第五十二話 意志の力
2022年9月11日
13:30
大阪府大阪狭山市大野東
国連統合陸軍日本西部方面第3病院(旧・近畿中央大学医学部附属病院)
side 永崎裕哉〈一等陸士〉
まだ子供で、下級兵士の俺にも分かった。
日本は、もう駄目なのだと。
オペレーション・トーチの失敗は全世界に衝撃を与えていることだろう。
失敗直後の9月7日、地球防衛機構は国連臨時総会で徹底的に糾弾された。
何故、戦力の増強等を行い意地でも作戦を成功させなかったのか、と。
しかし、そこで地球防衛機構の代表者はとんでもない発表を行ったのだ。
オペレーション・トーチ自体は成功した、ただ、それに続く予定のオペレーション・ラグナロクが中止になったから、戦力を浜松に保持する必要性がなくなった……。
ここまでなら衝撃的な発表ではあるが、地球防衛機構が更なる糾弾を受けるだけで済んだ。
問題は、その後に続くAILSの現況についての説明だった。
AILSはこの数日でその数を急激に増加させており、現在の国連統合軍、日本国防軍全戦力を以て総攻撃を掛けたとしても、勝利する可能性は皆無に近いと。
燃料気化爆弾の集中投下によっても殲滅の可能性は非常に低く、毎日60万~85万体ペースでの増殖が為されるため陸上部隊の進軍困難。
八方塞がりであることは誰の目にも明らかだった。
現状この増殖したAILSが攻勢に出る可能性は低いとの補足はあったが、気休めに過ぎない。
このペースだと10日で最低600万、最大850万……一ヶ月あれば1800万~2550万体も増加することになるのだ。
それが全く攻勢に関与しないとは到底考えられない。
「増殖したAILS」が攻勢に出なくても「これまで巣を守っていたAILS」が役目から解放され攻勢に加わることは十分にありうる。
今も決して優勢とは言えないのに、更なる増援が行われれば、統合軍も、国防軍も持ちこたえる事は困難だろう。
防衛線は破られ、関東や関西、東北に敵が殺到する。
そこまできたら、防衛線の再構築は最早不可能。
本州を捨てて四国や九州、北海道に逃げるしかない。
日本は、終わる。
「終わらないですよ」
突然の声と、その内容に俺はどきっとして振り返った。
「こんにちは、永崎さん。お久しぶり、ですね」
そこにいたのは岩瀬梨夏……俺の分隊員の一人だった。
「……久しぶり。今日は一人?」
「いえ、美春と……秋嶋さんが。二人がコンビニに行ってる間にバスが来てしまったので私が先に着きました。二人ももうそろそろ来ると思います」
ああ、二人は乗り遅れた、ってことか。
しかし、やっぱり大阪は平和だ。
まだコンビニが平常営業しているなんて。
瑠衣の話によれば東京は既に完全配給制になっているというのに。
やはり危険が及んでいないから、なのだろうか。
東京は二十三区こそ守られているが西部は次々と侵攻を受け陥落している。
それに対して大阪はまだ三重・滋賀・福井ラインの防衛線も破られておらず、更に奈良、京都もある。
AILSとの距離は離れているしすぐに絶対的な危険に立たされることもない。
漠然とした不安を感じつつも日常生活を送れるくらいの危険しかないのだ。
それが喜ぶべき事なのか、憂慮すべきことなのか、俺には分からなかった。
「にしても……どうして秋嶋が?」
「私にもよく分かりません……突然一緒に行かせて、と言われましたから」
まあ、あいつの考えが理解できないのはいつものこと、か。
「とりあえず、待つか。にしたって明後日には退院するのにどうしてだろうな」
「そういえば明後日、退院の予定でしたね」
「ああ。軍も訳の分からない規定作って精神障害を受けた者は二週間入院だとかな。俺の場合意識回復後からカウントだからもっと時間かかったし……」
「まあ、いいじゃないですか。ゆっくり休んだ方が再発の可能性が低い、って判断なのかもしれませんし」
「でも、リハビリには骨が折れるぞこりゃ……」
3週間近いブランクは痛いどころの話じゃない。
日中の結構な時間病院内を歩き回ってはいるがさすがに走るわけにはいかないし、確実に体力は相当落ちているだろう。
「大丈夫ですよ。興田教官がちゃんとリハビリ用のメニュー組んでくれてますからね」
興田教官によるリハビリメニュー……ねぇ。
嫌な予感しかしないのは気のせいだと信じたい。
「そういえば今日は瑠衣は来ないのか?」
今日は日曜日だし、当然来るものだと思っていたのだが。
俺の質問に梨夏は首を縦に振った。
「はい。家族とはいえ何度も見舞いに抜け出したのがあだになったようで、興田教官に個別講義を……」
あー、確かに二日か三日に一度は来てたな……面会時間を考えれば座学や訓練を抜け出さなければならないのは当然か。
「そうか」
「それと、永崎さん。思考を口に出すのはやめておいた方がいいですよ。入った直後にあんなマイナス方面に突き抜けた独り言呟いてたので、驚きました」
……あの「終わらないですよ」って言葉は別に俺の思考を読んでたわけじゃ無かったのね。
個室でよかった。
これからは気を付けよう。
「ごめん。ずっと病院にいるとブルーになってな」
毎日のように軍の救急車で運ばれてくる重傷者に敗退の報ばかりが続くニュース。
これなら駐屯地で延々走り続けたほうがよっぽどいい。
「……仕方ない、ですね。私たちでも不安になるのに、病院だと余計に増幅されそうですし。名古屋は陥落した上東京ももう長くは持たないでしょう。その状況で日本が終わる、そう思うのも仕方ないことです」
しかし、梨夏はそこで話を終わらせず、目を瞑りながら続けた。
「でも、それは確定した事実ではありません。私たちは、信じてはいけないんです。信じれば、刃が鈍ります。予定された悪い未来を信じた結果、その未来に近づいてしまうんです。だから、信じてはいけません。強大な敵に、打ち勝つことを信じるんです。そうすれば小さな可能性が少しだけ、膨らみます」
梨夏の言っていることはただの精神論だ。
でも、あまりにも巨大な敵に対して、人類の技術は無力だった。
スレッジハンマーで奪還した土地を失い、トーチは中止。
人類最後の希望と大々的に報道されたラグナロクは計画倒れ。
あとは、じりじりと追い込まれていくだけ。
だからこそ、負けない、勝つという結果を信じる。
そして、一寸でもいいから進む。
人類に残された唯一の希望は、意志の力なのかもしれない。
有史以来初めての本物の異邦人との戦い。
敵に意志はない。
奴らは何を信じる訳でもなく、ただ進むだけだ。
それに打ち勝つに何が必要だろうか。
俺は、強固な意志の力だと思った。
「……そう、だな」
俺の言葉と時を同じくして、扉が開く音がした。
……秋嶋夏希とは、あの戦い以来初めての再会だった。
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