第四十五話 紀伊半島東海岸防衛戦 Ⅲ
2022年8月14日(月)
11:40
三重県鈴鹿市庄野町
全日本コンクリート工業・鈴鹿工場内
side 永崎裕哉〈二等陸曹〉
無理だ。
こんなの、無理だ。
出来る訳がない。
そもそも俺に小隊長なんて出来るはずが無かったんだ。
こんな時に最も頼りになるはずだった安原中尉は奴らに喰われた。
どれもこれもみんな俺のせいだ。
俺が、動揺してさえいなければこんなことにはなっていなかった。
今俺たちが逃げ込んでいる工場の一区画へとなんとか辿り着くまでの間に5人も死なせてしまった。
俺が殺した。
そう、俺が……殺した。
志願なんてするべきじゃ無かった。
全て間違いだった。
何が瑠衣を守るだ。
何が人々を守るだ。
ただ俺は、貴重な人材を浪費しただけだ。
自らの不注意のせいで、人類の勝利の可能性を縮めただけだ!
……もう、俺に戦う意志など残っていなかった。
何もかもがどうでも良かった。
さっきまでは自分を守るために惨めな戦いをしていたが、今ではそれもする気になれない。
殺すなら勝手に殺せ。
好きにしろ。
最初に襲われた女の子のように頭を噛み千切ってもいい、足からじわじわと貪り喰ってもいい、胴体を丸囓りに……
突然、肩に鈍痛が走った。
「そういうのは今言うべき事じゃない」
一瞬、意図が分からなかった。
そしてすぐに、さっきの事柄を全て口にしていたのだと気付いた。
「大丈夫、小さい声だったから私以外には聞こえてない。でも、今そんな事を考えていてもどうにもならない事は分かっている筈。死んだものはもう生き返らないし、それを責めて自ら死に急ぐのは間違っている。もしそうするならば貴方は、自分を殺すと同時に私達も殺す事になる。まあ、どうしても死にたいなら手を貸してあげる」
そう言って秋嶋は本来持っているはずの無いモノ……拳銃を俺に手渡してきた。
決して新しいようには見えないその銃は、いわゆる骨董銃というものなのだろう。
そして、俺はこの銃に見覚えがあった。
あまりにも特徴的なそのシルエットは、間違いなくルガーP08だった。
ドイツ製の拳銃の中では恐らく最も有名なものの一つだ。
こんな銃、警察や自衛隊が持っている筈が無い。
今はただのコレクターアイテム以外の何物でもないはずなのだ。
拳銃自体今持っているのがおかしいのに、何故こんな骨董銃があるんだ?
だが、今はそんなことを問い詰めている時間は無い。
そして、やっと俺は気付くことが出来た。
今俺たちは完全に一蓮托生なのだ。
1人が死ねば全体の生還率も下がる。
俺1人が死んで終わり、なんていう展開は存在しない。
俺が死ねば、小隊が全滅する可能性が高くなるのだ。
それに、責任のある存在が自らその職務を放棄するなど赦されるはずもなかった。
悩んだり悔やんだりするのは後でも出来る。
しかし、その『後』を作るためには戦うしかないのだ。
「いや、拳銃はいらない。死んだ奴らを無駄死にに、そして犬死ににさせたくはないから」
「……そ。なら、するべき事は分かってる筈」
「ああ」
俺は小隊長としての責任を果たす。
それだけだ。
「皆! 一つだけ聞いて欲しい!」
俺の言葉に、小隊員たちが振り返る。
「まだ、俺に着いてきてくれるか。さっきから失態ばかりしていう俺に、着いてきてくれるか?」
いくら俺一人が責任を果たす、と言っても、皆が俺を小隊長として認めないのならば最早どうしようもない。
そう思って口に出した言葉だった。
「着いて行きますよ。僕は永崎さんを信用できる人だと思っています。それに、中尉たちが死んだのはパニックに陥った僕たちにも責任があります。決して永崎さんだけの責任ではありません。あの時、永崎さん以外の全員が普通の状態で、永崎さんだけが妙な行動や命令を行っていれば責められるかもしれませんが、あの時はみんながパニックになっていたんです。だから、僕は永崎さんに着いて行きます。きっと、的確な指示を出してくれると思っていますから」
