第四十三話 紀伊半島東海岸防衛戦 Ⅰ
2022年8月14日(月)
10:50
三重県鈴鹿市加佐登地区付近上空150m
side 永崎裕哉〈二等陸曹〉
俺たちがヘリに乗り込んで30分と経たないうちに、目的地である三重県に到達していた。
当初の予定であった亀山市ではなく、鈴鹿市の西部にチヌークは降下を開始している。
窓から下の様子を窺う限りでは、どうやらどこかの学校へと着陸するようだ。
隣にある病院らしき建造物の近くにはハンヴィーや兵士の姿も捉えることも出来た。
あれが俺たちと一緒に戦う部隊だろうか?
地面まで残り十数メートルとなったところで後部の油圧ハッチが開き始め、安原中尉が俺に向かって合図を送ってきた。
中尉の意図を察し、俺は小隊員に降機準備の指示を出す。
「よし、全隊員、降機準備開始!」
隊員達は各々頷き、椅子から立ち上がった。
ヘリのハッチが地面に触れると同時に手で降機開始の合図を送り、まずは俺が地面へと降り立った。
その次に秋嶋が続き、続々と小隊員たちがヘリを降りてくる。
どうやら教官は全員が降機を完了するまで中にいるつもりらしく、まだ中に残っている隊員たちを急かしていた。
それを見守っている途中、突然腰に取り付けていた無線機が鳴動する。
驚きながらも俺は首に装着するタイプのヘッドセットを取り出して着用し、先方はそれに気付いたのか声が聞こえてきた。
『こちらは統合陸軍第32歩兵連隊司令部だ。お前達は国防陸軍の下士官候補生で間違い無いな?』
その声はどうやらネイティブの日本人らしく、外国人にありがちな不自然さは全く無かった。
どうやら統合軍にも日本人はいるらしい。
「はい」
『……ふむ、では貴官の階級と役職、姓名を頼む』
「永崎裕哉、階級は二等陸曹で現在は第1小隊長です」
『二等陸曹? ……ああ、軍曹か。では永崎軍曹、貴官は今自分を小隊長だと言ったが、現在その場所に貴官より階級が上位にあたる者はいるか?』
「はい。教官の尉官が2名います」
『分かった。一度その者と話をしたい。繋いでくれるか?』
「了解しました」
俺が2名だと言った訳は、聞かれる直前に第2小隊を乗せたチヌークがグラウンドに降下してきたからだ。
しかし、さすがに向こうの教官にはすぐに無線機を渡すことは出来ないので俺はヘリから降りてくる安原中尉に駆け寄って声を掛けた。
「教官、統合軍の32連隊司令部から無線がありまして、最上級者に繋ぐようにと指示されました」
そう言いながら俺はヘッドセットを取り外して中尉へと渡した。
中尉は無言で頷き、それを受け取って話し始めた。
しかし、中尉は数十秒話しただけでヘッドセットを俺に返してきた。
「今、部隊の指揮権限を持っているのは君だ。私はあくまでも小隊長の補佐が任務だからな」
階級は高くても役職的には低い位置に当たるからお前がやれ、ということだろうか?
俺はそれに了解の意を示し、ヘッドセットを再度装着した。
『永崎軍曹か?』
それとほぼ同時に向こうから声が掛けられる。
「はい」
『大体の所は中尉に聞いた。どうやら指揮権は貴官にあるようだな。では、ひとまず本題に入っていいか?』
「はい」
『まず、今回の作戦目的は紀伊半島西部海岸からのAILSの排除だ』
AILS?
文脈からするとセルトアレイアのことなのだろうが、『セルトアレイア』という言葉は全世界統一の名称だと習った。
それを定義したはずの国連軍が何故そんな言葉を使ったんだろうか?
「少し待って下さい。AILSとは何の事ですか?」
『……ああ、そういえば候補生には知らされていないのだったな。まあ、とりあえずAILSとはセルトアレイアの事だと考えてくれ。……続けていいか?』
先方が少し言葉を濁したことを考えると、詳しいことは機密事項になっているのだろう。
「はい」
『貴官らは我が第32歩兵連隊隷下の部隊として、この地で戦う事になる。しかし、現在の貴官らの部隊名である「第1小隊」、「第2小隊」では我が連隊の別部隊と混同する可能性がある。そのため、貴官らの小隊はこれより第331小隊と呼称する。第2小隊は332小隊となる。いいか?』
「はい」
33の語源についてはよく分からないが、確かに指揮に影響が出る可能性は高いだろう。
そう考えた俺は了承の答えを返した。
『そして、331小隊と332小隊は別行動を行ってもらう事となる。331小隊は興田中佐や八代准将から候補生内最精鋭であると聞いているからな』
興田教官……校長、アンタらは一体何てことを言ってくれてるんだ。
さすがの俺も心の中で突っ込まざるを得なかった。
『32歩兵連隊は真っ先にここへ到着している事から分かる通り、既に一線級の部隊ではない。スレッジハンマー作戦の影響で戦力の過半を喪失した部隊だ。そのため、貴官らの負担が重くなるであろうことは疑いない。しかし、我々としても出来る限り最大限のサポートを用意するつもりだ。……では、君たちの任務の説明に当たろう。我が連隊が貴官ら第331小隊に求めるのは、東海道と県道27号線が交差する上野交差点の防衛だ。東海道は現在西部にいる援軍部隊が使用する道路であり、ここを奪われるのは非常に危険だ。援軍部隊と分断される、という訳では無いものの、この近辺で最も幅が広い舗装道路であるため、一瞬の隙でも突かれれば小型高速種によって一気に亀山までを打通されてしまう可能性が高い。我々よりも後方にいる部隊も最重要防衛目標として東海道を指定している。しかし、現在32連隊はここよりも北部で戦闘中であり、東海道の防備に人員を割けないのだ。そのため、貴官らにその防衛任務を引き受けて貰いたい』
明らかに困難な任務だった。
少し前に確認した地図と現在の戦況図を考えると、恐らく敵は三方向から襲来することになるだろう。
初陣の部隊に対してここまで困難な任務を与えるのは無茶だ。
……しかし、現在は先方が俺たちの指揮官である以上、命令には従わなければならなかった。
「了解しました」
『良い返事だ。現在の所、航空支援は潤沢に用意されている。必要だと思った場合、我が連隊の本部に連絡を入れてくれればいい。それと、我が連隊はほぼ全員が英語圏の人間であるため、コールする際は連隊本部、や連隊司令部、よりもCPかHQと呼んでくれた方が分かり易い。私がいつまでも担当している訳では無いからな』
「了解」
『……それと、最後になったが一つだけ良い知らせがある。今回の戦いで勝利すれば、貴官ら全員に特別報酬として一律で500ドルが支給される。また、良い結果を残した場合は昇級や勲章も見込めるだろう』
500ドル、って日本円にして5万円相当ということか?
太っ腹、と言えば確かにそうなのだろうが、命を懸けていると言うことを考えればそれでも安いくらいだった。
『だが、まずは皆で生き残らなければならない。三重を守って、味方の犠牲は出来る限り少なくしよう。……では、CPより331小隊、上野交差点へと向かい、当該地域を防衛せよ』
「了解!」
いや、細かい事を考えていても仕方ない。自分のベストを尽くすだけだ。
そう考え直した俺は、命令を伝えるべくすぐ近くで待機している小隊員達に向き直るのだった……
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