第五十一話 オペレーション・トーチ Ⅳ
2022年9月4日(日)
05:00
静岡県浜松市沿岸沖合5海里|(約10km)・遠州灘
国連統合陸軍・『オペレーション・トーチ』統合作戦司令本部・揚陸指揮艦LCC-20『マウント・ホイットニー』
side 『オペレーション・トーチ』遂行特任参謀室長・アレン・フェルナー中将
オペレーション・トーチは風前の灯火だった。
作戦中に突如出現した『動く山』……『大型重装甲種』は、急遽渥美から呼集した戦艦四隻による集中砲火にも耐え、航空支援部隊の投下した地中貫通爆弾にも動じなかった。
だが異常に強固な装甲など、今回の『事件』とはあまり関係がない。
一番重要性の高い問題は装甲ではなく、大型重装甲種の隠密性が異常、異様を通り越して超自然的と言えるほどに高いことだ。
これまで目にも映っていなかった『山』が突然現れ、ゆっくりと動き始めるなど尋常な出来事ではない。
出没した位置から考えるとあの『山』は神明山などを越えてきたはずだ。
しかし、発見報告時刻以前の偵察では大型重装甲種とみられる山などは確認されておらず、まさに『忽然と』出現したことになる。
本来ありえないことだ。
しかし外宇宙の文明が開発した生物兵器ならばこの程度、十分にありうることだろう。
いや……どちらかといえばこれで地球防衛機構が我々将官に最重要機密として渡したAILSの正体についての文書を信じざるを得なくなった。
あの巨体を隠す事は現在の地球の技術レベルでは不可能だし、まともに進化してきた生物がこのようなことを出来るとは到底思えない。
宇宙人が作りだした自己進化型生物兵器。
それならば、強力な光学迷彩を持っていてもあまり不思議には思わない。
「参謀長?」
「む? どうした」
思考作業に耽っていると参謀の一人が私の顔を覗き込んでいた。
「いえ、話しかけても返事が無かったもので……」
「そうだったか、すまない。少し考え事をしていてな。して、何の用だ?」
「上級大将は大型重装甲種破壊作戦を裁可されるようです。本日正午までに破壊の準備を終えておくように指示を出しています。また、参謀室長には作戦の最終確認をさせて貰いたいと」
その言葉に私は耳を疑った。
昨日私が本作戦『オペレーション・トーチ』総司令であるところのラーク・スミス上級大将に提示した破壊作戦のプランはあまりにも無茶苦茶だと自認していたからである。
あの作戦を実行するとなるとオペレーション・トーチ全体の進捗に重大な影響を及ぼす。
四時間近くにわたって地上部隊に航空支援無しでの戦闘を押しつけることになるのだ。
地上部隊……特に歩兵師団は甚大な被害を受けることになるだろう。
オペレーション・ラグナロクが計画倒れになる危険性すら秘めている。
それとも、最早私のプランを執行しなければ松明が消えてしまうと。作戦が完全に失敗すると考えたのだろうか。
とにもかくにも上級大将には一度確認を入れなければならない。
「了解した。これから上級大将がおられる場所まで行こう」
私は椅子から立ち上がり、参謀詰所を後にした。
「最初から分かっていたのだよ」
司令室に入るや否や、上級大将は言った。
「オペレーション・トーチが完全な状態で成功するなどありえない。それは最初から分かっていたことだ」
瞑目し、神妙な表情を保ったままで上級大将は言葉を紡ぎ出してゆく。
「それでも、地球防衛機構は決断せざるを得なかった。このままでは、日本も、世界も持たないからだ。短期決戦を行うより上策は存在しないと。松明を掲げ、終末の戦争への道を照らし出すしかないと。だから今回の作戦は、もとより撤退はあり得なかった。撤退すれば全てが水泡に帰す。生か死かどちらか一つしか存在しなかった」
まるで全てが終わったかのような口調だった。
「これを聞けば、現場の兵士たちは暴動を起こすかもしれん。……」
一度決心するように息を吐き、上級大将はあらゆる希望を崩壊させる単語を漏らした。
「……オペレーション・ラグナロクは中止される。飯田中心部への進攻は現状の国連統合軍全戦力を以ても不可能だと判断された。よって前哨戦たるオペレーション・トーチも明日を期限に中止。順次撤退となった」
「どういう……ことですか?」
呆然と、私は聞いた。
オペレーション・トーチ発動前の地球防衛機構・国連統合軍合同ブリーフィングでは120万名の兵力投入により飯田中心部・『ナディナ・クルーシカ』への進攻は可能であるとされたはずだ。
120万という数はとてつもなく大きく、血河が出来る程の犠牲を出すだろうと試算されたが、それでも可能だと結論されたはずなのだ。
オペレーション・ラグナロクはオペレーション・ブラッドリバーだと皮肉られたこともあるが、それでも……!
