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第五十四話 日常、遠ざかり

2022年9月22日(木)

11:30(ヒトヒトサンマル)

東京都大田区田園調布

東急東横線・田園調布駅

side 永崎裕哉〈一等陸士〉


「ふぅ……本当に久しぶりな気がする」


「まだ1ヶ月半しか経ってないなんて思えないわね……」


 俺と瑠衣は地上に上がって田園調布の街並を眺めると、各々そう漏らした。

 本当は放置自動車などで帰宅してもよかったのだが、超が付くような間引き運転ではあるものの奇跡的にメトロと東急は動いているようだったので電車で戻ってきたのだ。

 車内には都市迷彩服を着用した軍人もいくらか見かけられたから、軍事輸送の目的で路線を活用しているのかもしれない。


 にしても、東京に到着してからは驚きの連続だった。

 最早俺が知っている東京は存在していない。

 あちこちに軍用の6桁ナンバーを付けた四駆の車が止まり、大型の駐車場には大きく損傷した軍用車両が集積され修理――もしかすると部品取りかもしれない――が行なわれていた。

 普通乗用車もかなりの車両の側面にでかでかと白か黒で国連統合軍(UNIF)の文字がペイントされていて、軍によって徴用されたものだとわかる。

 その上あちこちの交差点には馬鹿でかいコンクリートブロックと共にクレーン車が停車しており、AILSの侵攻があった場合これによって交差点を封鎖するのだろうと予想出来た。

 殆どの学校は建物に国連統合軍旗や旭日旗が掲げられ、門の前に簡易軍事基地であることを示す看板が建てられていた。


 そしてまず、人がいない。

 通る人間は殆どが戦闘服や軍服を着用しており、一部スーツを着た人もいるものの、私服で外を歩いている者は数える程しかいなかった。

 まあ、それもある意味当然ではあるだろう。

 この戦争が始まるまで900万人近くいた東京特別区の住民は東北地方や東関東への疎開によって軍人を除いて320万人前後まで圧縮されており、しかも殆どの人が東京東部まで一時避難しているため渋谷区以西の人口密度もかつての3分の1以下にまで減少しているそうだ。


 実際、田園調布の駅にも人は殆どおらず、平日の昼間ということを考えてもあまりに少なすぎた。


「とりあえず、家に帰るか」


「うん」


 瑠衣は頷き、俺たちは一月半ぶりに我が家への道を辿り始めた。




 10分ほどで俺と、瑠衣の家に到着した。。

 ……はたして今回瑠衣は、秋津の家に入ることが出来るのだろうか。

 主のいない家に戻ることができるのだろうか。


 まあ、それはまだ後でいい。

 とりあえず父さんと母さんに会わないといけないし、瑠衣もそのつもりだろう。


 俺は玄関のインターフォンのボタンを押して、母さんが出てくるのを待つ。

 数秒すると玄関の扉が開き……出てきたのは父さんだった。


「お帰り、裕哉、瑠衣ちゃん」


「ただいま、父さん。今日は仕事休みだったの?」


「いや、有給取ったに決まってるだろう。次いつ会えるかも分からんしな」


 まあ、確かにそうだ。

 でも家に帰ると連絡した時は特に休みを取るなどとは言っていなかったはず……まあどうでもいいか。


「お久しぶりです、おじさん」


「久しぶり。頻繁に手紙を送ってくれて嬉しいよ」


「いえ、裕哉はきっと連絡をサボるだろうと思って代わりに出してただけで……」


「それでもだよ。まあ、とりあえず家に入って荷物を置いてきなさい。母さんがご飯を作ってくれてる。中のほうが落ち着いて話ができるしな」


 父さんの導きに応じて、俺たちは家の中に入る。

 懐かしい匂いだ。

 間違いなく、自分の家の匂いだった。



「まずは、退院おめでとう。二人とも多少の怪我はあるにせよ生き残ったのは本当によかった。これから教育期間が終わるまで実戦投入は絶対にしないとのことだし、暫く命の危険に晒されることはないだろう。防衛線が破られて一気に大阪まで来ない限りは」


