第四十九話 オペレーション・トーチ Ⅱ
言い訳のしようも無いほど投稿が遅れてしまい本当に申し訳ございませんでした。
これからは1週間から2週間に一度のペースで投稿できそうですが、かつてのスピードに戻すには相当時間がかかるかと思います。
とにかく、申し訳ありません。
クオリティにもかなり乱れが出ていますが、出来る限り早く修正していく所存です。
2022年9月3日(土)
05:30
愛知県田原市堀切町
国連統合陸軍北米方面第1軍第6歩兵師団(特別揚陸隊第3戦隊)第64歩兵連隊・第2中隊
side 第1小隊長・クリス・バーベッジ統合陸軍少尉
上陸地点は地獄の惨状を呈していた。
砲撃によって破壊された家屋には未だ炎が燻っており、周辺に広がる田畑は弾着の衝撃によってか穴だらけになっている。
防風林やその他の構造物はあらかた消滅しており、一体は荒野へと帰していた。
生物がとても住めるとは思えない状況だが、『奴ら』は確かにいた。
「……重装甲種、か」
瓦礫の影から姿を現した巨大な亀を見て、俺たちは息を呑んだ。
現在確認されているAILSでは最も堅く、撃破が難しいとされている。
小型高速種のようなすばしっこさはないが、歩兵が対抗するには対戦車火器を使うしかないことから、俺たちにとっては最も厄介な敵だと言えた。
「64連隊2中隊1小隊、接敵。敵種別、重装甲種」
小隊員の一人が無線機に向かって小さく呟く。全部隊にリンクされて接敵報告が行われるのだ。
航空支援を要請するか、自分たちで撃破するかしばし逡巡し、俺は隊員に告げた。
「RPGを」
海岸付近に戻れば今持っているものと同じロシア製の安価な対戦車ロケットが大量に準備されている。
出し惜しみをする必要性は全くない。
「了解」
隊員は応答し、ロケット弾発射機を背中から外し、弾頭を装着する。
「バックブラストに注意! 3、2、1、発射!」
かけ声と共に、RPG7の発射機からHEAT弾が発射され、赤い閃光を放ちながら重装甲種の側面へと衝突した。
重装甲種の堅い外殻を突き破り、炸裂。
気味の悪い絶叫を上げながら重装甲種は足を折り、瓦礫の上へと倒れ込んだ。
「よし! 周囲を確認しつつ前進!」
俺は右手に持ったSCAR-Hに一瞬目を移す。
もしもここにいるAILSが重装甲種ばかりならばこれを使う機会はないかもしれない。
それは予測というよりは願望に近かった。
標準種や高速種が重装甲種と連携して俺たちを狙ってきたならば非常に危険だ。単一種なら大丈夫でも種が増えた途端に大苦戦は免れないというのは浜松市防衛戦の自衛隊が証明している。
上陸前の砲撃で標準種と高速種が全滅していることを祈りながら、俺たちは前に進んでゆく。
砲爆撃で出来た穴や破壊された建造物の周辺は特に気を配りながら、味方の部隊と連携を取りつつ前へ、前へと進む。
まるで横並びに綱渡りをしているようだった。
『64連隊1中隊3小隊、接敵! 敵種別は重装甲種!』
『64連隊3中隊2小隊接敵しました。敵種別、重装甲種』
『67連隊3中隊1小隊接敵! 敵は重装甲種単一!』
次々と寄せられる接敵報告は重装甲種のみ。
本当に標準種と高速種は壊滅したのか? それともすぐ近くで俺たちが油断するその時を待ち続けているのか?
本来現われるはずのものが現われないのはいくら願っていたとしても不気味で、焦燥と緊張が蓄積される。
自然と小銃を握る手にも力が入っていた。
落ち着け、冷静にならなければならない。
いつ、どこで、何が出てくるか分からない状況だからこそ、冷静さを失ってはならないのだ。
重装甲種以外のAILSがいるかいないかはどうせ作戦が終われば分かる。
今は現れた敵をただ倒すのみだ。
手汗を拭い、小銃を構え直す。
しばし革のブーツが土を踏む音と遠くの砲声のみが聞こえる時間が続き、ついにその時が訪れた。
ひしゃげたビニールハウスの中から、ねずみ色の虎のような動物が飛び出してきたのだ。
それは、間違いなく小型高速種だった。
「射撃許可! 撃てッ!」
後ろの小隊員たちが射撃するのを待つことなく俺は小銃の引き金を絞った。
少し重い銃声、反動と共に7.62mmNATO弾が勢いよくはじき出されていく。
「64連隊2中隊1小隊接敵! 敵種別、小型高速種! ……標準種も!」
一体目の高速種を仕留めるとこれまでのことが嘘のように次々と高速種や標準種が姿を現し、俺たちに向かって駆けてくる。
その光景を見て、俺はやはり冷静ではなかったのだと思い知らされた。
普通に考えれば分かることだ。
高速種や標準種が壊滅しているとするならば何故、今日一度も”高速種と標準種の死骸を見たことがない”んだ?
それは――みんな、やり過ごしたからではないか?
砲弾と爆撃の雨の中にいたのは重装甲種のみで、他は全て……そう、スレッジハンマーの時のように土の中に潜っていたのではないか?