何故、トーチがたった一つの障害を除いて達成されようという状況で、ラグナロクが中止になるのだ!
「ここ三日で、巣……ナディナ・クルーシカ周辺のAILSの数が急激な増加傾向を示している。言葉で説明するよりも写真を見た方が早いだろう。これから見せる画像データは本来元帥と上級大将のみに配布されているもので、現状君が見てもよいものではないから、くれぐれも内密に頼む」
上級大将はパソコンの26インチモニターを私が見れるような角度に調整したあと、マウスを一度クリックした。
モニターの上部には国際連合統合空軍撮影の大文字と01/09/2022 15:24:59と小さな日付時刻表示がなされていた。
目線を少しずらすと暗緑色の細長い物体の姿がうかがえる。
物体は茶色い枝のようなもので覆われており、これがナディナ・クルーシカであることは容易に理解出来た。
「高空偵察機によって撮影されたネストの姿だが……注目すべきはネストそのものではない。少し拡大しよう」
更に幾度かのクリック音が響き、ナディナ・クルーシカから数キロ離れた場所が拡大されていく。
話に聞いていた通り、ネスト周辺であるためか大量のAILSと思われる影が映り込んでいる。
「これは9月1日のものだな。上陸作戦の1日前になる。この時は特に問題なかった。問題は、次の日だ。2日の同じ場所を表示する」
日付表示が切り替わり02/09/2022 09:15:37となり、少し遅れて画像も変化した。
明らかに、AILSの影が急増していた。
これまでも多いと感じていたが、次は足の踏み場もないほど……AILSの上に乗って移動できそうなまでに膨れあがっている。
「更に次……昨日だ」
画像が変更される。
既にそこは黒に少し肌色が混じった絨毯に変わっていた。
「ネスト周辺でこれと同じくらいの増加が起こっているスポットがいくつも存在する。一日に少なくとも約60万体……多ければ85万体ペースでの増加だ。毎日60万の兵士を生み出す怪物に、120万の人間が打ち勝てると思うか? 今から更なる大規模増派……中国やロシアから100万近い増援を呼び寄せてもとても勝利できるとは思えない」
「しかし、そのような異常なペースで増殖しているからこそ、急いで攻略をするべきではありませんか?」
「それは無理無茶無謀を通り越している。今120万の兵士を投入して、もし失敗すれば120万ほぼ全てが死亡することになるだろう。タンカーなどを使って無理矢理100万の増援を呼びつけて220万にしても同じ結果が想定される。そうすれば防衛を行うための戦力すらままならなくなる。今のところこの大集団が攻勢に出る様子はないから、防衛計画への影響は少ない。ただ、この数を攻撃するとなれば……」
「そもそも、これまで全体数に動きが無かったのに何故今頃になって急速に増殖したのでしょうか」
「理由については地球防衛機構での意見は一致している。『ナディナ・クルーシカ』の中にいたAILSが起動したのだよ。最初の……日本国防軍呼称『ロスアラモス』……AILSの強襲揚陸艦が寸又峡に落着した時もすぐにAILSが起動した訳ではない。大体1ヶ月と10日程度置いてから、飯田での事件が発生している。『ナディナ・クルーシカ』が飯田市に落着したのは7月23日……時期的にはぴったりと一致する。AILSの数が変動しなかったのは……山に囲まれていたからではなく、母艦のAILSが起動していなかったから……そう考えれば全ての辻褄が合う」
……大型重装甲種破壊作戦の確認のはずだったのに、いつの間にか非常に重苦しい空気が立ちこめていた。
これからナディナ・クルーシカに眠るAILSたちが起動を開始すると考えれば、更に数千万体規模での増殖も予想された。
つまり、人類は滅びる。
わずかな可能性も閉ざされてしまった。
これからは確実な死を迎えるのみだ。
……しかし、オペレーション・トーチが中止されるなら上級大将は何故大型重装甲種破壊作戦を裁可したのだ?
