第四十話 不可解な命令
2022年8月14日(月)
09:00
大阪府和泉市伯太町
『日本国防陸軍西部方面軍信太山駐屯地』・事務棟3階・作戦会議室
side 永崎裕哉〈一等陸士〉
「これで全員か?」
校長が興田教官に尋ねた。
「はい。全分隊長の集合を確認しました」
第二種警戒配備が発令されて15分後、俺たち分隊長は事務棟にある会議室へと集められていた。
360人全員の候補生を集めるよりも代表者に状況を伝えた方が伝達に際して効率的だと考えたらしい。
そのため今この会議室にいるのは1から45までの分隊の長である45名だった。
「それでは、現在の状況について説明しよう。いいな?」
「「「はい」」」
分隊長たちが校長の言葉に頷く。
「現在、三重県四日市市から鳥羽市にかけての沿岸部にセルトアレイアが上陸を開始している。先程は四日市市に上陸と放送したが、情報の錯綜による誤情報だ。三重県沿岸部に上陸したセルトアレイアの総数はおよそ6000と見積もられている」
敵上陸範囲の広さに一瞬唖然としたが、思ったよりも数は少ない。
6000なら現在関東の防衛線で戦っている統合軍や国防軍が毎日撃破している数と大して変わらない。
「統合空軍及び国防空軍の航空部隊による爆撃によって敵の更なる進攻を阻止しているが、三重県に陸上部隊を殆ど配備していなかった事が災いしてその効果は芳しくないまた、統合陸軍はほぼ同時に始まった軍団規模のセルトアレイアによる渥美半島攻撃への対処のため陸上部隊を送ることが不可能な情勢だ。渥美半島の放棄も視野に入れて対応を模索しているが、最低でも半日は三重に陸上部隊を派遣することは恐らく不可能だ」
……そうだった。
陸軍戦力の殆どは西部防衛線の存在する愛知や岐阜、福井に展開しているから近畿圏に陸上部隊はほぼ全くと言っていいほど存在しない。
いるのは施設科や輸送科などの後方支援部隊の余剰部隊や俺たちのような学生だけだ。
これって実はかなり危険なんじゃないか?
「その上、四日市から名古屋まではセルトアレイア小型高速種ならば1時間とかからない距離だ。……まあ、名古屋の情勢は大阪にいる我々にとってあまり関係はないか。私たちにとって最大の問題点は、セルトアレイアが亀山市を突破し、伊賀・甲賀近辺まで到達した場合だ。伊賀や甲賀から大阪まではほぼ平野が続く。200m前後の山地は存在すると言ってもその程度の山は奴らにとって平野と同じだ。そして、その場合はこちら側の防衛状況などを加味しても、2週間以内にセルトアレイアは大阪へと到達するだろう」
衝撃的な言葉だった。
たった2週間で、関西が壊滅するというのか?
しかし、中部地方を1ヶ月程度で崩壊させたセルトアレイアの絶望的な強さを考えれば、あり得ないと断言することが出来るはずもない。
「関東では平野部で戦っているにも関わらずかなり長い間防衛線を維持しているでは無いか、という意見もあるだろうが、あれは関東方面に大量の戦車や火砲が配備され、潤沢な航空支援を受けることが出来るが為に成立している。関西の場合は違う。主要な兵器の大半が名古屋や小松に集中しており、一応泉佐野飛行場があるとはいえ、敵にも航空戦力が存在することを考えれば十分な航空支援が行える可能性は低い。実際、関東防衛線も敵航空戦力の影響でかなり危険な状態にあると聞く。奈良に敵がなだれ込むような事態が発生した場合、確実に関東より困難な戦いを強いられる事になるだろう」
泉佐野飛行場……現在、統合空軍の日本本土最大の基地となっている旧関西国際空港の現在の名称だ。
確か常に数百機近い航空機が駐留していると聞いた覚えがある。
しかし、航空戦力だけで戦える訳も無いし、歩兵戦力はセルトアレイアの攻撃に対して非常に脆弱で、戦車や歩兵戦闘車、大口径榴弾砲無くして現在の『善戦』はありえないのだ。
校長が奈良まで浸透されれば終わりだ、と言うことも頷ける。
セルトアレイアは平地ならその能力を最大限に活用できるのに対して、こちらは敵の圧倒的物量に呑み込まれてしまうのだから。
「……ここからが本題だ。現状紀伊半島東部に上陸した敵部隊は我々の航空戦力によって足止めされている。しかし、上陸数は増えるばかりであり、敵航空戦力出現の懸念も高まっている。このままでは航空部隊による防衛線は『2時間』程度で崩壊するだろう。……防衛線崩壊後、敵が亀山市を突破するまでに要する時間はおよそ4時間。タイムリミットは、あと6時間だ。6時間以内に敵を押し戻さなければ、関西……ひいては西日本が壊滅する」
残された時間の少なさに俺たちは戦慄を覚えながらも、校長の話をただ聞き続ける。
そして、ここに集まった分隊長が誰一人として予測していなかった言葉が校長の口から飛び出した。
「……あまり、こういう事はしたくなかったのだが……現在君たちは完全にフリーな状態だ。だから……これから三重まで飛んで貰う」
会議室の空気は、完全に時間が停止したかの如く凍り付いた。
そして、一人の分隊長が立ち上がって呂律の回らない口で叫んだ。
「み、三重って、一体、一体どういうことなんですか!?」
「そ、そうです! 私たちはまだ部隊配属すらされていないんですよ!?」
次々と分隊長が校長に対して詰問の声を投げかける。
完全に冷静な分隊長は殆どいない。
声を上げていない者の中にも事態が全く呑み込めておらずただ呆然としているだけの人間が多く含まれているからだ。
俺も、正直冷静な状況とは言えない。
まさか前線に行けと言われるなんて考えもしていなかったのだから。
しかし、相変わらずと言うべきなのか、第2分隊長の秋嶋はただ無言で事態を眺めているだけだった。
特に動揺している様子も無い。
それを見て、俺は頭の中の混乱が少しずつ解けていくのを感じた。
分隊長達の詰問がその勢いを削がれた頃、校長がようやく口を開いた。
「……諸君らの疑問は尤もだ。しかし、現在投入可能な陸上戦力が近畿に殆ど無いということもまた事実。そして、残念なことにこれは統合軍・国防軍合同作戦司令部による最優先命令でな。一介の大佐である私に逆らう術など存在しない。我々より遙か上層部からの命令なのだよ。『使用可能な陸上戦力は全て投入せよ』と。私も現在曹候補生たちは陸上戦力として使用可能な状態では無い、と反論はしたのだが……返答はNOだった。『軍属であり、銃さえ持てるならばそれでよい』、とな。少年兵候補生学校の生徒にも命令が下っているそうだ。後方支援系の部隊にも動員がかかっている。近畿で現在主立った活動をしていない部隊は全て駆り出されていると言って間違いは無い。……1時間後にグラウンドにヘリが到着する。その15分前までに一度体育館に集合しろ。今回は全候補生だ。それまでの45分間は室内待機とする。まあ、外に出ない限り何をしても構わない。……以上、解散!」
分隊長の一部は尚も食い下がろうとしたが、校長と興田教官はそれを無視して会議室を出ていった。
こんな訳の分からない状況で初陣を迎えることになるとは思わなかった。
……とりあえず、分隊の皆に伝えなければいけないか。
俺は釈然としない気分のまま、会議室を後にするのだった……
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