。お前は席を外してくれ」
俺はそれが瑠衣の保護者関連の話であると悟り、父さんに答えた。
「分かった」
俺はソファから立ち上がり、応接室を後にした。
部屋に戻って来たものの、特にやることは無い。
宿題をする気力も無ければ、本を読む気にもなれない。
俺は何となくスマホを取りだし、テレビ番組のストリーミング配信アプリを立ち上げていた。
Wi-Fiが切れている上に電波状態が劣悪なせいで画質は低いし所々音や映像が飛んでいるがとりあえずは見れるレベルだ。
『現在自衛隊は伊那市、静岡市、川根本町にて戦闘を行っており、中津川市では不明部隊の撃退に成功、陣地設営を行っているとの……』
『日没から現在にかけて各地の自衛隊駐屯地から中部地方に増援が駆けつけたため現在戦況は自衛隊の優勢に転じつつあり……』
『現在の住民避難状況は……』
どれもこれも報道特番ばかりで、内容も完全に被っている。
テレビを見る気すら無くした俺はベッドに寝転がり、少し体を休めることにした。
1時間ほど経った頃、唐突にドアがノックされた。
「裕哉、入っていい?」
瑠衣の声だった。どうやら話は終わったらしい。
「ああ、いいよ」
ドアノブが傾き、扉が開く。
「話は終わったのか?」
「うん。後見人とかの事でちょっと、ね」
どうやら俺の読みは当たっていたらしい。
「へえ。で、どういう形になったんだ?」
父さんと瑠衣の親父さんはもの凄く仲が良かったからきっと父さんは何かを知っていたんだろう。
「うん……あの、さ」
「……、あの、さ」
「なんだ?」
妙に歯切れの悪い瑠衣の言葉に違和感を感じ、俺は瑠衣に先を促していた。
「あの、もし……私が妹になるとしたらどうする?」
一瞬その言葉の意味が理解出来ず、俺は間抜けな返事を返していた。
「……はい?」
訳が分からない。
妹? こいつが?
「……何だって?」
再度俺は瑠衣に尋ねる。その言葉の真意が分からなければ話にならない。
「だから、もし私が妹になるとしたらどうするって聞いてるの」
「いや、俺の聞きたいことはそう言うことでは無くだな……」
「……要するに、私がこの家の養子になるって事なの」
えっと……何ですと?
本当は深刻な話なのだろうが、俺はどうも状況が上手く飲み込めず、言っている意味がよく分からない。
「父さんの遺言書、裕哉のお父さんが預かってたんだって。まあ詳しく話すと長くなるから多少割愛するけど、要するに遺言書で父さんは裕哉のお父さんを私の後見人に指名してて、双方の了解があれば養子縁組も許容するって書いてあったの。それで、裕哉のお父さんが、選ぶのは自由だ、って」
そう言う事か。
つまり父さんを後見人にするか、養子縁組をして養父にするかを迷っていると。そしてどうすればいいか分からないから俺に相談に来た、といったところなのだろう。
ん? でもそれなら少しおかしいところがあるような……。
「慶一さんは? 遺言書に慶一さんのことは書いて無かったのか?」
そう、本来親父さんが死んだ後保護者になるのは瑠衣の兄である慶一さんのはずなのだ。それなのに何故父さんに後見人の指名が行われているのだろう。
「その遺言書は父さんと兄さんがほぼ同時期に死んだ事を想定して書かれていたものだったからよ。父さんが事故とかで死んで、兄さんが生きていた場合は兄さんに保護者の権限が渡るようになってたわ」
多分その遺言書は有事に備えて書かれたものなのだろう。
「それで、俺はどうすればいいんだ?」
早めに本題に入ろうと、俺は瑠衣にそう聞いた。
「……裕哉は、私がこの家に養子に入っていいと思う? それを聞かせて欲しいの」
どう答えるかは既に決めていた。
「……俺個人としては反対だな。だって、おまえがこの家に養子に入ったら、秋津家は断絶だ。入り婿が来ないと存続が危ういって言っても、家の断絶を急ぐべきじゃあ無いと思う。でも、お前が養子に来たいっていうのなら無理に止めないし、歓迎するよ。正直これは、俺があんまり首を突っ込んでいい問題じゃないと思うから。やっぱり最後はお前の意志だよ。アドバイスまでは出来るけど、方法を勧めることは出来ない。微妙な回答でごめんだけど、そういうこと」
瑠衣はしばらく口を開こうとしなかった。
数分の後、思い立ったように瑠衣は俺に言った。
「うん。分かった。養子に入るのは止めとく。さすがに家をいきなり断絶させるのはご先祖様に申し訳ないからね」
そう言って瑠衣は少し微笑み、俺に言った。
「じゃあ、私はおじさんと話をしてから寝るから。……おやすみ」
扉がゆっくりと閉められる。
時刻は午後11時。いつもならまだゲームをしている時間帯だが、今日はもう疲れた。
寝よう。
俺は電気を消し、ベッドに寝転がった。
今日は本当に長い一日だった気がする。密度が濃すぎたんだ。
目を瞑ると一瞬で睡魔が俺に襲いかかり、意識がフェードアウトしていった……。
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今回で第一章は終了です。
数日後から幕間を挟んで第二章の投稿を開始します。
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