第五十三話 東京研修?
2022年9月11日
13:45
大阪府大阪狭山市大野東
国連統合陸軍日本西部方面第三病院(旧・近畿中央大学医学部附属病院)
side 永崎裕哉〈一等陸士〉
病室の引き戸が開くと同時、二つの顔が現われた。
一人は朝日美春。俺が長を務めていた分隊の隊員。
もう一人は秋嶋夏希。あの戦闘の際に第1小隊副長を務め、俺を叱咤してくれた……恩人だ。
「こんにちは、永崎さん。身体の調子は大丈夫ですか?」
「……久しぶり」
「久しぶり、秋嶋、あと美春。身体はもう全く問題無いよ」
俺の返答に美春は顔をほころばせながら駆け寄って、俺の左手を握った。
「良かったです! みんな、永崎さんの復帰を待ってますよ」
美春の温かく、柔らかな感触が伝わってくる。
「とりあえず、これ」
膝を立てて座り込む美春の後ろから秋嶋が一枚の紙を差し出してきた。
それを右手で受け取り、目を落とす。
『関東地域在住者一時帰宅について』
紙の上部には楷書体の大文字でそう書かれていた。
「これ、どういうこと?」
意味を図りかねて俺は秋嶋に問いを発する。
関東は既に戦地と化しているし、瑠衣の話によれば東京も来たる決戦に備えて都市全体の要塞化が進んでいるらしい。
そんな地域に、一時帰宅?
それに疎開・輸送などのため船も飛行機もほとんどが徴発されているし、何の生産性もない一時帰宅に投入出来る乗り物など存在しないはずだ。
だから東日本や戦地に近い所から来た奴らはみんな故郷の無事な姿を見ることは二度と無い、そう考えていただろう。
なのに、何故?
「実際の対象は関東全域じゃない。東京23区、綾瀬市、茅ヶ崎市以東の神奈川県、朝霞市、さいたま市以東の埼玉県、千葉内房地域のみ。北関東、千葉外房は交通上の理由により除外、東京・埼玉・神奈川西部は戦闘地域、準戦闘地域、予防避難区域であるため除外。東京港までの交通機関は石油輸送用タンカーまたはコンテナ船。そこからは放置自動車等により各自一時帰宅、自宅には二日間滞在の予定。名目は『東京都市要塞の見学研修』。そのため一時帰宅対象以外の学生も研修のため東京に移動する。東京での滞在総期間は五日間になる。統合軍や国防軍が『少年兵の精神衛生保持のため』ということで特別に許可した」
……つまり、あくまでも主目的は研修であって一時帰宅はたまたま家が近かった人に対する『おまけ』ということか……なんとなく理解は出来たが納得は出来ない。
例えば世田谷の西隣にある狛江市や調布市、三鷹市に住んでいる人が居ても帰宅することはできない。
まあ、このようなことを言い始めるとキリがないことは分かっているが、もしもそういう形でお預けを食らった人は決して良い気分ではいられないだろう。
目的である『少年兵の精神衛生保持』が完全に達成されることはないのではないか。
東京への研修旅行は別にいいが、一時帰宅はさせないほうが良かったんじゃないか、と感じた。
「一時帰宅を希望する場合この紙の裏にある申請用紙に必要事項を記入して、9月13日……明後日までに教官に提出すること。18日に出発して24日に帰還する予定」
滞在期間5日に対して7日もあるのは船で移動する為だろう。
退院は明後日だから、学校に戻ってすぐに渡さないとならない計算になる。
「分かった。明後日興田教官に渡すよ。退院の報告にも行かないといけないし」
一時帰宅させない方がよい、などと考えてはいたものの、俺も帰りたくはあるのだ。
親はまだ疎開していないし、首都防衛戦になれば脱出したとしても暫くは音信不通になってしまう。
俺だっていつまた前線に放り込まれて死ぬか分からないような身だ。
会える機会があるならば会うべきだろう。
「了解。……あと、10月1日からは信太山から篠山に移動することになる。紀伊半島東海岸防衛戦と今回の東京研修の影響と課程範囲の変更によって私たちの教育期間も12月28日までに引き延ばされることになったから注意して」
篠山……確か信太山学校はあくまで臨時のもので兵庫の篠山市に恒久的な学校を建設中だと前に聞いた気がする。
ということは、もう完成したのだろうか。
卒業までの期間が延長されるのは仕方ないだろう。
例の戦闘の影響でASDやらPTSDに罹ったのは決して俺だけではないし、傷を負った奴も大勢いる。
更に東京への研修旅行なんて入れば教育課程を元々の予定である11月一杯で終わらせることは不可能になる。
「了解。ってことは部隊配属は1月か……」
「多分そうなる。AILSの進行スピードが更に速まって篠山が防衛予備区域に設定されたりしない限りは。篠山が危険になった場合卒業が早くなるのか四国や九州に移動するのかはまだ分からないけど」
まあ、あと3ヶ月は持つだろう。
AILSの数が爆発的に増えた代わりに統合軍の部隊も大規模増派が掛けられているのだから。
戦闘データの蓄積も進んでおり、一日あたりの死者数も漸減の傾向を見せている。
大阪から京都にかけては東京よりは見劣りするものの大規模な防衛線が構築されている。
「まあ、今考えてもあまり意味はないか……」
「あと最後にこれ」
秋嶋がおもむろに取り出したのは茶色の長封筒だった。
「紀伊半島東海岸防衛戦の特別報酬申請書。日本円、米ドル、物資配給券の3つから受け取り方法を選べるようになってる。国防軍のPXでは日本円が使えるから私は日本円受け取りを勧めるけど。詳しいことは中に書いてる」
そういえば勝てば特別報酬500ドルだとかオペレーターの人が言ってたっけ。
今の今まですっかり忘れていた。
「分かった、退院してから手続きをしとく」
「……私の用件はそれで終わり。ちょっと喉が渇いたから売店で何か買ってくる」
秋嶋はそう告げるとさっさと部屋を出て何処かに向かってしまった。
「病院に来る前にコンビニ寄ったんじゃなかったのかよ……」
相変わらずの意図不明の行動に俺は溜息を吐きながら、渡された二つの書類をベッドの脇にある引き出しにしまった。
それからは美春や梨夏と他愛もない話をしながら時間を潰し、いつの間にか面会時間を過ぎようとしていた。
「あ、もう10分で面会終わりですね……門限も近いですし、そろそろ帰りますね」
梨夏がふと気付いたように言った。
「分かった。門限に遅れるといけないしな」
「永崎さん、次は信太山で会いましょうね」
「ああ。っていうか秋嶋がまだ戻ってないんだけどどうするんだ?」
「うーん、秋嶋さんが門限に遅れて帰ってきたことは一度も無いですし、多分放っておいても大丈夫だと思います。病院を出る時に一度電話してみます」
梨夏が若干迷った様子で答える。
まあ、秋嶋の場合既に病院からいなくなってる可能性もあるし、妥当な選択だろう。
「分かった。二人とも気を付けて帰れよ」
「はい。ではまた13日に」
「分かりました」
二人はそう言い残したあと俺の病室から出て行った。
室内は静寂を取り戻し、傾きつつある太陽が少し寂しかった。
明後日には退院だ、それまでの我慢。
そう思って俺はサイドテーブルに置いてあった本を手に取った。
半年以上にわたって更新出来ず本当に申し訳ございません。
最早言い訳の余地もありません……
これからもいつ更新出来るか分からない状況ですが、とりあえず更新致しました。
ブランクも長いせいで文体の乱れなどが出ていますがどうかご容赦を。
必ず改稿を行ないます。
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