第四十二話 出撃
通算PVが35000を、通算ユニークが5000を越えました。
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2022年8月14日(月)
10:20
大阪府和泉市伯太町
『日本国防陸軍西部方面軍信太山駐屯地』・グラウンド
side 永崎裕哉〈二等陸曹〉
駐屯地の周辺はにわかに騒がしくなっていた。
付近に大量のヘリコプターが着陸し始めたからだ。
元々は全てのヘリが駐屯地内に着陸する予定だったのだが、とてもではないが場所が足りないということで周囲の小学校や中学校にも降下しているのだ。
そのため積み込み物資や燃料補給車などもあちこちに移動させなければならなかったためだ。
そして、俺たちの前に鎮座するのは2機のヘリだった。
CH-47JA『チヌーク』。
ツインローター(タンデム)式の軍用輸送ヘリコプターだ。
定員は30名なのだが、子供だから体重も軽い、という理由で一時的に席が増設され、操縦士2名と歩兵33名が搭乗できるようになっていた。
このヘリも決して小さくはない。
UH-60などと比べれば十分に大きい。
しかし、今回ここに飛来した3機のヘリはそれを完全に超越した規格外の大きさだった。
そのヘリの名はMi-26、NATOコード・『ヘイロー』。
世界最大最重であるというそのロシア製ヘリコプターは、8枚翼などという馬鹿げたローターを持ち、80名の歩兵を搭載できるというとんでもないものだった。
駐屯地の上を通過する光景を見たが、あの大きさはもはやヘリではなく旅客機だった。
しかし、元々は民間用のため装甲が貼られておらず、前線に赴くには不適だという理由で俺たちにはCH-47が充てられたのだ。
今回俺たちが使うことになる銃はブッシュマスターACRの6.8mmSPC弾仕様だ。
本来はAK-47を使用する予定だったのだが、俺たちが展開する地域に投入される部隊が6.8mm弾使用銃を配備しているために弾薬互換性を重視してアメリカ軍が供出したらしい。
まだ開発されて間もない銃だからなのか、そのシルエットは非常にコンパクトでスタイリッシュだった。
自分が初めて実戦で使用する銃だ、と言うことで色眼鏡が入っているのかもしれないが、決して凡作の銃ではないと感じた。
銃身上部にはACOGサイト、下部にはM320グレネードランチャーが取り付けられている。
ただの候補生にしてはあり得ないほどの豪華装備だが、どうやらこれは校長や教官達による説得の結果らしい。
しかし、グレネードランチャーを取り付けたために銃はかなり重くなっている。
その上小隊長という役職のせいで小型無線機や双眼鏡なども持たされていたために、俺の装備品の重量は他の隊員よりも重いのだ。
背嚢に入っている品々も決して軽いとは言えないし、腰に取り付けた弾帯は足の負担を更に増加させていた。
「永崎二曹」
突然俺に向かって声が掛けられる。
その方向に首を振ると、いつの間にか安原中尉が立っていた。
中尉は俺に無表情でこう告げた。
「搭乗命令が発令された。順次搭乗を開始するように指示を行え。我々指揮官陣は最後に乗り込む」
ここで言う『我々』とは小隊長、小隊副長、小隊付教務官の事を指すのだろう。
俺は中尉の言葉に頷き、声を上げた。
「第1小隊員は分隊ごとに分かれてヘリへの搭乗を順次開始してくれ!」
小隊員達は一様に頷いて肯定の返事を行う。
「「「了解」」」
小隊員は続々と数十メートル先で風を巻き起こしているチヌークへと駆け寄り、機内へと入ってゆく。
俺よりも年下の隊員もいるためか、肩に食い込む背嚢の紐が少し痛々しかった。
小隊長である俺が動かない事から何事かを察したのか、小隊副長の秋嶋は俺たちに向かって歩いてきた。
俺は手で秋嶋を制して何も無い事を伝えた。
安原中尉がヘリに向かって歩き出し、俺はその後ろを付いていく。
途中で秋嶋も合流し、強烈な吹き下ろし風を引き起こしているヘリの後部搭乗口へと向かった。
安原中尉は搭乗口のスロープの前で俺たちが乗り込むのを待っていた。
俺は中尉に一礼してヘリの右列最後部から二番目にある席に座る。
秋嶋は俺から見て左隣の席に腰を下ろし、それを確認した中尉は操縦席に向けて手で合図を行い、中尉が機内に乗り込むと同時に後部の油圧扉が上がり始め、ヘリがぐらりと揺れた。
離陸したのだ。
扉が完全に閉まりきるとチヌークはどうやら方向転換を開始したようで、少し右に向けて傾斜する。
中尉が秋嶋の向かい側にある席に座ると同時に次は前方に向けて傾斜し、前進を開始したことが分かった。
ヘリが駐屯地を出発してから数分後、秋嶋が突然俺に質問してきた。
「……どう?」
ヘリの内部であるとはいえ音が激しいことを考慮したのかその言葉は俺の耳元で囁かれた。
「どう、って何が?」
それに対して俺も秋嶋に顔を寄せて聞いた。
「緊張、してる?」
もしかすると、ヘリに乗る前のぼーっとした俺の姿を見て緊張で何も考えられなくなっているのではないか、と感じたのだろうか?
