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第五十話 オペレーション・トーチ Ⅲ

約束の日から少し遅れてしまいすみません。

2022年9月3日(土)

08:20(マルハチフタマル)

静岡県浜松市西区篠原町

市立篠原小学校三階教室

国連統合陸軍北米方面第2軍第25歩兵師団第78歩兵連隊第3中隊

side 第二小隊長・ミッチェル・ヨシダ中尉



 俺たちは周辺に着弾した核の影響で大規模な破壊を受けた教室の中にいた。

 爆風の影響で廊下まで投げ出された机や椅子、カーテンの形が焼き付いてしまった黒板など、核の破壊力の凄まじさが手に取るように分かる状態だ。

 ただほとんどの物が原型を留めていることから考えるに、この一帯はどうやら爆心地から少し離れた位置のようだった。

 そして、核による攻撃を受けた場所、という事実が俺たち……浜松攻略部隊を苦しめることになるのは自明だ。

 AILSは放射能を栄養素としてその肉体を再生する。

 つまり、ここでの戦いはこれまでと違って本当の意味で無限の不死者ゾンビと戦わなければならないのだ。

 殺しても数時間すれば再生してしまう敵を相手にして、果たしてこの作戦を、さらには続くラグナロクを成功させることができるのだろうか?

 既にオペレーション・トーチは最終段階まで進行している。

 あとはラグナロクが発動されるまでの1週間、浜松の沿岸部を守るだけ。

 ラグナロクに要する期間は長くても6日とされているため、あと2週間で、このくそったれな戦争は終わる。

 『ナディナ・クルーシカ』は核の衝撃波で粉微塵に破砕され、人類は再度、不安定な平和を取り戻す。

 そのためには、今戦わなければならない。


「隊長、2時方向120メートルの位置に標準種3体を発見」

「射撃を許可する。その距離なら小銃で大丈夫だろう」

「了解、小銃射撃許可」


 隊員は淡々とした調子で銃を構え、セミオートで数度射撃した。


「目標を殲滅」


 この学校に入ってから2時間、ずっとこの状況が続いたのだから、皆が冷静なのはある意味当然とも言えるのだが……どうにも違和感は拭えない。

 攻撃が散発的な上に数も少ない、構成も単一種、

 ここに上陸されたら母艦に危険が及ぶのはAILSたちも承知のはずであるのに、何故このような気の抜けた攻撃を仕掛けてくるのだろうか。

 渥美半島上陸部隊が土中からの攻撃で大混乱に陥ったという情報が入って、こちらでも赤外線等による地中観測を行ったそうだが、なんの反応も出なかったという。

 つまり、奇襲が目的というわけでもない。

 ならば一体、奴らの狙いは何なのだろう。

 偵察行動ならこれまでにいくらでも行っているだろうし、こちらの消耗を狙った攻撃にしては数が少なくストレスを与えるにも至っていない。

『奴らの、狙いは、何だ?』

 その言葉を幾度となく脳内で反芻しながら俺は小隊員に射撃許可の指示を与えていく。


 今日のAILSの行動は明らかに異常だ。

 浜松は既に奴らにとっての庭だったはずなのだ。

 無論、俺たちも激戦を覚悟していた。

 圧倒的な物量で押しつぶされはしないだろうかとずっと不安に思っていたのだ。

 ラグナロクの主力部隊が到着するまで、数万人の兵士で数十万、数百万のAILSを止める事はできるのだろうか、と。

 なのに、どういうことだ?

 思考がループし続け、それでも俺は考える事をやめることができないでいた。

 AILSは異星の生物だ。何を考えているかなど分かる筈もない。

 だからこそ、怖い。

 今の散発的な攻撃がいつまでも続くとはとても思えない。

 絶対に、奴らには隠しているものがある。

 それが新型のAILSなのか、想像もつかないような意味不明の代物かは分からないが、絶対に、何もないということだけはありえないのだ。

 それは確信に近かった。

 もしかすると渥美半島に部隊を回しすぎただとか、陽動作戦に気を取られて浜松が主力だということに気が及んでいないのかもしれない。

 だが俺は、そうであると信じられなかった。


 小規模な攻撃に対処しながらも、俺の目はずっと(ネスト)、『ナディナ・クルーシカ』がある方向……遙か北の飯田に繋がる山々に向いていた。

 そして、ふと……気付いた。

 山の向こう側に、何かが揺らめいている。

 海岸近くのここからも分かるということは、相当の大きさだ。

 人工物ではないだろう。上陸してまだそれほど経っていないし、今回の作戦では山まで行く予定もない。

 それに山の近くは核が大量に使用されて、いくら鉄筋コンクリートの建物だったとしても原型を留めていることはないだろう。

 なら、あれこそがAILSの……?

 しかしそれにしてもあれほど大きい構造物を航空支援部隊が見逃すとは思えないし、これについての連絡も今のところ入っていない。

 怪しい。

 俺は隣の隊員が持っていた双眼鏡を無言で取り上げ、覗き込んだ。


 遠方をうかがい、俺は安心して息をついた。

 なんということはない、ただ山が動いていただけだ。

 どうやら疑念は杞憂だったようだ。

 さて、双眼鏡をずっと覗いていても仕方ないし、本来の職務に戻るとするか。

 ……そこで俺は、自らの思考を疑った。

 山が動いていた、だと?

 みるみるうちに顔から血の気が引いていくのが分かる。

 自分の頭がおかしくなったのならまだいい。もしも、それが本当だったとしたら?

 俺は離しかけた双眼鏡を握り直すと、『動く山』を見た場所を覗いた。


 間違いない。非常にゆっくりとしたペースだが、山が動いている。

 気が狂ったのでなければ、あれは新たなAILSに違いない。

 俺はとっさに胸ポケットに入れておいた小型無線機を取りだし、前線指揮所(HQ)に周波数を合わせた。


「第78連隊第3中隊より前線指揮所(HQ)。緊急連絡」

前線指揮所(HQ)より783中隊、どうした』

「私たちの配備地域より十数キロ北に『動く山』を確認した。至急偵察機等による偵察を求む」

『動く山、だと? 他の部隊からもいくつか報告が上がっているが……可能な限り正確な位置状況を報告せよ』

「了解した。少し待て」


 俺は小隊長向けに配布されたGPSの現在位置と方位計を元に割り出した『動く山』の位置を申告した。


「位置は……浜松CC跡付近と推定!」

『……浜松CC……そうか、分かった。航空支援部隊による偵察を行わせる。貴隊は別命あるまで現地点の防衛を続けよ』

「了解。通信終わり」


 無線の電源を落とし、ポケットへと戻す。

 俺が浜松CCだと言った時の、無線ごしでも明らかに分かるほどオペレーターは緊張していた。

 つまり、そういうことなのだろう。

 全ての目撃証言の位置が一致している、と。

 偵察の結果、あれが新型のAILSだと判明すればきっと……いや、今考えてもどうしようもないことか。



 俺は気味が悪い程に澄み切った青空を見上げながらただ、作戦の成功を祈った。

誤字脱字や文法的におかしな表現の指摘、評価感想お待ちしております。

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