第四話 中津川・伊那防衛線
2022年6月16日(木)
PM 03:30
岐阜県中津川市
中津川市役所
陸上自衛隊中部方面隊第10師団・師団司令部
side 第10師団長・鷲崎淳治陸将
「……現在は中央自動車道神坂トンネル出口付近の園原インターチェンジ周辺に第10戦車大隊が展開、敵と交戦中です。しかし、敵はトンネルではなく山を通って中津川方面へ抜けようとしているため上手く防戦が出来ず……」
続けようとする幕僚に対し私は制止の声を掛けた。
「いや、もういい。戦車大隊にはトンネルに爆薬を設置した後速やかにこちら側へ後退するように命令しろ。そこで踏みとどまるのは既に無意味だ」
「了解しました」
報告によると伊那市周辺にも数千規模の敵が接近中らしい。
中津川方面は今のところ偵察機の自動計測システムによる確定情報のみで4000以上。
すでに早朝の偵察で静岡北部、山梨西部、長野、岐阜南部で確認された推定3500体の情報よりも二倍以上になっている可能性が非常に高い。何が起こっているのかは不明だが、今のうちに完全に撃滅しておく必要があるというのは間違いないだろう。
「現在の我が部隊の被害状況は?」
「は。現在の所戦車大隊には被害は出ておりません。しかし、戦車随伴の第49普通科連隊所属の小銃小隊が3個壊滅、死者65名程度とのことです」
「戦車大隊に被害が出ていない要因は何か」
「大隊長からの報告によりますと、敵は装甲戦闘車両に対する十分な攻撃力を持っていないとのことで、装甲戦闘車、戦車クラスならばまず破壊されないだろうとの事です。しかし、伊那市方面では装輪装甲車が数台大破しているとの報告がありますので、通常の装甲車については破壊される可能性が懸念されます」
しかし、相手は小回りが利く歩兵系統に近いユニットだ。小回りの利かない戦車系のユニットではやはり大量撃破は難しいだろう。
「……やはり戦車大隊は後退だな。ところで、第3師団の動向は?」
今増援として向かってきている筈の部隊の情報を私は聞いた。
「現在瑞浪市にて部隊再編中との事です。一時間以内には第一陣が中津川に到着するとの連絡がありました」
ぎりぎり普通科の接敵時刻に間に合う位か。
「伊那方面の状況は?」
「現在は秋葉街道北部長谷黒河内地区及びJR飯田線赤木駅付近で第112臨時師団が交戦中、現在500名近い死傷者を出しているとのことです」
「第112臨時師団?」
それは聞いたことがない部隊名だった。そもそも自衛隊に112個も師団は存在しない。私は疑問を幕僚に告げた。
「司令部が壊滅した第1師団と部隊の45パーセントを喪失した第12旅団が臨時的に統合された師団です。第1師団から1を、第12旅団から12を取って付けられたそうです」
そういうことか。第1師団司令部の壊滅はすでに聞いていたが、臨時で部隊統合が行われたと言う話は聞いていなかった。
「……とりあえず、トンネル入口付近に待機している普通科連隊全てに対して集結解除命令を出すように。今後は中隊規模で分散、地域を分担して警戒に当たるように指示を出せ」
「了解。特科部隊への指示はどうしますか?」
「支援要請があれば可能な限り要請に応じるようにと。優先撃破対象は司令部から逐次連絡すると伝えてくれ」
「了解しました」
今日は本当に、長い一日になりそうだった。
一斉に敵発見の連絡が入り始めたのはその命令の1時間20分後、午後4時50分の事だった。
「33連隊第2中隊が接敵、位置は市立神坂小学校東部、数はおよそ70!」
「同連隊第3中隊が馬籠交差点付近で接敵、数60!」
「49連隊第4中隊がJA神坂付近で接敵、数120!」
「また、第3師団も国道256号線西部にて交戦を開始したようです」
しかし、既に師団長がするべき事は殆ど無い。局地戦闘は連隊本部に指揮を委任しているし、特科への支援命令や航空支援の要請程度である。
勿論劣勢時には直接指揮を執るが、基本的には連隊に任せておいて問題ないだろう。
「特科にはJA神坂方面への火力支援を49連隊と調整するように命令しろ。それと、戦車大隊に対しては現在位置より馬籠交差点方面への射撃支援が可能か確認せよ」
「了解しました」
私は横の小机に置かれていたコップを取り、すっかりぬるくなってしまったコーヒーを飲み干した。この戦いは絶対に油断してはいけないのだ。
行動のシステムそのものが違う異星の生物を相手にして従来の対人用戦術で勝利できるとは思えない。
そう、いつ何が起きてもおかしくないのだ。
「戦車大隊より報告、『現在位置から馬籠交差点への砲撃は不可能。ただしJA神坂方面については可能』です」
「戦車大隊にJA神坂方面への射撃支援を命じろ。特科への支援命令はそのままだ。戦車大隊はJA付近の敵を撃破後高速道路から離脱、馬籠峠方面に向かうよう……」
「33連隊より救援要請! 『現在我敵大部隊に包囲されつつあり。至急救援を求む』!」
なんだと?
「大部隊と言うが、規模は?」
「……、……規模は……500以上!」
まずい。あの防御力の生物と普通科連隊ではあまりに分が悪すぎる。
「当該地域に35連隊も投入しろ。JA付近への特科射撃支援は中止、速やかに馬籠方面への射撃支援に切り替えろ。戦車大隊はJAへの射撃支援のままだ」
「了解」
今日は、日本国民にとって最も長い一日であることは疑いようが無かった。
戦闘が一応の終結を見せたのは日が暮れてからの事だった。
第3師団による救援や対戦車ヘリ部隊による航空支援がなければ確実に中津川は陥ちていただろう。
明け方には四国や中国地方の部隊もこちらに投入される。これ以上戦線を拡大させるわけにはいかないのだ。
第一次中津川防衛戦
交戦部隊 陸上自衛隊中部方面隊第10師団 VS 不明生物
双方の死傷者
第10師団 9186名中487名死亡、900名以上重軽傷 被害中規模
不明生物 約4000体中700体以上死亡 被害中規模
陸上自衛隊の作戦目的達成
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