 昼食のパスタを食べ終え、リビングのソファーに腰掛けると父さんが口を開いた。


「そうそう。命あっての物種だから。これからまた前線に引っ張り出されることがあったとしても絶対に早まっちゃ駄目」


 母さんが頷く。


「分かった。っていうか、東京のほうが危ないんだから気を付けてよ。もう国立のあたりまで防衛線が後退してるんだし」


「大丈夫だよ。来週には横須賀に行って、再来週には佐世保に疎開だ。その後はフィリピンかシンガポールかロサンゼルスか……」


 父さんが疲れたような声で言った。

 確かに毎週のようにあちこちに振り回されるのが決まって気分がいいはずもないか。

 しかし、どうやらもう既に疎開することは決まっているようだった。

 ひとまず安心しつつ、『今回が最後になるかもしれない』という一種の覚悟も固めた。

 教育期間が終了したとき戦況がどこまで悪化しているか分からないし、疎開する場所が次々変わっていくということは連絡も取りにくくなるだろう。


「まあ、とりあえず日本でやらなければならない事は全て済ませたし、銃を持って戦えない人間がいつまでも東京に留まる訳にはいかん。自分の命を危険にさらすだけでなく、国防軍や統合軍にも手間を掛けさせることになってしまう」


「ああ、そうだな……そういえば向こうでは仕事は……?」


 疎開者には最低限必要なだけの生活支援が行なわれるとは聞いたが、別に向こうで働いてはいけないという規則があるわけではない……はずだ。


「もしロサンゼルスに疎開するチケットが手に入ればそこからアリゾナかニューメキシコまで行けるか外務省とアメリカ政府に聞いてみる予定だ。あそこならうちと現地企業の共同出資工場があるし、実際本社からも、もし行けるならどちらかに行って欲しいと言われている。東南アジアになったら今は何もないから、まあ救援物資のお世話になることになるだろうな」


 父さんの会社はアメリカの会社と提携して商品の開発をしていると聞いたことがある。

 もしも首尾良くロス行きが決まればひとまず連絡先が分からないという事態は避けられそうだ。


「まあ、アメリカに行ける事を祈ってるよ。東南アジアとかだと連絡もまともにとれなくなるかもしれないし」


「もし東南アジア行きの切符だったとしても、出来る限り早く連絡出来るようにはする。もし携帯が普通に通じる地域に住宅があればメールも使えるしな」


 ああ、携帯のメールという方法もあったのか。

 最近病院に籠りっきりだったせいでこういう時の携帯の有用性をすっかり忘れていた。

 今のところ日本から海外へのネットワーク通信は遮断されていないから、携帯の電波さえ届けばメールでのやりとりは十分可能だ。


「分かった。とりあえず最終的な行き先が決まったら手紙でもメールでもいいから連絡して欲しい」


「了解。……と、電話だ」


 父さんはジーンズの尻ポケットから携帯を取り出すと、リビングから出て行ってしまった。

 恐らく会社からの電話なのだろう。


「あ、そうそう」


 父さんが出ていったと同時、母さんが思い出したように俺たちの方を向いて言った。


「芳くんの家は今両国の高校に疎開してるみたい。もし会いたいなら行ってきたら?」


 芳くん、というのは俺と瑠衣の幼馴染である榊原芳文のことだ。

 中二の時にあいつが所沢に引っ越して以来機会に恵まれず全く会えていないのだが、母親同士の交流はまだ続いていたらしい。

 そうか、所沢はもう強制疎開の対象地域だからこっちまで来てるのか……。


「へぇ……瑠衣、どうする?」


「出来れば会いたいけど……」


「じゃあ、行こうか。別に一時帰宅中に出歩くなとは言われてないし」


 それに、家にいてもやることは特にない。

 親と昼から夜まで長話するような性分でもないし、結局やることは部屋の片付けやらゲームやらになってしまう。

 それなら今度いつ会えるかも分からない友人を訪ねる方がいくらかは有意義だろう。

 探していた『機会』がこんな状況というのは皮肉なものだったが。


「で、両国の高校ってどこ?」


「都立の両国高校。多分両国より錦糸町からのほうが近いんじゃないかしら」


 錦糸町ってことは渋谷で乗り換えか。

 乗り換えは一回だし、それほど時間はかからないだろう。


「分かった。用意したら出る。5時半くらいまでには帰ってこれるようにするよ」


 俺は母さんにそう告げ、瑠衣と共に二階の自室へと向かった。



またしても一年の間が空いてしまいました。

ここ一年、体調不良が続きなろうにログインすることもままならず……

最近は少し持ち直したので一ヶ月以内に次話を投稿できればと思っています。


誤字脱字や文法的におかしな表現の指摘、評価感想お待ちしております。

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