「まあ、してないと言えば嘘になるな。でもとんでもなく緊張してるとか、そういうことは無い」
「……そ。……とりあえず、堅くなったら駄目。身体が硬直していると心まで硬直してくる。だから深呼吸でもして、身体を落ち着けて」
深呼吸は心を落ち着けるためにするものだと思っていたが、どうやら秋嶋の考えは違うらしい。
俺は秋嶋の言葉に従ってゆっくりと深呼吸を行った。
確かに、何度もやっているうちに身体が解れてきたような気がする。
よく考えたら呼吸とは体内に酸素を取り込むためにするものだ。
深呼吸を行えば必然的に大量の酸素を送り込む事になり、身体の末端が活性化するのかもしれない。
心が落ち着くのは脳に酸素が行き渡る事による副次的効果、という考え方も出来る。
実際、これまでは無理に他の事を考えて戦いの事を忘れようとしていたのだが、今は思考が非常に穏やかになっていくのを感じる事が出来た。
「……うん。それでいい。思い詰めて良い結果が出るとは限らない。私たちにとっては初めての戦いなんだから、どれだけ考えても答えが出るはずもない。どうやって皆を生かすかは、向こうでしか考えられない」
秋嶋の言葉は簡潔だが、何を言いたいのかは容易に理解出来る。
今気にしていても結局どうなるかは戦場でしか分からない。分からないならば、今そんなことを考えるべきではない。そういうことだろう。
「ああ、分かってる。まだ与えられた環境が分からない以上、無闇に考え込んでも意味はないからな。……でも、やっぱり秋嶋は凄いよ。俺とは違って冷静でさ。本当はこういうことは言うべきじゃないんだろうけど、隊の皆や、もしかしたら安原中尉よりも冷静かもしれない」
安原中尉の顔色は決していいとは言えない。
間違い無く何かを恐れているのだ。
それは、小隊員を失うことかもしれないし、自らの命を失うことなのかもしれない。一体何を恐れているのかは分からないが、間違い無く普通の精神状態でないことは間違い無い。
それは勿論、小隊の皆にも言える。
こちらの場合は純粋な戦いへの恐れや、自ら危険な場所に向かう事への恐怖が主体のようだが、やはり普通の、冷静な状態であるとは言えないだろう。
それに対して、秋嶋はずば抜けて冷静だった。
小隊長が恐慌に陥られては困る、という考えもあったのだろうが、俺への助言は間違い無く的確だったし、感情的で意味不明な助言でも無かった。
初陣を前にした兵士だとは思えないほどの冷静さなのだ。
俺だってもしかしたら今日誰かが死ぬかもしれない、それが自分かもしれない、という恐怖はある。
しかし、秋嶋の場合は違う。意図的に自らの感情を隠しているのかもしれないが、間違い無く誰かが死ぬことに対する恐れは抱いていなかった。
そう考えていたが、秋嶋の返答はNOだった。
「私はただ感情表現に乏しいだけ。単に冷静に見えるだけで、実際はやっぱり恐れもあるから」
秋嶋はそうやって否定したが、やはり、本当の意図がどこにあるのかは分からない。
俺がこれまで付き合ってきた人種の中で、最もミステリアスな人物だった。
あえて俺はそれがどういう恐れなのかは聞かなかった。
このままだと思考の泥沼にはまりかねない。
秋嶋もそれ以上言うことは無かったようで、黙り込んでしまった。
俺はとりあえず目的地に到着するまでの間、ガタガタと揺れ動くヘリの中で目を瞑り、しばしの休息に入るのだった……
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