最初に口を開いたのは俺の同室者である、櫻井だった。
「僕も着いて行く。裕哉は興田教官が認めた人なんだから、絶対に大丈夫。あの人は、特戦群出身だから、人を見る目はあるはずだよ。僕は裕哉を友人だと思っているし、十分に命を預けうる相手だとも思っているけど、他の人はどうか分からないから」
次に声を上げたのは候補生学校で唯一の同年代の友人である水城和樹だ。
興田教官云々は俺の事を知らない人へのメッセージで、自分は個人的な勘で俺についていく、と言いたいのだろう。
それからも次々と俺に対する意見が湧出してきた。
俺が予想していたのと裏腹に、全てが俺の小隊長続投を支持する、というものだった。
瑠衣や梨夏、優華など俺の分隊の構成員のみならず、殆ど顔も合わせたことの無かった人間まで、である。
信用される事など何もしていないし、頼りになる所など一度も見せたことが無かった筈なのに、何故だろうか?
「……言ったでしょ? 貴方には、指揮官としての才能がある、って」
最後に締めくくったのは秋嶋だった。
そして、言った。
「……さて、そろそろ扉がまずいことになっている訳だけど」
キシキシと敵の突進を受けて音を立てる工場の大扉の一部が、ついに破壊されそうになっていた。
「とりあえず全員階上のキャットウォークに逃げろ!」
俺は工場内の鉄製階段を指差して叫んだ。
「「「了解!」」」
一斉に階段に向かって走り出す小隊員たち。
俺と秋嶋も小隊員達が階段を上り始めたと同時に駆けだした。
キャットウォークは決して広いとは言えないが、天井からのつり下げ式であるために建物自体が崩壊しない限り敵が襲いかかってくる心配はないのだ。
俺は背嚢から少量だけ支給されていたC4爆薬を取り出し、階段の上部に取り付け、棒状の雷管を粘土状の爆薬にねじ込んだ。
「もう少し奥に詰めてくれ! C4を使う!」
俺の命令に小隊員たちは従い、奥に向かって進んでゆく。
安全地帯まで到達すると、俺はC4の起爆スイッチを軽く押した。
爆弾が破裂したとは思えないほどにあっけない音と共に、階段は崩れ落ちた。
それとほぼ同時、大扉の一角が完全に破壊され、中に大量の高速種がなだれ込んでくる。
「射撃許可! グレネードは禁止だ! 撃てッ!」
俺はACRのセレクターをセミオートに切り替え、手近な高速種に照準して射撃した。
小隊員たちも一斉に射撃を開始し、あたりは一瞬にして銃弾の発射音と薬莢の排出音、硝煙の匂いで埋め尽くされた。
先程とは違い、しっかりと狙いを定めてから発射しているためか、標的が近いためか、命中率は明らかに高い。
しかし、最大の問題は俺たちに残された弾薬の量だ。
かなりの弾丸を交差点で消費したために各自平均でマガジンは2個半程度しか残っていない。
一人につき75発でどうやれば持ちこたえられるだろうか。
分隊支援火器担当は4名いるが、もう残り弾数はいずれも100と少し程度だろう。
確かにキャットウォークは安全だが、逃げ場がないという欠点もある。
このままだと重装甲種がやってきて工場ごと壊される可能性さえ考えられる。
俺は無線機を取って連隊司令部へと繋いだ。
「331小隊より連隊司令部、331小隊より連隊司令部」
『This is command post. Platoon of 331. What happened』
相手はどうやら先程の日本人ではなく外国人のようだった。
そのため、俺は交差点から逃げるときに無線を入れた際にあの日本人オペレータに教えてもらった言葉を告げた。
「I'm Japanese. I'm sorry but ask in Japanese.」