敵の数がいつもより少ないのは各地で行われている陽動作戦のためだと思っていた。
しかし、主戦力が全て土中に潜って俺たちが上陸し、内陸に入り込むのを待っていたのだとすれば……次に来る場所は。
「隊長! 後ろから、高速種がッ!」
クリアリングを済ませ、全部隊がほぼ一列で進攻しているためまずありえない、後方からの襲撃だ。
「クソがッ! 分隊ごとに輪形陣を作れ! 死角をなくすんだ!」
俺の指示に従って小隊員たちは一斉に分隊に分かれ、各々背を向ける格好で円陣を作る。
敵の数によっては弾に余裕がなくなるかもしれない。
まずは中隊本部に連絡して海岸線への一時撤退を許可してもらう必要があるだろう。
しかし、もしも全部隊がこのような状況に陥っているとするならば、撤退そのものが困難になる可能性すらある。
いや、待てよ。今日は超大規模な航空支援が用意されているんだ。
空から攻撃してもらえば小型高速種や標準種なんて簡単に排除できる。
「64連隊2中隊1小隊より前線司令部! 航空支援を要請します! 包囲されて身動きが取れないッ!」
そんな考えから咄嗟に小型無線機を手に取り俺は叫んでいた。
しかし、前線司令部からの返答はある意味予想外のものだった。
『前線司令部より642中隊1小隊。航空支援まで6分必要。それまで現在位置を維持せよ』
300機もの航空支援部隊がいて、6分。
パスタを茹でる時間よりは短いが、戦闘においては非常に長い。
ここで位置を維持し続けるかそれとも敵を突っ切って海岸線まで撤退するか……
「642中隊1小隊より前線司令部。航空支援遅延の原因は?」
『前線司令部より642中隊1小隊。処理能力超過により支援遅延中』
処理能力超過、ということはあちこちで似たような状況が生起しているのだろう。
つまり、中隊本部に連絡しても撤退が許可されない可能性が高い。
ならばここで位置を死守するほかない。
覚悟を決める時だった。
6分間、この場を死守すれば俺たちの勝ち、それまでに全滅させられればAILSの勝ち。
シンプルなルールの、デスゲームだ。
「これより第1小隊はこの場を死守する! 6分間持たせれば航空支援が来てくれる! それまで絶対に死ぬな!」
「「「……了解ッ!」」」
俺のかけ声に隊員達は頷き、各々銃を構えた。
俺たちが準備するのを待っていたかのように、包囲を敷いたAILSたちは一斉に牙を剥き飛びかかってきた……!
「撃て撃て撃てッ!」
でたらめな号令と同時に俺は小銃の引き金を思い切り引いた。
現状航空種と重装甲種以外のAILS、つまり標準種と小型高速種には十分な効果があると判明している7.62mm弾の凶刃が俺の目の前にいた標準種を襲う。
フルオート射撃によって一瞬にして十数発の銃弾を受けた標準種は悲鳴を上げることも出来ずにばたりと倒れた。
しかし、敵はこれだけではない。次々に出てくるAILSを隣の隊員と交互に射撃して倒していく。
自分が射撃していない間は弾倉を交換する時間に充てるのだ。
ただ、持って来ている弾倉の数はそう多くはない。
元々弾が無くなれば海岸線に戻れば容易に入手できる手はずだったのだ。
6分は長い。余りにも長い。
しかし、持たせなければならない。命も、弾丸も。
だがその決意とは裏腹に弾丸は猛烈な勢いで減ってゆき、俺の弾倉も一つを残すのみとなった。
たった30発で、後2分を持たせることが出来るか?
どう考えても無理だ。
俺たちはSEALsやデルタのような化け物じみた特殊部隊ではなく、ただの歩兵なんだ。
あいつらなら格闘戦などでどうにか出来るかもしれないが、俺たちにはAILS相手に丸腰やナイフ一本で戦えるような技能は存在しない。
銃が、弾丸が必要なんだ。それがなければ戦えないんだ。
あと30秒もすれば全員の弾丸が底をつくだろう。しかしセミオート射撃で茶を濁そうとすればたちまち高速種に噛み砕かれ千切られてしまう。
避けられない運命に歯噛みしたその時、無線から覚えのある声が聞こえてきた。
『ヒーローは遅れてやってくる、だ! お前ら、伏せろ!』
同じ中隊の、第3小隊長……今日は車輌の揚陸作業を行っていたはずだ。
と、いうことは……!
「全員伏せろ! ミニガンの掃射が来るぞ!」
叫んで、全員がAILSを目前にしながらしゃがみ込んだ時、近くでエンジン音が聞こえた。
急ブレーキの甲高い音と同時、俺たちにとっては福音にも等しい途切れることのない銃声が響いた。
少し目を上に向けると、ばたばたとなぎ倒されていくAILSの姿がうかがえる。
そう、救援部隊だ。航空支援よりも、ハンヴィーの揚陸作業が完了し、こちらにやってくるほうが早かったのだ!
数台のハンヴィーが続いてこの場に乱入し、瞬く間にAILSの死骸が積み重なる。
苦戦していたのが夢だったような光景。
俺たちは、勝った。
本来の勝負とは違った形になったが、間違いなく勝ったのだ。
ハンヴィーの助手席から顔を出した第3小隊長、アレックス・メレナはにやりと微笑みながら言った。
「俺たちのハンヴィーについてこい。弾丸は車に積んであるから、足りないなら取っていい」
「分かった。現在の状況はどうなってる?」
「露払いの部隊がAILSに囲まれて大量に孤立。揚陸作業が完了した車輌や航空支援部隊を総動員して救出にあたってる。大部分がまもなく救出されるはずだ」
ということは、作戦が中止に追い込まれることはない。
人類最後の希望『ラグナロク』はまだ繋がれている。
俺は安堵しながらハンヴィーの荷台を開き、弾倉を漁り始めた。
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