破壊したとしてもどうせ撤退するのだから無意味ではないか。
「……どうして大型重装甲種破壊作戦を裁可されたのですか? オペレーション・トーチは中止される。ならば大型重装甲種もそのままにしておけばよいのではないでしょうか。撤退の時に支障となるならばともかく、倒したとしても無意味ではありませんか」
私の問いに対して上級大将は不敵に答えた。
「無意味? まさか。ここで大型重装甲種を破壊することは戦略的に大きな影響を与えることになる。あれの装甲強度、緊急時回避の可否、遠隔攻撃手段の有無、それらの情報を集めることが出来れば今後の防衛にも……反攻作戦にも十分利用できることだろう。……今回、ラグナロクは実行できなかったが、誰も諦めてはいない。この地球上に最早逃げる場所は存在しないのだ。地球防衛機構のお偉方とてそんなことは承知している。逃げ場がないのだから、どうにかしてAILS共を地球から追放しなければならない。兵士達からは批難されることだろうが、個人的に今回の戦力温存の判断は妥当だったと思うよ。言ってはならないことかもしれないが……人は、戦争の中にあって科学技術を進歩させてきたのだから」
……未来の、AILSたちと対等に戦える技術を。
「了解しました。しかし、大型重装甲種破壊作戦の最終確認とは具体的にどういうことですか?」
「今回は通常の航空攻撃の後に、一つだけ新兵器を使おうと考えている」
「と、言いますと?」
「RFEP……燃料搭載型地中貫通爆弾だよ。バンカーバスターに燃料気化爆弾を組み込んだものだと考えてくれればいい」
「ああ、聞いたことがあります。確かネストへの絨毯爆撃に使用する予定だった……」
「その通りだ。ネストの装甲は非常に堅牢だと考えられたから重量も相当なものだし、爆弾後部にロケットエンジンを搭載しているから落下速度も速い。しかも内部で大規模な爆発を引き起こすからうまくいけば一発で沈められるのではないかと期待している。今のところは試作段階だが、今日の3時頃に連絡したところアメリカの研究所から4発の試作型を泉佐野飛行場に送って貰えることになった。可能な限り早くと要請したから昼頃……遅くとも夕方には到着するはずだ」
元々はRNEPと呼ばれた核搭載型のバンカーバスターだったものが対AILS用に燃料気化爆弾へと切り替えられたのだ。
相手の装甲をぶち抜いた後に燃料を散布し爆発するためうまくいけば内部組織に壊滅的被害を与える事が出来るのは確実だが、試作兵器にはトラブルがつきものだからどうなるかは分からない。
何もないよりずっといいことは間違いないのだが。
結果的に、大型重装甲種破壊作戦は成功した。
新兵器であるRFEPは投下前に行われた大規模な地中貫通爆弾による航空支援でひびが入っていただろう大型重装甲種の装甲を致命的に破壊し、内部で気化燃料を炸裂させた。
作戦の終了と同時にオペレーション・トーチ中止と撤退が下命され、名実共にラグナロクは潰えた。
夕闇の中LCACやヘリコプターによる兵員、兵器の撤収が行われたが、完了したのは次の日の昼に差し掛かる頃だった。
私は薄雲から顔を覗かせる太陽を見上げながら、遠くない未来、もう一度この地に舞い戻ることを願っていた……
オペレーション・トーチ
交戦部隊 国連統合軍 VS AILS
双方の死傷者
国連統合軍 65800名中約6600名死亡 12340名重軽傷 被害中規模
AILS 250000体以上中約59000体死亡 被害中規模
国連統合軍の作戦中止
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