日本語でお願いします、という意味だが、日常会話こそ出来るものの軍事英語など知らない俺たちにとってはかなり重宝する言葉だ。
『OK,hold on,please……』
それから少しの間を挟んで声が帰ってきた。
『こちらコマンドポスト。331小隊、日本語に聞こえているか?』
恐らくあの間は翻訳装置の電源か何かを入れていたのだろう。
「はい、問題ありません」
『では331小隊、何があった?』
「現在コンクリート工場にて高速種と戦闘中ですが弾薬に余裕がありません。救援を送ってもらうことは出来ないでしょうか?」
『少し待て、確認する。……現在331小隊が応戦中なのは全日本コンクリート工業の工場か?』
「多分そうです」
『……よし。現在救援の輸送ヘリと戦闘ヘリがそちらに向かっている。あと5分持ちこたえられるか?』
「恐らくは」
『分かった。以後は周波数を航空無線帯に切り替えて応戦を続けるように。しばらくすればヘリから無線が入る筈だ』
「了解」
俺は無線機を腰から外して周波数帯を変更する。
それが終わるとACRに持ち替えて再度敵に向けて射撃を開始した。
『こちらは統合陸軍第12戦術輸送飛行隊。国防陸軍331小隊、聞こえているならば応答せよ』
通信が入ったのは小隊員の大半が弾を撃ち尽くした時だった。
「こちらは第331小隊です」
『諸君らの救援に来た。現在331小隊が立て籠っているのは工場正門から一番近い建物か?』
「はい」
『君たちは現在どこにいる? 工場内からの脱出は可能か?』
「今は工場の正門からみて手前側のキャットウォークで応戦しています。階段を落としたので脱出は不可能です」
『了解した。全員が蹲ることができるスペースはあるか?』
「あります」
『了解。では全員そこに伏せて少し待て。キャットウォークと言うことは金網だろうから、両手で顔を覆っておくこと』
「了解……全隊員射撃中止! その場に蹲って待機しろ! 顔を手で覆っておくこと!」
俺はすぐさま救援部隊に言われた言葉を隊員たちに告げた。
それに反応し、小隊員たちは一斉に膝を折った。
『射撃開始』
無線機からそんな言葉が聞こえた直後、工場の屋根が『裂けた』。
轟音と共に屋根に切り取り線のようなものが走り、一気に崩れ落ちたのだ。
一瞬にして青空が広がり、次は俺たちがいる向かい側の壁が崩壊し、高速種達は次々とそれの巻き添えを食らって死んでいった。
『もう顔を上げてもいい。ヘリに乗れ』
既に目の前には後部ハッチを開いたチヌークが待機している。
『近くのAILSはこっちで始末しておく、一人ずつ確実に乗せろ。あまり近づけばローターを壁に引っかけるぞ』
『了解』
無線の声が聞こえると同時にチヌークの中からも兵士が出てきた。
「もう大丈夫だ。ヘリに乗り込んでくれ。少し通路と幅があるが、落ちそうになればこちらから手助けする。一人ずつ、ゆっくりと乗るんだ」
「よし、お前達が先に乗れ。俺は最後に乗り込む」
俺の言葉に隊員達は頷き、次々とチヌークに飛び乗ってゆく。
最後に残ったのは秋嶋と俺だった。
「……ほら、やっぱり出来た」
秋嶋は満足げな微笑みを浮かべながらヘリに飛びついた。
俺もそれに続いて、チヌークのハッチにしがみつく。
兵士に引き上げられ、席に座るとチヌークは上昇を開始し、西へと向かうのだった。
これからどこに向かうのかは分からないが、とりあえず皆を生かして候補生学校に戻すことが自分の使命であるとは確信していた……
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それと、今回英文が使用されていますが作者は英語が苦手なため本当に合っているのかは分かりません。
もしも『これは違うだろう』と思った方がおられましたら連絡をお願いします。